二年目の収穫祭である ー朝②ー
我輩の名はアーノルド。自由気ままに生きる錬金術師である。
辺境地方が一躍帝国の中で注目を集めるようになって一年強、一攫千金を求める探検家や商人のみならず、観光として足を運ぶ旅人達で、帝都から辺境へと向かう街道は大変賑わうようになったのである。
そんな急激な人の往来に対し、各集落の発展は全く追いついておらず、その対処に終われる日々が続いているのである。
そんな辺境地方の中心として見られているこの集落で、年に一度の祭事である収穫祭が行われるのであった。
「これは…………混雑しているのであるな」
「混雑っていう規模じゃないってこれ…………」
そう言うと、デルク坊は我輩の服の袖をしっかりと掴むのである。
おそらくデルク坊もわかっているのであろう。
もしも、我輩とはぐれてしまったら大変なことになるのだと。
それだけ、目の前に広がっている光景が物凄い事になっているのである。
あのあと、皆と朝食を摂った我輩は、サーシャ嬢とミレイ女史に連れられて収穫祭へと向かうことになっていたのである。
結局、二人の勢いを止めることは叶わなかったのである。
とても浮かれていた二人であったのであるが、その場にやってきた集落の男性によって状況は一変することになるのである。
「アリッサさん! リリーさん!」
「なんだい? どうしたんだい? とりあえずこれをゆっくり飲んで落ち着きなよ」
「はい! ~~~~!!」
女中の制止を無視して食堂へと駆け込んできた集落の男性を見て、アリッサ嬢は水を持って来るのである。
男性はそれを受けとると一気に飲む干すのであるが、すぐに頭を押さえて苦しむのである。
先ほどアリッサ嬢が出した飲料水は、サーシャ嬢が魔法で作り出した冷水である。
「ほら言わんこっちゃ無い。頭は冷えたかい?」
そう言って男性からコップを取り上げるアリッサ嬢であるが、その表情は確実に狙ってやった時のそれである。
これでは落ち着くものも落ち着かないと思うのである。
「は、はい。ありがとうございます」
「で、何があったんだい」
しかし、本当に効果があったのか、ひとしきり悶絶した後に落ち着きを取り戻した男性はアリッサ嬢に報告をするのである。
「人が多過ぎてしまって大混乱です! 騎士様達が人を整理しようとなさっているのですが、人員が足りなくて…………」
最近入ってきた者達を除き、この集落に住んでいる者の大半はこの集落を離れたことがなく、遠出をしても集落であり、知っている1番大きな集落は付近の村である。
新しくこの集落に入った者達もいるとはいえ、東方都市や帝都といった巨大都市からやって来た者などいないのである。
そんな田舎者達が、大人数の対処を行うのはほぼ無理なのである。
そこで、アリッサ嬢と集落長は集落の外で外部の商人や探検家達で形成されているキャンプを正式な別会場として認定することで人の分散化を図り、そして、東方都市に騎士隊の派遣を要請したのである。
集落の収穫祭程度に騎士の派遣を要請をするなど、普通に考えてみればおかしな話なのであるが、昨年からずっと辺境地方は異常事態続きなのである。
さすがに貴重な騎士達を何日も大量に派遣することは無理だったので、六人編成の分隊が五組からなる小隊を一組派遣することにしたのである。
手始めに一分隊が収穫祭が始めるまでの間の集落の検問や受付、見回りまでを行い、残り四分隊が今日の早朝に到着する手筈になっていたのである。
だが、話を聞くかぎりではどうやら騎士達がまだ到着していないようなのである。
なので、集落の者達は我輩達に助力を求めてきたというわけなのである。
「じゃあ、あたし達は屋敷の連中を連れて人の誘導やら整理やらを行うから、サーちゃんとミレちゃんはあたしの代わりに収穫祭の料理を作るのを手伝いに行ってくれるかい?」
「わかりました。準備を終えたらすぐに向かいます」
「すまないね。予定を早めちゃって」
「いえ、緊急時ですから」
昼頃から人の入れ替えとして収穫祭の手伝いに回ることになっていたミレイ女史は、アリッサ嬢の申し出をすんなりと受け入れるのであるが、手伝いの予定が全くなかったサーシャ嬢は、突然の事で困惑の表情を浮かべるのである。
まだ幼く遊びたい盛りのサーシャ嬢に、予定の急変更をすんなり受け入れろというのは無理があるのである。
だが、アリッサ嬢はそんなサーシャ嬢に、手を合わせて再び助力を願うのである。
「サーちゃん、センセイと祭を回るのを楽しみにしてたのは良く分かってるんだけど、サーちゃんの力が必要なんだよ。頼めるかい?」
「…………うん、わかった。おじさんとお祭りいけないのは残念だけれど、わたしは困っている人を助けるれんきんじゅつしだから、お手伝いがんばる!」
「楽しみにしてたのに本当に悪いね。助かるよ」
暫し悩んでいたサーシャ嬢であったが、元気良く手伝いを引き受け、そんなサーシャ嬢を見てアリッサ嬢は笑顔を見せるのである。
皆、大変そうなのである。
我輩は錬金料理しか作ることができないし、おそらく厨房仕事は邪魔になりそうなのだと判断した我輩は、アリッサ嬢達の方へとついていくべく、席を立つのである。
そう、我輩もサーシャ嬢と同じ錬金術師なのである。
困っている民を助けるのが仕事なのである。
「なんだいセンセイ。今は遊んでる余裕は無いんだけれどね」
「アリッサ嬢、我輩も何か…………」
「あぁ、来なくていい」
食堂にいた女中に、屋敷の使用人達を入口の広間に集めるようにと指示をしているアリッサ嬢へと近づく我輩の様子に、怪訝な表情を浮かべたアリッサ嬢であったが、我輩が一言発すると、すべてを言う前に拒否の返答を返すのである。
「いや、大変な時であるので」
「大変な時だから、何もしなくて良いって言ってるんだよ。センセイは絶対余計な面倒ごとを増やすんだから」
「それを言ったら、センセイはここに篭ってないといけないけどな」
我輩達の会話を聞いて、ダンが横から口を挟むのである。
我輩がそんな問題ばかり起こしているような言い方をされるのはおかしいのである。
我輩が面倒を起こしているのではなく、勝手に巻き込まれるだけなのである。
「人の話を…………」
「主催側で面倒を起こすより客側で起こされた方がマシさね。…………デルっち、センセイの子守を頼んだよ!」
「ええ! おれ!?」
「デルっちが一番やることないでしょう? じゃあ、頼んだよ!」
しかし、我輩の説明を一切聞くことも、デルク坊の返事も聞くこともなくアリッサ嬢達は食堂を出て行くのである。
これは、かなり失礼なので今日の夜にでもきっちりと話しをしないといけないのである。
「わたしたちもこれから準備をして皆のところに行くから、おじさんとおにいちゃんはお片付けをお願いね」
「すいませんが、よろしくお願いします」
会場へ向かう準備のため、サーシャ嬢達も食事を切り上げて食堂を離れるのである。
「…………我輩の扱いが酷い気がするのである」
「まぁ、おっちゃんだからなぁ。おれに、おっちゃんの面倒見きれるのかなぁ」
「デルク坊、我輩をなんだと思っているのであるか」
「頼りになるけど、問題も良く起こすおっちゃん」
皆失礼なものである。
そう思いながら我輩は、片付けをするべく食べかけの料理に手を伸ばしつつ、今年もまた大変な収穫祭になるのであるなと思い、それは片付けが終了して会場へ足を運んだ今、確信へ変わったのであった。




