辺境の集落付近から、である
我輩の名はアーノルド。自由気ままに生きる錬金術師である。
霊木の管理集落を後にした我輩達は、老婦人を森の集落へと送り届け、集めた素材や食材を工房の倉庫や食料庫に移した後、他の者達が待っている収穫祭が近づく辺境の集落へと移動するのである。
「もう少しで着くのであるな。思ったよりもここに来るまでに時間がかかってしまったのである」
「センセイが素材を運ぶのをもう少し手伝ってくれたなら、もっと早く着くこともできたんだがな」
休憩をしている丘の上から、遠くの方で見えている辺境の集落を眺めつつ我輩がそう言うと、干し肉をかじっているダンがそう応じるのである。
「我輩には猛禽の女性の治療薬作成研究に必要な試薬を作るという、重要な役目があったのである」
そう、我輩はダンが荷車から工房内に荷物を運び入れている間、獣人女性の治療薬を作るために必要な補助試薬を大量に作っていたのである。
と、言うのも現在の我輩の実力では霊木や霊草の扱いは手に余っており、補助試薬を早々に投入しないと道具の作成はおろか、分解した構成魔力の制御すらままならなかったのである。
おかげで、足場として利用するための障壁石を作成するという名目で、研究用のためにやや多めにに持って行った補助試薬の全てを消費してしまい、滞在中の最後の数日は研究が全く行えなくなってしまったのである。
以前行ったように三人がかりで制御すればおそらく大丈夫だとは思うのであるが、できれば一人でも研究は行いたいのである。
「んなもん、嬢ちゃん達と一緒にやれば問題ないんだろ?」
どうやら、ダンもその事に思いが至っているようで食い下がってくるのである。
錬金術に興味がないような振りをして、こういうところはしっかりと分かっているのが嬉しいときもあれば、小癪に思う時もあるのである。
当然今は後者である。
なぜならば、ダンは錬金術に理解を示そうという理由ではなく、我輩に言い負かされないためにその知識を得ているからである。
そういうところが小癪である。
「物事には絶対ということはないのである。備えがあれば憂いはないのである」
「へいへい。そうでございますね」
「あははははは。キミ達はいつもおもしろいね」
人の説明を受け流すダンに、小言を言ってやりたい気持ちになった我輩であったが、我輩達のやり取りを楽しそうに見ている妖精パットンを見て、我輩はその気持ちをぐっと押さえて話を切り替えることにしたのである。
ダンはともかくとして、我輩は妖精パットンを楽しませるための見世物ではないのである。
「ダンよ、後どれくらいで集落に着くのであるか」
「あ? …………ここからなら日が落ちる前には着くはずだぞ」
我輩の言葉に怪訝な表情を浮かべていたダンであったが、楽しそうにこちらを見ている妖精パットンをちらりと見ると、ため息をついて普通に返答を返すのである。
どうやら、ダンも同じようなことを思ったようである。
「今年は一体どんな料理が出るのかなぁ。ボクはとても楽しみだよ」
話が変わったことで落ち着きを取り戻した我輩達に、一瞬物足りなさそうな表情を浮かべた妖精パットンであったが、集落の話から連想されたのであろう収穫祭に興味が移ったようで、まだ見ぬ料理に惚けたような表情を浮かべるのである。
「今回は昨年よりも規模も大きくなるであろうから、昨年よりもたくさんの料理が振る舞われるであろうな」
「あー…………。集落が急に大きくなりすぎて面倒事が増えて辛いって集落長が嘆いてたな」
結界付近に作成した大森林内での活動拠点を使う探検家が増えたことにより、探検家の出入りが増えたことによって近場にあるこのあたりの集落は以前に比べて発展が著しくなっているのであるが、我輩達が居を構えている集落は中心的な存在としてより発展が進んでいるようである。
以前寄った時も、たくさんの建築中の建物や開墾中の土地を見かけたり、防護柵の拡大工事などを行っている姿を目撃したのである。
