洞窟奥で戦闘開始である
我輩の名はアーノルド。自由気ままに生きる錬金術師である。
逃げた敵を追い洞窟の下層へと進む我輩達であったが、妖精パットンの感知によって巨大な生物が下層からこちらへとやってくることを確認したのであった。
「ドランは本当に余計なことしか言わないねぇ」
「救いは、ここが洞窟なので巨大な蛇海竜なら一体しかやってこれない事でしょうか?」
「はっはっは! 一体だったら、大丈夫っすね」
「だったらお前一人で相手しろよ」
「さすがにそれは無理っすよ!」
「大口を叩くからそう言われるんじゃないですか」
このような状況でも普段と変わらぬ軽口を言い合うダン達であるが、しっかりと蛇海竜との戦闘にむけた隊列を組んでいるのはさすがである。
先頭には身軽なアリッサ嬢、隙を見て攻撃を加えるべく少し離れてドランとダンが武器を構え、目の良いハーヴィーは、姿を捉え次第いつでも攻撃ができるように後方から弓を構えているのである。
我輩も何かできないかと思うのであるが、素人が変に手を出しても邪魔になるのでダン達の邪魔をしないように、結界を自分の周りに張って様子を見るのである。
「錬金術師アーノルドは、こういう時はちゃんと空気を読むんだねぇ」
「緊迫した状況下では、専門家の集団に素人が手出しをして良い事など無いのである」
「そんなことを言ったら、ミレイやデルクだって素人だと思うよ?」
「ミレイ女史やデルク坊は、昨年からダン達とチームで動いているので我輩と一緒にしてはいけないのである」
前回の魔鶏蛇の時も、矢面に立っていたのは戦闘経験が一番あるデルク坊である。
サーシャ嬢も魔法で援護していたのであるが、我輩はほとんど何もしていないのである。
「生臭くなってきたねぇ」
アリッサ嬢がそうこぼして暫くすると、地面や天井が微かに振動を始めるのである。
どうやら敵が近づいてきているようで、少しずつであるが何かが近づいている音も聞こえてくるのである。ある。
「気をつけろよ。蛇海竜だけじゃねえな。曖昧だが蛇海竜以外の気配も感じるぜ」
「多分、かなり強力な認識阻害の魔法を使ってるんだろうね。ダンがいなかったら気付けないまま急襲されたかも知れないよ」
「ほんと、隊長は化け物ですぜ」
妖精パットンの言葉を聞き、ドランが軽口を叩いて武器を構えるとほぼ同時に奥の方から巨大な蛇のような生物が顔を見せるのである。
蛇海竜である。
ちらりと見えたその顔の部分だけでも、港町で見かけていた蛇海竜よりも一回りほど大きいサイズであるのがわかり、洞窟の通路のほとんどを埋め尽くしているのである。
こちらと同様、向こうも我輩達を確認していたのであろう。
姿を確認次第攻撃しようと弓を構えていたハーヴィーが攻撃をするよりも早く、蛇海竜はこちらにむけて大きく口を開けると勢いよく水を噴射するのである。
普通のサイズでも蛇海竜の発する水流の圧は港町の建物の壁をえぐり、軽鎧程度ならば紙切れ同然である。
当然サイズが巨大なこの蛇海竜の水流は人間がまともに喰らったらひとたまりも無いので、ダンは持っていた障壁石で水流を防ぐのである。
「攻撃は障壁で防げるものの、攻撃方法が水っていうのが問題だな!」
「地面がどんどんぬかるんできますぜ!」
「厄介だねぇ! 全く!」
ダンが言う通り、蛇海竜の出した水はどんどんと地面に吸収されて足元がぐちゃぐちゃになっていくのである。
素早い動きで戦闘を行うアリッサ嬢にしろ、強力な攻撃力を持つドランにしろ、ぬかるんだ地面ではその力を十全に発揮するのは難しいのである。
逆に、蛇海竜は海や海岸などに棲息しているのでぬかるみはさほど苦にならないし、知っている限り相手の亜人種は遠距離攻撃が得意である。
つまり向こうの方が有利な状況である。
「センセイ! 制圧用の激臭魔法石はもう無いのかよ!」
「残念であるが、さっきので終わりである。あればすでに使っているのである」
「使えねぇなぁ! ったく!」
そもそもあれは我輩の護身用の道具である上に、ダンが悪辣過ぎると作製を制限していたものである。
全くもって都合の良い物言いである。
とはいえ、この状況が続くのも問題である。
ダンも持っている障壁石は今使っている物で最後であるし、あの水の威力であるならば魔力の消費量も大きいのである。
蛇海竜の確保している水が切れるのが先か、障壁石の魔力が切れるのが先か等と悠長なことをしているわけにはいかないのである。
しかし、我輩には打つ手は無いのでどうしたものかと思っているうちに状況はさらに向こう側に有利に進むことになるのである。
「隊長! 後ろから水弾です!」
「くっ!!」
ハーヴィーがダンに注意を促すと同時にダンの背後に泥水の水の塊が出来上がり障壁を張っているダンに襲いかかるのである。
障壁を張りつつ水弾を避けるダンであるが、蛇海竜の水流を防ぐ方に神経を張っていたのと地面がぬかるんでいるためにいつもよりもやや動きが鈍いのである。
魔法の遠隔発動は普通に発動するよりも集中力も使うし、多く構成魔力も必要である。
おそらく蛇海流が噴射いている大量の水の影響で遠隔発動が可能になったのであろう。
そして、水を防ぐ障壁のせいで視界が遮られているのにもかかわらず的確にダンやアリッサ嬢達に魔法を打ち込んでいるのは意思の構成魔力を察知できるものがいるからなのであろう。
ダン達同様に我輩の方にも魔法は来ているのであるが、我輩に襲いかかる水弾は全て結界で防がれているのである。
どうやら、我輩の近くで魔法を遠隔発動させることはどうやらできないようである。
とはいえ、先ほど言った通りこのまま我慢比べというのもどうなるかわからないのである。
「こういうときにリリーの必要性を思い知らされるな」
「強力な攻撃の魔法を使える人間って本当に貴重だからねぇ」
次々に襲いかかる水弾を避けながらダンとアリッサ嬢が苦笑いを浮かべているのである。
どうやら我輩的にはまぁまぁ大変な状況だと思っているのであるが、二人にとってはまだ笑える余裕がある状況のようである。
「センセイ、こっちに来てくれよ」
「結界を切らないといけないのである。我輩にこの魔法の弾幕を避けろというのであるか」
「ウォレスのところでこのくらいの攻撃回避訓練はしてただろうが!」
確かに、帝都にいた際にウォレスにやらされた訓練の攻撃の密度に比べれば、襲いかかる水弾の密度は少ないのである。
で、あるが、である。
「訓練を実戦は別物である」
「屁理屈言ってんじゃねえよ!」
「屁理屈ではないのである。危害を与えようとする意思や足元の状況が全く違うのである」
「何のための訓練だよ!」
「我輩はやりたかったわけでは無いのである」
「こんな時でもマイペースだねぇ、錬金術師アーノルドは」
妖精パットンが頭の上で呆れたような声を出すのであるが、事実は事実である。
「あたしやハーヴィー達もサポートしてあげるから、早くしておくれよ」
「……しょうがないのである」
とは言ったものの、である。
ダンがああ言っている以上、我輩が向こうにいくことでこの状況を改善させることができるという事なのであろう。
まぁ、何となく何をするのかはわかるのであるが。
というわけで、我輩は覚悟を決めて結界を解除してダンの元へと向かうことにしたのであった。




