海に向かう準備をするのである(水着編)
我輩の名はアーノルド。自由気ままに生きる錬金術師である。
帝都から辺境へと戻り、そこで数日過ごしてから森の家へと戻った我輩達は、次の外出先である南方地域に向かう準備を粛々と進めているところである。
我輩は、魔の森で行った狩猟の際に、デルク坊がすぐに空腹になってしまっていたので、それをできるだけ解消できる、持ち運びが容易な携帯食料の作製を進めているところである。
携帯食料の作成方法自体は、錬金料理の手引き書に載っていたのであるが、ノヴァ殿は味が良くないという事で、あまり推奨してはいなかったのである。
しかし、ものは試しということで作ってみたのであるが、デルク坊をして味の悪さで顔をしかめるという具合である。
ノヴァ殿の手引き書も、初級編以外の物に関しては改良の余地が多分に残っているものが多いので、おそらくこれも研究を進めていけば改善されるはずなのである。
とは言え、現状では何が問題なのかがわかっていないのが問題なのであるが。
「センセイ、ちょっと良いか」
「何であろうか」
そんな時に、ダンが我輩に提案を一つ持ってきたのである。
「……水に入る用の着衣であるか」
「おう。こっちの方だとあまり馴染みはねえんだけどな。海で潜って漁をする奴らや、泳ぐ奴らは水を吸い込む普通の服じゃなくて、撥水性の良い素材を使った専用着衣を着用してるんだぜ」
「で、あれば向こうの町で買えば良いのではないであろうか」
「まぁ、それを言ったらどうしようもないけどよ。気分転換にでもどうだって話だよ。衣服の作製レシピ自体は中級手引き書にあっただろ?」
確かに、携帯食料の研究が滞ってしまっている現状、気分転換に違うものを研究するのもありかもしれないのであるし、衣服の作製についてはまだ行っていなかったので、それもありかと思うのである。
「なるほど。ではやってみるのである」
そう考えた我輩は、ダンの提案を受け入れて水用着衣の作製に取り掛かるのであった。
「撥水性の良い衣服用の素材ですか?」
「そうである。ダンから水着の作製を提案されたのである」
水用着衣、水着を作製することにした我輩は、早速ミレイ女史に有用な素材は何があるか相談することにしたのである。
同じく相談に参加しているサーシャ嬢が、手を挙げて我輩に話しかけて来るのである。
「せんせい、はっすいせいって何ですか?」
「簡単に言えば、水を弾く。染み込みにくいということである」
「はい! わかりました! でも、何でそれが必要なの? 普通の服だとダメなの?」
「大きな理由は、普通の服で水に入ると重くなって、動きづらくなるからであろうな。だからといって人目に付く場所で裸というわけにもいかないであろう」
「だから、お水の中でも動きやすくて、人に見られても平気な服が必要になるんだね!」
「そういうことかな。サーシャちゃんは賢いね」
「えへへ……。私は優秀だもん!」
褒められたのが嬉しいのか照れ隠しなのか、サーシャ嬢は両手で自身の頬を押し当てて左右に揺れているのである。
「というわけで、適した素材はないであろうか」
「そうですね、思いつくのは革製品ですね」
「確かに、雨天用の外套などに革の外套を使うことが多いであるな」
やはりそれが一般的であるし、一番効率的であろうか。
そう思ったとき、サーシャ嬢から興味を惹かれる案が出てくるのである。
「お魚さんは? お水の中にずっといるから動き易いんじゃないのかな」
「なるほど、一般的な衣服作製には利用は困難ではあるが、錬金術でなら衣服の素材として使えそうであるな」
我輩の言葉に、気をよくしたのかさらにサーシャ嬢は素材候補をあげていくのである。
「じゃあ、カエルとかも良いね!」
「サーシャちゃん、それはちょっと……」
「うむ。錬金術で作るならば、どの素材がどの程度の優劣があるのか調べるのも研究である。早速ダン達に採ってきてもらうのである」
あまり多すぎても時間がないので、これくらいでやってみようと思っていたのであるが、
「では、私が革を、サーシャちゃんが魚を、アーノルド様が蛙でお願いしますね。あと、私は例えどんな理由があっても蛙製の水着は絶対に着ませんから」
と言うミレイ女史の、今まで聞いたことの無い無機質な声に我輩は思わずミレイ女史を見るのである。
「ミレイ女史は、カエルが苦手なのであるか?」
「苦手ではありません。嫌いです。だから、絶対に近付けさせないでくださいね」
