魔法薬の考察と、反省である。
我輩の名はアーノルド。帝国唯一無二の錬金術師である。
魔法薬を作り、消耗したサーシャ嬢を部屋に寝かせた我輩達は、サーシャ嬢の作った薬を試してみることにしたのである。
サーシャ嬢は心配ではあるのだが、実験するしないはまた別の話である。
「おお! すげぇ!」
「しかも、副作用が全く無いし、治りも全然早いよ!」
「これは、強力な回復魔法の効果をもった薬であるな」
「兄ちゃんたち、自分たちを傷付けてなにやってんだよ」
「…………つい、いつもの癖で…………」
「お前も、そのうちこうなるぞ」
「嫌だなぁ…………」
ダンたちは、我輩が指示する前に指先を軽く傷つけたり、腕を切ったりした後、患部に薬をかけるという実験していたのである。
それを見た兄君が若干引いているのである。
「いいか、俺達だってセンセイが作った胡散臭い薬だったら、絶対に進んで実験なんかやらないぞ」
「そうだよ、サーちゃんが作った魔法の薬だから、信頼して実験できるんだよ」
ここは抗議をせねばならんのである。
我輩は、そんな不審な物は作っていないのである
「酷い物言いであるな、胡散臭くはないのである。錬金術で調合したちゃんとした薬である」
「錬金術の場合、副作用が問題なんでしょうが! 効果があるほど副作用も上がるとか、怖くて試せないよ!」
「さらに、〈おそらく○○の効果がある筈である〉っていうセンセイの説明が余計信用をなくすしな」
「錬金術は模造品を作る魔法故に、実際試してみないと効果を断言しきれないのである」
我輩のその言葉に、二人は顔を向けてくるのである。
「それだそれ。その一言が信用なくすんだよ。要は本物に良く似せた偽物じゃねえか」
「そこは全面的に同意するよ、リーダー。本物はやっぱり安心だよね」
「えぇ…………どんだけ酷いことしてきたんだよ、おっちゃん」
二人の物言いに、兄君は我輩を何か異常者を見るような目をして見て、座っている椅子を若干遠ざけたのである。
失礼な、実験に参加してもらっただけで、特におかしいことはしていないのである。
「あ、そうそう。デルっち、薬、ちょっと飲んでみて」
「えぇ!?」
「いずれ通る道だ、今のうちに慣れておけ」
「むしろ、魔法の薬だから、副作用は無いはずだよ……多分。本物だし」
「えぇ!? 嫌だよ! どっちかがやれば良いじゃんか」
兄君は、本気で嫌がっているようである。
アリッサ嬢の言うとおり、本物の魔法薬なので、おそらく副作用はないのであるが、薬=苦いが定着してしまったのであろうか。
「いいかい? デルっち。あたしは指を軽く切って回復具合を見たわけで」
「俺は、腕を少し深めに切って、再生速度を確認したわけだ。お前は何をする?」
「え? やるのは絶対なの?」
仕方がないので、我輩も提案するのである。
「一度指先を切り落としてから、部位欠損も再生するかを確認する方向もあるのである」
「飲む! おれ、飲むよ!」
我輩達に追い詰められた兄君は、アリッサ嬢からコップに入れられた薬液を渡されると、ひとつ大きく息を吐き、目を瞑り、覚悟を決めて薬を口にいれたのである。
そこまで嫌なのであるか。
暫く、そのままであった兄君であったが、なにやら疑問が浮かんでいる顔をしている。
「ん? 味がしない…………。まるで水だ。あ、この前ご飯食べてるときに噛んだほっぺた、痛くなくなった……」
「やはり、錬金術で作る模造の魔法薬のような副作用がない、本物の魔法薬ということであるな」
さらに考察は進むのである。
「解毒の作用は分からないけど、きっと今さーちゃんが使う解毒魔法並みの効果があるってことだよね」
「あれだけ集中したのであるから、そうであろうな」
アリッサ嬢の言葉に我輩は同意するのである。
「でも、サーちゃんの状態を見ると、こういう物を楽して作ろうとするから、副作用が酷くなるっていくのも納得するよ」
アリッサ嬢の言い方に語弊はあるのであるが、言いたいことは伝わるのである。
「必要な構成魔力や純魔力を素材から取り出すこと、釜や混ぜ棒などの媒体を使うことで、魔力維持・制御の補助を行うことで、作業の負担を減らしているのであるな」
と、そこでアリッサ嬢がある考えに至ったようである。
「ってことは、あそこの魔力を使えば魔法が使えるってこと?」
「…………考えたことがなかったのである」
言われてみると、その可能性はあるのである。
「でも、錬金術の魔力だから、素材によって副作用とかあるんじゃないのかな?」
「ああ、傷が治るまでの間メチャクチャしみる回復魔法とか、毒が治るまでの間、口が苦い魔法とか嫌だわ」
「じっけん」
「しない」
「したくない」
「嫌だ」
我輩が訪ね終わる前に三人が揃って返事をするのである。
しょうがない。こちらの実験は諦めるのである。
手引き書を読み進めればなにかわかるかもしれないのである。
「だけど、サーシャはなんであんなに疲れちゃったんだ? 俺が前、足の骨折ったときよりも疲れてるよ」
