我輩たちは思った以上に色々と駄目である
我輩の名はアーノルド。帝国唯一無二の錬金術師である
「改めて、初めましてニンゲン。ボクが、君たちが妖精と呼んでいるパットンだよ」
ダンとアリッサ嬢が、指し示していた場所にサーシャ嬢達がパットンと呼ぶ、妖精はそう言って姿を現すとふわりと宙を舞い我輩のもとにやって来たのである。
「ねぇ、錬金術師アーノルド。お願いがあるんだ」
妖精パットンは、男性とも女性とも受けとれる中性的な顔立ちを、華やかな笑顔に変え我輩に話しかけてきたのである。
それにしても、"錬金術師アーノルド"であるか。
いい響きである。
「何であるか? 妖精パットン」
「さっき、ニンゲンの集落へ行くと言っていたよね。ボクを連れていってほしいなぁ」
妖精パットンは、そう言うと我輩のもとから飛び去り、サーシャ嬢の方へ向かうのと、サーシャ嬢、兄君と挨拶を交わし、サーシャ嬢の肩に乗ると我輩へ再び話しかけるのである。
「ボクを連れていけば、さっき君達が言っていた意思疏通の問題は解決できると思うよ」
「あぁ? パットンだっけか?そりゃ一体…………」
ダンが疑問を口にしようとしたとき、パットンはサーシャ嬢から離れ、ダン達の目の前にやって来る。
「やあ、ボクを見つけられるニンゲン。ボクはパットンだよ。名前を教えてほしいな。キミ達は誰だい?」
「お、おう。すまなかったな。俺はダン。探検家だ」
「探検家のアリッサだよ。よろしくね、パットン。あたしは探検家の呼び名はいらないよ」
パットンの問いかけに、呆気に取られたように返事を返すダンと、笑って答えるアリッサ嬢。
二人の返事を聞いて満足そうな笑顔を浮かべる妖精パットン
「こちらこそよろしく。探検家ダン、アリッサ。今日は新しい知り合い、それもニンゲンの知り合いが3人もできた、なんて素晴らしい日だ。ボクはとても嬉しいよ」
妖精パットンは、我輩たちの周りをくるくる飛んでいるのである。妖精というものは、こんな騒々しい生き物であったのか。
一頻り飛び回っていた妖精パットンであったが、何かを思い出したかのようにダンのもとに戻るのである。
「ごめんね、探検家ダン。あまりの嬉しさに、君の質問に答えるのを忘れていたよ」
「お、おう。答えてくれるなら気にしてないぜ。それと、俺も探検家の呼び名は要らねぇよ」
「そうかい? ダン、君の質問の答えは、今、この状況だよ」
「どういうことだ?」
妖精パットンの、要領を得ない回答にダンは怪訝な表情を浮かべるのである。
妖精パットンは、そんなダンを気にしていないかのように話を続けていくのである。
「君は、ボクとどこで、どうやって意思疏通をしているんだい?」
「は? そんなの、外で、かい……わ…………?」
ダンの様子にパットンは、満足そうに飛び回り、サーシャ嬢の肩に止まるのである。
「そう。ボク達は皆、外で会話をしているんだよ」
「あ、ほんとだ! 全然気にしてなかった! これ、パットンがやってるの?」
「そうだよサーシャ。ボクの魔法さ」
肩に止まっている妖精パットンは、尊敬の眼差しで見ているサーシャ嬢に笑顔でそう答えるのである。
妖精パットンは、翻訳魔法の使い手と言うことなのであろうか。
「つまり、パットンは翻訳の魔法が使えるっていうことなのかい?」
我輩の疑問を代弁するようにアリッサ嬢が質問をするのである。
妖精パットンは、ふわりとアリッサ嬢の方へ移動していくのである。
何とも落ち着かない性格なのであるなぁ。
「アリッサ、残念だけどそれは違うんだ。ボクが使う魔法は、【意思】の構成魔力を使用した魔法さ」
「【意思】の構成魔力?」
「そう。なにかをしたい、伝えたい、っていう意思を構成する魔力さ。この家にかけられている、君達が翻訳の魔法と呼ばれるものや、煙突からでている認識阻害の煙の結界がそれだよ」
「一体どういったものであるか?」
我輩が妖精パットンにそう尋ねると、可愛らしい笑顔を浮かべ、
「教えても良いけれど、条件があるんだ。錬金術師アーノルド」
「なんであるか」
「ここで立ち話をする必要も無いから、できれば、お茶を飲みながらがいいな。錬金術師アーノルド」
そう言ったのであった。
我輩達は、妖精パットンの言葉に従い家の中に入って行くのである。
