蛇海竜を追い払うのである
我輩の名はアーノルド。自由気ままに生きる錬金術師である。
「蛇海竜が2体、港に上陸して暴れ回っているようです! そのため怪我人が数多く出ており、こちらに運び込まれております!」
「分かりました。すぐにそちらに行きます」
「私もそちらに」
「助かります」
クリス治療師の申し出を院長は感謝を述べて受け入れるのである。
治療師の慌てようからすると相当の怪我人が運ばれてきているかもしれないので、今は一人でも人手が必要かもしれないのである。
「でしたら私も手伝います。治療魔法は使えませんが、素材さえあれば錬金術で傷薬やキズいらずは作れますので」
「私も魔法が使えるからお手伝いする!」
「ありがとうございます。どれ程の怪我人が来るか分かりませんので」
そうして院長と共に治療現場に向かおうとするサーシャ嬢に一声かけるのである。
「サーシャ嬢、魔法を使う際は……」
「うん! 分かってる!」
面倒でも魔法陣を描くようにと言う我輩の言葉を理解していると、言葉を遮り元気よく返事を返してサーシャ嬢は治療現場へと向かって行ったのである。
「じゃあ、あっし達は蛇海竜の退治ですかい?」
「そうしたいところだけど、2体同時は厳しいねえ」
「どうするんだよ? このままって訳には行かないじゃんか」
アリッサ嬢の、自分が予想していたものとは違う返答に、焦る様子を見せるデルク坊の頭を軽く撫で、ダンはこちらを見るのである。
「確か素材はあったよな?」
「手持ちの荷物には無かったけど、町の外に結構生えてたね。質はかなり良さそうじゃなかったけど、緊急だから我慢するんだよ、センセイ。じゃあ、採ってくるよ」
ダンの質問に、アリッサ上が素早く返答を返して部屋を飛び出していくのである。
何年も我輩の研究を手伝っただけの事はあり、ダンもアリッサ嬢も我輩がなぜ残ったかを、何をするべきかを理解しているのである。
なので、我輩も道具作製の準備に取りかかるのである。
そう、我輩は"畑の友:蜥蜴"や"蜥蜴嫌いの臭い薬"のような爬虫類系生物の忌避薬を作るつもりなのである。
相手は言ってしまえば、足の着いた巨大な海蛇である。
で、あればこの道具はそれなりに効果があるはずなのである。
「え? え?」
「デルク、悪いが説明とこれからの役割は移動しながらだ! 俺達は港に行くぞ!」
特に説明もなく行動する我輩達に戸惑っているデルク坊へダンは声をかけ、ドランとハーヴィーも引き連れて外へと出て行くのである。
そうして暫くすると、パンパンに膨らませた大きな袋を持ってきたアリッサ嬢がやってくるのである。
「一応あった中だとまともなそうなやつから採取してきたよ」
「わかったのである」
アリッサ嬢が袋を逆さまにして中身を出したので確認したのであるが、量はあるのであるが、質が良いどころか平均的な質の素材すら殆どなかったのである。
北の山脈を越える際に我輩が持たせた臭い薬の品質まで引き上げるには少々手間がかかるのである。
「できることであるならば、品質をあげるために時間をかけて融合作業を行いたいところであるが……」
「そんなことやってる暇無いだろうねぇ」
品質の悪い素材でも、じっくりと時間をかけ、集中して丁寧に融合作業を行えば、自然に釜の中の純魔力が吸収されて品質が向上するのである。
我輩が品質の良い素材は使うのはこの高品質までの融合作業の時間を短縮するためであり、品質の向上の為に使用されてしまう純魔力を減らすためである。
我輩としては、低品質の道具など作りたくはないのであるが、アリッサ嬢の言う通り今はそんな暇は無いので、圧縮作業で道具の効果を我輩が通常作製しているところまで引き上げることにするのである。
我輩は、次々に手鍋に素材をほうり込むのである。
釜であるならば素材を大量にほうり込んで融合、定着、そして圧縮して構築すれば問題ないのであるが、手鍋での作業である。
大量の構成魔力を入れておく事ができないため、定着まで終えた構成魔力を用意しておいた一時保存用の鉄鍋にどんどんと移していくのである。
「アリッサ嬢、溢れさせないようにゆっくりと、鉄鍋の構成魔力を手鍋に再び移してほしいのである」
そうして、鉄鍋に必要な量と思われる構成魔力を用意できたら、ゆっくりと構成魔力を移し替えながら圧縮作業を行うのである。
普通に行う圧縮作業よりも難易度がかなり高いやり方なのでリスクが高いのであるが、現状これしかやりようが無いのである。