なので、あの集落も辺境の【集落】から【村】へと名称が変わるのもそう遠くないと思うのである。
「俺は村長なんかになりたくねぇよ。小さな規模の集落をまとめるので精一杯だっての」
などと、集落長は嘆いていたのであるが、彼はなんだかんだ言ってちゃんと民をまとめていくと思うのである。
「だから、アリッサ嬢達はあのあと早々に集落へと向かっていく事にしたのであるな」
「ドラン達も待ってるしね」
「そうである。だから早く行かねばならないのである」
「だからそのために、センセイにも手伝って欲しかったっていう話をさっきしたと思うんだけどな! だいたいセンセイは…………」
折角いい感じで話を切り替えることができたのであったが、結局話を蒸し返される結果となってしまい、我輩の努力は水の泡になってしまうのである。
全く、過ぎてしまった事を根に持ち過ぎなのである。
休憩の時間中続くダンの小言を受け流しながら、我輩はそう思うのであった。
昼食休憩が終わり移動を再開した我輩達は、ダンの見積もりよりも少し早く集落の門付近まで到着することができたのである。
だが、日もほぼ落ちてきた現在でも我輩達は、まだ集落の中に入ることはできないのである。
「去年よりも酷くなってるな」
「受付所が増えているのであるが、それよりも来訪者が多すぎるのであるな」
というのも、我輩達は集落に入るための受付を待つ列に並んでいるからである。
少しずつ消化しているものの、なかなか進まない状況にそう独り言をいう我輩に、
「だって収穫祭は明後日なんだよ。おじさん達が来るのが遅すぎたんだよ」
と、我輩達と一緒に列に並んでいるサーシャ嬢が頬を膨らませながらそう訴えるのである。
なぜサーシャ嬢がこの場にいるのかというと、集落が近づくにつれて見えてくる人の列を見た妖精パットンが、早々に我輩達の元を離れてアリッサ嬢の家へと行ってしまい、ちょうどその時家にいたサーシャ嬢がいて我輩達が来るのを列の最後尾で待っていたからなのである。
そしてやってきた我輩達が、列で待っているサーシャ嬢を見つけたのとほぼ同時かそれよりも早くこちらを発見サーシャ嬢はこちらに駆け寄ってきたのである。
その光景に、だいぶ寂しい思いをさせてしまったのかと、サーシャ嬢にかける言葉を考えていた我輩の前にサーシャ嬢はやってくると、
「二人とも遅い!!」
と、すごい剣幕で怒りだしたので、ダンと二人がかりで謝り宥めて先程ようやく落ち着いたところなのである。
「それは主にセンセイのせいだから、嬢ちゃんはしっかりセンセイを怒っておいてくれ」
「違うのである。我輩ではなく…………」
「言い訳しないの!」
「……申し訳ないのである」
「お、おう。悪かった嬢ちゃん」
なのに、ふざけた言い訳をダンが始めるので、その訂正をしようとした我輩までサーシャ嬢に再び怒られる事になるのである。
こうやって機嫌が悪そうなサーシャ嬢ではあるが、その手はしっかりと我輩の手とダンの服を掴んでいるのである。
どうやら本当はダンの手も掴みたかったようなのであるが、ダンは荷車を牽いているのでサーシャ嬢は手ではなく服の一部を掴むことにしたようである。
我輩としては、この荷車は片手でも余裕で牽くことができるので、手を掴んでも全く問題ないはずだと思うのであるが、余計なことをサーシャ嬢に言って機嫌を悪くさせたくはないので黙っているのである。
それはダンも同様のようで、何度か握っている棒をから手を離す素振りを見せていたのであるが、結局サーシャ嬢のしたいようにさせているのである。
そんなことを思いながら少しずつ進んでいく列を眺めていると、ダンがぼそりと
「パットンの奴、上手いことやりやがったな」
と言うので、我輩は頷きを返すのである。
こうして我輩達が集落へと入ることができたのは日も完全に沈んだ、その日の受付が終了する直前のことだったのであった。




