南方地域の大森林にむかうのである
我輩の名はアーノルド。自由気ままに生きる錬金術師である。
いざ、南方地域の大森林へと向かおうとした意気込む我輩達であったが、せっかく海で新鮮な魚や海草なども取って来たのである。
向かう前に食事を取ることにするのである。
ポルト坊もアリッサ嬢の食事を気に入ってくれるといいのであるが。
「お? この二人がミレイの言っていた亜人種か」
「こんにちわ、俺はデルクっていうんだ。君は何て言う名前なんだ?」
ちょうど食事時に合わせてダン達もこちらへと戻ってきたのである。
「僕は、ポルトって言うんだ。よろしく、デルク君」
「よろしく!」
やはり、同じ森の民の子供という事もあり、ポルト坊はデルク坊とはすぐに打ち解けられそうである。
ダン達がこちらに来てから、人間の言葉でポルト坊の話が聞こえているということは、現在妖精パットンが意思疎通の魔法をかけているということなのであろう。
ドランはいまだに古代精霊語を理解するようにはなってきたものの話すのが得意ではないので、この方が我輩達にとっても助かるのである。
「…………あれ? さっきよりも皆が言っている言葉がよくわかる気がする……。もしかして、念話の魔法? でも、ゾロンの使っているのと違う…………」
やはり、ポルト坊も先程とは感じが違っていることに気付いたようである。
そして、ぽろりと零れたフレーズから、未だ意識の回復しないゾロン氏の正体についてより確信が持てるのであったのである。
と、そこに周辺の調査をしていたハーヴィーが戻ってくるのである。
「どうだったんだい?」
「僕たちが食料を取っていた場所よりも先に、それなりに広い川を発見しましたので、おそらくはそこではないかと思います」
アリッサ嬢の質問に、ハーヴィーはそう答えるのである。
と、言うことはそこから遡って大森林に入ることになりそうである。
「結局予定が変わっちまうけれど、良いよなセンセイ、ハーヴィー」
「我輩は大森林に入るのであれば問題ないのである」
「僕も同じです。むしろ、この二人を送り届けた方が早く目的が達成できると思いますし」
「まあ、そうだな」
我輩とハーヴィーの返事を聞き、ダンは一つ頷くのである。
今後の方針も決まったところでデルク坊が待ち兼ねたように、
「じゃあ、ご飯にしようよ! ポルトだって腹減ってるだろうし、俺もいっぱい遊んで腹減っちゃったよ」
と、言うのであった。
食事を終えた我輩達は、海岸を後にしてハーヴィーが発見した川沿いから大森林を目指して移動を開始しているのである。
「ポルト、アリッサ姉ちゃんの作った焼き魚美味しかっただろ?」
「うん。凄く美味しかった。デルクは毎日あんなご飯を食べれるんだね」
「また始まったのかい。そう言ってくれるのは嬉しいけど、デルク、あんた何回言ったら気が済むんだい」
ドランの牽く荷車の横で歩くデルク坊と、ハーヴィーに背負われているポルト坊の間で何度も交わされている会話を聞き、アリッサ嬢は呆れた表情を浮かべるのである。
確かに、移動を開始してから二人の会話の殆どはアリッサ嬢の作った食事のことについてである。
しかも、ほぼ一方的にデルク坊があれが美味しかった、これが美味しかったと話しており、ポルト坊はそれをずっと笑顔で頷いて聞いているだけである。
ちなみに、ポルト坊を背負っているので同様に同じ話をずっと聞かされ続けているハーヴィーはずっと苦笑いである。
「さっきは貝の話! 今は魚の話!」
「そうかいそうかい。ポルト、ウザかったらウザいって言っていいんだからね」
「え? とっても楽しいですよ?」
「あんたは優しいねえ…………」
そういうアリッサ嬢に対してもポルト坊は男児にしては柔らかい笑顔を崩さず、
「デルクがアリッサお姉さんの料理がとても大好きだっていうのが良く伝わります」
と返すのである。
「サーちゃんといい、あんたといい、森の民の子供は本当に可愛らしいねぇ……」
「アリッサ姉ちゃん、おれは?」
「あんたは食いしん坊だよ!」
「やった!」
「褒めてない!」
そんな二人のやり取りも、とても楽しそうに眺めているのである。
そこまで確認した我輩は、未だ意識取り戻す気配のないゾロン氏の様子を見るべく荷車の中へ移動するのである。
薄暗い荷車の中では、ミレイ女史がゾロン氏の汗を拭いているところであったのである。
移動の前に、意識を取り戻さないゾロン氏に、ゾロン氏に錬金術で気付けの薬を作って与えてみてはどうかと提案してみたのであるが、
「気付けの薬は、副作用が一時的な混乱だったはずだから、暴れ回られると面倒だ」
「彼は多分、肉体の方はともかく精神的にも大分消耗しちゃってるから、薬とかで強制的に治すよりも自然に任せた方がいいと思うよ。錬金術師アーノルド」
と、ダンと妖精パットンから反対されてしまったのである。
せっかくの良い機会だったのに、残念である。
そのようなわけで、ゾロン氏を寝かせて移動することになったのであるが、ゾロン氏は日の光にとても弱いという事を、日の光で肌が火傷状態になりかかっていたのを見ていたことと、ポルト坊から説明を受けた我輩達は、荷車の後ろだけ残して残り全面を【木材】の構成魔力を囲うように具現化させ、日の光を遮断したのである。
