これから我が家に向かうのである
我輩の名はアーノルド。帝国唯一無二の錬金術師である。
太陽も昇り、鳥のさえずりや遠くからは獣の鳴き声も聞こえる森の中を我輩達は進んでいるのである。
本来ならば、森の移動は獣などの急な襲撃に備え、あまり距離を取らないように進むのであるが、我輩達は先導のアリッサ嬢をからはぐれていかないようにしているだけで、各々自由に進んでいるのである。
我輩とダンが最初に森に入った地点、そこまでが結界の範囲内なので何とも気楽な森の旅路である。
「今日と明日は、森の中で一泊するからね」
「お外で寝るの?」
サーシャ嬢が、アリッサ嬢の言葉を聞いて首を傾げるのである。おそらく野宿などの経験はあまりないのであろうな。我輩もそれほど無いのであるが。
「地面で寝る訳じゃないよ。ちょっとした休憩場所を作ってその中で寝るんだよ」
「へぇ~なんで明日も森の中なの?」
「無理すれば、明日の夜中には着くんだけど、森の外は夜になると獣が出てくるからね。森の出口で休んでおくんだよ」
「そっかぁ、そこまでお家のけっかいが張ってあるんだね」
「そういうことだよ。よくわかったね、すごいねサーちゃん」
「えへへ……だって私お嬢さんだもん」
アリッサ嬢とサーシャ嬢が仲良く会話しているのである。こう見ていると、姉妹のようにも見えなくないのである。
別の方向を見ると、ダンと兄君が会話しているのが見えるのである。どうやら出現する獣の話になっているようである。
「にいちゃん、森の外の獣ってどんなのが出るんだ?」
「森から出てくる奴らがほとんどだな。単体よりも、群れるやつらが多いな」
「何で夜にしかでないんだ?」
「森と違って、隠れるところが無いからな。昼間なんかに出たら、狩人にやられちまうよ」
「へぇ、人間にも狩人っているんだな」
「帝国の中心だと家畜を飼っているからそんなに狩りの必要は無いけど、ここら辺だと獣が多いから、そっちの肉を取った方が早いようだな」
「豚とか飼ってんの?肉、美味いよなぁ」
「豚?」
「豚知らねえの?豚って……」
あちらもあちらで楽しそうである。
そんな様子を見ている我輩や、サーシャ嬢達の周りをせわしなく妖精パットンが飛び回っている。相当興奮しているのであるのか、いつもよりさらに落ち着きが無いのである。
うろうろと飛び回っていた妖精パットンであったが、こちらの方にやってきたのである。もうすでに満面の笑みである。
「良いねぇ、楽しいねぇ、皆の【意思】の構成魔力の質が良いんだよ。ボクもより楽しみになっちゃうよ」
「構成魔力の質で感情が分かるのであるか?」
「感情自体は具現化させないとわからないよ。だけど、質が高いってことは純度が高いってことなんだ」
妖精パットンは、くるくる周りながら我輩に話しかけるのである。目を回さないものなのであろうか、見ているこちらの目が回りそうである。
「つまり、純粋な気持ちであるとか、本気であるとかということであるか」
「そういうこと、他の意思も混ざるとやっぱり質は落ちちゃうんだよね。君達のことを完全に信用している証拠だよ」
「妖精パットンの存在も、と我輩は思うのである」
「錬金術師アーノルドも、嬉しいことを言ってくれるじゃないか。あぁ、素晴らしいよ」
妖精パットンはそう言うと、自分の体を抱きしめるようにしてどこかへ飛んでいってしまったのである。思った以上に興奮しているのである。大袈裟な妖精である。
「おじさん、大丈夫?」
「大……丈……夫の……筈で……ある」
移動を開始して数時間。覚悟はしていたのであるが、予想より早く体力が減ってしまったのである。
サーシャ嬢は心配して声をかけてくれるのである。本当に優しい良い子なのである。
「おっちゃん、おれの半分しか生きてない若者なんだからもっと頑張れよー」
「そうだそうだー。人生の先輩として若者に気概を見せてくださいよー」
「辛くなったときほど、無意識に意思の魔法は発動しやすくなるから発動できるように頑張るんだ。錬金術師アーノルド」
それに比べて、こ奴等は笑いながら煽ってくるのである。
兄君よ、普段は年下ぶっているのに、こんな時だけ年上であることを仄めかすのは、止めるのである。
ダンよ、覚えているが良い、今度意思の魔法の効果を模した道具を作ってやるのである。実験に参加させてやるのである。
妖精パットンよ、無意識に魔法化させるものを意識させることで魔法化の阻害をするのは止めるのである。心配してるようで、邪魔をしているのはバレているのである。
「えー?そんなことは思ってないよ?心外だなぁ」
