探検家の仕事、研究者の仕事、である
我輩の名はアーノルド。自由気ままに生きる錬金術師である。
太陽真上に上がる日中、我輩達は街道外れの木陰で涼んでいるところである。
季節は暑さが高まる夏の時期、帝都から帰った我輩達は辺境や大森林でしばし過ごした後、次の目的地である南方地域へ向かい移動を開始したのである。
「今年は暑くなるのが早かったな……。」
「雨期がかなり短かったのも、そのせいでしょうか」
ダンとハーヴィーが木陰で横になりながら会話をしているのである。
毎年春と夏の間に雨期があるのであるが、急激に暑くなったせいなのか雨がそれほど降らなかったのである。
「辺境を出るときも、首長が飲み水の魔法を使えるものが増えたから助かったって言ってたもんね」
「おかげで、周辺の集落等にも彼らは引っ張りだこのようであるな」
「でも、これ以上【水】の構成魔力が減った状態になると、魔法として具現化するのに必要な構成魔力を集めきれないと思います」
人間が魔法を使う際には純魔力で魔法陣を書きつつ、同量の構成魔力を引っ張って来ることで魔法として具現化する構成魔力を作り出すのであるが、そもそもその周辺に構成魔力が少ないと具現化に必要な魔力量に足りなくなって魔法が発動しない場合や効果が著しく低下する事が起こるのである。
普通ならばはそんなことは起きないのであるが、ここ最近の暑さ続きでそういう可能性も出てきたということであろう。
「森の民はそういうことは無いのであるか?」
「少しでも【お水】の構成魔力があれば魔法は使えるよ」
「人間と亜人種の魔法の作り方の差であるな」
亜人種は純魔力だけでなく構成魔力を感じて自分で引き寄せることができるので、少量の構成魔力に対して大量の純魔力を使用して具現化に必要な構成魔力を作り出すことができるのである。
その分、人間とは違い構成魔力を感じない状態で行う魔法陣魔法の制御に関しては制御が苦手であったり、そもそも扱えなかったりするのである。
「おじさん、今の話で気付いたことがあるんだけど」
「何であるか?」
「この先に、森の湖より小さいけどけど広く【お水】の構成魔力を感じるの」
つまり、泉や湿地帯などがあるということなのであろう。
魔力を感じるといっても、一般的には意識しないとはっきり感じることはできないようなので、おそらくサーシャ嬢は話の流れで水の構成魔力の感知を行ってみたところ、構成魔力が集まっている場所を見つけたのであろう。
「嬢ちゃん、その場所って遠いのか?」
「ううん、そんなに遠くないよ。お日様が落ちてくる前には行って帰ってこれると思うけど」
サーシャ嬢の言葉にダンは少し考え込んでから、地図を広げると、それを見たアリッサ嬢達探検家が集まり出すのである。
「この辺りの街道付近にそういう場所は印されてないな。そこまで探索できてないのか……新しくできたのか
……」
「そんなに遠くないなら、このあたりの集落にとっては新しい素材や食料確保の場になるかもしれないね」
「行きますかい?」
「そういう場所の調査も探検家の仕事ですしね」
「と、言うわけで悪いけど調査に行ってみたいんだが、良いか?」
ダン達の提案に、我輩達も特に反対する理由がなかったので全員頷き、サーシャ嬢の誘導でその場所を目指すことにしたのであった。
「どうだ嬢ちゃん」
「んー……何か変だなぁ……」
我輩達が休息をしていた場所からサーシャ嬢の誘導で進むこと1時間程経ったのであるが、目的地に近づいてきたところで違和感を感じたようである。
「どうしたんだ?」
「【お水】の魔力が、変な動き方をしてるの」
どうやら、目的地に近付き魔力の感知精度が上がったことで、最初とは違う感じ方をしはじめたようである。
話を詳しく聞いてみると、通常ならば漂うように不規則に動く魔力が、特定の場所に集まるように動いているようなのである。
「誰かが魔法を使おうとしてるの?」
「なんか、そういう集まり方と違うの」
「……私には距離が遠すぎで、純魔力の動きがつかめないですね…………」
その話を聞き、我輩は一つの可能性を考えるのである。
「構成魔力の吹き溜まりかもしれないのであるな」
構成魔力の具現化は大きく分けると2つあり、ひとつは構成魔力に純魔力を合成・増幅して魔法的に具現化する方法。
そしてもうひとつは、構成魔力ぎ大量に集まり、そこに何かしらの要因が加わり突発的に具現化するものである。
人に取り憑く霧の魔物がその一つの例である。
「と言うことは、突発的に大水が発生したり、魔物が発生したりする可能性があると言うことでしょうか」
「本当に構成魔力の吹き溜まりであるならば可能性はあるのであるな」
我輩達に緊張が走るのである。
気軽にやって来たら、得体の知れないものを見つけてしまった感じである。
「まあ、こういうのも探検家らしくていいさね。じゃあ、あたしとハーヴィーで、ちょっとどんな感じなのか見に行ってくるよ」
そう言うと、アリッサ嬢が立ち上がるのである。
「頼む。ヤバイと思ったらすぐ逃げてこいよ。」
「あいよ。行くよハーヴィー」
「了解です」
