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錬金術師アーノルドの自由気ままな毎日  作者: 建山 大丸
8章 南方地域の旅といくつかの問題事、である
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新しい家族として


 私の名はクリス。帝国治療院、派遣治療団に所属する2級治療師です。






 「はぁ……結局今まで何も言えていない……」


 港町の治療院の庭で、私は自分のへたれぶりに落ち込んでいます。

 ゴードン様と派遣治療団の活動のために南方地域へと向かっていた私達は、その帰りに別の治療団と遭遇することになりました。

 そこは川の水が壊滅的に不足しているため、その救援のために南方都市から派遣された治療団で、私とゴードン様夫妻は共に活動することにしたのです。


 そして、その活動中に私はドランちゃんと再会することになったのです。

 なったのですが、結局話を切り出すことも全くできず、頑張っていつもの調子を維持するのが精一杯でした。

 何の進展もないまま別れることになると思っていたところに、このことを派遣治療団の活動中に相談していたゴードン様の奥様が気を効かせてくれたのか、私はドランちゃん達と一緒に港町まで行き、治療院に援助を頼む役目を仰せつかりました。

 ゴードン様達に応援されて、今度こそはと思ったものの結局機会には恵まれず……。

 港町についたあとも蛇海竜のによる怪我人の治療や、問題解決のための色々で、結局何もできないまま今日を迎えることになってしまいました。


 唯一分かったことは、まだドランちゃんにそういった話が出ていないと言うことくらいです。


 でも、森の民の集落でもドランちゃんはモテていたし、別の村にドランちゃんを慕っている娘さんがいるというのも聞いたし、このまま行けば近いうちにそういうことにもなりかねません。

