二年目の収穫祭である ー朝①ー
我輩の名はアーノルド。自由気ままに生きる錬金術師である。
収穫祭の前日、集落の者達と最後の準備に励んでいた我輩の元にアリッサ嬢の差し入れを持ってきたミレイ女史。
彼女から来客であると言われ、向かった先には兄のバリー老によく似た弟のギリー老がいたのである。
そんなギリー老にダンとアリッサ嬢が振り回されていたのであるが、何故か我輩も巻き込まれる事になり、貴重な時間を無駄にしたのであった。
来年もまたどちらか来るのであろうか。
面倒そうなので、できれば来てほしくないのである。
「おじさんどうしたの? 疲れてるの?」
「ある意味では疲れているのであるな」
昨日の事を思い出して少々憂鬱な気分になっていると、サーシャ嬢が心配そうな表情を浮かべて我輩に声をかけて来るので、隠しても意味が特にないと考えた我輩は正直に疲れていることを告げるのである。
二日連続の強度の精神的な疲労は、さすがに堪えるのである。
「慣れないお仕事したからだよ」
「肉体的な疲れではなく、精神的な疲れであるな」
「ふぅん。じゃあ、今日は集中できなさそうだからお勉強はお休みした方がいいんじゃない?」
「そうであるな。無理をして構成魔力を暴走させるのも良くないであるな。今日は手引き書を見ていることにするのである」
「結局勉強はするのですね」
「我輩にとって、この時間は貴重な時間なのである」
手引き書を手に取る我輩を見て、ミレイ女史は苦笑を浮かべるのである。
我輩からすれば、書を読み更けるのは休憩とほぼ同義である。
気になる物があって、やる気が疲れを凌駕したら再び釜に向かおうと思いながら我輩は復習がてら初級の手引き書を読みはじめるのである。
「ミレイお姉ちゃん、これってどういう意味ですか?」
「どれかな? あぁ、これはね…………」
「うん。うん。そうなんだ! ありがとうミレイお姉ちゃん!」
「どういたしまして」
サーシャ嬢とミレイ女史も二人で和気藹々と研究に勤しんでいるのである。
二人が今、何を作ろうとしているのか、何を調べているのかはよくわからないのであるが、その雰囲気から充実した時間を過ごしているのは間違いないのである。
肉体労働で皆と汗を流すのもたまには良いのであるが、やはり落ち着いた雰囲気の中で研究を行ったり、議論を交わし会う方が自分は好きなのである。
研究に精を出す二人を横目に本を読みながら、しみじみと我輩はそう思うのであった。
多少疲れがあったため、我輩は思った通りの事はできなかったのであるが、それなりに有意義な時間を過ごしていると、食事の用意ができたとデルク坊が知らせに来たので、食堂へと向かうことにするのである。
「今日は収穫祭だよ! 今日のための特別な料理を出す屋台もあるんだって! すげえ楽しみ!」
「遠方からやってきた商人達もいるみたいですよ」
「昨日、騎士のお兄さん達にアリッサおねえちゃんの作ったお料理を持って行ったけれど、すごく大変そうだったよ」
「前日であるからな。それはもう大混雑であったのであろうな」
「うん! すごく人が並んでたよ!」
サーシャ嬢はそう言うと、手をこれでもかという程に前回まで広げて混雑の程度を表現するのである。
「そんなにたくさんの者がいるとなると、いくら規模を拡大したとはいえ、集落では受け入れきれないであろう」
「ですので、集落の外にあるキャンプが収穫祭の別会場の役割を果たしているのです」
ミレイ女史によると、集落の外にあった商人や探検家達が形成していた仮キャンプが作られた際に、アリッサ嬢と集落長が赴き、収穫祭が終わった後も人の流れがある程度落ち着くまでの間キャンプを維持してもらえないか頼みに行ったのである。
集落の外に独自の集落を一時的に築くことになるので、キャンプを形成することは集落にとって受け入れられる事ではないのであるが、川の上流の村でも同様でもそうであったのであるが、集落が受け入れられる人数を越した場合は、例外的に受け入れられることもあるのである。
とはいえ、その場合も黙認という形を取るのが普通なのである。
集落長やそこに住む上級貴族から、キャンプの形成や維持を逆に頼まれた商人や探検家達はきっと驚いたことであろう事が想像できるのである。
「印象を少しでも良くしておけば、これから集落を大きくする際に協力してもらえる可能性がありますし」
「これから先を考えると、そういう細かいことも必要になるのであるな」
「難しいことはわかんないけど、何かをしてもらったら自分のできることで返すのが普通だろ?」
「そうなのであるが今回の一件とそれは、また別の話になるのであるな」
「どういうこと?」
首を傾げるサーシャ嬢とデルク坊に、ミレイ女史は笑顔を向けて説明を始めるのである。
「今回は集落とキャンプが違うことで困ってて、でも、それを両方が協力すれば解決できることなの。でも、集落を大きくしたいのはのを手伝ってほしいのは、こっちの事だからね。キャンプを作っていた人たちにとってはあまり関係が無いでしょ?」
