目的地にて、である
我輩の名はアーノルド。自由気ままに生きる錬金術師である。
蛇海竜の問題を解決し、港町を出た我輩達であったが、旅の予定の変更を余儀なくされる事態を迎えることになったのである。
と、いうのも、南方地方に入ってから、川の上流調査や周辺集落での水の支給活動、そして、蛇海竜問題と、予定外の事が立て続けに起きている上に、もしかしたらこちらの大森林に、帝国の混乱を招く恐れのある魔物達の集団がいる可能性が浮上してきたためである。
そのため、
「ふわぁぁ…………。キレイだぁ…………」
「ここらへんの海って、平らで広いんだね! 風も気持ちいい!」
「そうであるな。このあたりの海は港町と違い、陸地に挟まれているわけではないので、また違った見応えがあるのである」
眼前に広がる大海原を、サーシャ嬢やデルク坊は目を輝かせて見ているのである。
海自体は港町に着く前や港町でも見ていたのであるが、あそこは内海であったために、近くに対岸の陸地が見えている状態であったのであるが、こちらは見渡す限り水平線の完全な外海である。
見たことのない新しい光景に、森からでる事がなかった二人は感動しているようである。
まぁ、帝都付近にずっといた我輩も、初めてこの海に来たときは多少の感動を覚えたものであるが。
現在、我輩達は素材収集を行う予定になっている海岸にむけて高速移動中である。
本来ならばドランが荷車を牽いてのんびりと旅路を行く予定であったのであるが、大森林の調査に重きを置くことにして、今はダンが荷車を全力で牽いているのである。
そのため、本来ならば目的地の海まで一週間少々かかる行程も、移動を開始して二日目の昼には到着することになったのである。
ダンの速度と体力は、本当に化け物じみているのである。
そのような状況であったため、できるだけたくさんサーシャ嬢達には海を見せてあげたいと、今回は海岸沿いを疾走しているのであるが、付近には南方都市に向かう大きな街道が存在しているため、海を眺めながら歩く民達からは我輩達の存在は悪目立ちしてしまうのである。
なので、妖精パットンの認識阻害の魔法を利用し、我輩達の姿を確認しづらくした状態で移動を行っているのである。
おかげで、普段のように道なき道のような荒れた場所を移動することも少なく、我輩も良く事無く移動できたのである。
なのでこれからは、高速移動時はわざわざ街道を大きく外れずに、妖精パットンに魔法をかけてもらおうかと我輩は真剣に検討するのであった。
「港町のものよりも大分良い品質ですね」
「このあたりで取れるものが一番品質が良いのである」
「海藻の産地とし、このあたりは有名ですからね。だから品質の良いのでしょう」
「そうであるな」
我輩達は街道沿いにある海岸付近の集落、そこの漁場から離れた海岸で素材採取を行っているのである。
このあたりの集落は海藻や海草が名物であるので、海草採取を行っている者達がちらほら見受けられるのである。
ただ、我輩達はそういう採取場所から離れた、人が立ち寄ることのなさそうな場所を選んであえているのである。
と、いうのも、
「いくぞー!」
「うおっ! お返しでさぁ!」
「ドラン兄ちゃん、こっちにもかかった!」
「羽が濡れて飛びづらいけど、楽しいねぇ!」
サーシャ嬢達をのびのびと遊ばせるためである。
水の掛け合いで魔法を利用するなどという豪快な遊びは、人間のいる前では目立ちすぎてできないのである。
「皆、水着を気に入ってくれて良かったですね」
「そうであるな。三人で頑張った甲斐があったのである」
ミレイ女史の言葉を受け、我輩は全員の要望を聞きつつ作製した水着を思い出すのである。
サーシャ嬢には、本人が好きな色であるピンクの白色の縞が可愛らしいワンピース状の水着を作製したのである。
撥水性が高いある魚皮を主に使用しているのであるが、着心地のよさとフリルの造形のために布も使用しているため、耐久性と着心地が良くなったのであるが、少々撥水性が下がってしまっているのである。
造形はミレイ女史が担当したので子供らしい実に愛らしい水着になり、サーシャ嬢はとても気に入っていたのである。
ダン・ドラン・デルク坊の三人は、結局我輩の作った水着を気に入り、今はそれを利用しているのである。ただ、それとは別に水中作業用にサーシャ嬢の作った水着も持っており、食料確保のために水の中へと潜る際はそちらに着替えるようである。
アリッサ嬢はなんと、我輩の作製した水着の造形をさらに過激にし、胸周りと股間・臀部を隠すだけの下着といっても過言ではない物を求めてきたのである。
髪の色と同じような燃える赤色と黒を基調とした水着は、とても良く似合っているのであるが、もう少し恥じらいというものを持って欲しいものである。
ハーヴィーは、胸が隠れる程度のシャツ状の水着と、膝丈ほどのズボン状の水着を着用しているのである。
アリッサ嬢もこれくらいの恥じらいを見せてほしいものである。
