嫌がらせをするのである
我輩の名はアーノルド。自由気ままに生きる錬金術師である。
ダンの要請に従い我輩はダンのいる辺りまで行くべく、結界を解除して行動を開始するのである。
いつもであるならば大声で指示をだすダンが、こっちに来いというだけで他の指示を出さなかったのも、恐らく向こうに知られたくない事柄なのであろうということは予想されるのである。
我輩が呼ばれたということで、ダンが使おうとしている現状打破の手段は何となく想像できているのであるが、当たっていたとしたらダンも我輩にいろいろ言えない程度には非道である。
我輩がダンの元にいくまでの間に、蛇海竜の貯めている水が終わることを願いたいところである。
我輩のところからダンのところにいくのに走れば数十秒で着くであろうが、障壁の向こう側にいる敵が的確に遠隔発動している大量の水弾が行く手を阻むのである。
「仕方がないのである……」
我輩は覚悟を決め、ダンの元へと向かうために結界を解除するのである。
移動を開始しようとしたのであるが、当然先程まで結界によって防がれていた大量の水弾が我輩に襲いかかるのである。
以前であれば避けることなどできるわけもなく全てその身に受けたであろう水弾であるが、ウォレスの元で行った訓練や、この一年の間に何度か巻き込まれた実戦経験によって思ったよりも避けることができたのである。
「おや、センセイいけるねぇ。あたしの補助はいらなさそうだねぇ」
「いや、来てくれるのであるならば早く来てほしいのである」
水弾と軽い感じで表現しているのであるが、当然危害を加えるために行われている攻撃であるので直撃すれば大きなダメージを受けるのである。
そんな魔法攻撃を投げられた小石を避けるような軽い感じで避けているダン達をおかしいと思っていたのであるが、我輩も思いのほか気軽に避けているのである。
「錬金術師アーノルドは神経質になって考えや動きが重くなるってダンから聞いているからね。戦闘時は弱めの精神安定の魔法をかけているんだよ」
「なるほどである。だから、魔鶏蛇の時も思った以上に気持ちが落ち着いていたのであるか」
「錬金術師アーノルドだけじゃなくて、サーシャにもかけていたけどね」
心の中の疑問に答えるように、妖精パットンが頭の上で我輩に答えるのである。
その言葉を聞いて、何となく腑に落ちた我輩は襲いかかる水弾を避けながらダンの元へと向かうのである。
とは言え、いくら以前よりも身体能力が上がり回避能力が向上したとはいえ、魔法の発生元に近づけば水弾を避けながら進むのは困難になるのである。
そんな我輩の状態を把握したかのように、ちょうど良いタイミングでアリッサ嬢がこちらのフォローにやってくるのである。
「アリッサ嬢、もっと早く助けに来てもらいたいのである」
「甘やかすのはセンセイのためにならないからね」
我輩の抗議に答えるアリッサ嬢は楽しそうな顔を見せるのである。
押されているというのに、ダンもアリッサ嬢もこの状況を楽しんでいるとしか思えないのである。
よくよく見ればドランも余裕そうな感じであるし、少し緊迫した様子を見せるのはハーヴィーくらいである。
「あまり好ましい状況ではないのであろう?」
「まぁ、面倒な状況だけどやばくはないかねぇ。こっちはいつでも逃げることはできるからねぇ」
まぁ、確かに今回我輩達がここまで奥に来ているのは敵の討伐のためというよりは、森の民に憑いている魔物や祖となる猛禽の獣人の女性を捕らえて何か情報を得る事ができればというのが主な目的なのである。
なので、討伐に比べれば面倒ではあるのであるが、妖精パットンが現在二人の構成魔力を感知している以上、今この場から撤退しても連中を逃がすことはほぼ無いはずなのである。
しかし、蛇海竜がこのまま洞窟を上がっていけばそのうちサーシャ嬢達がいる場所まで上がってしまうので、それは避けたいところではあるのである。
そんなことを思いながらも、アリッサ嬢や途中でさらに加わったドランのフォローを受けつつ我輩はダンのもとの到着し、到着と同時に周囲に結界を展開するのである。
