二年目の収穫祭である ー夜宴①ー
我輩の名はアーノルド。自由気ままに生きる錬金術師である。
ウォレスの探検家に対する思いとその裏に存在した事実、そして結婚生活の話をデルク坊の紹介活動が終わるまで聞かされた我輩は、一度屋敷で休憩を取り、夜の宴に参加するべく再び会場へと足を運ぶのであった。
「おじさん、こっちこっち!」
「サーシャ嬢、歩く速度を合わせないと腕が取れるのである」
「アーノルド様も、そういう冗談を言うようになったのですね」
「ミレイ女史、冗談では無いのであるが」
会場内を早く回ろうと我輩の腕を掴んで進もうとするサーシャ嬢と、反対側の腕を掴んでゆっくりを見て回ろうとするミレイ女史に挟まれた我輩は、両腕をいっぱいに広げられる形になっているので腕の付け根が悲鳴を上げはじめているのである。
結局、日中の間は収穫祭へやってきた者達が多過ぎたために、朝から夕方までの間サーシャ嬢とミレイ女史は集落の女性陣とともに、調理や配膳をし続けることになってしまったのである。
なので、屋敷に帰ってくるなり疲れた様子を見せる二人に、我輩は労いを兼ねて何かできることはないかと尋ねた結果、夜宴を一緒に回ろうという事になったのである。
「お昼よりも人の数が少ないね」
「夜宴は昼の間役目があり、収穫祭を楽しむのが難しかった者達への慰労の場の意味合いが強いからであろうな」
普通に夜宴に参加している集落外の者達もいたりもするのであるが、それはキャンプで商売をしていた商人達であったり、集落で活動を始めた探検家達であったりと、比較的身内よりの者達であったりするのである。
なので、昼にくらべるとだいぶ落ち着いた雰囲気になっているのである。
「おじさん、さっきの競争凄かったね!」
「よほど楽しかったのであるな」
「うん!」
この落ち着いた雰囲気を楽しむように歩いていると、隣へとやってきたサーシャ嬢が先程まで興奮した様子で話しかけて来るのである。
我輩達が先程まで見ていたのは夜宴の会場の中心部で行われていた飲み比べの競争である。
昨年は会場の端のほうで行われていたのであるが、なぜか今年は正式な催し事扱いになっており、簡素であったのであるが、ちゃんと会場まで出来上がっていたのである。
参加者の数も増えており、タダ酒が飲めると知って参加を決めた半分冷やかし参加の探検家や集落の若者が数人、そしてダンとドラン。
さらに、昨年のリベンジに燃える領主が今年も参加していたのである。
なんと領主は、この夜宴、さらにいうならば飲み比べに参加するために、ほぼお忍びのような状態でこちらにやってきたのである。
騎士達が遅れたのはそのためで、集落と一番近い村を結ぶ街道に野犬の群れが出現したために、その調査や駆除を探検家達と行ったからなのである。
通常であれば、ある程度の調査などを行ったら残りは探検家ギルドに任せ、本来の任務に戻るのであるが、領主が少ない護衛で収穫祭の夜に来ることがわかっているので、街道がほぼ安全であると確認できるまで動けなかったのである。
領主が来ることで、街道の安全が一日でもはやく確認できたのは良かったのであるが、そのおかげでこちらは大変だったのである。
なので、極力お忍びでこちらに来るのはやめてほしいのである。
そんな領主は、練習の成果を発揮しドランを上回る飲みっぷりを見せていたのである。
昨年の顛末を知っている観戦者達は大盛り上がりである。
であるが、そんな領主を更に上回るスピードで飲みつづけるウォレスがいるので、領主の優勝は今年もできなさそうである。
そのように楽しそうに民達と酒を飲み比べている領主であるが、確か酒はあまり強くなかったはずである。
また無理をしているのであろうかと心配していると、ちょうど楽しそうに観戦をしている領主婦人を発見したので、我輩達は挨拶がてら婦人の元へと向かうのである。
