子供達が料理を振る舞うのである
我輩の名はアーノルド。自由気ままに生きる錬金術師である。
「みんな! お昼ご飯だよ!」
捜索団の者達と一通り話が終わったとき、何とも香ばしい、食欲を誘う良い香りが我輩達を包むのである。
声のする方を見ると、デルク坊が好物の野菜を甘辛のタレで焼いたものと、以前作った乳と合わせたスープ、そして後から皿に葉野菜を敷き、その上に塩と黒い実を挽いたもので味付けした肉を厚めに切ったものを焼いた料理を次々に運んできたのである。
焼肉に関しては盛り付けが豪快なので、おそらく料理大会でドランの手伝いをしたときに覚えたものなのであろうと思われるのである。
そういえば、いつの間にかデルク坊が会話に参加していなかったのであるが、それは料理をしに厨房にいたからであったのかと、我輩は今更ながら気付いたのである。
「珍しいであるな。アリッサ嬢が厨房に立たないのは」
「デルクが親父さんや皆に自分の料理を食べさせてあげたい言うからさ、任せてみたのさ」
いつの間にそんなやり取りをしていたのかわからなかったのであるが、自分の成長を親御殿達に見せたかったのであろう。
子供らしいのである。
「デルクが料理したのかい?」
「そうだよ! まだ一人じゃこれくらいしかできないけれどさ。頑張ったんだぜ! 食べてみてよ!」
「お兄ちゃんが今日のご飯を作ったの? えー……だったら、わたしも一緒にやりたかった!」
香りに誘われて下りてきたサーシャ嬢が、少し恥ずかしそうにしているデルク坊に向けて頬を膨らませるのである。
まぁ、知っていればサーシャ嬢も親御殿達に何か作りたかったであろうな。
「ごめんって。じゃあ、夕飯はアリッサ姉ちゃんとサーシャで作れば良いじゃんか」
「むぅー」
「サーちゃん、夕飯は二人ですごいの作ろうじゃないかね」
「うん…………わかった!」
そんなサーシャ嬢とアリッサ嬢のやりとりを、少し羨ましそうにフィーネ嬢が見ているのである。
彼女も、親御殿に何か料理を出したくなったのであろうか。
その様子に気付いたのか、アリッサ嬢が声をかけるのである。
「フィちゃんも一緒に、三人で作ろうかね。サーちゃん、いいかい?」
「うん! フィーネちゃんも一緒にやろうよ!」
「え!? いいの? サーシャちゃん、アリッサお姉ちゃん、お願いします!」
と、言うことで夕食はアリッサ嬢の指導の下、サーシャ嬢とフィーネ嬢が作る事になったのであるが、アリッサ嬢がいるとはいえ、まだ小さな子供が刃物を使ったり火を扱うということが心配なのか、奥方や親御殿が様子を見に行くようで、フィーネ嬢が二人を咎めるような大きな声を出しているのが聞こえ、自分の幼少期の頃、学習時に親から横やりを入れられて煩わしくなった事を思い出しながら、親と言うものはどのような種族でもそういうものなのであろうかと感じつつ、夕食の時間までの間の暫しの間、我輩は工房で研究をするのであった。
「ご飯できたよ!」
「皆の分もいっぱいあるからたくさん食べてね!」
「お代わりもいっぱいあるからね!」
てっきり親御殿達の分だけ作るのかと思っていたのであるが、デルク坊が全員分を作っていたので対抗して全員分の夕食を作ったようである。
子供二人が限られた時間で作るもので、食卓に並んでいるのはぶつ切りの肉と野菜を乳で煮たスープと、二人が形を作って焼いたパンとサラダといった、普段に比べるといくぶん簡素な物であるが。
これで、味付けが壊滅的であったら大変な惨事なのであるが、そこはアリッサ嬢の指導の賜物でそれなりに満足のいく料理になっているのである。
まぁ、多少の不満があるならば味付けが若干薄味だというところであるが、これでも森の民達には少々濃い味付けのようなので、致し方ないところではあるのである。
食事の挨拶が始まると同時に、まずは
「美味しいのだ。美味しいのだ。死ぬほどに疲れ切った体に染み渡るのだぁ…………」
「あー! うまいなぁ! 塩加減うまいなぁ! もう一杯おかわり!」
捜索団の面々と食事を取る際に出しているダンとドランが作った簡易なテーブルでは、分隊長の猛特訓という名の己の舌禍の報復を受けたリス獣人の若者とデルク坊が料理を貪るように食べているのである。
デルク坊も料理に目覚めたせいか、二人に対して対抗心を起こしつつも、しっかりと食事は楽しんでいるようである。
いい感じで三人で向上していければ良いと思うのである。
「うーむ……わたしもアリッサ殿に料理を教えてもらうべきか…………このままでは…………」
「明日の朝ごはんでも一緒に作ってみるかい?」
「本当か!? 是非!?」
「でしたら、わたしも一緒に良いですか?」
「んん? 分隊長はさておいて、あんたは誰かに食べさせたい人でもいるのかなぁ?」
「い、いえ! 別にここにそんな人はいませんよ!」
「へぇ? ここには、ねぇ」
「興味深いな。詳しく聞こうか」
「ちょ、ちょっと分隊長、顔が怖いです!」
どうやら、テーブルの端の方ではアリッサ嬢と分隊長と犬獣人の団員が料理の話から異性の話へと変化したようである。
どの種族も女性というのは恋の話が好きのようである。
そして、
「おじさん、おばさん、美味しい?」
「うん。とても美味しいよ、サーシャ」
「お父さん、お母さん、こっちはわたしが作ったんだよ!」
「あらあら……とても美味しいわ。家に帰ったら教えてもらおうかしら」
「えへへ……よかったね! フィーネちゃん!」
「うん! 頑張ってよかったね! サーシャちゃん!」
夕飯が始まってからというもの、ずっとこのような調子で自分たちの作った料理をアピールしている二人のおかげで、親御殿と奥方はなかなか食事が進まないのであるが、四人ともとても幸せそうである。
愛する子供が自分たちのために作るものは格別だという話を、東方都市での料理大会に出展していた際に口にしていた客もいたので、おそらくそういうことなのであろう。
「……おじさん、あまり食べてないけど美味しくなかったの?」
我輩がそんな四人の雰囲気にほほえましい気分になっていると、サーシャ嬢がやや不安そうな表情でこちらを見ているのである。
どうやら、あまり食事が進んでいない事に気がついて心配になったようである。
「違うのである。サーシャ嬢達に対して子供らしくて可愛らしいと思っていただけである」
我輩できる限りの笑顔を浮かべてそう言うのであるが、サーシャ嬢は不満そうな表情を浮かべるのである。
精一杯褒めたつもりなのであるが、何かいけなかったのであろうか?
