リリーの思い、あたしの想い、そして
あたしの名はアリッサ。最近は探検家っていうよりも、大家族の保護者みたいなもんさ。
「リリー嬢に報告するのである」
「げげ! やめて! ごめんて! あたしが悪かったよ!」
帝都から辺境へと戻る途中、話しの流れから昨夜の出来事の責任をとぼけたあたしに対してセンセイが卑怯な手段に出てくるので、あたしは不本意ながら降参をして謝罪をする。
リリーは拷問道具とかじゃないんだから、そういう脅迫は良くないと思う。
まぁ、同じように利用しているあたしが言えることじゃないけれど。
そんなことを思いながら、あたしは昨夜の事をあらためて思い出すのだった。
帝都の出発を翌朝に控えた夜に、出発の準備を終えたあたしにリリーが一杯付き合えと声をかけてきた。
恐ろしいほどの酒豪の癖に、普段酒を飲まないリリーが珍しい事もあるものだ。
そう思いながらも最近眠れずに、酒を飲んでで強引に睡眠を取っているあたしはリリーの申し出を受けることにした。
「あたしはやっぱりパノンはセンセイによく似てると思うよ」
「まぁ、ボタンを掛け違えていればセンセイもああ言う風になっていたんじゃないかと思うわね」
「だよね! まぁ、センセイは朴念仁だから色恋系の間違いは起きそうに無いけれど。あははは」
案の定、リリーのペースに付き合って酒を飲んでいたらあたしは完全に酔っ払い、話は何故かパノンのことについてになっている。
酒が比較的好きなあたしがこんなべろべろなのに、酒がそんなに好きじゃないリリーがあたしよりも多く酒を飲んでいるのに全然平気なのは、何回一緒に飲んでも不公平さを感じてしまう。
「でも、パノンは良くも悪くも自分に正直ね。そして、諦めないわ」
「まぁ、そうだね。ミレちゃんと、最近はサーちゃんも困ってるけどね」
あたしがそう言って、もう一口酒を飲もうとするのをリリーは腕を取り制してくる。
何事かと思ってリリーを見ると、何やら怒っているような、そんな表情を彼女は浮かべていた。
「リリー?」
「貴女、少しはパノンを見習いなさい」
彼女は全てを知っている。
そんな風にあたしには見えていた。
「貴女はこのままで良いのかしら?」
「急にどうしたんだい? あたしには何の話か分からないよ」
無駄だとは思いつつ、あたしは抵抗を試みる。
「サーシャちゃんやミレイがセンセイに積極的になっていることは、当然わかっているんでしょ?」
「センセイが言っている通り、あれは子供や大人になったばかりの女の子がよくやるあれじゃないか」
「貴女自身は本気でそう思っていないようだけれど?」
リリーの言葉に、ついあたしは返答に詰まってしまう。
「センセイは、貴女が言う通り朴念仁だからそう捉えているけど、あの子達は本気よ。サーシャちゃんは年齢がネックらしいけれど、あの子なら乗り越えかねないわね」
「なんで、あんたがそんなことを知ってるのさ」
「本人から、<早く大人になるために必要な構成魔力はなんだと思いますか?>って、聞かれてるからよ。理由を聞いたら教えてくれたわ」
「え……」
「ちなみに、ミレイからもセンセイの言葉の真意を尋ねられてるわ」
どうやら、リリーは二人の悩み相談を受けているらしい。
完全に寝耳に水の状態だ。
「あたしには何で……」
「あの二人は薄々気付いてるんでしょうね、貴女の気持ちに。アリッサには聞かないの? って聞いたら、二人とも、貴女に聞くのは何かいけない気がするって言ってたからね」
「…………」
「わかっているの? 貴女、自分よりも年下の子達に気を使われている上に、同じ土俵に早く上がって来いと言われているのよ。あの子達はそうは思っていないんでしょうけどね」
そう言うと、リリーはグラスに半分ほど入っていたワインをジュースを飲むかのように一気に飲み干し、また注ぎだす。
「お節介だとは思ったけどね、あたしも貴女にセンセイを任せるつもりで帝都に残ったわけだから、こんな小言も言いたくなるわよ。勝手だけどね」
「リリー、あんたやっぱり……」
「勘違いしないで欲しいのは、元々チームを解散したら研究所に戻るのは規定路線だったのよ。だからセンセイが帝都に居なくなった時点で私はセンセイとともにはいられなかったわ。だけど、貴女がセンセイのところへ行くと聞いて安心してセンセイのことは貴女に任せようと思ったのよ。貴女の気持ちに、気付いていないと思ったの?」
「う……」
あたしがリリーの気持ちに気付いていたように、リリーもまたあたしの気持ちに気付いていたと言うことなのだろうか。
よく言う、惚れた相手を見ていると、他の女がそいつに惚れているかどうかがわかるっていうやつなのか。
「それに今は、センセイと同じかそれ以上に面倒を見ないといけないダメな男がいるから、センセイのことなんか構っていられないの。愛娘が憧れの男の元に行ってポンコツになってるから、ハッパをかけないと研究所の仕事が滞ってしょうがないの」
「リリー、ダメ男の世話をするのが好きだねぇ……」
「エロ貴族や豪族以外の、ちゃんとした貴族や商人の求婚を全部断って、ダメ男の世話をしに大森林まで行った女にそんなこと言われたくないわよ」
「うぅ……」
そう、チームを解散した後、リーダーよりも後にセンセイのところへ行くことになったのは、そういった諸々を全てリリーと二人で処理していたからなのだ。
「そんな事をしているのを知れば、誰だって貴女がセンセイに想いを寄せていることくらい分かるわよ。分からないのは、センセイくらいじゃないかしら」
「…………だよねぇ……」