そうしてアリッサ嬢はハーヴィーとともに、サーシャ嬢が示した方向へ向かっていくのである。
「ドラン、替われ。デルク、耳を澄ませとけよ」
「了解でさあ」
「分かった」
緊急時にすぐ動けるよう、荷車の牽引部にダンが移動するのである。
そのまま暫く張り詰めた空気が流れるのであるが、
「アリッサ姉ちゃん達が、大丈夫そうだから来いって言ってるよ」
と言うデルク坊の言葉でふっと空気が緩み、我輩達はアリッサ嬢達が向かった先へと動き出すのであった。
「湿地帯のようであるな」
アリッサ嬢達がいたのは我輩達がいた場所から歩いてすぐに少々下った場所で、そこは湿地のようになっていたのである。
「湿地ってことは、このあたりに水源があるのか?」
「サーシャちゃんが感じた構成魔力もそこから発生したものなのかなぁ?」
だが、サーシャ嬢はミレイ女史の言葉を否定するのである。
「ううん、集まっているのを感じるのはいろんな所、あそことか、あそことか…………あれ?」
そういってサーシャ嬢が様々の場所を示すのであるが、不意に動きが止まるのである。
「どうしたのであるか、サーシャ嬢」
「あそこ。さっきまでたくさん魔力があったのに無くなっちゃった。多分、お水になったと思うんだけど……」
サーシャ嬢がそういって示す辺りを見るのであるが、特別何か変わったと言うところが見当たらないのである。
「純魔力の動きは特別無かったので、魔法的な動きはないですね」
「何だったんだろ……あれ? あそこも無くなっちゃった」
「何ともなってないじゃんか。サーシャ、もしかして俺達が魔力を感じられないから嘘ついてんの?」
「付いてないよ!」
デルク坊の言葉にサーシャ嬢が怒り出すのであるが、デルク坊がついそう言ってしまうのも分かるほどに我輩達の目からは変化が起きていないのである。
と、その時、ハーヴィーが何かに気付いたようで、サーシャ嬢に何やら聞き出したのである。
「うん。さっきまであそこも魔力があったけど無くなっちゃったよ」
「何か分かったのであるか?」
「多分……ですけど。ちょっと確認してきます」
「気をつけるのである」
ハーヴィーは頷くと、湿地帯の中へと入って行き、そこに生えている植物をいくつか持ってくるのである。
一体どういうことかと興味津々の我輩達が見ている中、ハーヴィーはサーシャ嬢に質問を始めるのである。
「サーシャちゃん。これと、これに構成魔力を感じる?」
「うん。こっちは少し、こっちはたくさんあるよ」
「こっちは? 多分感じないと思うんだけど」
「うん。感じないけど。何で分かるの?」
「それは、これだよ」
ハーヴィーは植物のある部分を指差すのである。
それは、白い果実のようなものであったのであるが、茎の一部についているので、果実かどうか怪しいのである。
「それがどうかしたのであるか?」
「ええ。この果実のような部分にひびが入ると、中から水が漏れ出たのを見たんです。それで、サーシャちゃんにこの部分が大きい物に構成力が多く感じられるか確認してもらったんです」
そう言われてみて見ると、サーシャ嬢が構成魔力を感じないと言っていた植物の果実の部分がひび割れを起こしており、そこから水が漏れ出ているのが分かるのである。
「じゃあ、こいつを割ったら水が出るのか?」
そう言ってダンが果実部分を割ってみるのであるが、中は空であったのである。
「あ、構成魔力が散っちゃった……」
すると、隣の植物の果実部分が徐々に大きくなって行くのである。
「……これは、散った魔力がこっちに集まったってことなのかな?」
「全部じゃないけど、結構そっちに行ったよ」
つまり、サーシャ嬢が感じた【水】の構成魔力の集まりは、この植物が集めていたということになるのである。
「だからこのあたりだけ水が流れ込んでいる感じがないのに湿地帯なのか」
「この植物が構成魔力を利用して延々と水を作り出すなら、もっと水浸しにならないのでしょうか?」
「サーシャ嬢、この部分が割れていない植物はすべて構成魔力を集めているのであるか?」
我輩の質問を受け魔力感知をしてみたサーシャ嬢であるが、首を横に振るのである。
「と、言うことは恐らくであるがこの植物が成育するのに適した環境にするためにこういった進化を遂げたか、それこそ何かしらの魔力溜まりの影響で変異したかであるな」
そう言って我輩は魔法白金の手鍋を取り出すのである。
「ここで、構成魔力の調査をするのかい?」
「いや、珍しい植物なので持って帰っていろいろ調べようと思うので、植物の入れ物を作ろうかと思ったのである」
「そっちかい。まぁ、荷車が水浸しにならないようにしておくれよ」
「分かったのである」
「危ないと思ったら捨てるからね」
「それは勿体ないので、手鍋で分解するのである」
「この学者馬鹿が」
「探検家の仕事があるように、研究者の仕事があるのである」
「……まったく……ああ言えばこう言って……」
アリッサ嬢があきらめたように頭を振ったので、我輩は早速容器の作製に移るのである。
世の中はまだまだ知らないことばかりである。
未知の植物を発見し、我輩の気持ちは高まるのであった。