まぁ、仮に失敗しても爆発前に手鍋の周囲を結界で囲えさえすれば被害は最小限にできることはわかっているのである。
いわゆる、手動での防衛機能である。
「面倒だねぇ。早く釜を持ち運びできるようにしたいところだねぇ」
「全くである。少々早いのである」
「あ、ごめんよ」
面倒な作業を経て、それなりの効果が期待できると思われるだけの構成魔力が出来上がるのである。
「しっかし、質が悪いねぇ」
「そうであるな。だいぶ濁った感じであるな」
手鍋には、紫色に鈍く光る……と言うよりは紫色にやや濁ってしまった透明色という表現のほうがあっている構成魔力が見えるのである。
魔力の品質の良し悪しは明度や彩度、または光の反射度等が目安になっているのである。
ようは鮮やかであったり綺麗に見えれば品質や効果が高いということである。
普段はできる限り品質の良い素材を使っている分、めったに見れることの無い色彩の魔力に、若干我輩は新鮮な気分を覚えるのである。
そんなことを思っていると、今度はデルク坊がこちらにやって来たのである。
「おっちゃん! でかい! すっげえでかい! ドラン兄ちゃんが赤ん坊みたいだよ!!」
興奮覚めやらぬ、というかややパニックを起こした様子でデルク坊は必死で報告を行うのである。
行っているのであるが、全く要領が掴めないのである。
「落ち着くのである。それでは伝わらないのである」
「ほら、これを飲みな」
アリッサ嬢がグラスに入れた水産み草の水を渡すと、デルク坊は一気に飲み干すのである。
それなりに冷えた水のおかげか、デルク坊も先程よりも落ち着きを取り戻した様子を見せるのである。
「それで、蛇海竜の大きさはどれほどであるか?」
「……ダン兄ちゃんが、飛竜の4倍くらいだって言ってた」
飛竜がおおよそウォレスよりも体半分ほど大きいという報告を受けたことがあるので、その4倍ということは相当である。
「あたし達が狩った奴よりも大きいね」
「そうなのであるか?」
「あたしらがやったのは飛竜の3倍くらいの奴さね」
「ダン兄ちゃんが、できるだけ食い止めるけど限度があるから早くしろって言ってたよ!」
デルク坊の言葉に我輩は頷き、構築作業に移るのである。
いくらダンが人間離れしていると言っても、人間レベルの話である。
敵性生物との戦いで怪我をしたことなど何度もあるし、死にかけたことだってあるのである。
更に共に戦っているのは同じ人外レベルのアリッサ嬢やウォレスではない、ドランやハーヴィーである。
民やドラン達の身を案じつつ戦わねばならないのは相当な困難であろう。
我輩はできるだけ早く正確に、しかし暴走させないように気をつけながら構築作業を進めるのである。
「……何かやばそうな薬だね」
「逆に効果がありそうだけど、漏れてる臭いからやばいんだけど……」
構成魔力を瓶に入れて薬液として具現化する前に、アリッサ嬢に蓋をしてもらったのである。
そうでないと大惨事が起こりそうな予感がしたからである。
その予想はどうやら当たったようで、具現化した薬液は健康に悪そうな紫色で、異臭を放っているようである。
我輩やデルク坊には蓋をしているためわからないのであるが、鼻の良いアリッサ嬢はほんの微かに漏れているそれに顔をしかめているのである。
「質が悪い分、効果も圧縮で上がった分、副作用の臭いも上がっているのである」
しかも、時間が無いので副作用を押さえるという意識は一切無しで構築を進めたので、おそらく本来の効果よりも臭いのほうが前面に出る筈である。
「とりあえずこれを持っていけばいいんだね!」
「蛇海竜の顔面にぶつけてやれば効果は絶大に発揮する筈なのである」
「すごく臭いから逃げるってことだね! わかった! 行ってくる!」
間違ってはいないのであるが、正解でもない理解をしてデルク坊は、出来上がった薬瓶を持って走り出すのである。
それを見送った我輩は、もしもの為にもう一度同じ道具の作製に取りかかろうと思ったのであるが、ふと気付いたことがあったのである。
「アリッサ嬢は行かないのであるか」
そう、ダンの元へ走って行ったのはデルク坊だけで、アリッサ嬢はここから動いていないのである。
「行ったところで、臭いにやられて気絶するのがオチさね。だから今回は素材採取に回ってるんだよ」
「……なるほど、である。では、また鍋に構成魔力が貯まったら頼むのである」
アリッサ嬢の答えに納得した我輩は、再び素材を手鍋に入れはじめるのであった。




