ついつい余計な一言が出るのである
我輩の名はアーノルド。自由気ままに生きる錬金術師である。
「最後の最後でしまんねえんだもんな」
「あれは、船長が揺らすからいけないのである」
「錬金術師アーノルドらしいよね。そういうところは」
我輩同様に会談前までの出来事を思い出していたらしきダンや妖精パットンと、互いの苦労話をしながら何故か最終的に我輩の舟での大惨事をからかわれる羽目になりつつ、我輩達は治療院へと戻るのである。
「あ、おかえりおじさん!」
「どうだった?」
我輩達に気付いて、庭で子供達と遊んでいたサーシャ嬢とデルク坊、そして実験の時よりもふっくらとした元野犬がこちらへとやってくるのである。
あの野犬は結局、治療院までサーシャ嬢の後を着いてきてそのまま治療院に住み着いてしまったのである。
今では、体の大きいものにはまだいくらか警戒心を残しているものの、子供やクリス治療師のような体の小さい者には大分慣れて最近は遊ぶようになってたのである。
「うーん……どうやらこの犬、子供達のことを守るべき存在だと認識してるみたいだね」
「なかなか面倒見の良い犬であるな」
「面倒見が良いというよりは、遊んでもらったり餌を貰う代わりに守ってやる的な感じかなぁ」
「なんか、傭兵みたいな犬だな」
「犬の社会にもそういうものが存在するのであろうか」
「ちなみに何から子供を守っているんだ? こいつは?」
「さぁ? そういう設定なんじゃない」
「一気に駄犬化したねぇ」
まぁ、治療院に行くのを怖がっていた子供達も、犬を目当てに来るようになったりしたようなので、おそらくそういう意味でこの犬は役に立っているのであろう。
そんな犬であるが、いまだに我輩の近くには絶対寄らないし、寄ると距離を取るのである。
今も、ある程度の距離からは近づいて来ないのである。
ダンは、我輩がサーシャ嬢と仲が良いから嫉妬されているのではないかと言ってニヤニヤしていたのであるが、まぁ、特に困らないので別に良いのである。
ダンの絡みに無理に付き合う必要はないのである。
「無事に提案は受け入れられたのである。明日から本格的に作業が開始なのである」
我輩の言葉に、二人は分かったとばかりに真剣な表情をして頷くのである。
「で、あるから、明日から忙しくなるのである。今日は目一杯遊んでおくのである」
「うん!」
「わかった!」
我輩の言葉に二人は笑顔を浮かべ元気よく返事をすると、犬とともに子供の集団に再び入って行ったのであった。
「まるで保護者だな。保護されてる側の癖に」
「ダンは、一言余計である」
「あはははははは」
我輩達も明日に備えて英気を養うべく、治療院の中へと戻るのであった。
翌日、町から正式に蛇海竜問題解決を頼まれた我輩達は、本格的に行動を開始するのである。
「じゃあ行ってくるよ。三人とも頑張るんだよ」
「アリッサお姉ちゃんも頑張ってね! 行ってらっしゃい!」
「無理はしないようにするのである」
「あいよ。そっちこそ無理するんじゃないよ」
今日は珍しくアリッサ嬢が荷車を牽いて[心戻し・改]の素材確保に向かうのである。
三人だけでの行動になるので心配なのであるが、逆に我輩が心配されてしまったのである。
今日から3グループに別れて行動をすることになるのである。
アリッサ嬢・デルク・ハーヴィーが[心戻し・改]の素材確保を。
サーシャ嬢・ミレイ女史・クリス治療師が[心戻し・改]の作製を。
我輩・ダン・ドラン・妖精パットンが、作製された[心戻し・改]を蛇海竜に与える為に海に出るのである。
クリス治療師が[心戻し・改]の作製に関わっているのは、圧縮作業の際に保存鍋から手鍋に構成魔力を移す者が必要な為である。
「私がもう少し頑張れればおじさんがやらなくても、お薬が一日に二つは作れるのに……」
「我輩がいない間に一つ作ってもらえるだけで十分助かるのである。三人に感謝なのである」
そう、サーシャ嬢はやはり我輩達よりも【意思】の構成魔力の制御の負担が大きいようで、圧縮した[心戻し・改]を一つ作るのが限界のようである。
これは昨日、我輩達が会談をしている最中にサーシャ嬢達が[心戻し・改]の圧縮作業をやってみて分かったことなのである。