「ミレイお姉ちゃん、怖いよ……」
そう言っていたミレイ女史の表情はまるで能面のようで、その後我輩とサーシャ嬢は蛙を今回の研究素材候補から外すことを決めたのであった。
残念であるが、退かねばならない場合も世の中には存在するのである。
「……魚の皮ねぇ」
「そうである。錬金術で水着を作るので、あまり馴染みのないものでも作ってみようかと」
と、いうわけで使用素材が決まったところで、ダンに素材の確保を頼むのである。
獣の皮に関しては、普段から狩りで獲ってきたものを錬金術で革にして、使用しないものは辺境の集落に寄贈しているが、かなりの量を確保しているのであらためて確保する必要はないのである。
「まぁ、獣皮が獲れない水辺だと、魚や蜥蜴とかの皮を使うこともあるって聞いたことはあるけどよ」
「ほう、初耳であるな」
「俺も実物は見たことはねえよ。そういう言い伝えがあるのを、西の荒野に近い集落で聞いた事があるってだけだ」
それでも、そういう伝承があるのであればやってみる価値はあるのである。
「試すんなら、蛙はどうなんだ?あいつの皮は水を弾きそうだぞ」
「蛙は無しである。世の中、やってはいけないこともあるのである」
「お、おう。そうか。魚な。食料確保ついでに多目に獲ってきてやるよ」
そう言って、ドランとデルク坊を伴って出掛けていったダンは、翌日ものすごい量の魚を獲って帰り、それを見たアリッサ嬢に、限度があると怒られる事になるのである。
素材を確保した我輩は、早速様々な種類の魚皮を錬金釜に入れ、革を作製のである。
さすがに、どの獣や魚の革が良いかまでは検証する気がなかった為である。
「隊長達が大量に獲ってきたので、かなりの量がありますね」
「そうであるな」
我輩は、作製台の上に大量に積まれた魚の革を前にし、あるとこを二人に提案するのである。
「それでは、3人それぞれで水着を作ってみるのはどうであろう」
「別々にですか?」
ミレイ女史の言葉に我輩は頷くのである。
「それぞれの思い描くイメージもあるであろうし、得意不得意もあるのである。それぞれ完成した物を見れば、また新しい発見もあるのである」
「楽しそう! やってみようよ、ミレイおねえちゃん!」
「でも、釜が二つしかないのですが…………」
「我輩は手鍋で作るのである。我輩が作ろうとする物は手鍋で十分できるので、二人が釜を使えばいいのである」
「わかりました。ありがとうございます、アーノルド様」
と、言う事で3人別々に水着を作製事になるのであった。
実は、少しだけパノン氏とはできなかった腕比べのようなことをしてみたかったのはというのは秘密である。
「で、この中に水用の衣類があるということかい」
「そうであるな。見た目や着心地や使い勝手等を実際に試してみて、感想を教えて欲しいのである」
数日かけて検証などをし、それなりに満足のいく水着が完成した我輩達はその翌日、大森林の外にある湖で披露することにしたのである。
「何か料理大会の時みたいで、ドキドキしてワクワクするね」
「自分のものがどのような評価になるのか、他の人のがどんなものなのか気になりますよね」
「では、まずはミレイ女史からいくのである」
「よろしくお願いいたします」
今回の順番は、錬金術を始めるのが遅い者から先に発表することになっているのである。
魔法研究所での発表もそのような形式なので、それに倣ったかたちである。
ミレイ女史が被せてある布を取ると、そこには様々な色に彩られたフリルの付いた少々ゆったりした形の長袖の水着と、膝丈の細身の水着と、腰巻きがあったのである。
「素材は上半身は獣の革を、下半身は魚の革にしました。形状としては、さすがに上半身のラインが見えてしまうのは女性として恥ずかしいので、それを隠すようにしました」
「なるほどねぇ、そういうのを気にする女ならこういうのを着たいかもね」
「色がかわいい!」
以前に増して道具の衣装や色彩が細やかになっているのである。
これはミレイ女史の得意としているところである。
そうして全員で着用し、水に入っていくのである。
「あまり水を吸わないから思ったよりも動きやすいね」
「でも、やっぱりちょっと気になると言えばなるな」
「仕事で使うと言うよりは、遊んだりするときに使う用だな」
「そうですね、私もその用途で作りましたので」
「それなら十分じゃないのかねぇ。見た目でも楽しめるし」