「サーシャ嬢、何で不満そうなのであるか? 失言でもしたのであろうか」
「むぅー。 可愛いって言ってくれるのは嬉しいけど、私、子供じゃないもん! 子供だけど、おじさんよりもお姉さんだもん!」
どうやら、我輩に子供扱いされたのがいけなかったようである。
とはいえ、現実に森の民の子供なのであるから、どうしようもないのである。
「サーシャ嬢の理屈で言うならば、年齢差的にはお姉さんではなくお母さんである。そういうところがまだまだ子供であるな」
「お母さんっていうほど大きくないもん!」
「じゃあまだまだ子供であるな」
だんだんとサーシャ嬢が頬を膨らませはじめるのである。
だいぶ伸びてきた髪も気持ち逆立っているようにも見え、威嚇している小動物のようで可愛らしいのである。
「おじさんの意地悪! 結婚してあげないんだから!」
「前から言っているのであるが、サーシャ嬢の適齢期の時はどう頑張っても我輩は死んでいるのである」
「れんきんじゅつで大人になっても結婚してあげないんだから!」
「それはそれで仕方ないのである」
サーシャ嬢的にはおそらく真剣に怒っているのであろうが、ただただ子供らしくて可愛いものである。
「センセイ。サーちゃんの反応が可愛いからって、あまりからかいすぎないの」
「そうですよ。度が過ぎた意地悪は嫌われるだけですよ。アーノルド様は、本気でサーシャちゃんを怒らせたいわけではないのでしょ?」
そんな我輩達のやりとりを見かねた、アリッサ嬢とミレイ女史が我輩を諌めるのである。
どうやら、やり過ぎてしまったようでサーシャ嬢は目に涙を溜めているのである。
ついついダンの時のような感じで応対してしまったのである。
これは謝るべきである。
「やり過ぎてしまったのである。サーシャ嬢、申し訳ないのである」
「私、女の子だけど、子供じゃないもん」
「そうであるな。サーシャ嬢は子供ではなく女子であるな。その事をすっかり忘れていて子供扱いしてしまい、申し訳なかったのである」
「…………うん。忘れないで」
「わかったのである」
最近わかったことなのであるが、サーシャ嬢は子供扱いは嫌いなのであるが、女子扱いは許してくれるのである。
淑女や婦女子ならわかるのであるが、我輩の中では子供と女子にどのような違いがあるのか全くわからないのであるが、サーシャ嬢の中では大きな違いとして存在しているのである。
先程の言葉もきっと、女子らしくて可愛いと言えば喜んでもらえたということなのであろうか。
人の心は難しいのである。
「……錬金術師殿もか……分かってはいたが…………」
先程のやり取りで、なぜか分隊長ががっくりうなだれているので女性隊員が慰めているのである。
今のどこに、そのような要素があるのかわからないのであるが、とりあえず思い出した情報があるので伝えておくのである。
「分隊長、気にすることは無いのである。分隊長は森の集落の女性からとても頼りがいがあると人気が高いのである。自信を持って生きていれば、頼りがいのある女性が好きな男が必ずやってくるのである」
「…………うううぅ……やはり、なよなよしい男しか私にはなびかないのか……」
我輩の言葉を聞いて、分隊長はさらに落ち込んだ様子を見せるのである。
何か良からぬ事を言ってしまったのであろうか。
「センセイ…………それ、逆効果…………」
「ドランさんが好きという時点で、男性の好みが違うのがわからないのでしょうか…………」
「世の中の人は、おじさんのように誰でも良いという人が多いわけじゃないんだよ!」
と、良いフォローをしたと言う感触のあった我輩であったのであるが、その場にいた女性陣から次々に怒られる羽目になったのであった。
慰めるというのは難しいものである。




