蛇海竜に試すのである
我輩の名はアーノルド。自由気ままに生きる錬金術師である。
改良した[心戻し]、通称[心戻し・改]の試作実験が成功した我輩は、数日後に控えた会談に備えてさらなる実験を行うべく、更なる準備を進めていくのであった。
「じゃあ、夜までには戻るから。そっちの方は頼むぜ」
「はい、協力者に関してはお任せください」
[心戻し・改]が精神魔法による異常を回復させる効果があることが分かった我輩達は、巨大な蛇海竜にも効果が発揮できるように薬の圧縮を進めることにしたのである。
そして翌朝素材確保の為、ダン達が大森林へと向かうことになったのである。
そのダンは出発の際、我輩達の他に見送りに来ている者のに声をかけているのである。
声をかけられた者、治療院長はダンの言葉に笑顔で頷いてダン達を送り出すのであった。
そうしてダン達が大森林へと出発した後、我輩も治療院長に話しかけるのである。
「院長、協力感謝するのである。部外者の我輩達が助力を願うよりも、民も話をしっかり聞いてくれると思うのである」
「いえいえ、安全で人の被害が少ない方法が取れるのならばそれに越したことはございません」
「しかし、なぜああも簡単に信用したのであるか? やはり森の民の信用であろうか」
昨夜、食事の際に今回のことを話し協力を願ってみたのであるが、深く追求することなく引き受けてくれたのである。
正直なところ、もう少しいろいろと尋ねられると思っていたので気になっていたのである。
「いいえ」
そんな我輩の質問に、治療院長は笑顔を見せて首を横に振るのである。
「貴方だからこそ、信用するのですよ。我等と共に、民の願いの為その身を捧げ続ける錬金術師アーノルド殿」
「以前も言ったと思いますが、アーノルド様の事を知っている治療院の方々は、その理念や生き方に共感されている方が多いんですよ」
ミレイ女史が笑顔を浮かべて話に加わるのである。
そう言えば、そのような事を言われたことがあるような気がするのである。
ただ、やや誇張された感じで受け取られているので多少の違和感を感じるのであるが、我輩を信用して協力をしようと思ってくれたのであれば、我輩もその信用に応えなければならないのである。
「それだけではございません。ミレイさんも昨日町の皆の声を聞いて回ったとは思いますが、この騒動で生活が厳しくなってきている者も増えてきております。民は、少しでも早い解決を求めているのです」
「そうですね。早く漁を早く再開したい、活気溢れる町を取り戻したい。という声がとても多かったです。有能な探検家の皆様は別の町へと出て行くものも出ており、ギルドマスターの討伐案が通るとなると、おそらくより町離れが進むだろうというのが隊長の考えです」
だからこそ、ダンやドランなどの実力者がいる今の時点で町からの緊急依頼として討伐案を通したいのであろう。
確かダンは、いままで立ち寄ったギルドで緊急依頼があった場合は必ず参加していたのである。
そのことを知っているからそれを見越しているのであろう。
だが、それは全て専属契約主である我輩の許可の元に受けている事までは知らないのであろう。
なので、我輩は今回こんな意味のわからない緊急依頼など絶対に受けさせないのである。
目標の討伐・全滅が依頼の絶対条件など意味がわからないのである。
「南方都市の討伐隊に関しましても、状況が状況だけに編成が中々進まないというのがこの前、南方都市治療院からの鳩便で記されておりました」
それはそうであろう。
竜と呼ばれるものの中では珍しく、非攻撃的で穏やかな性質と言われている通常の蛇海竜の退治ならまだしも、凶暴化して尚且つ好んで人に襲いかかるような蛇海竜を四体以上相手にするなど狂気の沙汰である。
誰だって尻込みするのである。
「ですから、このような状況をどうにかできると言いきる貴方が頼りであり、希望なのです」
院長は我輩に深々と頭を下げるのである。
「錬金術師アーノルド殿。港町の民を御救い頂きますよう、どうか宜しくお願いいたします」
「分かったのである。全力を尽くすのである」
院長の心からの願いを叶えるべく、我輩は錬金術師として全力を尽くすことを約束するのであった。
次の日、前日の夜にダン達が大量に持ってきた素材を使い、蛇海竜にかけられた魔法の精神異常を戻す程に効果を圧縮した[心戻し・改]の作製に着手するのである。
作製方法は、[蜥蜴嫌いの臭い薬]を圧縮したときと同様に、手鍋で作った[心戻し・改]作製に必要な構成魔力を保存用の鍋に溜めていき、ある程度の量までいったら手鍋に戻しながら圧縮作業を行うといった手順である。
初挑戦の時は、サーシャ嬢に構成魔力の移替えをしてもらいながら一人で圧縮作業を進めていたのであるが、[心戻し・改]の作製が思ったよりも簡単にできてしまったことで、圧縮も簡単にできるであろうと油断してしまい、制御に失敗してしまったのである。
「アーノルド様! 魔力を出してください!」
「むぅぅ!」
間一髪、ミレイ女史が爆発寸前の構成魔力を結界で囲わなければ、おそらく治療院が吹き飛ぶほどの魔力爆発が起きてしまったのである。
「助かったのである。ミレイ女史」
「アーノルド様、本来圧縮作業は防護機構が付いていない簡易魔法陣でやるような作業ではないのです。もっと安全に配慮してください。油断した。では済まないのです。結界石の魔力も無限ではないのです」
そう言って我輩に見せた結界石は構成魔力が殆ど無い状態になっていたのである。
確か、まだかなり残量はあった筈なのであるが、先程の魔力爆発を防ぎきるのにそれだけの魔力量を必要としたということなのであろうか。
