村長からの頼みである
我輩の名はアーノルド。自由気ままに生きる錬金術師である。
「頼みというのは、調査を頼みたいのです」
大方の予想通りといった頼みを村長はしてきたのである。
「言っていることは分かるが村長さんよ。このあたりの調査なんか、だいぶ昔に終わってるだろ?」
そう、ダンの言う通り新しい開拓地である辺境の地は未開部分も多いために調査する価値は当然あるのであるが、ここは昔からある街道沿いの村である。
周辺の調査など当然ほぼ完了しているはずなのである。
「それはそうなのですが……こちらをご覧ください」
そう言って村長は、一枚の地図を取り出すのである。
それはこの周辺の地図であり、未開の部分を示す場所はやはりどこにも見当たらないのである。
「これ、最新の地図だろ? いまさら調査することなんか……」
「調査を行ってほしいのはここなのです」
そう言って村長は、地図上にある、集落の付近を通っている蛇行している線を指し示すのである。
「これは川だよね?」
「そうです」
アリッサ嬢の質問に、村長は大きく頷くのである。
「これは、東の山から流れている川なのですが、この川はこの程度の雨不足では水が切れることがないのです」
「そうなのか?」
「はい。この規模の雨不足はこのあたりですと数年に一度、酷いときは半年以上雨が殆ど降らない年もありました」
それでも、今までこの川の水位が干上がるほどに下がることなど今までなかったようなのである。
「なので、この村を含めた各集落や町は、この川の本流や支流の付近に集落を構えているのです」
「で、一番上流にあるここが水不足ってことは」
「はい。この先の所も同じように水不足に陥っております」
「それで、あたし達に調査を求めるってことかい? ギルドに依頼をしてるんだろ?」
「はい。ここを含めた村や町、南方・東方都市の探検家ギルドに依頼をしたのですが……」
各集落間の河川調査とここから上流の調査を出したのであるが、どうやらこの先の調査範囲が大森林付近にある山まで行くことになるので、探検家達がなかなか受けようとしてくれないらしいのである。
「他の場所の調査は終わり、特に異常はなかったのです。あるとしたらこの上流のみなので、どうしても調査を行ってほしいのです」
「なるほどねえ」
そう言って、ダンは我輩を見るのである。
決定権は我輩にあると言いたいのであろう。
「正直言いまして、御礼はほとんど用意できないかもしれないのですが……村の者達で出し合いますので……」
「あ、それは大丈夫だ。こういう依頼の時、俺達の給料はこのオッサンから出るから」
「そういう事。このオッサンすごいお人よしの金持ちだから、依頼金とか気にしなくて良いよ」
先ほどとは態度がまるで違う二人に、村長が目を丸くするのである。
「は、いや、それは……」
「そうである。ダン、アリッサ嬢、それは先ほどと話が違うと思うのであるが」
我輩の物言いに、ダンとアリッサ嬢は飄々とした顔を浮かべるのである。
「何言ってんだ? さっきのは、嬢ちゃんとミレイが魔法使いとして仕事をしたことに対する正当な報酬じゃねえか。それは、あっち側から嬢ちゃん達に支払われるのは当然だろうが」
「だけど、今回はセンセイの専属探検家であるあたし達への依頼だよ。あたし達は、センセイからきちんと仕事分の給料さえ貰えれば良いわけだし」
「そういう事。センセイがどんなに自腹を切ろうが安い賃金で仕事を受けるという評判ができようが、俺達には関係ない話だしな」
それも、先ほど言っていた立場の違いというものなのであろうか。
確かに、言われてみればその通りではあるとも思うのである。
とはいえ、で、ある。
「それは詭弁というものではないであろうか? サーシャ嬢達も一緒なのである」
「そんなもん、嬢ちゃん達の賃金だってセンセイの自腹で問題ねえだろうが」
「言っていることがもう無茶苦茶であるな」
「へぇ……じゃあ、断るのかい?」
ニヤニヤと笑っているアリッサ嬢の言葉に、小さなため息を一つ付き、我輩ははっきりと答えるのである。
「そんな訳は無いのである。村長、我輩達は上流の調査を行うのである」
