我輩もまた勝手、である
我輩の名はアーノルド。自由気ままに生きる錬金術師である。
魔法によって普段襲うことの無い、海上に浮かぶ舟や人間、さらには陸上にまで上がってきて人間に襲い掛かるようになった蛇海竜を撃退することができた事で、町長、特にギルドマスターの要望を知り人間は勝手なものだと心の中で呆れていると、先程我輩をからかってきたダンがまだこちらを見ているのに気付くのである。
「まだ何かあるのであるか」
「それで、センセイはどうするつもりだ?」
ダンだけではなく、他の者も我輩の意見を求めるようにこちらを見るのである。
「なんだかんだ言ってもよ、今はセンセイが俺達のリーダーだからな。各々意見はあるだろうけどよ、まずはセンセイの意見が聞かないことにはな」
「こういう時だけ我輩をリーダー扱いするのはどうかと思うのである」
「センセイも自分で言ったろ? 人は勝手なんだよ」
そう言ってダンは笑うのである。
何となく腑に落ちないのであるが、我輩の意見を聞きたいというのであるならば言うのである。
「我輩としては早くこの問題を解決してしまいたいのである」
「とりあえず、無視する方向じゃないんだな」
「当たり前である。上流の時のようにある程度の筋道が見えたのならば未だしも、こんな状況は捨て置くわけにはいかないのである」
「当然です」
「私たち、れんきんじゅつしだもんね」
我輩の言葉にミレイ女史とサーシャ嬢が同意するのである。
他の者からも特に否定的な意見や様子が無い事から、我輩がこう言うだろうというのはわかっているようである。
「それに、である。ここの問題をさっさと解決して、上流の問題解決に協力してもらわないとより多くの民が困るのである」
「元々はそのためにここに来ているわけですしね」
「その通りである」
ハーヴィーの言葉に我輩は頷くのである。
蛇海竜も大きな問題なのであるが、同じくらいに川の水不足の問題も大事なのである。
しかし、である。
我輩が早くこの問題を解決したいのは別の理由があるのである。
「それに、早く素材を確保して大森林に行きたいのである」
そう、このあたりの海ではまだ我輩が求める品質の素材を確保することができないのである。
純化作業は我輩からすれば質の良い素材があれば排除できる作業なので、どうしようもない限り極力やりたくないのである。
「……やっぱりセンセイも大概自分勝手だな。くくく……」
「何がおかしいのであるか、人は大概自分勝手なのである」
「開き直ってんじゃないよ」
アリッサ嬢が、我輩の言葉に呆れ果てた様子を見せながら話を進めるのである。
「ちゃっちゃと終わらせるって言うけど一体どうするんだい? ギルドと協力して蛇海竜を退治するのかい?」
「そんなわざわざ被害を出すようなやり方はしないのである」
アリッサ嬢の言葉に我輩は首を横に振って否定するのである。
この海に出現している蛇海竜が一体であるならばそれも良しであるのであるが、最低でもあと四体、もしかしたらもっと数多くいるかもしれない場所で戦わせる気など無いのである。
そもそも海上での戦いに慣れている探検家がいるかどうかも我輩はわからないので、数を揃えたところでまともに戦えるかどうかすらわからないのである。
「じゃあどうするんですかい?」
「それは、であるな……」
数日後我輩は、町長やギルドマスター、各組合の役員などとの会談へと赴いたのである。
話の内容は当然蛇海竜の対策についてである。
なぜ数日が経過してしまったのかというと、町のある程度の復旧を終えることが先決だと町長が言ったからであったのである。
おかげで、こちらも準備がいろいろできたので良かったのであるが。
ちなみに、あれから臭い薬は一度も使っていないのであるが、蛇海竜は港には姿を表してはいないのである。
というのも、薬師達が作る蜥蜴や蛇用の忌避用煙幕が効果を発揮することを我輩達が教えたからである。
おかげで港は現在一日中もくもくと煙が上がっているのである。
ただ、近海にはまだ蛇海竜が留まっているようなので、漁はまだできていない状態である。
「大森林の遺跡で手に入れた秘薬を使用して蛇海竜を正気に戻す……ですか?」
「そうである。同じ遺跡で手に入れたこの道具で、蛇海竜がなんらかの魔法の影響下にあってこのような状態になっていることは分かっているのである」
そう言って我輩は、真ん中に青く輝く石がはめられた飾りを見せるのである。
「そのような貴重な物を……貴方は一体……」
「この先生はさっき証を見せた通り学者の一族でな、今は俺と一緒に大森林の捜索をしてるのさ。この道具も、この先生が文献を解読したから何の道具か分かったんだしな」
まじまじと飾りを見る商業組合の役員であったが、ダンの説明を聞いて納得の表情を浮かべるのである。
「大森林や北の山脈にいた魔物には精神攻撃をする魔物がいるんだ。森や山にそういう魔物がいるんだから、海に棲む魔物にもそういった奴がいてもおかしくないだろう?」
「特Aクラス探検家である貴方がそういうのならば、おそらくそうなのでしょう」
この会談には我輩の他にダンも同席しているのであるが、有名人であるダンの存在、そして学者の一族である我輩の言葉は思いのほか大きいようで話もほぼ信用されているのである。
因みにダンが今言っている魔物の話、そしてこの飾りは今回の会談用に用意した全くの嘘である。
困ったときの大森林深部遺跡出土品である。
あまり使いたい手では無いのであるが、今はそんなことを言っている場合ではないのである。
「この薬を使用し蛇海竜を正気に戻せば、密集している異常さに気づいた蛇海竜は自然に広い海へと戻っていく筈なのである。それでもダメならば、薬師達が作った忌避薬をふんだんに染み込ませた餌でも与えれば、その蛇海竜はこのあたりには来ないであろうと思うのである」