「…………我輩の……放出している…………構成魔力を……具現化するのは止めるので…ある」
「あ……うん。そうだね、ちょっとやり過ぎたよ。ごめん」
妖精パットンの謝罪を受け、我輩は一息つけるのである。
「ふぅ……。反省しているのならば良いのである。誰かみたいに屁理屈をこねて、反省してるのかどうなのか疑わしいやつよりましである」
「おぉ?センセイ、元気が戻ったと思ったら、いきなり絡んできたな、おい。」
我輩の言葉にダンが反応してきたのである。暇人め
「我輩は、名前は言ってないのである。ただ、人に注意されても屁理屈をこねて非を認めない誰かより、きちんと謝れる妖精パットンの方が素晴らしいと言っただけである。心当たりがあるのであるか?ダンよ」
「あるねぇ、大いにあるねぇ、誰のことかと思ってよくよく聞いたらセンセイ、自分のことじゃねえか。ちゃんと反省しろよ、センセイ」
「我輩は先生ではないのである。それよりも、ダンは何を言っているのであるか?我輩はいつも反省しているのである。納得のいかないことの説明を求めているだけである」
「納得っていうか、自分の思った回答以外認めねぇだけじゃねぇか。人間、謙虚が大事だぜ、先生」
こんな下らない話を妖精パットンは、楽しそうに眺めているのである。アリッサ嬢とサーシャ嬢、兄君は我関せずと三人で手を繋いで楽しそうに先に進んでいるのである。
「君達は、仲が良いねぇ。見ていて楽しいよ」
「妖精パットンは、人間と価値観が違うのであるか?これのどこが楽しいのであるか」
「パットン、分かってるじゃねぇか。センセイとは、気を使ってると鬱憤が溜まるからな。本音で話した方が楽しいんだぜ」
「どうにも我輩とダンの間には認識の違いがあるようである。我輩はダンに対して気を使っているのである。いった…………」
我輩は、そこまで言って言葉を止めるのである。我輩はダンを見ると、ものすごいニヤニヤしているのである。
こやつ、またはめようとしたのである。
ダンの長話の引き金は、大体は〈我輩をなんだと思っているのか〉である。どうにも我輩にそれを言わせようとしている節があるのである。
「センセイ?一体どうしたんだい?言いたいことがあるならしっかり言った方がいいぜ」
ダンよ、その手には乗らないのである。我輩をなんだと思っているのであるか。
「センセイ、なんだと思ってるかって?知りたいなら教えてやるよ」
我輩の心の中を見透かしたようにダンが我輩の肩を掴んでそう言い放ったのである。
妖精パットン!余計なことを!
思い当たる節があるので、我輩はそちらの方を見るのである。
犯人と思わしき小悪魔は、何食わぬ顔でアリッサ嬢の方に混ざって移動しているのである。
妖精パットン、恐るべし。そして、許すまじ。
我輩は、ダンの長話にげんなりしながら、そう思ったのであった。
「さ、今日はここで休むよ」
あの後、森の家で作った昼飯を食べ、その後移動すること数時間。森の中に少し開けたところを兄君が発見したのである。
なので、本日はここで休むことにしたのである。
森の中で火を使うので、燃えたりしないように周囲の環境を整えるのである。
その後、アリッサ嬢と兄君は食材を探しに行き、ダンと我輩とサーシャ嬢で、夜営地を作っていくのである。
そして、妖精パットンは
「あううぅぅぅ……口が酸っぱいぃぃ……」
我輩の頭の上で、数時間前からこの調子である。
というのも
「錬金術師アーノルド、それは一体なんだい?」
我輩が、森の家から持ってきていた、残り少ない体力回復の薬を飲んでいると、妖精パットンが興味深々に尋ねてきたのである。
「これは、錬金術で作った体力回復の薬である」
「へぇ……そうそう、前から聞こうと思っていたんだけどね、錬金術師アーノルド」
そういって、妖精パットンは我輩の肩に乗るのである。
「なんであるか?」
「錬金術ってなんだい?」
そこで、我輩は現在知っている錬金術に関する要点を妖精パットンに教えたのである。
「へぇ、凄いね。話だけ聞くと、かなりすごい技術だと思うよ」
「やはり、そうであるか」
「うん。多分だけど、釜中の構成魔力の量と君の制御能力次第で、魔法の枠を超えた魔法を再現する事も出来る筈だよ」
「副作用が恐ろしいことになりそうであるな」
我輩の言葉に、妖精パットンは再度体力回復の薬に目をつける。
「副作用ってどれ程のものなの?少し試させてもらっても良いかい?」
「これは品質が高く、副作用も大分抑えられている良品である。我輩が作るとこれより副作用はきついのである。」
なので、我輩は飲みかけの薬を数滴、妖精パットンの用意したカップに分けたのである。
