二年目の収穫祭前日を過ごすのである。
我輩の名はアーノルド。自由気ままに生きる錬金術師である。
「…………いつのまにか眠っていたのである」
ふと意識を取り戻した我輩は、自分の状況を一瞬把握できなかったのであるが、暗さに目が慣れきたので周りを見渡すのある。
そして、ここが自分に宛がわれている部屋である事、そして自分が今いる場所が寝台である事で自分が眠っていたことを把握するのである。
そうして我輩は、昨夜の状況を思い出すのである。
昨夜アリッサ嬢の屋敷に到着した我輩達は、以前、そして現在共に行動している面々から次々に小言などを言われ、その謝罪に追われたのである。
そのような喧々囂々とした状況により、いつもよりも長く起きることを余儀なくされた我輩は心身ともに疲れ果ててしまい、その結果部屋に着くなり自分でもわからないうちに眠りについてしまったようである。
そのような状況であったにもかかわらず、まだ日も出ていないこの時間に目が覚めてしまうというのは、日々の習慣の賜物なのであろう。
一度起きたら再び寝るのはもったいないと考えている我輩は、錬金術の研究をするべく身を起こすのである。
昨日の影響が残っているのか多少の身の重さを感じるのであるが、その程度ならば研究を中止する理由にはならないので、我輩は気にせず部屋を出ることにしたのである。
部屋を開けた我輩を待っていたのは、昨日の騒がしさが嘘のように静まり返った薄暗い屋敷の廊下である。
まだ屋敷に住み込みで働いている臨時の女中や執事達も眠っている時間なのか、貴族の屋敷にしては静か過ぎる、だが我輩にとっては普通の光景である。
我輩の歩く物音で、眠っている者を起こすのも申し訳ないので、できる限り音を出さぬように気をつけて我輩は工房へと向かうのである。
その途中、我輩はふと廊下の窓から外を眺めるのである。
暗くて遠くまで見ることはできないのであるが、我輩が見ている先は集落の大広場、つまり収穫祭の会場である。
明日の収穫祭に向け、今日は忙しくなりそうなのである。
ひたすら女性陣に髪飾りを作っていた昨年と違い、今年は特に作るものもないのである。
なので、今年は肉体労働に励んでみようと思うのである。
一応帝都ではウォレスの基礎訓練にデルク坊やサーシャ嬢と共に巻き込まれ、つい最近では霊木の管理集落で毎日薪作りに励んでいたのである。
なので、多少は役に立てるはずなのである。
そんなことを思う自分に何となくの危機感を抱きつつ、我輩は再び工房へと進んで行くのであった。
「お疲れ様です、アーノルド様」
研究を終え、朝食を取った我輩は、先程思ったことを実践するべく手伝いを申し出に大広場へと向かうのである。
集落の者達には驚かれたり遠慮されたりしたのであるが、人は多い方が良いという事で手伝いをすることになったのである。
そうして収穫祭に使うテントを張るのを手伝い終え、集落の者達と休憩をしている我輩のもとに、それなりに大きな籠を抱えたミレイ女史がやってくるのである。
「お疲れ様である、ミレイ女史」
「皆様もお疲れ様です、こちらはアリッサさんからの差し入れでございます」
ミレイ女史がそう言うと、ミレイ女史の声が届いたであろう全員が群がるのである。
「アリッサさんの差し入れだって!? 下さい! 是非下さい!」
「てめぇは俺達とは違う仕事をしてただろうが! 薬師様と一緒に仕事をした奴のみがありつけるんだよ!」
「そんなのテメエが決めることじゃねえだろうが!」
「んだとぉ!」
アリッサ嬢の料理が絶品だと知っている集落のもの達は、差し入れを手に入れようと必死なのである。
言葉遣いも荒く、若干血走った目をしている集落の者達は、さながら餓鬼か亡者である。
で、あるが、誰一人としてミレイ女史から籠を奪い取ろうとする者がいないどころか、若干距離を開けているのが少々面白いのである。
近づこうにも集落の者達の自浄作用が働くのか、他の者に阻止されているのであるが、我輩も念のためにミレイ女史の周囲に結界を張っているのである。
「あの……アーノルド様、結界を解いてくださいませんか? 差し入れをお渡しできないので」
「念には念を入れてである」
「集落の皆様は皆良い方ですのでそこまで心配なさらなくて結構ですよ」
困ったような笑いを浮かべるミレイ女史の言葉を聞き入れ、我輩は結界を解くのである。
結界が解かれて身動きが取れるようになったミレイ女史は一歩前に出ると、籠を下ろし、上蓋を開けるのである。
「おおおおお!!!」
「うまそうだ!!」
「皆様、落ち着いてこちらに並んでくださいね。心配なさらなくても、このあと他の方も新しい差し入れを持ってきますので皆様に行き渡りますからね」
ミレイ女史の言葉を聞くと、先程まで餓鬼のようであった者達が突然おとなしくなって列を作り出すのである。
中には出遅れて気落ちしている者達もいたのであるが、まだ差し入れが来ると聞くと明るい顔に変化して列に並んでいくのである。
この一連の流れを見て、人間至上主義者は亜人種よりもアリッサ嬢の方を警戒した方がいいのではないかとふと感じるのであった。