「えー? そんなのずるいじゃんか」
「そうね。だから、本当はキャンプの人たちは何も言わなくても商売をしていたかもしれないけれど、集落の方から、ここも収穫祭の正式な会場ですよって宣伝してあげる事で、少しでも良い関係を築ければ気持ち良く手伝ってもらえるかもしれないでしょ」
「良い仕事をしてくれてありがとうって頼んだ人から特別報酬があると、その人の頼みは聞きたくなるもんだってドラン兄ちゃんが言ってたけど、そんなのような事?」
「そうそう。本当にそう思ってそうしてくれる人もいるけれど、その探検家に良い印象を持ってもらいたくてわざとそういう風にする人もいるのよ」
「なんか、ずるいなぁ」
「サーシャは子供だなぁ。サーシャだって、友達になりたいと思ったやつにお菓子を少し多く分けたり、美味しそうな方をあげたりするだろ? それと同じだよ」
「そっかぁ…………。確かにそっかぁ………………あ! おにいちゃん、わたしのこと子供扱いした! 怒るよ!」
「もう怒ってんじゃんか!」
そう答えるサーシャ嬢は、理解はできるのであるが心情的には納得をしたくないといった複雑な表情を浮かべるていたのであるが、サーシャ嬢はデルク坊に子供扱いされたことに気付いてみるみる機嫌を悪くするのである。
口に出してしまえば我輩にも被害が出てしまうのであるが、そうやって怒るところが子供なのであると心の中で呟くのである。
そのようなことを思いつつ、我輩はふと、ああ、こういうことなのであろうなと思うのである。
それは、最長老殿が言っていた言葉。
人間も亜人種も一緒、という言葉である。
何故人種が違う人間と亜人種が帝国を作り、共に生きる道を選んだのか。
それは、北の大地に住む強力な生物達から逃げるためという共通の目的があったからである。
利害関係が一致すれば、目的達成のために多少の歪みは見て見ぬ振りをすることが可能である。
まさに、集落で受け入れる事ができない者達を集落外で受け入れてもらいたい集落側と、できるだけ良い環境下で商売を続けたいというキャンプ側の利害関係が一致しているため、大きな問題が起こらないということである。
そう考えると、上位貴族であり高クラス探検家でもあるアリッサ嬢という存在が、当時の皇帝の役割に当たるのであろう。
で、あるが、共通の目的を果たした後も関係を維持できるかどうかは、その間やその後にどれだけ互いを尊重できる関係を築いていたかによるのである。
嫌らしい言い方であるが、利益を享受しあると言い換えても良いのである。
当時の人間と亜人種の関係は、そう考えるといびつである。
亜人種は人間に感謝し、自分の持っている技術や能力を惜しみ無く提供していたのである。
で、あるが、それに対する人間の反応はずっと感謝程度である。
これは、どう考えても一方的なのである。
しかし、当時の人間も亜人種もそれが歪んだ関係だと気付かず、いや、人間側は気付いていてもそれを修正することがなかったのかもしれないのである。
そう、それが甘えと傲慢の始まりである。
やがてそのことに違和感を感じた亜人種達から不満が出て、反動的に見返りを求めるようになり、人間側は亜人種側の変化に危機感を抱くようになるのである。
絶対数こそ少ないものの、能力的にも技術的にも亜人種の方が上である。
それならば、帝国を奪われる前に排除しようという流れになり、当然亜人種側も抵抗を始めるのである。
その流れが、1200年前の悲劇になったのであろう。
最長老殿も、
「そうなる前に、互いに少し距離を取ることができていれば違った未来があったのかもしれないね」
と言っていたのである。
なので、我輩が錬金術を普及させることを反対したのであろう。
今思えば、確かに我輩の行動は当時の亜人種に通じる部分もあったのは確かである。
最長老殿が心配するのは当然なのかもしれないのである。
なので…………
「おじさん? 足が止まってるよ?」
「おっちゃん、何してんだよ。早くご飯食べにいこうぜ」
「大丈夫ですか? アーノルド様。本日はお休みになった方が…………」
いつの間にか考え込んでしまい、足が止まってしまっていたのである。
皆それぞれ我輩を見ているのであるが、心配をしているのが伝わるのである。
「大丈夫である。少々考え込んでしまっただけである」
「おじさん、考えすぎは良くないよ?」
「おいしいもの食べて気分転換しようぜ」
「心配ですので、収穫祭へ行くときは私がついておりますね」
「ミレイおねえちゃんずるい! 私も一緒に回るの!」
「いや、そこまでしなくても」
「お嫌なのですか?」
「そういうわけではないのである」
「じゃあ、決まりですね」
「わーい! やったぁ!」
これもこれで一方的な関係なのである。
いつか修正できるのであろうかと思いながら、我輩はサーシャ嬢とミレイ女史に引っ張られながら食堂へと足を運ぶのであった。




