かくれんぼは楽しいのである
我輩の名はアーノルド。帝国唯一無二の錬金術師である。
今後の行動方針が決まり、我輩達はその準備を進めていくのである。
「だん……おじちゃん…おはよう………ごじゃます?」
「ございます。である」『後少しです』
『さーしゃ、“’&#%(!』
「ダン、サーシャ嬢の名前以外は何言っているか、分からなくなっているのである」
「だー! 古代精霊語、難しいわ!」
行動方針が決まってから3日が経過した現在、我輩達はお互いの言語学習を家の外で行っているのである。
我輩達は森の民の集落に行った際に、交流が図れるように。
サーシャ嬢は、新しい事を覚えたいから。
と、いうことである。
言語学習を始めるきっかけは、体力も戻ってきて、採取だけではなく狩りも付き合わせるようになった兄君とアリッサ嬢の、
「弓、あんまり好きじゃないんだよなぁ」
「好きじゃなくても、ちゃんと覚えな。毎回毎回、バカみたいに接近戦を挑もうとするんじゃないよ」
「結局最後は接近して殺すんだから、別に良いじゃんかよ」
「それで、しなくてもいい怪我をしてサーちゃんに迷惑かけてるんだから、世話無いじゃないか」
「…………はい、すいません」
「あんたは狩人なんだから、できるだけ無事に獲物を狩ることを考えなさい」
「ふぇーい」
と、いったいつものやり取りの中であった、
「気のない返事だねぇ、まぁいいか。デルっち、今日も言葉を教えあいながら行こう。言葉で意思疎通が出来た方が楽だからね」
「おう! おれ、少しだけ覚えたぜ。人間の言葉は覚えるのが楽で良いや」
「古代精霊語は、発音が難しいからねぇ」
と、いうやり取りを聞いたからである。
なので、我輩達もそれを聞いてから、勉強時間の一部を家の外での言語学習にあてるようにしているのである。
兄君達の言っていたとおり、古代精霊語より人間の言葉は覚えやすいようで、サーシャ嬢は少しずつ言葉を覚えているようである。
ダンも頑張っているようであるが、こちらはなかなか大変なようである。
「しかしよぉ。こんな苦労してると、この家のトンデモ具合がわかるな」
「そうであるな。現在把握してるだけで敵対生物を寄せない魔法のなにかがあり、翻訳の魔法、状態維持の魔法が掛かっているのであるな」
「それとおそらく温度管理もあるぞ。アリッサが、<最近は暑くなってきて移動が大変だよ、家は快適でいいねぇ>ってぼやいてたからな」
我輩たちが今過ごしているこの家は、様々な魔法の効果が存在しているので、今まで生きてきた中で一番快適な生活ができているのである。
「気持ち悪い物真似は止めるのである。家の要所要所に魔法陣があるのも驚きであったな」
湯を出したり水を出したり、料理のための火種を出したりと、そういった魔法陣が点在しているのである。
しかもどうやら、ここの魔法陣は魔法が使えないもののためになのか、全て魔法金属の溶媒で描かれているので、人間でも容易に起動可能なのである。
「これが、森の民にとっては一般的な生活様式というのが、文明の差を感じるのであるな」
「でも、魔法陣を生活に利用できないかと発想したのが、俺たち人間だっていうのがな」
兄君から聞いた話によると、水や湯などは基本的に、自分の魔法を使って出すのであるが、火種の魔法は森の民は使えないものも多く、デルク坊のように魔法自体が使えない者も存在するために、霊木等の純魔力を含有した溶媒などで描かれた魔法陣が存在しているのである。
そのおかげで、森の民の住居には湯を張って浸かれる場所があるのである。
「あれはいいねぇ、狩りで汚れた体がさっぱりするよ」
と、アリッサ嬢はご機嫌であった。
また、廃棄物や排水などの問題もあるのであるが、それらも一応この家にもあるのであるが、分解の魔法陣が存在しており、それを起動させて処理しているようである。
それを聞いていなかったので、我輩達は大釜で分解するという無駄骨をおっていたのであるが。
分解の魔法陣や湯浴み場の技術は、発案が人間で、形にしたのが森の民や妖精であったようである。