我輩は、改めて自分の扱っている魔力の恐ろしさを知り、自分が失敗を軽く扱い過ぎていることを認識するのである。
結界石があるから失敗しても大丈夫だと、いつのまにか思うようになっていたのである。
「……その通りである。知らず知らずのうちに、我輩は驕っていたのである」
こうして反省した我輩は、圧縮作業をミレイ女史とともに行うことで、無事に圧縮された[心戻し・改]は完成するのであった。
「協力感謝するのである。船長」
「良いってことよ、アンタんところのお嬢ちゃん達には助けてもらったしな! それに、さっさと漁が再開できるようになってくれるっていうならいくらだって協力するってもんだぜ!」
我輩とダンと妖精パットンは、会談を翌日に控え、蛇海竜が蔓延っている海域に来ているのである。
ミレイ女史とサーシャ嬢は会談でのはったりに必要な道具の作製を行っており、他の者は素材確保に奔走していたので、本日は休みなのである。
そして我輩達は、蛇海竜に作製した[心戻し・改]、そして薬師達が作った特製の忌避薬が効果を現すのかというのを確認するためにこの海域にやってきているのである。
海に出るにあたり、舟を出すものが必要であったのであるが、治療院長が声をかけてたところ我輩達の目の前で豪快に笑っているこの男が舟を出すと言ってくれたのである。
この前の蛇海竜の襲撃の際に舟を壊されることはなかったのであるが、大きな瓦礫の下敷きになり腕がちぎれ、足が潰れる大怪我をしたのである。
治療院に運び込まれたときは、いつ死んでしまってもおかしくない状態だったのであるが、サーシャ嬢の全力回復魔法と改良されたキズいらずでの治療により、以前と全く変わらない状態に戻ったのである。
ちなみに、サーシャ嬢の全力回復魔法が欠損部位再生まで行えるとは思わなかったらしく、本人も驚いていたのである。
これも錬金術で難しい魔法制御とイメージができるようになったからだと本人は喜んでいたのである。
そのようなわけで死の淵から生還、しかも以前と変わらない状態で生活できる状態にしてくれたサーシャ嬢とミレイ女史に感謝してもしきれないというこの男が、一度死んだようなものだから、町のため、二人のために命をかけることなど問題ないと舟を出してくれたのである。
「それによ、あの伝説の探検家を乗せたってなれば、他の奴らに自慢できるじゃねえか」
そう言って船長は良い笑顔を見せるのであった。
「しかし、いつもならこんなところに来る前にあいつらに襲われちまうっていうのに、今日は全然襲ってこないな」
「まぁ、それはこの魔法石の効果であろうな。これは、我輩達の存在を認識し辛くさせる魔力が入っているらしいのである」
そう言って我輩は船長に空の魔法石を見せるのである。
実際はかなり強力な認識阻害の魔法を妖精パットンが使っているのである。
(蛇海竜が、蛇よりも賢くて良かったよ。前も言ったけど、単純な生物ほどボクの魔法は効果が薄いからね)
(つまり、迷えば迷うほど深く疎外されるということであるな)
(そういうことだね)
我輩の頭の上に乗っている妖精パットンは楽しそうに足をパタパタさせているのである。
姿は当然認識疎外の魔法で消えているのであるが、頭の感触からそう感じるのである。
(でも、海って広いねぇ。サーシャやデルクも連れてきたかったな)
(この件が終わったら、連れていくのである。そろそろ実験を開始するので、準備を頼むのである)
(はいよー)
我輩は妖精パットンにそういうと、今回の実験に使う道具を取り出すのである。
「そりゃ、魚か?」
「そうである。今回使用する秘薬を埋め込んだ魚である」
「毒の餌と同じやり方ってことか」
船長の言葉に我輩は頷くのである。
今回、蛇海竜にどうやって薬を与えるかというのを考えた結果、薬を混ぜた餌を与えれば良いのではないかとミレイ女史から提案があったので、それの試験もかねて海にやってきているのである。
これがダメであったら敢えて襲撃されて、その都度ダンが蛇海竜の口に薬を放り込むという危険かつ強引な手段に出るしかないのである。
はっきり言って、そんな方法はギルドマスターの討伐案と対して変わらないので結果が出てほしいものである。
(こっちの準備はできたからね)
(では、実験開始である)
我輩がダンに[心戻し・改]が練り込まれた魚を渡すと、ダンはそれを力一杯投げるのである。
遠くに飛んで行った魚が水に入ってしばらくすると、その辺りが急に荒れるのである。
どうやらパットンの魔法が効果を現したようである。
今回パットンが実験用の魚にかけた魔法は認識阻害ではなく、反対の効果である認識助長の魔法である。
それゆえ、いっそうの存在感を現して水面に表れた餌に蛇海竜は食いついたというわけである。
(あ、今蛇海竜が一体正気を取り戻した)
「お? 一体ここから離れて遠海側に向かっていくな」
その様子を眺めていると、構成魔力を感知している妖精パットンと、気配を探ってその様子を伺っているダンが、そう声を上げるのである。
どうやら、[心戻し・改]が効果を発揮して蛇海竜が正気を取り戻し、別の場所へと移動しているということである。
「本当か!? 俺には全くわからないんだが」
「我輩にもわからないのであるが、ダンの気配察知力は尋常ではないのである。こんなことで嘘は言わない筈である」
「……だよな。って事は、本当にいなくなったんだな!」
船長は嬉しそうに我輩の肩を掴んで揺らすのである。
漁が再開できる希望が見えたからなのであろう。
それは嬉しいのであるが……。
「船長、あまり揺らしてほしくないのである……」
酔い止めを飲んでいて何とか耐えていた我輩であるが、強烈に肩を揺らされた我輩はその後海に大惨事を巻き起こすのであった。




