妄想じみた仮説、である
我輩の名はアーノルド。自由気ままに生きる錬金術師である。
集落から帰ってきたダンからの報告は、我輩達が懸念していた状況に近づいていることを示すものであったのである。
「集落の襲撃は、子供達を攫うだけではなく集落に住む人達の構成も調べていたのですね」
「そういうことだろうな。あの集落が狙われたのも夜の一族の姿が二人、しかも一人はまだ本格的な魔法を覚えはじめたばかりの子供だったからだからだろうしな」
「思い返せば魔獣達も、その子の父親を重点的に狙っていたように思えるって集落長も言ってましたね」
ミレイ女史の言葉に頷きながら返答するダンと、それを補足するようにハーヴィーも言葉を重ねるのである。
どう考えても逃げる子供達よりも魔獣の方が素早いのに集落まで子供達が逃げ切れたこと、集落の夜の一族が倒れたのを見計らったように登場した新しい夜の民という、あまりに都合の良い展開に違和感を感じたダンが、もしものために用意した"誘因の紙人形"と人間用に効果を下げた"心戻し・改"を持って彼らが休んでいる家へと向かったのである。
その先で、パットンと夜の一族の少女に中の様子を探ってもらったところ、中で荒ぶる意思の構成魔力と認識阻害の魔法や馴致魔法や従属魔法といったいわゆる認識誤認の魔法が発生していることがわかったのである。
そしてダンの号令とともにドランが家の扉を開けると、少し前まで疲労のため熟睡していたはずの夜の一族の青年が涎を垂らしながらダン達に襲い掛かってきたのであった。
青年の口からダンの持っている紙人形に乗り移ろうとした霧の魔物を退治したダンは、他の眠っている子供や獣人の若者に"心戻し・改"を飲ませることで魔法の効果を消したのである。
「認識阻害の魔法で、外見や構成魔力の感知で人に憑依している事を気付かれないようにするとは考えたよね。まぁ、まだまだだけどさ」
「あのお嬢ちゃんは気付かなかったことにショックを受けていたけど、まだ子供だから仕方がないっすね」
「だけど、そのおかげであの集落は防衛が厳しいから一度放棄することになったからな」
ダン達は、その話をつけるために一度近くの集落に赴き受け入れを頼みに行き、明日の朝一番で再度件の集落へと向かうようである。
「だからよセンセイ、明日から紙人形も用意してくれ。連中の能力次第だと夜の一族の感知をかい潜る奴らが現れるかもしれない」
「わかったのである。サーシャ嬢、ミレイ女史、道具の作製スケジュールを組み直すのである」
「あたしとデルっちは素材の採取だね。確か、粘性生物の核は残り少しだったよね」
「そうであるな。よろしく頼むのである」
これからさらに忙しくなる覚悟をしつつ、今も水の代わりに体力回復薬を飲んでいる我輩達三人の体力回復薬依存が加速するであろうことに、若干の心配を抱くのであった。
翌日、再びダン達が離れた集落に向かって行ったのを見送った我輩は、工房でサーシャ嬢達と結界石の作製作業を行うべく拠点へと続く道を戻りながら我輩は考え事をするのである。
意思の魔法が使える霧の魔物がいる事が分かったことで、蛇海竜に意思の魔法をかけたのが連中であるという信憑性が上がったのである。
ここからは妄想のような仮説なのであるが、おそらく成長した霧の魔物は人間の世界に進攻するに辺り邪魔になるであろう夜の一族の対抗手段を得に南下したのである。
辺境や東方にも夜の一族はいるのであるが、集落間の交流が増えたことによって霧の魔物にとっては夜の一族以上に厄介な"誘因の紙人形"が連中の活動域に行き渡るようになったのが要因だと思うのである。
なので、亜人種達に憑依しながら成長しつつ、勢力を拡大するという方針が取れなくなってきた連中は、別の方法で勢力を拡大するために南下を開始したのであろう。
その別の方法が、夜の一族に憑依して意思の魔法を得ることだったのではないかと思うのである。
森の民に憑依した魔物であれば、意思の魔法がどういったものかという知識はあるはずである。
おそらく認識誤認の魔法を使って、亜人種を操ろうとしたのではないかと考えるのである。
何故南下したのかというのは特に理由はないかもしれないのであるが、敢えて仮説を立てるのであれば、東方でも北側にある辺境からだと、北上よりも南下の方が道具や情報の広がりが遅いからだと判断したのであろう。