アリッサ嬢は、料理で帝国を支配できる気がするのである。
アリッサ嬢の差し入れもいただき、もうひと踏ん張り手伝いをしようと思った我輩であったが、客人が来ているとミレイ女史言われ、アリッサ嬢の屋敷へと戻ったのである。
そうして来客がいる応接間に案内された我輩を待っていたのは、天を仰いでいるダンと、苦笑いを浮かべるアリッサ嬢、そして、バリー老そっくりの少々意地の悪い笑顔を浮かべる老人だったのである。
「ダン、アリッサ嬢、一体どうしたのであるか」
「あ、ああ、センセイか」
「ん? センセイ?」
呼びかけた我輩の声に反応したダンの言葉を聞き、老人はこちらを見ると、先程とは違った好好爺然とした笑顔を浮かべるのである。
「おお、あなたが錬金術師のアーノルドさんかね。兄が以前世話になったようですな」
「お初にお目にかかるのであるご老体。我輩がアーノルドである、兄とはバリー老の事であるか」
「そうですな。それに、魔法の荷車や探検家達の大森林での拠点作成などを便宜を図っていただき、探検家ギルドの職員としても感謝しております」
「別にそれは、こちらでも約束していたことでもあるので構わないのである。ところでご老体、バリー老の弟ということであれば本部ギルドの所長であるはずなのである。何故辺境のこちらまで来たのであるか」
本部ギルドの所長といえばギルドのNo.2である。
本来このような所にやってくるような身分では無いはずなのであると我輩は思ったのであるが、そもそもグランドマスターであるバリー老がドランの監査役として昨年こちらに来ていたのを思い出すのである。
比較的暇な役職なのかも知れないのである。
「この爺さん、今度この集落にできる探検家ギルドの相談役として当面の間こっちに居座るらしいぞ」
「爺さんとは何という言い草じゃ。新しく立ち上げるギルドだから、ノウハウを知っているものがいないといかんのじゃ…………アリッサ、おかわり」
「あの、差し出がましいとは思いますが、お茶をお入れするのは私達の仕事でございますが…………」
「アリッサ、おかわり」
「あ、あの……」
「無視して注いじゃって。この爺さん、あんたが新人のメイドだって分かって困らせてるだけだから」
「ほっほっほ。この程度あしらえないと貴族の相手などできんぞ。もう一杯じゃ」
そう言ってギリー老は女中が入れた茶を一気に飲むと、再びおかわりをするのである。
その光景を見て、我輩は二人は確かに兄弟であると確信するのである。
そんなことを思った我輩であったが、ふと気になることがあったので尋ねてみることにするのである。
「先程探検家ギルドが建つと言っていたのであるが、確かギルドは村の規模にならないと作られないはずであるが」
「別にそんなことは無いんじゃよ。集落規模の小さな所にまでギルドを作っていたら職員が足りなくなってしまし、管理が面倒じゃから村規模以上での集落でギルドを作るようにしているだけじゃよ」
そしてギリー老は、大森林でも活動拠点が使用されるようになってから、辺境地方で行う仕事の依頼、そして辺境の各集落で頼まれる仕事の依頼が急激に増えてきこと、そして人の出入りの多さからこれから先この集落が一番大きくなると判断してこの集落に臨時ギルドを建設することを決めたという説明をするのである。
「で、そのギルドの相談役として滞在するということになるのであるか」
「そうじゃよ」
「なるほどである。それで、ギルドはどこにあるのであるか? それらしい建物はなかったのであるが」
「センセイ、自分で言った言葉を忘れたのか? まだ建ってねえんだよ」
「では、何故ここにいるのであるか」
「それは当然、視察じゃよ。集落はどうのような感じなのか、人々の活気はなどを見るのは重要じゃよ」
「嘘付いてんじゃないよ。収穫祭に参加しに来ただけだってさっき言ってたじゃないかね」
「そうじゃったかの? 年を取ると忘れっぽくなるの」
苦々しい表情を浮かべてそう言うアリッサ嬢であるが、ギリー老は全く気にせず茶菓子を手に取るのである。
「では、収穫祭が終わったら帝都に戻るのであるか」
「そんな面倒なことはせんわい。後一月もすれば一応ギルドの運営できるくらいまでは完成するんじゃ。ここに残るわい」
「では、その間どこに泊まるのであるか」
「ここだってよ」
我輩の質問に答えたのはギリー老ではなく、ダンであったのである。
「爺さん、絶対バリー爺さんの仕返しで行動してるだろ」
「昨年、ワシがどれだけ苦労したと思っとるんじゃ。今年は兄ちゃんがワシの分まで苦労するのが当然じゃろうが」
「くだらねぇ兄弟喧嘩にあたし達を巻き込むんじゃないよ!」
「昨年、兄ちゃんが楽しそうに大森林での出来事を話すのを聞いて、どれだけワシがうらやましかったことか! その恨みじゃ!」
「しらねぇよ! 八つ当たりじゃねぇか!」
喧々囂々の罵りあいが始まったのをぽかんとする新人女中と眺める我輩は、今年の収穫祭もまたうるさくなりそうであると思うのと同時に、これならば収穫祭の準備を手伝っていた方が有意義な時間であったなと無駄な時間を過ごしてしまった事を後悔するのであった。
明日は、収穫祭である。




