二年目の収穫祭である ー昼②ー
我輩の名はアーノルド。自由気ままに生きる錬金術師である。
デルク坊と収穫祭の会場へと向かった我輩は、そこでデルク坊の料理や店選びをするのが好きだという新しい面を見ることができ、それを求める迷える民達を往来の邪魔にならないように取りまとめることに追われる事になったのであった。
「騎士達と引き継ぎが終わって身も軽くなったと思ったら、この人だかりだ。喧嘩かと思って来てみたら、センセイだとはな」
「まるで我輩が騒動を起こしている様な物言いであるな」
我輩の隣の席に腰掛けている、黄色がかった茶色の髪を獣の鬣のように蓄えている大柄の男、ウォレスが大きな器に入っていたスープを飲み干すのを見届けながらそう答えるのである。
先ほど一口分けてもらったのであるが、ここで採れる魚と野菜を使用した出汁がよく効いた、塩と香辛料であっさりと味付けで体に良く染み渡るようであったのである。
「似たようなものだろう? センセイの誘導は一貫性がなさ過ぎて皆混乱していたぞ」
「慣れないのであるから仕方ないのである」
次は、大森林に住む二本角の猪の肉を、同じく大森林で採れる黒い実の香辛料と塩で豪快に焼いた肉串を手に取り食べはじめたウォレスにそう答えながら、我輩は少し前のことを思い出すのである。
デルク坊が、店や料理選びに困っている者達に自分のオススメを紹介しているのを見ていた、同様に迷える者達がこぞってデルク坊の元へとやってきたのである。
こんなにも迷える民がいたのであろうかと驚いた我輩ではあったのであるが、さすがに何人も同時に質問を始めてしまっては、デルク坊もどうして良いのかわからなくなってしまったのである。
このままでは様々な面で問題が起こると考えた我輩は、慣れないながらも人の誘導を試みたのであるが、勝手がわからないので手際が悪く、不満を抱いた民達から文句を言われるわ怒鳴り散らされるは散々だったのである。
こちらは善意でやっているのに勝手なものなのである。
そうは思ったものの、収穫祭を少しでも楽しんでもらいたい我輩は、反論を我慢しつつ誘導を行っていたのであるが、民達の勝手さに我輩も我慢の限界を迎えかけたちょうどそこに、集落に到着した騎士達と仕事の引き継ぎを終えたウォレスとシンがやってきたのである。
そして一目見て状況を理解したシンが、我輩に変わって民達の誘導や整理を現在行っているのである。
「シンは人当たりも良いし、顔も頭もまあまあ良い上に、探検家として有名だからな。ああいう場面では全方面に役に立つ」
「前のチームではゴードンやリリー嬢と同じく交渉役であったな」
「ああいう奴は、探検家としてとても貴重だからな。引退してしまって残念だよ」
ウォレスは、串の肉を串ごと食べかねない勢いで豪快に食べると、再び肉串に手を伸ばすのである。
ちなみにウォレスが食べている物は、紹介の礼として、民達がデルク坊に持ってきた物である。
次々に持ってこられているので、デルク坊が消費しきれない分はこちらに回ってきており、我輩はすでに満腹なのであるが、ウォレスはまだまだ入りそうな勢いなのである。
「それにしても勿体ないな」
「デルク坊のところにある手付かずの料理であるか?」
「…………それもそうだが、デルクだ」
「デルク坊であるか?」
我輩の質問に、ウォレスは手に取った肉串を食べるのをやめて頷くのである。
「あいつはシンのような良い探検家になれる素質がある。だが、時がまだそれを許さん」
「良い探検家…………であるか」
デルク坊の探検家姿。
今まで想像もしたことがなかったのであるが、確かに似合いそうな感じがするのである。
であるが、確かにデルク坊が森の民である事を隠している今の状況では、デルク坊が探検家になるのは不可能である。
「そうだ。あいつは人懐っこく、懐に入るのが得意だ。探検家は当然腕も必要だが、仕事をするにあたり依頼主に好印象を持たれた方が都合が良い。まぁ、どんな仕事もそうだがな」
「確かに、デルク坊は人気者になりやすいのであるな。で、あるが探検家としての腕は…………」
「センセイ、あいつはどこを拠点にして、誰の戦闘訓練を受けているのか忘れているのか?」
「そういえばそうであるな」
我輩は、デルク坊がダンやアリッサ嬢の指導を受けながら、大森林で共に活動をしていることを失念したのである。
大森林での活動に関しては、妖精パットンの魔法やダン達の補助を受けながらの活動なので、個人の実力の評価を下すのは難しいのであるが、ドランやハーヴィーと共にダン達の指導を受けていることは確かにそれなりの実力を持っているということになるのである。
「今のあいつは、初級の探検家なら4・5人相手でもほぼ問題なく勝てるぞ」
「それは強いのであるか?」
「…………一般的な初級探検家の実力だと、チーム単位でも魔鶏蛇の囮役を務めるのは難しい。だが、デルクはそれをほぼ一人で、しかも更に狂暴な奴を相手にこなせる事ができた。という程度には実力の差がある」
我輩が要領を得ない返答をしたため、少し考えて出したウォレスの例えを聞いた我輩は何となくその実力がわかったのである。
妖精パットンの補助もあったとはいえ、デルク坊は繁殖期によって凶暴化した魔鶏蛇相手に囮役を務めていたのである。
我輩はその様をしっかり見ていたので、今のウォレスの表現はわかりやすかったのである。
「実力はある奴は、態度ががさつだったり傲慢になりやすく、依頼主やギルド、ひどい場合は一般人と誤解を招いたり問題を起こす事が多い。まぁ、仕事柄仕方ない部分もあるがな」