そして婦人を会話を交わしたのであるが、なんと領主は今回の飲み比べのために、積極的に社交場へと足を踏み入れてたくさんの者達と酒を飲み交わしてきたらしいのである。
はっきり言うと、意味がよくわからないのである。
飲み比べの練習をするという意味がわからないのであるが、その練習の場に貴族の社交場を利用する意味はもっとわからないのである。
飲み比べの酒の飲み方と、社交場での酒の飲み方が全く違う事は我輩でもわかるのである。
「その辺りはうまくやれるように私が指導しましたから。そのおかげで、夫は本当は気さくで豪胆だという評価になったようです」
理由を問う我輩に、いつもと変わらぬ笑顔を浮かべて彼女はそう答えたのであったが、やはり意味はよくわからないのである。
意味はわからないのであるが、どうやら良い効果はあったようなのである。
何がどう良い効果につながるかはわからないのである。
「いろいろな貴族や商人の方々と誼を結ぶことができたので、私としては良かったと思っております。これも、皆様とこうしてお会いできたからだと思っております。ありがとうございます」
そう言って婦人は我輩達に頭を下げて礼を述べていたのであるが、その声からは少し安心したような、そして少し残念さのような感情を含んでいたような気がしたであった。
やはり、領主ともあろう者が社交場にあまり顔を出さず、出したとしても距離を置かれ孤独に酒を飲んでいる姿というのは心配であったのであろう。
と、同時に、自分が領主婦人として支えなければと思っていたのが、本人が自立し始めたことでそういう気持ちになったのであろうか。
サーシャ嬢とミレイ女史が、我輩が霊木の管理集落に行った際も、自分たちで課題を考え道具の作製を行なっていたと聞いた際に、成長と自立感じ、以前よりも頼もしく感じると同時に少しだけ理由のわからない寂しさを感じたので、勘違いかもしれないのであるがそう感じたのであった。
そんな婦人は別れ際我輩達に、
「申し訳ございませんが、後ほど解毒の薬をお譲りいただけませんでしょうか。あの人、昨年以上に酔い潰れると思いますので」
そう言って、婦人は困った子供を見るように苦笑を浮かべて領主を見て、それを聞いた我輩は、だったらそこまで無理をさせなければ良いのにと思い口を開きかけたのであるが、ミレイ女史が我輩の口をふさぎ、サーシャ嬢が提案を承諾したのである。
「アーノルド様、民のために身を粉にして働いている領主様の、年に一度思い切り羽目を外せる時なのですから、そういう野暮なことをいうのはよくありませんよ」
「何も言っていないのであるが」
「何を言いたいのかはわかります。私も同じ事を思っていますから」
「相手のことを考えて、言いたいことを我慢するのも大切なんだよ」
「相手の体のことを考え、無理をさせないようにいうのも大切だと思うのであるが」
「奥様は、それを十分理解したうえで領主様を見守っているのですから、私達がそれを言うのは野暮というものなのですよ」
「なんだよっ」
と、その場を離れた後、そんなやり取りも3人で交わされたのである。
理解はできるのであるが、酒の飲み過ぎによる中毒は解毒が遅れると死に繋がる場合もあり危険なので、やはり推奨はしたくないと思うのである。
なので、来年の飲み比べはその辺りを踏まえたうえで開催してもらおうと考えながら、我輩は会場を後にしたのであった。
そうして今に至るという訳なのであるが、そんな我輩達の前に先程よりも規模は小さいもののそれなりの人だかりができているのである。
「一体何であろうか」
「行ってみようよ!」
「そうですね、せっかくのお祭りですので見てみましょう」
我輩の言葉にサーシャ嬢とミレイ女史はそう返事を返すと、我輩の腕を掴まえて人だかりの方へと向かうのである。
屋敷に着いたときの元気の無さから一転、元気を取り戻した二人を見て我輩は、先程よりも元気になったようで良かったと思いつつ、もう少しゆっくり歩いてくれないものかと思うのであった。