「これらが失伝してしまったのは、実に勿体ないのである」
「湯浴み場別にどうでもいいが、分解の魔法陣は、錬金術の魔法陣と同じくらい模様が細かいから、そもそも人間だと溶媒無しだと扱えなくないか?」
「火種程度であるならまだしも、分解の魔法陣ならば描けたとしても、起動にそれなりの魔力制御力が必要であるしな」
そう、この魔法陣の問題は、人間の扱える純魔力量では描く事ができないので、補助として溶媒を用いるがひつようになるのである。
だが、現在の帝国では純魔力を含有した溶媒は非常に高価なので、一般家庭が使えるようなものではないのである。
さらに、大がかりの魔法陣の場合、起動にはそれなりの魔力制御が必要なのである。
ただ、この家の魔法陣は、全て錬金術の魔法陣と同じく補助機構がついているようなのである。
「時代の最先端技術の結晶であるな」
「魔法研究所のやつらに見せてみたいな」
『おじさんたち、何話してるの? つまんない』
『すまない、言葉がわからないんだったね』
我輩たちの長話に、置いていかれた感じになってしまったサーシャ嬢が、頬を膨らませて抗議してくるのであった。
狩りから二人が戻ってきて、全員で昼食をとり食後の休憩時間の事である。
「センセイ、狩りの最中に探検家に会ったよ」
「そうであるか」
座って、茶を飲みながらアリッサ嬢は我輩にそう言ったのである。
「浅いところからこの辺りくらいまでなら比較的安全だし、狩りも採取も比較的安全にできるしな」
ダンの言うとおり、大森林は深部付近まで足を伸ばしさえしなければ、初級探検家でもそれなりに安全に活動できるのである。
なので、ギルドから渡される地図には、安全・危険のラインが引かれているのである。
それらを調査するのも、ダンたち高クラス探検家の仕事でもあるのである。
だが、アリッサ嬢は首を横に振ったのである。
他の目的とはなんなのであろう。
「連中、先生を探してたよ」
アリッサ嬢から出た言葉は全く考えてもいないものであったのである。
「我輩であるか?」
「先生が住んでた集落の人達が、全然帰ってこない先生を心配して、捜索依頼を出したみたいだよ」
「あぁ…………。確か、4日くらいで戻るって言ってたか。」
そうであったのである。
完全に失念していたのである。
家を出る際に、いつも食事を持ってくる家族に4日ほど出掛けるので、その間の家の管理を頼んでおいて、そのままだったのである。
「大体2週間くらいか…………。そりゃあ、捜索依頼も出るな」
「一応あたしの名前を出して、一緒にいることを言っておいたから大丈夫だと思うけど、<集落の皆が相当心配してるから、早く戻ってあげてください>って言ってたよ」
特Aランクの探検者が一緒にいるという事で、探検者達は戻っていったそうであるが、そうであるな。
一度戻るであるか。
そう思っていると、何となく視線を感じるのである。
そちらをみると、サーシャ嬢が心配そうな表情をしているのであった。
「おじさん、帰っちゃうの?」
「すぐこちらに戻るのである」
「じゃあ、私も行きたい!」
サーシャ嬢が手を上げてアピールしてきたのである。
「おれも行きたい! 森の外ってどうなってるのか気になってたんだよなぁ」
兄君もなぜか乗り気である。
二人とも、なぜ許可をもらえると思っているのであろうか。
「二人とも、外は俺達以外にも人間がいるんだぞ」
「そうだよ。皆があたしたちみたいにサーちゃん達を好きって訳じゃないんだよ」
ダンとアリッサ嬢は反対のようである。
まぁ、当然である。1200年以上交流がなかった森の民を、おいそれと連れていくわけには行かないのである。
「大丈夫だよ。私たち、おねぇちゃんとあまり姿変わらないよ?」
「髪の毛だって、隠せばわかんないだろ? だから、連れていってくれよ」
「怖い人がいても、おじさんと一緒にいれば怖くないよ? 絶対離れないから。おねぇちゃん、お願いします。一緒に行きたいです!」
「兄ちゃん、おれも離れないから! だから、お願いします!」
必死に食い下がるサーシャ嬢達であるが、二人の反応は当然渋いのである。