兄君は、集落にいた頃に友人たちと遊んでいて、足を折ったことがあるようである。
その時、大人が駆けつけるまでの間、魔法をかけ続けていたのがサーシャ嬢だったそうである。
その時も大分疲労していたようであるが、ここまでではなかったようである。
「それは、合わせる構成魔力の種類が増えたからであろうな」
「ああ、リリーも制御したり、組み合わせる魔法陣が増えるほど心身に負担がかかるって言ってたもんな」
「確か最後の時、限界まで無理してリリー倒れたもんね」
「そうだな。魔狼の群れに氷の礫と小さな竜巻の魔法を組み合わせてぶっぱなし、俺たちに防護障壁と速度上昇の魔法をかけたからな」
「ああ、あの後オチちゃってずっとウォレスに担がれて、3日くらい起きなかったもんね。本当に良く生き延びたよ」
そんな二人の話に、兄君が目を輝かせるのである。
「兄ちゃんたち、魔狼の群れを倒したのか? すげぇ!」
「違う。逃げ切れたってだけだ。ちょうどその後に、たまたま、ここの範囲内に入れたから生き延びたってだけだ」
「ここがなかったら、多分誰かしら死んでたね」
ダンたちの話が武勇伝の類いになってきているが、我輩は聞き流して考えを進めていくのである
サーシャ嬢の負担が普通の魔法より大きいのは、構成魔力が増えたからなのは明白である。
今まで回復魔法使っていたのが【回復】と魔法を作るための純魔力。
今回は魔法薬の効果である【回復】【解毒】、そして薬液に具現化するための【水】とそれぞれに必要な純魔力。
単純に考えて三倍である。
それをひとつに纏めるのだから、負担はより上がるであろう。
何事も全力で取り組むサーシャ嬢なのだから、きちんと指示しなければこうなるのは当然の事である。
研究所にいたころ、魔法の研究で自分の制御能力を超えた魔法を無理矢理制御しようとして、精神をすり減らして死に至る事故も発生したことを聞いていたのに、それを忘れていたのである。
つまり結論としては、無理させないような指示を出さずに森の民であるサーシャ嬢なら大丈夫だろうと安易に実験させた、我輩が軽率であったということである。
猛省しないといけないのである。
そんな我輩に気づいた三人がこちらを見ているのである
「どうしたのであるか」
「おっちゃん、急に考え込んでどうしたんだ?」
心配そうにこちらを見ている兄君に、我輩は今の心境を素直に答えるのである。
「サーシャ嬢には我輩の配慮のなさで無理をさせてしまったと、反省をしていたのである。なので、もっと考えて行動しようと思うのである」
その声に二人が反応するのである
「反省!? 考えて行動!?」
「おい、マジかよ……センセイが、自分で自分の事を反省して、変化しようとしてるぞ」
「サーちゃん…………いや、サーシャ様だわ」
「陛下…………センセイが…………やっと…………やっと…………」
アリッサ嬢は天に向かって祈りを捧げているし、ダンに関しては涙を流しているようなのである。
大袈裟である上に失礼である。
「我輩、そこまで非道ではないのである。我輩の事を、一体なんだと思って」
「錬金術の実験のためなら人の事を、人として扱わない極悪魔人」
「錬金術以外の事には、一切関心を持たなかった朴念仁の人でなし」
「…………」
「おっちゃん…………」
二人の言葉を信じて、まるで狂人を見るような目で引いている兄君には、二人の行動をきちんと説明しなければならないのである。
「兄君、安心するのである。こやつらは今、我輩で遊んでいるだけである」
二人が我輩の評価を言うときに、微かに笑ったのを見逃さなかったのである。
「え? ホントに?」
「デルクぅ、ホントに酷いと思わないか? こんなに真剣に言ってるのに、本気にしてくれないんだぜぇ」
「…………兄ちゃん、ニヤケながらそんなこと言っても、全然信用できないよ」
我輩の言葉を聞き、兄君はダンの方を振り向くと、そこには笑いを堪えようとしてるが堪えきれずニヤついていたダンの姿があったのである。
「アッハハハ!ごめんよデルっち。でもねぇ、センセイが、誰からも注意されないで、自分で反省するのが珍しいのはホントなんだよ」
「そうだな、大体は俺にミノムシにされるか、アリッサに飯を抜かれるか、陛下に雷をおとされるかだな」
「あ、後、キレたリリーの菓子試食に付き合わされるってのもあったね」
「あぁ、あれは本気でヤバイな。リリーだけはマジで怒らせちゃいけないと思ったからな」
リリー嬢は、普通に美味しく料理もお菓子も作れるのであるが、物凄く精神的に負荷をかけられたときの発散で作る菓子が破壊的である。
「見た目が良くて、香りが良くて、味が壊滅ってあれは、ある意味天才だぜ」
「ホントだよ! リリーのさぁ…………」
二人がリリー嬢の話で盛り上がり始めたときに、兄君がボソッと
「いままで人に言われないと反省できないってさぁ、おっちゃん、子供か?」
と言ったのである。
「我輩は子供ではない、大人である。…………と思うのである」
としか我輩は答えられなかったのである。