まあ、ハーヴィー男なのであるが。
ミレイ女史は、黄色と黄緑色のサーシャ嬢のようなワンピース状の水着の上に、日焼け対策としていろいろの薄手の長袖シャツ状の水着を着て、腰布状の水着を巻いているのである。
やはり貴族令嬢ということもありこういった点には注意を払っているようなのである。
ちなみに我輩は、普段通りの格好である。
ただし、普段通りの格好で撥水性を高めた水着を作製したのである。
単純に、通常の格好が一番落ち着くから、という理由なのであるが。
そんなわけで、人のいないこの海岸で我輩達は各々自由に行動しているのである。
「たしか、この海藻は美容系の薬品などの素材にもなるのですよね」
自由行動というのに、我輩の素材採取を手伝っているミレイ女史が質問してくるので、我輩は頷くのである。
「そうであるな、美容液や髪質を柔らかくする薬液等の素材としても有効と書かれていたのである」
美容系の薬品や道具というのは、初級手引き書でもかなり最初の方に載っていたのである。
美しい容姿が特徴の森の民でも、美容に興味があるというのが面白くもあり、世の女性というのは美容に関心が強いというのが伺えるのである。
「では、今度作ってくださいね」
そんなことを思っている我輩に、ミレイ女史は唐突に美容系の道具作製を頼むのである。
「いや、ミレイ女史はもう自分で作れる…………」
「こういうのは、プレゼントされると嬉しいんですよ。でも、言い方に気をつけてくださいね。渡し方を間違えると逆効果ですからね」
そう言ってこちらを見るミレイ女史は、期待に目を輝かせているのである。
なんとも断りづらいのである。
「まあ、作れというならば作るのであるが」
「それでは期待していますね。素敵なプレゼントも、素敵なお言葉も」
錬金術で作るので良質の道具はともかくとして、言葉を我輩に期待するのはどうかと思うのである。
「そうだ。四人分お願いしますね」
若干困惑している我輩に気付かないのか、しれっと作製数の増加を申し出るのである。
大分したたかになったものである。
「四人分であるか?」
「私と、サーシャちゃんと、アリッサさんと、クリスさんですよ」
「クリス治療師は、結婚の祝い的なものなのであろうということは理解できるのである。であるが、他の二人にまで作る理由はあるのであるか?」
我輩の質問に、
「サーシャちゃんとアリッサさんは、私だけにプレゼントをあげたと知るときっと機嫌を悪くしますよ? アーノルド様はつ……妻が複数になるのですから、こういう事はできる限り全員にするのですよ」
顔を赤らめながらミレイ女史はそう言うのである。
…………なぜ、我輩が複数の妻を持つことが決定なのであろうか?
「我輩は、そもそもだれかと結婚をする予定はないのであるが」
我輩の言葉を聞くと、ミレイ女史はやれやれといった表情を浮かべるのである。
意味がわからないのである。
「アリッサさんを妻に迎えると、帝都に向かう途中におっしゃっていたではないですか」
「あれは、冗談であったのは見ていた筈である」
「サーシャちゃんだって大人になったら妻に迎えるのでしょう?」
「サーシャ嬢が大人になった頃には、我輩は死んでいるのである」
「では、私が経験を積んで今よりも沢山の人々と交流を持ったうえで、それでもアーノルド様との結婚を望んだらどうされるのですか?」
「それは……受け入れるのである」
「それでは……」
我輩の言葉を聞いたミレイ女史は、頬に指を当てさらに質問を繰り返すのである。
「アリッサさんが改めてアーノルド様に結婚を申し込んだ場合はどうされるのですか?」
「……受け入れるのである」
「サーシャちゃんが、何かしらの要因で早く大人になった場合はどうされるのですか?」
「…………受け入れるのである」
「他の女性が結婚を現時点で申し込んで来たらお受けするのですか?」
「いや、そんなつもりはないのである」
我輩の言葉を聞いたミレイ女史は、満面の笑みを浮かべるのである。
「でしたら、全員に同じプレゼントを贈らないといけませんね」
「なんでそうなるのであろうか」
「私達が、アーノルド様にとって結婚してもいいと思える程度には特別な存在だからですよ」
「………………うむぅ……」
「これ以上、反論できないのであれば四人分。お願いいたしますね」
いまいち納得のいかない話であるが、確かにそう受け取れなくもないのである。
我輩は、これは日頃の感謝だと思うことにして、美容液の作製を承諾するのであった。
勿論、ミレイ女史から女性が喜ぶ言葉も一緒と念を押されたのである。
多少不安であるが、ダンかドランに聞いてみようと思うのであった。
そのようにして、我輩達は各自海辺での時間を過ごしていると、少し遠くまで泳いで食材の確保に向かっていたアリッサ嬢とハーヴィーが戻ってくるのであるが、何やら違和感があるのである。
よく見ると、二人の肩に何者か担がれている状態だったのである。
一体、何者であろうか?