「だけど……なぁ」
「くっ…………サーちゃん、涙目と上目使いと敬語のコンボは卑怯だよっ……かわいいっ……」
……なぜかダンは迷いだして、アリッサ嬢に関しては受け入れかねないのである。
いやいや、現状ではどうやっても無理なのである。
「言葉はどうするのであるか? ずっと黙っている、と言うわけにはいかないのである」
「おしゃべりしないように我慢する!」
「家の外からまともに会話出来なくなってるのである。子供の足に合わせるので往復で4日か5日くらいである。その間、ずっと用を足したくなっても、食事をしたくなっても、意思の疎通が難しい状態になるのである。それに耐えることができるのであるか?」
サーシャ嬢はよく分かっていないのであるが、実際にアリッサ嬢と狩りに行っている兄君は、言葉が通じない事の負担を分かっているようで、先程までの勢いが弱くなっているのである。
「お兄ちゃん?」
そんな兄君を見て、サーシャ嬢は首をかしげるのである。
「サーシャ、今まで知らなかったけど、言葉が通じてたのが急に分からなくなると、凄く大変なんだ」
「大丈夫だよ、おじさんが言葉わかるよ」
「おっちゃんだって、俺たちの言葉が全部わかる訳じゃないみたいだし、俺たちに説明するときに、結局俺たちの言葉を使うじゃないか」
サーシャ嬢も、少しずつ理解し出したようで、先程勢いが下がっていくのである。
「悪い人たちだけじゃないと思うけど、それで俺たちが森の民だって分かって、おっちゃんに迷惑かけるわけにはいかないよ」
兄君は、冷静に考えてその点に考えが至ったようである。
まあ我輩は迷惑とか、そこら辺はあまり気にはしてないのであるが。
「でも……」
「だから、俺たちがもっと人の言葉を勉強して、もっと話せるようになったら連れていってもらおう。おれも、凄く行きたいけど我慢するから」
「…………うん」
兄君の言葉にサーシャ嬢は頷くのである。
まぁ、今回は急なことなので仕方ないのである。
もう少し言語学習が進んだら連れていってもよいかな、と、思うのである。
などと思っていたのであるが、先程まで二人の話を、まるで成長を見守る親かのように聞いていたダンとアリッサ嬢の様子が変わるのである。
「アリッサ」
「ああ…………サーちゃん、デルっち、こっちにきて」
アリッサ嬢が、サーシャ嬢と兄君を呼び寄せ、我輩の近くには、ダンが立っているのである。
「何かいるのであるか?」
「……正直わかんねぇ。けど、変だ。」
「凄く薄くあたしたち以外の臭いがある気がするんだ。だけど、何なんだろう。何かに邪魔されてる感じがする」
我輩の言葉に、二人ははっきりしない答えを返すのである。
サーシャ嬢と兄君も不安そうである。
すると、
「アハハハッ。すごいね、このニンゲン達。結構強く魔法をかけてあるのに、ボクの事がわかるんだ!」
急に何処からともなく声がするのである。
その声からは、どこか、我輩に試そうとした悪戯がバレた時の、ダンのような雰囲気を感じるのである。
そして、この声にサーシャ嬢が反応したのである。
「あれ? その声はパットン? パットンだよね?」
パットン
その名は、サーシャ嬢をここまで連れてきてくれた妖精の名前のはずである。
「よくわかったね、サーシャ。ボクはパットンだよ」
「パットン、何で隠れてるんだ?」
兄君も嬉しそうにパットンに呼び掛ける。
「久しぶりにデルク達に会おうと思ったんだけど、知らないニンゲンがいるじゃないか」
一度、この家に来たことがあるというので、今回たまたまきたのであろう。
しかし、何故姿を隠して……
「悪いニンゲンなら追い出さないといけないと思ってたんだけど、そんな感じじゃなかったから、そのまま様子を見てたんだよ」
なるほど、である。
パットンは、我輩たちとサーシャ嬢の関係を調べるために、魔法を使って姿を隠していたようである。
確か、サーシャ嬢達とここに来る際も姿を隠す魔法を使っていたと言っていたのである。
得意な魔法なのであろうか。
ならば、何でまだ隠れているのであろうか?