おかげで、日の光はほぼ遮ることはできたのであるが、風通しが悪くなっているので非常に蒸し暑くなっているのである。
それ故、ゾロン氏と面倒を看る者以外は外にでて移動することになり、おかげでダンは大好きな高速移動が行えないので、荷車の牽引をドランにやらせているということなのである。
「ミレイ女史、ゾロン氏の様子はどうであるか」
「まだ起きる気配はないですね。ただ、先程までと違って少しずつですが体が動き出していますので、明日の朝か……今日の夜か……そのくらいには目を覚ますかもしれませんね」
そう我輩の質問に答えるミレイ女史は、やはり蒸し暑さで汗を沢山かいているように感じるのである。
外はまだ大森林には突入しているわけではないので、
「ミレイ女史、蒸し暑いであろう。少しの間、我輩がゾロン氏を看ているので、少し外へ出ると良いのである」
「あ…………お心遣い、ありがとうございます。10分ほど、よろしくお願いします」
我輩の申し出に、ミレイ女史は礼を言うと荷車の外へと出て行くのである。
しかし、本当に蒸し暑いのである。
北方地域の一部で伝わる文化で、小屋の中に大量の熱した石を入れた容器を準備し、そこに雪や氷などをかけて発生した熱い水蒸気で蒸されながら暖を取るという、湯浴み場に近い文化が存在するらしいのであるが、きっと、このような状態だという事なのであろう。
準備が面倒なのと焼けた石による事故が多かったため、広まることが無かったらしいのであるが、今度錬金術でその施設を作ってみようか等と、どうでもよいことを湯だった頭で考えていると、ゾロン氏が喉が乾いたのか、何かを飲み込もうと喉が動いているのである。
なので、貯めている水産み草の水を水差しに汲み入れ、ゾロン氏にゆっくりと少しずつ流し込むのである。
我輩の予想は当たったようで、ゾロン氏は流し込まれた水を飲み終えると、満足したようにまた落ち着くのである。
しばらくそうしていると、ミレイ女史が再び荷車の中に入ってくるのである。
「ミレイ女史、もう良いのであるか? まだ5分も経っていないであろう。10分まで……」
「あの……残り時間は、アーノルド様と二人でいる時間にしたいのです」
「ミレイ女史がそれで良いのであれば、別に良いのであるが、おそらく二人ではないのである」
我輩の言葉を聞いて首を傾げるミレイ女史であったが、言葉の意味を理解する前に、本人が言葉を発するのである。
「あははは。よくわかったね、錬金術師アーノルド」
「最近は、妖精パットンがいない時の方が頭に違和感があるのである」
我輩の言葉を聞いて姿を現した妖精パットンは、我輩の目の前で何とも意地の悪そうな笑顔を浮かべるのである。
「あれ? もしかして、ボク無しではいられない体になったのかな?」
「パットン! その表現は、ひ……卑猥です!」
妖精パットンの言葉に、ミレイ女史は過敏な反応を示すのである。
そのため、妖精パットンの標的は我輩からミレイ女史へと変化するのである。
「卑猥? ふふふ……ミレイは一体どんな想像をしたのかな? 言って御覧よ」
「え? いや……それは……」
「ほら、ほら、どんな想像をしたのかな?」
じりじりと目の前に迫る妖精パットンに、ミレイ女史は後ろずさるのである。
まったく、何をやっているのであろうか。
「妖精パットン、絡み方がダンやアリッサ嬢のような低次元になってきているのである」
「あはは、ゴメンね。つい、ミレイがかわいい反応をしたものだからね」
「もう! パットンの意地悪!」
そうやって、恥ずかしさからなのか、涙目になりながら頬を膨らませてパットンに怒るミレイ女史を見ると、まだまだ子供らしくて可愛らしいなと思うのである。
そんな風に騒がしくしたのが良かったのか、悪かったのか、
「おや? 錬金術師アーノルド、ミレイ、彼の意識が戻りそうだよ」
と、妖精パットンが教えるのである。
確かに我輩達がゾロン氏の近くに行くと、先程まで無かった小さな呻き声が聞こえるのである。
「ミレイ女史、ゾロン氏が気付いたときにポルト坊がいた方がよいと思うのである」
「はい。ポルト君を呼んできます」
そう言うと、ミレイ女史はポルト坊を呼びに再び荷車の外へと出て行くのである。
そして、我輩は妖精パットンにも頼み事をするのである。
「妖精パットン、もしものために警戒をしておいてほしいのである」
「わかっているよ、意思の魔法でしょ?」
「大丈夫であるか?」
我輩の問いに、妖精パットンは頷くのである。
「向き不向きの問題があるけれど、多分大丈夫だよ。錬金術師アーノルドの予想通りならば、日が出ている今、彼は本来の力は出せないと思うよ」
火傷を起こすほどに日の光に弱い特性と真っ白の肌、ポルト坊がボソリと言った"念話"の魔法というフレーズ、それと無関係かもしれないのであるが、港町での蛇海竜にかけられていた意思の魔法。
これらから、我輩はゾロン氏を"夜の一族"だと判断しているのであった。
「でもね」
いろいろなことを想定している我輩に、妖精パットンはいたずら小僧のような笑顔を浮かべ、
「そんなに焦ることはないと思うよ」
と、そう言うのであった。