 気は焦るのに、後一歩がどうしても踏み出せません。


 「明日にはドランちゃん達とお別れなのに……うぅぅぅぅ……」


 本当に、後一歩のところで踏ん切りがつかない、自分の臆病さに嫌気がさします。


 「クーちゃん、何を唸ってんのさ」

 「アリッサ様……」

 「様付けは止めておくれよ。そんなよそよそしい仲じゃないでしょうに」


 見ると、アリッサさんがこちらにやって来ます。


 「明日でお別れだねぇ」

 「はい。寂しいです」

 「それはドランと会えなくなるからかい?」


 そう言って、アリッサさんはニヤニヤと笑ってこちらを見ます。

 アーノルド様をからかうときなどに見せる、可愛らしいけど意地悪な顔です。


 「そんなこと! ……は、……あります」

 「おや、珍しいねぇ。素直に認めるなんて」


 アリッサさんはすでに、私の、ドランちゃんに対する気持ちに気付いていたみたいなので、いまさら隠したところで意味などありません。

 認めてしまうと恥ずかしくても手が出ないことから、今までの過剰な反応はきっと、図星を指されていたことに対する反発だったのでしょう。


 夜の涼しいけれど、少々強い湿気混じりの潮風が私達の顔を撫でます。

 心地が良くて、少し恥ずかしさで熱くなった体が落ち着いた気がします。


 「その様子だと、言えてないようだねぇ」


 アリッサさんの言葉に、私は小さく頷きます。


 「ダメですね、私。後一歩が踏み出せなくて」

 「気持ちは分かるつもりさ。あたしもそうだったからね」

 「アリッサさんも……ですか?」

 「そうさね。あたしも、このままで良いと思って一歩引いていたからね」

 「引いていた……今は違うんですか?」

 「まぁ、小さいけれど一歩は踏み出せたかもね」


 そういって苦笑いを浮かべるアリッサさんは、少女のような可愛らしい雰囲気を漂わせています。


 「どうやって、その一歩を踏み出せたのですか?」


 私の質問に、アリッサさんはとても優しい笑顔を浮かべるのです。

 とても暖かく包み込むような、お母さんのような、お姉さんのようなそんな笑顔。


 「あたしの姉がね。自分の幸せを求めていいんだって背中を押してくれたのさ」

 「背中を……」

 「クーちゃんだって、ゴードンや奥さんにもしかしたら他の人からも背中を押されてここまでやって来たんでしょ?」

 「はい。でも……」


 時間が経つとどんどんと不安が……。


 そう言おうとしたとき、私の目の前が真っ暗になります。

 私の頭と肩が誰かの腕でギュッと締められて、私はアリッサさんに抱きしめられているんだと気づきました。


 「人は皆、幸せを求めていいんだよ」

 「でも、受け入れてもらえなかったらと思うと怖いんです」

 「一度で駄目なら、何度でもやれば良いのさね」

 「それで、ドランちゃんに嫌われたら怖いんです」

 「そうしたら、少々の事で人を嫌ってんじゃねえって、あたしがどやしつけてやるさね」

 「それって、解決になってません」

 「じゃあ、あたしと一緒にセンセイでも口説いてみるかい?」

 「私は、ドランちゃんじゃなきゃダメなんです。ドランちゃんを失いたくないんです」

 「じゃあ、ドランを失わないように、つなぎ止められるように頑張らないとね」


 結局そういうことなんだ。

 怖くても、ダメかもしれなくても自分で一歩を踏み出さない限り、何も変わらない。

 何もしないで失うことになって、あの時やっておけばよかったって後悔するよりも、自分の幸せを求めて動いて、ダメで、あの時やらなきゃ良かったって思った方が……マシなのかもしれない。


 わからない。


 結局、答えが決まっている事じゃないんだから、どんなに考えたって結論なんか出ないし、結果なんかその時にならないと出ないんだ。

 

 だから、


 「もしもダメだったら、一緒に泣いてくれますか?」

 「あたしも泣かないとダメなのかい?」

 「背中を押した責任は取ってもらいます。一緒に泣いてください」

 「甘えん坊だねぇ……ドランが受け入れてくれる事を祈ってるよ」

 「はい、祈ってて下さい。……行ってきます」

 「はいよ。行っておいで」


 私は一歩を踏み出して、彼の元へと歩き出すのだった。






 夜はそれなりに更けているとは言え、まだドランちゃんは眠る時間じゃないことは知っている私は、一瞬躊躇ったけれど大部屋のドアをノックします。

 少し間が空いてドアが開かれると、そこには驚いた様子のハーヴィー君がいました。


 「クリスさん……」

 「ドランちゃん、いるかな?」

 「あ、ドランさんなら、隊長の命令で治療院の裏庭の警備をしろってさっき急に言われて裏庭に……」

 「ボクのおかげでドランをいいタイミングで外に出せたんだから感謝してよ……」

 「それはそれ、これはこれだ。こういうのは、外野は見ちゃいけねえんだよ」


 薄明かりの下で、ダン様がパットンさんを体を紐でぐるぐる巻きにして、まるでミノムシのようにしているのが見えます。

 もしかして、さっきのアリッサさんとのやり取りもパットンさんは見ていたのでしょうか?


 「治療師クリス、自分の思いをちゃんと伝えるんだよ。君ならきっと大丈夫さ。見れないのが残ねぇぇぇぇぇっっっ!!」


 ダン様に吊された紐を回されて悲鳴を上げるパットンさんを見て、何となく力が抜けた気がします。


 「……ったく。まぁ、そんなわけだからよ。がんばれや」

 「どことなく、生き急いでるドランさんを支えてください。お願いします」

 「クリスおねえちゃん、綺麗だから大丈夫だよ!」

 「クリスさん……」


 応援したり、心配してくれる皆の気持ちに感謝して、私は大きく頷くとドランちゃんがいる裏庭へと向かうのでした。


 裏庭に行くと、中央でドランちゃんがつまらなさそうに周りを見渡しているのが見えます。


 きっと、何もないからつまらないんだろうな。

 困った人だなぁ。


 等と思いながらドランちゃんに近づきます。


 私の足音に気付いたのか、ドランちゃんはこちらを向くと少しだけ驚いたような表情を浮かべます。


 「んお? クリス姉。どうしたんだ?」

 「皆に聞いたら、ドランちゃんはここだって」

 「そうなんだよ。急に隊長が、何か変な気配を感じたから裏庭見回ってこいって言ってさ。こりゃ、荒事か!? って思ったのに何もねえんだよ。全く拍子抜けだぜ」

 「呆れた……何もなかったなら、良いじゃないの」

 「まぁ、そうだな」


 自然にドランちゃんの隣に行って腕にくっつきます。

 ドランちゃんも、特に嫌がることなく受け入れてくれます。

 ふと、いつかこの腕に私が寄り添えないのかな、と思うと、やっぱり嫌だな、ずっと隣にいたいな。

 そう思えたことで、私は覚悟が決まりました。


 「ねえ、ドランちゃん」

 「ん? なんだ?」

 「私ね、ドランちゃんの家族になりたい」


 私の言葉の後、ドランちゃんの返事はなく、風で揺れる草木の音と虫の声が私達を包みます。

 一体、私の言葉に何を考えているのだろう。

 少し不安になった私は、ドランちゃんを見るとドランちゃんは不思議そうな顔をしてこっちを見ていました。


 「クリス姉、今更何言ってるんだ? 俺達は家族だろ? クリス姉の中では違ってたのか?」

 「……そういうことじゃなくて、ドランちゃん、貴族様になったからお嫁さん来るかもしれないでしょ? そうしたら、私、ドランちゃんと一緒にいられなくなっちゃうって思って……」