中に入るとすぐにアリッサ嬢が、全員分の茶と茶菓子を用意してくれたのである。
「いやぁ悪いねぇ。こんなにいいものを用意してもらっちゃって」
妖精パットンは、どこかから取り出した自分用のカップに茶を汲んで、満足そうにしているのである。
そうして全員が席に座り、話を始めていこうと思うのである。まずは、妖精パットンが口を開くのである。
「【意思】の構成魔力についてだよね」
「まずはそうであるな」
妖精パットンの言葉に我輩は頷くのである。
知識が深まるのは良いことなのである
「何かを伝える、願う、行動する。それは、意思があるからだよね」
「そうであるな」
「その、意思を構成する魔力の事を指しているんだよ」
「へぇ、意思にも構成魔力なんてあるんだねぇ」
アリッサ嬢の言葉に、妖精パットンはやれやれと言わんばかりに肩を竦めるのである。
そして、次に口を開く言葉に我輩達は驚愕することになるのである。
「全ての物質・生物・事象には構成魔力が存在しているというのは魔法技術の一番基本的な考え方だよ」
「えぇ!? なにそれ!」
「初めて聞いたぞ」
「えぇ? おじちゃん、おねえちゃん、知らなかったの?」
「なんで? それくらいは俺でも知ってるぜ」
ダン達の驚きの言葉に、サーシャ嬢達は不思議そうな表情を浮かべるのである。
「こんな事も失伝しているのであるか……」
「錬金術師アーノルド、どういうことだい?」
我輩は、過去の出来事、結果魔法技術が退化したこと、現在の魔法技術の事等を全て話したのである。
「へえ……君達の現在の魔法技術はいびつだねぇ」
妖精パットンはそう感想を漏らし、話を続けるのである。
「僕はそういう、生物から発生する【意思】の構成魔力を使った魔法が得意なんだ」
我輩は、妖精パットンの言葉を聞き、ある仮説に行き着くのである。
「妖精パットンよ、尋ねたいことがあるのである。我々は、実は魔法を使えるのであるか?」
「そうだね、使えると言えば使えるよ。ただ、それは君達が言う魔法とは別物と思って欲しいな」
「分かったのである。それで十分である」
「どういう事だ?」
我輩達の会話にダンが疑問をぶつけるのである。
「我輩たちが、自分の内部にある【意思】の構成魔力を使って魔法を使うと考えると、魔法や錬金術の過程が説明つくのである」
我輩は、ダンに魔法や錬金術を使用する際の構成魔力や純魔力の操作・融合・構築・発現の際に【意思】の構成魔力を無意識に扱ってているのではないかと言うことを説明する。
「我輩も意識を集中させる。と言うことである理解はしていたのであるが、よくよく考えると、集中するだけでそれらが出来るならば、我輩よりも集中力があるダンやアリッサ嬢の方が、よほど錬金術の素質があるのである」
「魔力を操作するために、【意思】の構成魔力を使う訓練することで、魔力の制御が出来るようになったってことか?」
「じゃあ、あたし達の場合はイメージ通りに体が動くように訓練することで、その【意思】の構成魔力が体にさようして、前よりスムーズに動かせるようになったってことかい?」
我輩達の言葉に、妖精パットンは大きく頷くのである。
「なにも考えないで訓練するより、動きをイメージして集中した方が効果が高いというのは、簡単に言うとそういうことだよ。君達の肉体や精神に、【意思】の構成魔力が魔法化して、より強い効果をを与えるのさ」
そして、そのままカップに入っている茶に口をつけ、一息つけてから我輩達を見るのである。
「この話をするのも楽しいんだけれども、話が先に進まないから戻しても良いかな」
「ああ、申し訳ないのである。話の腰を折ってしまったのである」
「好奇心があるのは素晴らしいことだよ。錬金術師アーノルド。今度、ボクの知るかぎりの魔法理論を教えてあげるよ」
「本当であるか、楽しみである」
妖精パットンも良い妖精である。どんな話が聞けるのかとても楽しみである。
「意思の魔法なんだけれども、もうわかったと思うけれど、【意思】の構成魔力を具現化して相手や自分の意識や精神などに影響を与える魔法なんだ」
「意識や精神に影響って、それだけ聞くと精神魔法みたいだね」
「ニンゲンの世界ではそう伝わってるんだろうね」
妖精パットンは、アリッサ嬢の言葉に頷くのである。