「そいつは良い! 早速頼むぜ!」
我輩の言葉に即座に同意をするのは、漁業組合の役員である。
当然、蛇海竜が早くいなくなれば漁業が早く再開できるので反対する理由は全くないのである。
「町長! 漁業はこの町最大の産業なんだ! 漁師達は皆再開を待っているんだぜ!」
「治療院も賛成いたします。蛇海竜の問題もそうですが、海に流れ込む川の水不足の問題もございます。その解決法もこちらの方々が調査を行ってくださいました。こちらの問題を早急に解決し、川沿いで水不足に苦しむ民達の救援に力を割くべきだと提案いたします」
漁業組合に続いて治療院長も我輩達に同意するのである。
元々我輩達に好意的であるというのもあるのであるが、大量の被害者がいつまた出るかわからない蛇海竜の問題が解決できないと身動きが取れないという事もあるのである。
「早急に解決、と、いう点であれば巨大な蛇海竜にそのような薬が効果があるかわからない以上、討伐してしまえば済むだけの話だと思います」
「討伐してしまえば問題は解決し、蛇海竜の素材も得ることができて町はより潤います。素材を売った利益で被害に遭った方々の保障もできましょう。そちらの方が効率的だと思いますが」
他の組合からも比較的好意的な手応えを感じて、このまま我輩達の提案がすんなりと通ると思ったのであるが、やはりそうはいかないようである。
ギルドマスターと商業組合の役員が反対を表明するのである。
「どうやって討伐するつもりなのであるか? 蛇海竜は最低でも四体、もしかしたらそれ以上いるのである。さらに本来の個体よりも狂暴になっている上に、相手の領域である海上での戦いであろう? そんなのは死にに行くようなものである。」
「ははは、危険を恐れていたら探検家などやっていられませんよ、学者殿」
我輩を小馬鹿にするように、ギルドマスターはそう言い放つのである。
そのうえ、我輩の質問には一切答えていないのである。
何も考えていないのが丸わかりである。
「この学者先生は、数がはっきり分かっていない上に狂暴になっている蛇海竜を、数体同時に海上で相手をするのに、どういう作戦を持っているのかって聞いてるんだけど、それには答えないのか?」
「それは……」
ダンの質問に、答え難そうにこちらとダンをちらちらと見るギルドマスターである。
非常に腹立たしいのであるが、これならば開き直り<貴様らはそのためにいるのだろう?>等と言ってのける宰相の方がまだマシな気がするのである。
いずれにせよ、提案を受け入れる気は無いのであるが。
「ギルドマスターは、ダンが使用した薬やダン達の参戦を軸に討伐を考えているのであろう? 残念であるが、それは無理なのである」
「港町の危機なのですよ? わかっているのですか?」
「分かっているからこそ、である。誰も協力しないとは言っていないのである。こちらの協力が必要ならば、こちらの提案を受け入れろと言っているのである」
「それならば、お前達をギルドの緊急指定依頼で……」
「今の俺達はこの学者先生の専属探検家だ。ギルマスさんならそれがどういうことかわかるよな」
「我輩は意味の無い危険に、専属探検家を参加させる気は無いのである」
ダンのそう言って専属契約書を取り出してギルドマスターに見せるのである。
専属契約している探検家は契約主の意向が最優先なのである。
なので、我輩がギルマスの提案に協力を拒否している以上、ダン達は討伐には参加できないのである。
ギルドマスターも、まさか貴族でもない学者が特Aクラスの探検家二人が率いる探検家チームが専属契約しているとは思わなかったのであろう。
おそらく、我輩の出した通常依頼をダン達が受けて共に行動しているとでも思っていたのではないのかと我輩は推察するのである。
「でしたら、あの薬を……」
「今回俺が蛇海竜に使用した薬は、昔、前陛下から北の山脈を抜ける際に賜った残り少ない対竜用魔法薬だ。残念だが、蛇海竜を退治しきるだけの数は持っていないぜ」
「だが、この魔法を解除する秘薬ならば、それなりに持っているのである」
そう言って、我輩は緑の液体の入った小さな薬瓶を置くのである。
「ですから、そのような効果があるのか分からない薬よりも……」
「あったのである」
「は?」
我輩の言葉に、ギルドマスターは拍子の抜けたような声をあげるのである。
「先ほど話の流れが変わってしまい言いそびれてしまったのであるが、薬の効果はあったのである。なので、もう一体は正気を取り戻したので海へ帰ったのである」
まぁ、今言っていることは嘘なのであるが、前日に実験をして効果は確認済みなのである。
「だからこそ我輩達は、この提案をしているのである。より安全で、確実な方法があるならばその方が良い筈なのである」
色々矛盾はあると思うのであるが、ここは勢いとはったりで押しきる作戦である。
「そう言われてしまうと、確かに……そうですね。蛇海竜の素材確保の機会は違う時でもできますし……」
「わざわざ凶暴化してる個体を相手に危険を犯す必要はないのである」
「そうですね、少々欲が出てしまいました。申し訳ございません」
引き際だと感じたのか、商業組合の役員はあっさりと我輩達に謝罪をして、反対を撤回するのである。
もう一人の、己の出世欲に目がくらんだ男は諦めが付かない様子で何かを言おうとしていたのであるが、結局は我輩達や他の者の賛同を得るような提案が浮かばなかったようで、小さく我輩達の提案に同意する旨を告げるのである。
こうして、港町の会談では我輩達の提案が通る事になり、我輩は、この会談前までの慌ただしい日々が無駄にならずにすんだと少々ほっとしたのであった。