そして、南下中に偶然水産み草の群生地を発見した連中は、それを付近の川に植えて水不足を巻き起こすことで人間の世界に混乱を招く事にしたのである。
そして、周辺集落などの情報を得るために、現在のように亜人種を襲撃をしつつ憑依する対象を攫い、どこかのタイミングで夜の一族を捕らえることができたのであろう。
そうして得た意思の魔法を安定して使えるように、どこかで魔法の訓練を行ったのであろう。
そうなるとなぜ大人を攫うのではなく子供なのか、夜の一族のみだけではなく他の亜人種も、ということのなるのであるが、きっと優先的に攫うのが意思の魔物への対抗手段を持たない夜の一族の子供、というだけで勢力拡大のために隙があれば大人でも他の亜人種でも無差別に攫っていたのであろうと思うのである。
霧の魔物は、その者の意思の構成魔力を吸収して成長する魔物である。
その時必要としていない餌でも、成長のために餌は多い方がいいと言うことなのではないかと考えられるのである。
蛇海龍に関していえば、こじつけと妄想で話をするならば、地図上では我輩達が素材を採取していた場所よりも南下すると大森林に遮られて先に進むのが困難になるのである。
おそらくその先にある海辺に、蛇海龍の生息地があるのではないかと言うのが我輩の仮説である。
蛇海龍に魔法をかけることができるほどに意思の魔法に慣れた魔物が再びこちらに戻って今の局面を迎えていると言うのが我輩の妄想も入り混じった仮説である。
そして、我輩はこの仮説を成立させるには一つ肝心なことが抜けているのであるが、翌日戻ってきたダンの話でそれが埋められることになるのであった。
それは、
「意識を取り戻した夜の一族の兄ちゃんから、俺達のような格好をした人間がいたって言う情報が聞けたぞ。多分、間違って深部に入り込んだ探検家とかだろうな」
霧の魔物は大森林外の情報を得るために人間に憑依しているのではないかという事であった。
南方地域大森林の捜索は今まで浅い部分しか行われていなかったのであるが、ホランド氏達が深部にさしかかるくらいまで調査を行ったのである。
その際に猿達に襲撃を受けて亜人種に助けてもらったと言っているのである。
つまり、ホランド氏達が撤退してから今までの間に探検家が入り込んだ可能性があるのである。
しかし、そうすると時系列がおかしいのに気付くのである。
ホランド氏が南方の大森林で猿の魔獣に襲われたのは秋頃と言っていたのである。
それは、ダン達が猿の魔獣と戦っているときと同じかそれよりも少し後である。
つまり、そのころから猿の魔獣達はこっちにいることになるのである。
こっちに辺境側にいる猿の魔獣を送り込んでいるという事であろうか。
で、あればもっと早く動いていてもよかったのになぜ動かなかったのであろう。
もっと勢力が大きくなるまで待つつもりだったのであるが、辺境側の動きを聞き、行動を起こす必要に駆られたということであろうか。
仮にそうであるならば、ホランド氏達との戦いは向こうとしても予想外の戦いになった筈である。
すべて仮説であるが、これらが正しければ魔獣達の本拠地は…………。
そこまで思ったときである。
我輩が向かう先で何かと何かが衝突する音が鳴り響くのであった。
「何事だ!」
「魔法人形が戦闘が何かと衝突している!」
「こんな時間に敵襲か!」
日が昇る時間になり能力が低下する夜の一族の代わりに集落に住む他の種族の者達が現場へと向かうのである。
我輩は、今まで昼の襲撃をしてこなかった敵が、なぜ今になって襲撃を行うのかという事を考え、あまり考えたくない考えが頭を過ぎるので、確認のために我輩も現場へと向かうことにしたのである。
そうして衝突音の鳴り響く現場で目撃したのは、
『なんでこんなに近くに来るまで敵の存在に気付かなかったんだ!? 見張りは何をやってたんだ!』
『いきなり現れたんです! まるで、夜の一族の魔法にかかったように!』
『嘘だろ! 魔法人形が……』
『なんで魔法人形同士が戦ってるんだ!……』
集落を守る魔法人形を相手に明らかに形が不格好な魔法人形と魔獣達が戦う光景だったのであった。
そして、魔法人形を操るように意識を集中している数人の夜の一族と思われる者と、どこかハーヴィーを思い浮かべるような獣人の女性の姿が柵の向こう側に見えるのであった。




