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錬金術師アーノルドの自由気ままな毎日  作者: 建山 大丸
7章 帝都の錬金術師と人の恋路、である
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貴族として、人として。である


 我輩の名はアーノルド。自由気ままに生きる錬金術師である。






 「怪我はないかい? アーノルド氏」


 何が起きたのかはわからないのである。

 魔鶏蛇の狩猟を終え、薬の素材として良質な血液を採取しているときに、誰かに突き飛ばされたのである。


 で、あるが、パノン氏がそう尋ねて来るので我輩は起き上がり、


 「我輩は大丈夫である」


 そう答え、声のする方を見ると、パノン氏は蛇の口に腕ごと剣を突き刺した状態で


 「そうか、それは良かったよ」


 そう言うのであった。

 そして、その腕には牙が食い込んでいたのであった。


 「パノンさん!」


 最初に我輩達の元にやってきたハーヴィーが蛇の牙を切り落とし、パノン氏の腕を絶命した蛇の口から外すのである。


 「パノン兄ちゃん!」

 「パノン君!

 「ははっ、ドジったなぁ……っ!」


 伯爵達の声にパノン氏はそう言うと、苦痛に顔を歪めるのである。


 「まさか、鶏側が死んでも蛇側だけ生きてるなんてね……これも、ギルドに報告……しないと……」

 「そんなことを言っている場合ですか! 何でこんな無茶を……」


 このような状況にもかかわらず、いつもの調子で会話を始めるパノン氏を制するミレイ女史の言葉に、パノン氏は笑顔を見せるのである。


 「貴族だからさ」

 「え?」

 「僕は……貴族だからさ。貴族は……平民を守るのが……仕事……っ!!」


 そこまで言って、パノン氏は再び顔を歪めるのである。

 見ると、蛇の牙を受けた右腕がすでに硬直を開始しているのである。


 「パノン兄ちゃん! 腕が!」

 「ははは……ギルドの資料よりも遥かに毒の進行が早いね……これも、繁殖期……ぐうぅっ!!」

 「早く解毒しないとまずいのである。しばし待つのである」

 「なにを……」


 パノン氏の言う通り、おそらく毒の進行が早いのは繁殖期によって魔鶏蛇の能力が向上した故なのであろう。

 帝都に戻って治療を受けるのは当然間に合うわけがないのである。

 なので、今手に入れた素材を使って解毒薬を作製するべく我輩は魔法白金の手鍋を用意し、簡易魔法陣が描かれた鍋敷きを取りだそうとしたのだが……。


 「アーノルド様?」

 「あ、鍋敷き……」


 先程突き飛ばされたときの影響なのか、鍋敷きが破損してしまい魔法陣が欠けてしまったのである。


 普段であれば、予備として同様の鍋敷きを数個持ってきているのであるが、今回は素材をできるだけ多く採取しようと思い予備を持ってきていないのである。


 今から簡易魔法陣を描こうにも、我輩が魔法陣を起動させるには触媒が必要になるし、サーシャ嬢は簡易魔法陣が描けず、ミレイ女史も時間がかかるのである。


 「アーノルド様……」

 「……君が……何をしようとしているのかは分からないが……どうやら、万策……尽きたのかな?」


 パノン氏は、諦めたように深くため息をつくのである。

 毒は、すでに右肩まで差し掛かっており、このままだと後10分もしないうちに右半身は完全に硬直し、1時間もしないうちに全身が硬直してしまうかもしれないのである。


 なので、我輩はもう一つの可能性に賭けることにしたのである。


 「ミレイ女史、簡易魔法陣の描画を頼むのである」

 「え? あ、はい!」


 我輩の指示で、ミレイ女史は簡易魔法陣の描画を開始するのである。

 我輩の考えが正しければ必要はないのであるが、治療方法は多い方が良いのである。


 そして我輩は、不安そうにこちらを見ているサーシャ嬢を見て、


 「サーシャ嬢、パノン氏の解毒を頼むのである」


 そう頼むのである。


 「おじさん、私じゃ、パノンお兄ちゃん治せないよ……」


 我輩の言葉に、より一層の不安の表情を浮かべてサーシャ嬢は首を振るのである。

 おそらく、我輩がサーシャ嬢の魔法で治療を行ってほしいということを言われているのはわかっているのであろう。

 だが、今パノン氏が受けている状態異常はサーシャ嬢の知らない異常である。

 だから、サーシャ嬢は治療することができないと考えているのであろう。


 「いや、寧ろサーシャ嬢でないと治療できないのである。良いであるか、今、パノン氏が受けているのは体が徐々に硬直して石のようになる石化毒である」

 「うん、だから……」

 「大事なのは、種類は違えどもこれは【毒】ということなのである」

 「【毒】……」

 「我輩はミレイ女史が魔法陣を描くまでは薬の作製ができないのである。完治させることができなくても毒の進行を遅れさせたり止められれば良いのである。今は、サーシャ嬢が頼りなのである」