「妖精パットン。先程言っていた無意識に使用している意思の魔法というのと、何が違うのであるか?」
「さっき言ったのは、自分の中にある【意思】の構成魔力を無意識に使っている魔法で、【原初の魔法】と呼ばれているものさ。ボクが使うのは、生物が空気中に漏らしている【意思】の構成魔力を外部の純魔力と組み合わせてより強い形や鮮明にして具現化する魔法さ」
「何となくわかったのである」
妖精パットンの説明と我輩達の質問は続くのである。
「君達のいう翻訳魔法というのは、言葉や文章や絵画などの、なにかを相手に伝えようとする【意思】の構成魔力を純粋な意思として相手の意識に届ける魔法だよ。だから、実際には翻訳魔法ではなく意思疎通の魔法と言った方が正しいのかなぁ。ボクは、ボクを中心として一定の範囲内に意思疎通の魔法を張っているのさ」
「つまり、この家にかかっている意思疏通の魔法は、家の中と周りが効果範囲ってことか」
「そういうことだね」
確かに、そう言った研究は魔法研究所がやればよいのである。
我輩達に重要なのは、そこを突き詰めることではないのである。
「どうしよう、全然わかんねぇよサーシャ」
「難しいお話だね、でも、楽しいよお兄ちゃん」
「えぇぇ、楽しいのかよ………」
十人十色の反応を示す我輩達であるが、ここで、飽きてしまった兄君にアリッサ嬢は声をかけるのである。
「デルっちはややこしい話は苦手だからねぇ。よし、あたしと外で追いかけっこしよう。一回でも5分逃げ切れたらおかずを一品増やしてあげるよ」
「本当に!? やったぜ! やる気でてきた!」
「いいなぁ、お兄ちゃん」
「デルっちが逃げ切れたら全員分増やしてあげるよ」
「え? 本当?」
アリッサ嬢の言葉にサーシャ嬢が立ち上がって反応するのである。
それほど嬉しかったのであろうか。
まぁ、我輩も内心では、
デルク坊、頑張るのである
と、思ってはいるのであるが。
ふとダンを見ると、やつはニヤニヤしているのである。
からかう気満々である。
「責任重大だな、デルク。全員のおかずがお前の肩にかかってるぞ! ……出来なかったら大変だなぁ、兄の威厳がなぁ……」
「え? そこまでなの!? 出来なかったらヤバいじゃんか!」
「大変だぞぉ、<お兄ちゃんが逃げ切れなかったから今日のご飯、おかずが一つ少なくなっちゃったんだよ! お兄ちゃんのバカ!>とか言われちゃうかもしれないぞぉ」
「兄君、集中して本気で逃げるのである」
「運が避ければ原初の魔法が発動して、いつもより力が出るかもしれないよ」
「火事場のくそ力ってやつか」
ダンからのみでなく、悪乗りした我輩達からも適当なことを言われた兄君は、若干涙目である。
少々やり過ぎたのである。
「~~っ! くっそぉ好き勝手言いやがって! やってやるよ! 姉ちゃん! 今日こそ逃げ切るからな!」
「あたし達にからかわれたからって、ムキになるんじゃないよ。デルっちは、煽られやすいねぇ」
「ムキになんてなってない!」
「はいはい、行くよデルっち」
そう言って、アリッサ嬢と兄君は外に出て行ったのである。
「さぁ、話の続きを……サーシャ、どうしたの?」
話の続きをしようとしたパットンが、なにかに気付いたように声をあげるのである。
どうしたのかと思いサーシャ嬢の方を見ると、泣きそうになっているのである。
「どうしたのであるか?」
「…………私、そんなこと言わないもん! そんな酷い事言うおじちゃんなんかキライ!」
サーシャ嬢はそういうと走って自分の部屋の方へ行ってしまったのである。
先程ダンがデルク坊をからかうときに、サーシャ嬢を意地悪に仕立てあげたことに対して傷ついてしまったようである。
「やらかしたねぇ、ダン」
「あーーー、……やらかしたなぁ」
ダンも自分のしたことに気付いて、天を仰ぐのである。
「デルク坊をからかうにしても、サーシャ嬢を引き合いに出すのはやり過ぎであったな、きちんと謝って来るのである」
「だなぁ。嬢ちゃんに謝って来るわ」
そう言うと、ダンはサーシャ嬢の後を追って行ったのである。
部屋には妖精パットンと二人きりになってしまったのである。
「えっと……説明を続けて良いのかな?」
「まぁ、我輩が知っていれば問題ないのである」
困った顔を見せる妖精パットンに、我輩はそう答えるのであった。