「あ、あ、ありがとうございます!」
「成果があるかはわからないので、礼はいらないのである」
我輩の言葉に全員が頷くと、村長や事の成り行きを見ていた店主や給仕の者達も大きく感謝の意を表すのである。
まだ、何も成果が出たわけではないというのに気が早いと思うのであるが、それだけ切羽詰まっているとも言えるので、どうにか結果を出したい所である。
「と、言うわけで店主、食事もらえるかい? 申し訳ないけど、こっちの子には茹でた甘い粒の野菜を出してもらえるかい? ずっと本場で食べたくて夢に出るくらいだったらしいからさ」
「おじさん、こっちに出せる分があったらで良いです! 俺だって、こんな状況なのに食べれるなんて思ってないよ!」
「いやいや、景気付けだから是非食べていってくれ! と言っても、今年の春に取れた先採れのやつだから味は落ちちまうけどな」
「あ、あるの!? やったあぁぁぁぁぁぁぁ!! おっちゃん達! 絶対頑張ろうな!」
出された食事をとても美味しそうに食べながらデルク坊は、我輩やダンにそう言い、そんなデルク坊によってつぎつぎに消費されていく料理を見ながら、我輩達はこれだけ食べてしまったら結果を出さないわけには行かないなと気を引締めるのであった。
翌朝、我輩達は早速地図に記載されている河川へと向かうのである。
川は水は一応流れてはいるものの、村全体で使用する分を汲むには時間がかかりすぎるであろうし、その間は下流にほとんど水が行かなくなってしまうのである。
そうなると、水利関係で他の集落と揉め事が起きてしまうために、各集落で限られた時間しか水を汲むことができないようである。
「まぁ、ここを上流に向かって歩いていけば良いってことか」
「何か、分かれば良いけどねぇ」
「サーシャちゃん、何か分かる?」
「ちょっと待っててね……」
ミレイ女史の言葉に促され、サーシャ嬢は構成魔力の感知を始めるのである。
サーシャ嬢ならば【水】の構成魔力を感じられるので、例えば何かしらの原因で水がせき止められていたりすればその違和感を感じることができるはずなのである。
「まだ、よくわからない……」
「じゃあ、とりあえずもっと上流に行くとするか」
我輩達はこうして、上流域に進みながら時折サーシャ嬢の魔力感知で異常が無いか、何か新しい水源のようなものはないかと言うのを調査して行くのであった。
暫くは何も変化がなかったのであるが、地図上では半分ほど上流に行ったところで、サーシャ嬢の魔力感知に何かがかかったようで、サーシャ嬢がいままでとは違った反応を示すのである。
「うーん……」
「何か感じたのか?」
「うん。このあたり」
そう言って、サーシャ嬢が指を指したのはさらに上流に上ったとある場所である。
「多分この辺りなんだけど、湖くらいの広さの【お水】の魔力を感じるの」
「湖?」
「うん。まだ遠いからちゃんとわからないけど、そんな感じ」
サーシャ嬢の説明を聞いて、我輩達は荷車の上で意見を交換するのである。
「最新の地図だと、こんな所に湖なんか確認されてねえぞ」
「……なんらかの要因でせき止められて湖のようになったということでしょうか」
「川の水の量からすれば、そう考えられるよね」
ダンの言葉にハーヴィーが自分の考えを述べ、アリッサ嬢も同意するのである。
我輩も同じように考えるのである。
「でもですぜ、もしもそのせき止められているのが決壊したらどうなるんですかい?」
「すこしは漏れ出ているとはいえ、約数か月分の川に流れる水がせき止められている状態なんですよね……」
「そんなもんが一気にこの川に流れ出たら、川を渡る橋や近くにある集落に大被害が及ぶな。いや、氾濫は確実だから街道にも影響があるか……」
「それって、いまそこが決壊したら俺達やばくない?」
デルク坊の言葉に、我輩達の頬に冷たい汗が流れた気がしたのである。
「ドラン、川沿いから離れて現地へ進むぞ。嬢ちゃん、さっきよりも感知の頻度をあげてくれ。何かあったらすぐ教えてくれ」
「了解ですぜ」
「うん」
我輩達は、言いようもない不安を抱きつつサーシャ嬢が示した場所へと向かうのであった。




