一周回って元に戻るのである
我輩の名はアーノルド。自由気ままに生きる錬金術師である。
工房を訪ねてきた捜索団の面々と、これまでの報告と横道に逸れた他愛のない会話を交互に繰り返して時間を多少浪費していると、誰かが階段から下りて来るのである。
「サーシャちゃん、コルク可愛いね!」
「可愛いって言ってくれて、コルクも喜んでるみたいだよ!」
こちらに来て早々に、南方地方での出来事を報告し始める我輩達を横目に、見せたいものがあると一目散に2階にある自分の部屋へとフィーネ嬢を連れていったサーシャ嬢が戻ってきたのである。
そんな彼女の肩には木製の魔法人形コルクが乗っていて、フィーネ嬢の言葉が嬉しかったのか少し激しめに体を揺らしているのである。
普段は、肩に乗せていたりポケットの中に入れていたりと手元に置いているコルクを、わざわざ自分の部屋に置いていたところを見るとフィーネ嬢を驚かせた語ったのであろうと推測されるのである。
だいぶしっかりしてきて、錬金術師としても立派になったとはいえ、まだまだ可愛らしい子供である。
先程嬉しそうと言ったのであるが、表情もあるわけではなく動きだけで判断しているので、本当に嬉しいかどうかは当然我輩にはわからないのであるが、魔法人形であるコルクは、紙人形ノルド同様にサーシャ嬢と意思の構成魔力で繋がっているため、サーシャ嬢にはコルクの感情が何となく伝わっているので、おそらくサーシャ嬢がああいったのであれば実際に喜んでいるのであろう。
そんな感情表現が豊富な魔法人形コルクは、どうやら意思の魔法などを用いて魔法人形や使い魔等を作ることのできる夜の一族でも作るのが難しい高度な魔法人形のようで、それを始めて聞いたときには錬金術の底の深さとサーシャ嬢の才能に感心したものなのである。
「本当はフィーネちゃんにもすぐにお人形作ってあげたいんだけど、コルクくらいちゃんとしたお人形が成功しないんだ……」
とはいえサーシャ嬢の言う通り、我輩・ミレイ女史・サーシャ嬢ともにあれからノルドやコルクどころか、それよりも品質が低い魔法人形を作ることすらまともにできていないのである。
まぁ、亜人種の者達に渡すための道具の作製に重点を置いていて、その合間に作っていたりしていたからなのかもしれないので、これから先はまた違うかもしれないのであるが。
「片手間で失敗するなら、もう少し余裕のある時に研究してくれよ。素材を取りに行くこっちの身になってくれ…………」
と、この前ダンは嘆いていたのであるが、少しの時間でも研究をすることで進歩は確実にするのである。
やらないよりもやった方がいいのである。
「大丈夫だよサーシャちゃん。一回できたなら、きっといつかできるっていうことだよ。だから、私待ってるよ!」
「ありがとうフィーネちゃん! わたし頑張るね!」
若干申し訳なさそうにしているサーシャ嬢に、にこやかな笑顔を浮かべ応援をするフィーネ嬢。
そんな彼女を見てサーシャ嬢はやる気を出した様子を見せるのである。
美しい友情である。
ダンもこんな感じに我輩に優しければと思うのであるが、それはそれで裏がある気がするので、今のままで良いと思い直すのである。
「それはそうと、今日はダン殿やハーヴィー殿やドラン殿は地下拠点の方か? 戦闘訓練ができるかと期待していたのだが」
「ダンとハーヴィーはそうであるな。ドランは現在所用で南方地方に滞在しているのである」
「そうか。残念だ」
我輩の返答に残念そうな表情を浮かべる分隊長に対し、他の隊員は安堵した様子を見せるのである。
我輩としても、話の腰を追って茶々をすぐに入れようとするダンがいないことは気が楽である。
そんなダンは、工房に戻ってから家に閉じこもり気味だったハーヴィーの気分転換を兼ねて、多少強引に外へと連れ出して行ったのである。
まぁ、ハーヴィー自身も現在自分にできることはあまりないというが、己の我が儘で工房に篭っていたのはわかっているので、ダンやアリッサ嬢に今まで気を使わせてたことを謝り、ダンとともに外へと出て行ったのである。
なので、現在猛禽の獣人の様子を見ているのは、この場にいない妖精パットンなのである。
「何か変化があったらすぐに知らせにくるからね」
じっとしているのが苦手なのに、珍しいものである。
彼女の現状は、妖精パットンとしても興味があるという事なのであろうか?