「でも、男には腰巻きとか上着とかいらないよ、ミレイ姉ちゃん」
「だから、上と下で水着を分けたんだよ」
「そっか!」
自分が思ったよりも好評価をもらったようで、ミレイ女史は嬉しそうであったのである。
「じゃあ、次は私だよ!」
陸に上がった我輩達は、サーシャ嬢が勢い良く取り払った布の中にあった水着を見るのである。
「素材は、やっぱり水だったらお魚だと思うからお魚の革を使ってみたよ! これを着たら、お魚みたいになれたよ!」
「……着ぐるみ?」
「そんな感じだねぇ」
サーシャ嬢の作製した水着は、手首足首の先と顔以外の全身を覆う形状の水着で、ダンやアリッサ嬢が着ぐるみと評したのがわかるのである。
「これ、どうやって着るの?」
ミレイ女史の質問に、サーシャ嬢は得意気な表情を浮かべるのである。
「よく聞いてくれましたー! まずはこの紐に触ります」
そう言うと、サーシャ嬢は背部できつく締められている紐に触るのである。
「それで、紐に触った状態で"緩くなれ"って思います」
サーシャ嬢が説明すると、紐が勝手に緩くなり、人が入る場所が出来上がるのである。
「紐に【意思】の構成魔力を付け加えているのであるか」
「そうだよ! これできつくできたり緩くできたりできるんだよ」
この技術は、ノルドを作ろうと日々研究しているサーシャ嬢ならではの技術である。
ノルドのように自分の意思で動くわけではないが、人の意思に応じて簡単な動きならするものを作れるようになったようである。
「着てる状態だと触れないんじゃないかい?」
「水着を着てるときは、背中にいつも紐が触ってるから大丈夫!」
「へぇ、考えてるんだね」
「えへへ……」
というわけで、全員で着てみるのである。
「へぇ、思った以上に軽いな」
「【浮遊】も少しだけ入れてみたんだよ」
「それだと水の中だと浮いちゃわないの?」
「そこが苦労しましたー! たくさん実験したんだ」
どうやら、サーシャ嬢は【浮遊】の構成魔力を軽量化に利用したようである。
それも、サーシャ嬢の構成魔力に対するイメージの自由度の為せる技なのかもしれないのである。
「うおぉ! 全然水が入った感じがしねぇ!」
「こりゃあ動きやすいね」
「見た目が良くないけど、機能性は高いですぜ」
「すっげぇ! 魚になったみたい! 裸の時よりも早く動ける気がする!」
「お魚さんの気分になれるように色々頑張ったよ!」
サーシャ嬢の着眼点の素晴らしさ、成長を垣間見ることのできる素晴らしいものだったと思うのである。
他の者からも好評可をもらい、サーシャ嬢もとても嬉しそうだったのである。
「それでは我輩であるな」
そう言って、我輩は自分が作製した水着を披露するのである。
「……これは」
「……さすがに」
「……アーノルド様、破廉恥です……」
「センセイ、意外にスケベだね」
「やっべぇ! カッコイイ!」
「おじさん! カワイイ!」
「さすが旦那! 男ってものをよくわかってますぜ」
我輩が作製した水着は、局部、つまり男性ならば股間部と臀部を、女性ならばそれに胸部と腹部を隠すだけという、至って簡素なものだったのである。
「着心地と違和感の低下を追求したらこうなったのである」
「まぁ、着替えるけど……確かに……着心地はすごく良いね」
「最初は上下別の造形であったのであるが、その場合、外れてしまうと大変なことになると思ったので、一体型に変えたのである。」
「それでも、体のラインが丸わかりなので、ものすごく恥ずかしいのです……」
そう言って、ミレイ女史は自分の上の水着と腰巻きをつけるのである。
なるほど、そこまで考えが至らなかったのは良くないのである。
「サーシャのもすごく泳ぎやすかったけど、着るのに手間がかかんない分俺はこっちの方がいいなぁ」
「水の中で漁や素材収集するならサーシャ先生のですが、泳ぐ分には旦那ので十分でさぁ」
「仕事なら嬢ちゃん、遊ぶならミレイ、どっちにも使えるのがセンセイって感じかな」
我輩の水着も思っていたよりは評価が良くて安心したのである。
結局、それぞれに良い面や改善点が見つかり、後日3人の良かった点を取り入れ、改善された水着が完成したのであった。
我輩は、サーシャ嬢やミレイ女史の成長を感じてとても嬉しく思うとともに、より精進しなければと再び強く思い、そして、こういう発表会のような事をまたやってみたいと思うのであった。