 「そんなこと心配してたのかよ」

 「そんなことじゃないよ! ドランちゃんが他の人と新しい家族を作っちゃうんだって、そうしたらいままでみたいにいられないんだって思ったら……私……」


 そう思うと、自然に、くっついていたドランちゃんの腕に強くしがみついてしまいます。

 離したくない……。

 もしかしたらこれは愛情じゃなくて、ドランちゃんに依存してるだけなのかもしれない。

 でも、離れたくない。

 そう思うと自然に涙も出てきてしまいます。


 「あぁ、そういうことか……。クリス姉、よく聞けよ。俺にとっての家族っていうのは、クリス姉と師匠だけだよ。旦那達も家族みたいなもんだけど、俺が築く家族はクリス姉と師匠がいればいい。あとはいらねえんだ」


 そう言ってドランちゃんはもう片方の腕で、しがみついている私の頭を優しく撫でてくれます。


 「でも、それって姉弟でしょ? そうじゃなくて……」

 「……なぁ、クリス姉。俺は獣人の血が強い。そして、多分ずっと探検家だ。それが、どういうことか分かるか?」

 「……私よりも早く死ぬ確率が高いってこと?」

 「そうだぜ。もしも無事に探検家稼業を終えることができても、俺は、人間の寿命の半分程度しか生きられない」

 「うん。そうだね」


 獣人の血が強く出る人間は、高い身体能力を得る代わりに寿命が短くなる。

 だからドランちゃんも、アリッサさんも、ハーヴィー君も私達よりも短い間しか生きていられない。

 ハーヴィー君が、ドランちゃんを生き急いでると言ったのはそういうことなんだろう。


 「姉弟ならクリス姉は他の男と結婚しても、俺は弟としてクリス姉と家族でいられるし、クリス姉だって、俺と家族でいられるじゃねえか。俺は他の女と家族は作らないんだからよ。だからよ、それでいいじゃ……」

 「良くない。私は、ドランちゃんと家族を作りたいの。ドランちゃんが他の人と家族を作るのも嫌だし、私がドランちゃん以外の人と家族を作るのも嫌。ドランちゃんじゃなきゃ嫌」

 「クリス姉。俺は、クリス姉を一人にしたくねえんだよ」

 「ドランちゃん、二人きりの家族になるんじゃないの。家族をたくさん作るんだよ。私を一人にしたくなかったら、一人じゃないようにしてよ」

 「……クリス姉って、そんなキャラだったか?」

 「ドランちゃん、覚悟を決めた女は強いんだよ?」


 困った顔のドランちゃんを真っすぐにじっと見つめて私は、自分の思いをドランちゃんに全部ぶつけた。

 これで駄目なら、アリッサさんに泣きつこう。

 そして、またぶつかろう。


 そんなことを思っていたら、ドランちゃんは深くため息をつくのが見えた。

 ドランちゃんはどう返事を返すのだろう。

 心臓がドキドキする。


 「大森林……」

 「??」

 「南方の大森林。そこの調査が終わって辺境に戻ったら、隊長達に言って休暇をもらう。そしたら、迎えに行くから。それで良いか? クリス姉」

 「………………うん」

 

 ドランちゃんの腕に回していた手を体に伸ばし、私はドランちゃんを力いっぱい抱きしめる。

 ドランちゃんも、優しく私を抱きしめてくれた。

 暖かいドランちゃんの温もりを感じながら、私はそれ以上の幸せを感じるのでした。




 その後、うまくいったことをアリッサさんに話しているうちに結局私は泣いてしまい、アリッサさんから笑われてしまい、そして、別れ際に余計なことを言ったドランちゃんはアリッサさんやミレイちゃんから、今回のことをからかわれることになったのです。

 ドランちゃんが恨めしそうな表情をしてこちらを見ていましたが、私は悪くないもん。


 そして、ドランちゃん達が町を出るのを見送った後は、私も町を自分の仕事を果たすために町を出ます。


 ドランちゃんも自分の仕事を頑張っている。

 だから、私も自分の仕事を頑張ろう。

 

 以前よりも家族の、そして、それとはまた違った絆を得た私はいままで以上に強くなれる気がしました。


 皆、私の背中を押してくれて、ありがとう。

 いつか、返せると良いな。








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