そんなことを思っていると、
「…………ドラン殿は、人間の土地にいるのか。この前、貴族になる手続きはしたのだろう?」
と、分隊長がドランの所在について尋ねてきたのである。
どうやら分隊長は、ドランのことがだいぶ気になっている様子である。
それほどまでにドランと訓練をしたかったのであろうか。
まぁ、似たような価値観の者のようなので、波長が合うということもあるのであろう。
「ドラン君、今度クリスおねえちゃんと結婚するんだよ!」
「……そ、そうか。ドラン殿は、結婚するのか…………めでたいことだな」
そんな分隊長の質問に、サーシャ嬢は元気良く返答を返すのであるが、分隊長は歯切れの悪い言葉を返すのである。
一応祝福の言葉を発していた分隊長であったが、どことなく顔が引き攣っているような気がするのは、そして、親御殿を含めた団員達がどことなくそんな分隊長に向けて気の毒そうな表情を浮かべているのは気のせいであろうか。
そんなこちらの会話をいつから聞いていたのか、先程まで我輩の愚痴で盛り上がっていたアリッサ嬢とミレイ女史が、分隊長にむけて暖かい目を向けているのである。
とはいえ、アリッサ嬢からは我輩をからかうときと同じような雰囲気を感じるのであるが。
「へぇ、なるほどねぇ」
「な、何だアリッサ殿! 違うぞ! 私は別に!」
「隊長、ドツボにはまったのだ。今回もダメだったようで残念だったのだ」
「…………なるほど。覚悟はできたようだな」
「ちょ…………皆! 助けてなのだ!!!」
なぜかうろたえていた分隊長の様子を見て、リス獣人の団員がここぞとばかりに茶化したのであるが、その結果はどうやら最悪のものとなったようである。
助けを求める彼の声には誰も反応することもなく、そして同情の様子も全くなかったのである。
おそらく、彼は分隊長の気が済むまで戦闘訓練につき合わされるのであろう。
まぁ、余計なことをした結末なので、自業自得である。
「隊長さん、どうしちゃったの?」
「我輩にもよくわからないのであるが、どうやら触れてはいけないものに彼は触れてしまったようなのである」
「ふーん。大変だねぇ」
「本当に、察しが悪い男だねぇ…………」
「あはは…………」
アリッサ嬢がやれやれといった表情を、ミレイ女史が苦笑いを浮かべてこちらを見ているのであるが、一体何が何やらである。
「そっかぁ。ドランさん、結婚しちゃうんだぁ」
「フィーネちゃん! 大丈夫だよ! ドラン君は貴族様になるから、お嫁さんはたくさん作れるんだよ!」
「…………そっか! そっかぁ! サーシャちゃん、どうしたら結婚できるか考えようよ!」
「うん!」
意外なことに、フィーネ嬢はドランのことがそこまで好きのようである。
まあ、まだサーシャ嬢と同じく子供なので、そういうのに憧れる年頃なのであろう。
そんなフィーネ嬢をほほえましく見る奥方と困った様子を見せる親御殿の目を知らず、サーシャ嬢とフィーネ嬢は再びコルクと共に2階へと上がって行くのである。
「正直、フィーネちゃんも隊長さんも厳しいだろうねぇ」
「そうですね。ああ見えてドランさんは、クリスさん以外には興味がないと思いますからね」
「目の前の唐変木のように、結婚したいといえば誰でしてやるみたいな価値観じゃないからねぇ」
「まあ、そこに救われている部分もあるのも事実なんですけれどね」
「まぁ、ねぇ。だからって言ってさぁ…………」
なぜか、またそこから我輩への愚痴へと会話が移り変わっていくアリッサ嬢とミレイ女史を見て、我輩は全く話が進んでいなかった事に気付き、これはこれで面倒であると心の中でため息をつくのであった。