「妖精パットン、我輩はアーノルド。錬金術師である。何故いまだに姿を現さぬのか、お教えいただきたいのである」
「ニンゲンアーノルド。ボクは、君たちに妖精と呼ばれている、パットンだよ。魔法を解かない理由は、ここで魔法を解くとこの家に影響があるからさ」
我輩の真似をするように、パットンは返事をするのである。魔法に影響があるから魔法が解けない? どういうことであろうか? ダンもアリッサ嬢も怪訝な表情を浮かべている。
「ちゃんと姿を現すから、一度家の外に来てくれないかな」
そう言うと、窓も開けていないのにそよ風が舞うのである。
「パットン待ってー!」
「サーシャ! 待ってって! 一人でいくなよ!」
サーシャ嬢が勢いよく玄関の方に駆け出していき、そのあとを兄君が追っていくのである。
「とりあえず行ってみるか」
「そうだね、敵意はなさそうだったしね」
ダンとアリッサ嬢の言葉にしたがい、我輩も二人を追って玄関に向かうのである。
外に出ると、サーシャ嬢がキョロキョロと周りを見渡している。おそらくパットンを探しているのであろう。
「パットン、どこー?」
「アハハハッ、サーシャ、全然違うところを見ているよ。」
「むうーー! パットンのイジワル!」
パットンの悪戯気な声に頬を膨らませるサーシャ嬢。
すると、
「ねえ、そこの二人ならボクのいるところわかるかい? さっき、ボクの事を感じてたよね?今度は分かるかなぁー?」
「かくれんぼかい?」
「へぇ、なかなか挑戦的じゃねぇか」
パットンの小馬鹿にした言葉に二人の目の色が変わる。乗せられやすい奴等である。
二人は、軽く体をほぐすように動かしながら、サーシャ嬢の所に行くのである。
「いたずらっ子は、あたしたちがサーちゃんの代わりに見つけてあげるかるね。リーダー、久しぶりに勝負といきますかね」
「いいねぇ、ここまで上手く隠れられるやつもいないから、楽しめそうだ」
「二人とも、盛り上がってるけど見つけられるの?」
妖精パットンの問いに、二人は悪そうな笑顔を浮かべ、
「当然」
「当たり前だ」
と、答えるのである。
「アハハハッ、楽しいニンゲンだよ! 見つけられるものなら見つけてごらん」
なぜか、3人でとても楽しそうである。
「なぁ、おっちゃん。何であの三人はいきなり打ち解けてるんだ?」
「なんか、凄く楽しそうだね」
「そうであるなぁ、似た者同士なのかもしれないのであるな」
我輩は、兄君と、こちらに戻ってきたサーシャ嬢の3人で傍観することにしたのである。
さて、パットンとのかくれんぼであるが、意外に早く決着がついたのである。
暫くの間、動きがなかった二人であったのだが
「ここだっ!」
「ここ! あぁ!!」
「えっ!」
二人が同時に指差したのである。
同時にしか見えなかったのであるが、ダンが悔しそうにしているので、わずかに遅かったようである。
そして、パットンは、本当に見つけられると思ってなかったらしく、驚きの声をあげるのである。
「あたしの勝ちぃ、これで124勝122敗だね」
「くっ、ほんの少しの差で…………」
「伊達に狼の血が入ってるわけじゃないのさ」
「っかーー! 追い付けると思ったのによー!」
本当に楽しそうであるなぁ、こやつら。
そう二人が言っていると、先程二人が指を指していた場所から光の渦が巻き起こるのである。
「すごいねぇ、ニンゲン。ボクの阻害魔法を見破っちゃうんだ」
そう言って、光の渦が消えた先には羽の生えた手のひらほどの人間がいたのである。
「改めて、初めましてニンゲン。ボクが君たちに妖精と呼ばれている、パットンだよ」