「副作用は、なんなんだい?」
口につける直前に聞いてきた妖精パットンに我輩は
「酸味である」
と答えたのである。
答えを聞く直前に薬を口に含んだ妖精パットンは、その直後に動きが止まったのである。
「?どうしたのであるか?」
「~~~~っ!」
何事かと見て見ると、涙を流し、口から薬液を溢したひどい顔の妖精パットンがいたのである。
「副作用がきついのであるか?」
「~~~~!!」
我輩の言葉に、首を縦に振りながら答える妖精パットン。相当きついようである。我輩も兄君もほとんど副作用はなかった筈なのであるが。
『こんなに酸っぱいなんて思わないよ!酷いじゃないか!錬金術師アーノルド!』
急に頭の中に妖精パットンの声が聞こえたのである。思念の意思疏通の魔法であるか。
「我輩達はほとんど感じないくらいの酸味である」
『ボクは酸味に敏感なの!知ってたら飲んでないよ!』
そう言って、妖精パットンは我輩の頬をぽかぽかと叩くのである。
確認する前に飲んでしまったので、自滅に近い形なのだと思うのではあるが、妖精パットンの中では、薬を飲む前に説明をしなかった我輩がいけないようである。
理不尽である。
なので、体力回復の薬の実験には、妖精パットンに参加してもらおうと決意したのであった。
妖精パットンは結局、翌日まで舌が回復しなかったようで、夕飯もあまり楽しめなかったようである。
朝起きた我輩に、会って早々恨み節である。
「おはよう、錬金術師アーノルド。君のせいで酷い目に遭ったよ、ようやく酸っぱさが抜けたよ」
「おはようである、妖精パットン。我輩は思うのであるが、自分に今は酸っぱくないと言う意思の魔法をかけておけばよかったのでは?と思うのであるが」
「浅はかだね、錬金術師アーノルド。ボクはすでに、酸っぱいものがだめという、呪いのように強力な意思の魔法にかかっている状態なんだよ」
「そうであるか。つまり、言い訳であるな」
「違うよっ!何をどうしたらそういう捉え方になるんだい。全く君は…………」
そんな話をしていると、見張り番であったアリッサ嬢がこちらへやって来るのである。
「おはよう、センセイ。なにもないのは楽だけど、気を張らなくて良いから、眠くなるねぇ」
「おはようである、アリッサ嬢。別に結界の中であれば夜の番などしなくて良いのでは?と思うのであるが」
「まぁね、でもそう言うわけにはいかないからね。もしも、結界を越して来るのがいたら大変さ」
そう言って、アリッサ嬢は全員分の朝御飯の準備をしに行ったのである。
「ボクだって、見張りをしてたんだから、褒めてほしいね」
そう、今回の見張り番は
ダンと妖精パットン
妖精パットンとアリッサ嬢
の組み合わせで行ったのである。
「ボクは、種族特性なのかほとんど寝る必要がないからね。皆が移動してるときに、錬金術師アーノルドの頭の上にでも寝かせてもらうよ」
という言葉に甘え、妖精パットンに不寝番をお願いしたのである。言葉通り、まだまだ元気である。
ちなみに、サーシャ嬢と兄君は子供だから。我輩は役に立たないという理由で、免除されているのである。
「えー!おれだって夜の番出来るぜ!」
と、大分息巻いていた兄君であるが、毎日誰よりも早く寝て、遅く起きる姿を見ている我輩達にとって、その言葉は説得力はなかったのである。
「おはようございます…………おじさん」
「おはようである、サーシャ嬢。あまりよく眠れなかったのであるか?」
普段は元気一杯のサーシャ嬢も、何やら眠そうである。やはり、外での泊まりはきつかったのであるか。
「お休みはちゃんとできたの。なんか、楽しくなっちゃって遅くまで起きちゃってたの……」
どうやら、興奮しすぎて中々寝れず、夜遅くまでダン達と混ざって、夜の番の真似事をしていたようである。
「旅って、大変なんだね。おじちゃんやおねぇちゃんは、いつもこんなことしてたんだね」
「そうだね、サーシャ。だから、できるだけアリッサが早く眠れるように、朝御飯の準備を手伝ってあげよう」
「うん、そうする…………。んーーーーー!よし!行ってきます!おねぇちゃーーん!」
大きく伸びをして、サーシャ嬢は元気にアリッサ嬢の手伝いに向かったのである。
「今日は何が起こるかなぁ」
「昨日は特になにもなかったのである」
「何をいっているんだい、錬金術師アーノルド。なにもない日なんて、あるわけないじゃないか!今日も楽しい日になると良いなぁ」
妖精パットンは、我輩の頭に乗ってそう言うのである。
「薬の副作用も楽しかったのであるか?」
我輩の質問に頭をぽかぽかと叩くことで答える妖精パットンであった。