言われてみれば確かにその通りだと思い、大きなため息をつく。
何で惚れたかと言われれば何でかは分からないけど、あたしはセンセイと死ぬまで一緒にいるものだといつの間にか思っていたし、だから、他の男からの求婚とか、煩わしいだけだったわけで。
かといって、結婚という形を取りたかったのかというと、それもまた疑問が湧くわけで。
あの一件以来、寝る前にこの事がずっと頭の中でぐるぐると周り、悶々として寝れなくて酒で強制的に眠りについている状態がずっと続いている。
だから今日、リリーはあたしを飲みに誘ったのだろうか。
「嬉しかったんでしょ?」
「へ? また何がだい?」
あたしが呆然とそんなふうに頭の中でぐるぐると考えが巡っているところへ、唐突にリリーが話を振ってくるので、意識がリリーへと戻って行く。
「センセイに、貰ってもらえるって分かって」
「な、な、何で!」
「そういう面白そうな、下世話な話をリーダーが黙っていられると思うかしら?」
「……無理だね」
「まぁ、それにミレイやサーシャちゃんからも聞いているしね」
「え!?」
予想外の一言にあたしは本気で驚き、そんなあたしを見てリリーは意地の悪い笑顔を浮かべる。
「二人とも残念がってたわよ。冗談なんだーって」
「嘘でしょ?」
「ふふふ、どうかしらね」
そう言うと、リリーは妹を見る姉のような優しい笑顔をあたしに見せる。
「そういうわけだから、貴女は誰にも気を使わなくても良いし、遠慮しなくても良いの。貴女がしたいようにしなさい」
「狡いなぁ……手玉に取られているようだよ」
毎回なんだかんだで悩んでいるときは声をかけてくれたり、飲みに誘ってくれたりしてくれるリリーをあたしは感謝しているし、姉のように思っている。
恥ずかしいから言わないけれど。
「ふふふ。だって私は貴女の姉のようなものなのでしょ? 昔、酔い潰れたときに言ってたわよ」
「え!? うそぉ!?」
心の底にしまっていたことを酔った勢いで言ったことにあたしは焦る。
しかし、リリーはしてやったりの顔で、
「う・そ」
と、宣うのだった。
「この…………!」
「残念ね。私は明日も仕事なの。そろそろ寝かしてくれるかしら?」
むきになって怒るあたしをいなすように、リリーはサシ飲みの終了を宣告する。
思い出せば、大体いつもそうだ。
あたしがリリーを誘うと、泥酔して記憶を無くしたあたしがリリーを抱きまくらにして寝るし、リリーがあたしを誘って、散々からかわれた挙げ句あたしが本気で怒る前に打ち切る。
それを思い出してあたしは少しだけ冷静になる。
「……まぁ、すっきりは全然しないかったけど、帰る前にあんたと二人で話せて良かったよ」
「そう? それは良かったわ」
「でも、飲み足りないからこれだけ貰っていくわ」
「あら? お酒強くなったのかしら?」
「おかげさまでね」
そう言ってあたしは飲みかけのワインを一本手に取ると立ち上がり、ドアへと向かう。
「アリッサ」
そして、ドアを開けて部屋を出ようとした時リリーがあたしを引き止めてきたので、動きを止める。
「なんだい?」
「幸せになりなさい」
あたしはリリーの言葉に返事をすることなく部屋を出る。
そして、ドアを閉めて一言、
「ありがとう。姉さん」
そう言って部屋に戻ったのだった。
そうして部屋に戻ったあたしは、少しはすっきりしたのかと思いベッドに横になったのだけど、結局は頭の中で色々考えがぐるぐる回ってしまい眠ることができなかった。
「今日は、もう大丈夫だと思ったんだけどねぇ」
そう独り言を言って、部屋から持ってきたワインを一気に飲み干し、酔いが回ってくるまでの間少し夜風に当たろうと思いバルコニーへと出る。
暫くしていい感じに酔いが回ってきたあたしはベッドへと行こうと思ったとき、
「アリッサ嬢、今はどれほどの時間なのであろうか」
「え? あ! センセイ!?」
あたしはセンセイと出くわす事になったのだ。
そこからギルドの話しをしたくらいまでは記憶があるのだけど、酔いが徐々に回ってきていたのと、リリーとの会話でセンセイのことを強く意識してしまっている状態で、本人に会ってしまった驚きで、急速に酔いが加速してあたしはそこからの記憶は殆どない。
でも、そんな中でも何となく、本当に何となくだけれど、センセイが“側にいてくれると嬉しい“と言ってくれた気がして、嬉しくて、安心して眠れたような記憶がうっすらとある。
翌朝本人に聞いたら言っていないと言っていたけど、センセイが嘘を付いているときの癖が出ていたから多分言ったんだろう。
どういう流れでそうなったのかまでは分からないけれど、センセイがそう言ってくれたなら、あたしも少し遅くなったけど、サーちゃんやミレちゃんのように一歩踏みだそうと思う。
そして、もう少し勇気が出たら今度こそ冗談だと言って逃げないで、一生を共にしたいと、センセイの保護者ではなく、伴侶でありたいと言おう。
「……その前に、ミレちゃんとサーちゃんにちゃんと言わなきゃかなぁ……」
「ダンお兄ちゃん! 重い! ……何か言った? アリッサおねえちゃん」
「何でもないよ。楽しそうだねぇ。あたしも混ぜろ!」
「荷車の上で暴れんでくださいよ! 荷車が壊れますぜ!」
「なんだいドラン! あたしが乗った瞬間にそれを言うってことは、あたしが重いってことかい!」
「違いますって! そりゃ被害妄想ですぜ!」
それまでの間は、もう少し、この居心地の良い保護者の立ち位置を続けさせてもらおうと思うのだった。
いつもありがとうございます。
これで13章が終わりです。