こちらに向かう途中で気づいたのであるが、どうやら相手の遠隔魔法発動は精度があまり高くないようで、狭めに張った結界の内部で魔法を発動させることはできないようである。
「おう、悪いなセンセイ」
「それで、一体何をやらせつもりであるか」
「いや、嫌がらせをな」
「蛇海竜ごと結界で閉じ込めて、水牢攻めでもするつもりであるか」
「おお? よくわかったじゃねぇか」
ダンはそう言うとニヤニヤと意地の悪い顔を見せるのである。
おそらく、我輩が思っていることとが出来る位置に敵は存在しているようである。
「底意地の悪いオッサンだねぇ……」
「焦るでしょうなぁ…………」
ダンの提案を聞き、アリッサ嬢とドランも引き攣ったような表情を浮かべるのである。
「蛇海竜を出して、得意になっている奴らをビビらせるにはちょうど良いだろ」
「あははは、攻撃をしてると思ったら突然予想外の反撃を受けて驚く彼等の様子を見るのは面白そうだね」
「まぁ、確実に水が貯まりはじめたら水の噴射を止めるはずであるので、そこまでの展開にはならないと思うのである」
「……本当に、あんた達と敵対していなくてよかったと思うよ、あたしは」
「姐御も似たようなものですけどね」
「ちょっと! 皆さんの方に攻撃が届かないと理解したみたいで水弾の矛先が僕の方に集中して来ているんですけれど!」
一人、結界の外にいるハーヴィーから悲鳴がかった声が上がったので、それを合図に我輩はダンの指示を実行するべくダンと妖精パットンから敵のおおまかな位置を確認して、どうせ嫌がらせをするのであるならばより一層の嫌がらせをするべく、その場所に結界を展開するのである。
おそらく結界が展開したであろうその瞬間から、こちらの障壁には強力な水圧は届かなくなり奥の方から水が壁に当たる強烈な音とともに、何かが暴れるような音がするのである。
そして、それと同時にこちらを襲っていた魔法もなりをひそめるのであった。
「何が起きてるんだ?」
「どうせ嫌がらせをするならば、より嫌なものにした方がいいのである」
疑問符と不安の感情が入り混じったような表情を浮かべてこちらを見ているダン達に、我輩はそう答えるのである。
すると、奥の方にいたハーヴィーがこちらにやって来ながら我輩にむけて大声をあげるのである。
「アーノルドさん、早く結界を解いてください! 蛇海竜に敵が潰されちゃいます!」
「それは困るのであるな。猛禽の獣人もいるのである」
我輩の予想していた状況になったようであるが、思った以上に効果が大きすぎたようだったので、我輩は結界を解くのである。
「本当に、一体何をしたんだよ」
「どうってことは無いのである。蛇海竜の首辺りよりも少し奥くらいの広さまでで結界を展開しただけである」
「何だかよくわかんねぇけど、遠距離攻撃が全く来ないのはチャンスだ。いくぞ、お前ら!」
そう言うと、ダンはぬかるんだ地面の上に足場として障壁を展開させ奥へと向かっていき、同じくアリッサ嬢達もそれに続いていくのである。
当然我輩は、全員がいなくなったらすぐに周囲に結界を展開して誰かから指示が来るまでその場で待機するのである。
「錬金術師アーノルド、彼等から物凄い強烈な恐怖の意思を感じたよ。一体何をしたんだい?」
妖精パットンの質問に我輩は先程同様の説明をし、結界の特性として可動する障害物がある場所に結界を常時展開する場合は、隙間を埋めるべく結界は展開しつづけるので細い箇所から太い箇所は可逆性の性質を持つということを説明したのである。
今回の場合、首の位置よりも頭の方が太いので、蛇海竜は結界の中に入ることはできても外へと出ることはできないということである。
つまり、敵の指示で水の噴射を止めて結界から抜けだそうとしても出れない蛇海竜がパニックを起こして結界の中に入り込んで暴れればより一層の嫌がらせになるであろうと我輩は考えたのである。
「…………錬金術師アーノルド、それは嫌がらせいの域を越していると思うよ…………。ボクは、君と敵対していなくて本当によかったと思うよ」
我輩の説明を聞いて、妖精パットンはため息混じりにそういうのであった。