「探検家の主な仕事は、危険と隣り合わせのものがおおいのであるからな。態度が悪い者が多い印象であるな」
なのでギルドは、いわゆる上級であるCクラス以上に上がる際には、実力や今までの上げてきた実績同様に交渉力や内面も重視しているのである。
そうすることで、ギルド内の品位を保っているということなのであろうか。
まあ、人をおちょくるような事ばかりしているダンが、探検家の頂点に君臨している時点でどうなのかと思う部分もあるのであるが、荒くれ者が多い探検家達の中では品行方正な方だということなのであろう。
「そうだな。だから実力もあって比較的物腰も態度も良いシンやアリッサ、新しい奴等ならハーヴィーやホランドのような奴はとても貴重だ」
ホランドとは、帝都の治療院で出会った若い探検家で、ハーヴィーやドランと同様にウォレスによる地獄のような戦闘訓練を乗りきった者である。
確か、ウォレスにダンのチームメンバーの候補として挙げた一人だったはずである。
そして先ほど名前を挙げた中にダンの名前がなかったということは、ウォレスもダン我輩と認識が同じという事なのであろうか。
今の言葉をダンが聞いたら、嫌というほど粘着するであろうなと確信を抱きつつ、我輩は会話を続けていくのである。
「ウォレスは、そういった者達の育成のために教官になったのであるか?」
「ん? まぁ、そうだな。全員が品行方正である必要はないが、最低限の礼儀や謙虚さは必要だ。生き残るためにもな」
「そうであるな。傲慢であれば無謀さに気付かず、自分のみならず他人までも危険な目に合わせるのである。実力があれば、仮に巻き込まれても生き延びることができる。ということであるか」
「そういうことだな」
「なるほどである。ウォレスも良く考えているのであるな」
「違うよセンセイ。それはウォレスの考えじゃないよ」
ウォレスの答えに感心していたのであるが、別の方から声がするのでそちらを見ると、このあたりで取れる魚を塩で焼いた串を数本手に持ったシンがやってくるのである。
「デルク坊の方は良いのであるか?」
「まあね。デルクも要領がわかってきたのか、一人にかける時間も短くなったからね。少し前から交代で騎士も付いてるし、僕はもういらないと思うよ」
そう言われて、デルク坊の方を見ると新米であろう若い騎士が列の管理を行っているのであるが、並んでいる者も先程に比べるとかなり少なくなっているのである。
まぁ、デルク坊に運ばれて来る食べ物はどんどん増えているのであるが。
本人はとても喜んでいるのであるが、全部食べきれるのであろうか?
そう思っていたのであるが、デルク坊は時々その場にいる騎士達に食べ物を分けているのである。
交代で騎士達が来ているということは、おそらくであるがここが騎士達の食事休憩所がわりになっている可能性もあるのである。
それはそうと、である。
「シンよ、先ほどの話はどういうことであるか」
「今の良い話がウォレスの考えじゃないってことかい?」
「そうである。我輩は先ほどの話を聞き、普通に感心したのであるが」
「センセイ、良く考えてみてよ。自他とも認める戦闘バカのウォレスがそんな高尚なことを思い付くと思うかい? さっきの話はね、ウォレスの奥さんがずっと言ってることなんだよ」
確か、ウォレスの奥方はギルドの人気受付嬢であったはずである。
であれば、確かに様々な探検家達を見てきて探検家の有り様について思うことがるのは頷けるのである。
「見に行ったことがあるけれど、教官を始めた最初のころなんか酷かったんだよ。あれは、指導の方向が定まっていないから、皆取り合えずウォレスにボコボコにされててね。あれは蹂躙だったよ」
「あれはなぁ、バリー爺さんが【優れた探検家を育ててくれ】としか言わなかったからだ。あの当時の俺からすれば、優れた探検家っていうのは強い奴だぞ」
シンから魚の串を受けとると、一口で食べ切るとウォレスはそう答えるのである。
清々するほどの戦闘バカな答えである。
「それで、ウォレスに受付の彼女が怒ったんだよ」
「そうだな。それで、いろいろ説教されたな」
そこでウォレスは奥方から、探検家の現状、問題点、有り様、将来に望む姿などを聞き、細かい指導方針を決めて行ったのである。
「最初はうるさい小娘だと思ったがな。あいつはとても真面目で真っすぐで探検家の将来を考えていた。そういう真面目なところに惹かれたのかもな」
そう言って、ウォレスは懐かしそうに目を細めるのである。
そんな珍しい姿のウォレスを見ていると横から、
(結構良い話のように聞こえるけれどね、実際のところはたくさんアプローチしてるのに全然気付かないウォレスにやきもきしてるところに、柄の悪い探検家にお尻を触られてイライラが募って、更にまともに要領が悪すぎるウォレスを見たことで感情が爆発したのが事実なんだよ)
感慨に浸っているウォレスに聞こえないように、シンが小声で我輩に隠れた事実を伝えるのである。
(よくもまぁ、そんなことまで知っているのであるな)
(ほら、僕はこういうアリッサやリーダーが集めないような裏情報を収集するのが担当だったからね。そういうのを聞くのは得意なんだよ)
良い探検家とはなんであろうか。
いたずら小僧のような笑顔を浮かべるシンを見ながら我輩はそのようなことを思い、そのあとウォレスの結婚生活の素晴らしさについて、延々と話を聞かされることになったのであった。
まさかウォレスから、そのような話が出るとは思わなかったのである。