これもまた、数日前に妖精パットンが言っていた適性というものなのであろう。
なので、海から帰った我輩がもう一つの圧縮作業をミレイ女史とともに行うのである。
「それじゃ、俺達も行こうか」
「今日は、薬が一個だから早めに帰ってこれるね」
「ごめんね、パットン………」
「あああぁ、サーシャを責めてるわけじゃないんだよ、ごめんよ」
妖精パットンの何気ない一言に、サーシャ嬢は申し訳なさそうな表情を見せるので、妖精パットンは慌ててサーシャ嬢に謝るのである。
今の話の流れで、さっきの一言は絶対余計だったのである。
「……いつも、人をからかって遊んでるからお返し! 頑張ってね、パットン!」
「……うん。行ってくるよ、サーシャ」
オロオロしているパットンを見て、サーシャ嬢は笑顔を浮かべてそういうのであるが、相手の【意思】の構成魔力を感じることができる妖精パットンにとっては、それが本当か嘘かが意識して読み取ろうとしていなくてもある程度分かってしまうのである。
だからこその先程の反応なのであろう。
少々気まずさを残しつつ、我輩達も船長の待つ港へと向かうのである。
「悪いことしちゃったなぁ……」
「まぁ、先生のことだから戻ったら二つ作れるようになって自慢しそうですがね」
「本当にそうなったらいっぱい褒めるのであるな」
「とりあえず、ちゃちゃっと終わらせようや」
こうして我輩達は終わってからのサーシャ嬢への御機嫌取りの方法を、船長に会うまでの間話すのであった。
「おお? 今日はまた大男がやってきたな」
「まあ、いてもいなくても変わんねえんだけどさ、こいつ、是非連れていってくれって五月蝿くてな。ほざ悪いけど乗せてってくれないか?」
「お願いしやす!」
全く悪びれる様子もなく、満面の笑顔で船長に乗船を頼むドランに、船長は呆気に取られた後苦笑いを浮かべるのである。
本当はドランが[心戻し・改]の手伝いをする予定だったのであるが、基本的に豪快なドランなので少々細かい調整を行う必要がある移替え作業に向いていなかったのと、素材採取に飽きてしまってこちらに加わりたいとまるで子供のように駄々をこねたのである。
「ありゃ、もしかしたら蛇海竜ともう一戦やれるかもって思ってるよ」
「そうですね、その可能性の話をさっきしていたのを興味津々に聞いてましたからね」
「本当に、戦闘馬鹿なんですね」
昨日の夕食の後、ダンに駄々をこねているドランの横で、アリッサ嬢達がそう言っていたのが印象的であったのである。
「アンタんところの仲間は、独特なのが多いな。構わねえよ、乗りな」
そんなわけで着いてきたダンの申し出を、船長は快く承諾するのであった。
我輩達が舟に乗り込み、昨日のように蛇海竜がいる海域に到着すると、何かを探るようにダンが水面をじっと見つめるのである。
「……昨日と数は変わってないな」
(うん。魔法の痕跡が感じられる数も昨日と変わらないね)
つまり、昨日正気に戻った蛇海竜はここに戻っては来ていないのと、新しく魔法をかけられた蛇海竜がやって来ていない事が分かったのである。
「おお、じゃあ後三体って事か?」
「ああ……そうか。大事なことなのに言ってなかったな。この海域にいる蛇海竜の数は11体だった。昨日、一体居なくなったから、残り10体だな」
「なので、おそらくこのあたりの生物はかなり食べ尽くされているかもしれないのである。蛇海竜を解放したところで……」
我輩の言葉に、船長は首を横に振るのである。
「そんなことはないさ。今はかなり食い尽くされちまってるかもしれないが、海は広い。生き物も毎日巡ってるんだ。蛇海竜が居なくなれば、数日から数週間もすればまた戻って来るさ。ここらへんは栄養がたっぷりなんだぜ!」
(錬金術師アーノルド……人のことは言えないね)
(……そのようである)
どうやら、我輩も妖精パットンのことは言えないようである。
余計な一言を言って、本心でもあるのであろうが、船長に気を使わせてしまったようなのである。
我輩は自分の失敗を反省しつつ、本日の作業の準備に取りかかるのであった。