 我輩はサーシャ嬢が気負わないようにそう言っているのであるが、サーシャ嬢が解毒薬を作製する際に【毒】を“体を悪くするもの“として認識していることは知っているのである。

 その分、効果が曖昧だったり弱化しているのを、持ち前の集中力で強引に強化しているのであるが。

 なので、その認識のまま解毒の魔法を発揮することができればパノン氏の解毒はできるはずだと考えているのである。

 


 「大丈夫である。サーシャ嬢は森の民であり、優れた術者であったノヴァ殿の子孫である。必ずできるのである」


 ここまで言って、結局気負わせることを言ってしまった事に気づいてしまったが、サーシャ嬢はそれを聞き、


 「うん! 私やるよ!」


 どうやらやる気を出してくれたようである。


 結果、良しである。


 サーシャ嬢はパノン氏のところへ行くと、意識を集中しはじめるのである。


 「君は……一体何を……」

 「パノンお兄ちゃんは私が絶対治すからね」


 次第に純魔力と構成魔力がサーシャ嬢の元へと集まり出し発光を始め、それがパノン氏の硬直している体へと浸透していくのである。


 「これは……解毒魔法? でも、魔法陣も無く……。まさか、亜人なのか?」

 「私とお兄ちゃんは森の民。森の民は、人間を助けるんだよ」


 そう言うと、サーシャ嬢を囲む光が強くなるのである。

 どうやら集中の度合いを高めたようである。

 少しずつではあるが、パノン氏の硬直が解けはじめているようである。


 「アーノルド様! 後少しでこちらの準備もできそうです!」

 「分かったのである。ハーヴィー、デルク坊、伯爵。結界石と障壁石の残魔力が殆ど無いのである。もしものために周囲の警戒と、できる限りの素材確保を頼むのである」

 「わかりました……って、この状態で素材を確保するんですか?」

 「何のためにここまできたかわからないのである」

 「ははは、無理言っているけど、頼むよ……ハーヴィー君」

 「それどころじゃないでしょ! 全く……似たもの同士だ……」


 あまりサーシャ嬢に負担をかけるわけにもいかないのである。


 そう思い我輩もパノン氏の治療を行うために、ミレイ女史が描いた簡易魔法陣で石化毒の解毒薬を作製しはじめるのであったが、完成した頃にはサーシャ嬢の魔法によってほぼ解毒は終了していたのであった。






 「しかし……デルク君とサーシャ君が森の民で、なおかつ錬金術の祖であるノヴァ・アルケミストの子孫だなんてね……」


 サーシャ嬢の魔法によりほぼ解毒したところに、我輩が作った解毒薬を更に飲んだ為、石化毒の脅威は完全に去ったパノン氏は、茫然とした様子でそう漏らすのである。


 「我輩が解毒薬を作ったこの手鍋も、そしてミレイ女史が描いた簡易錬金術用魔法陣もノヴァ殿が残したものである」

 「……アーノルド氏は、それが僕に知れるという事が、どういうことかわかっているのかい?」


 パノン氏は宰相閣下の管轄下である錬金術研究所の職員である。

 当然、この事は報告されることになるであろうとは思うのである。


 しかし、で、ある。


 「我輩は錬金術師として、それ以上に己の信条として、助けられるものを助けないということはできないのである」


 とは言え、実際にはあまりやりたくはないのであるが、妖精パットンの記憶操作という保険があるので行動に移したというのもあるのであるが、それは黙っておくのである。


 「……そうか……」

 「それで、パノン君はこの事を宰相閣下に報告するのかい?」


 我輩の言葉に何かを考え込むパノン氏に、伯爵が問い掛けるのである。

 声はいつも通りなのであるが、そこから感じられる雰囲気はいつもの人が良い、娘に甘い伯爵のものとは打って変わった凄みを感じるのである。


 「ははは……そんな凄まなくても大丈夫ですよ。本来なら、腹芸の一つでもしてこの場をやり過ごして、宰相閣下に報告するのが一番良いんでしょうけどね」


 そこまで言うと、パノン氏は晴々とした顔をこちらに向けるのである。


 「命の恩人にそんなことはしませんよ。貴族として……いや、僕の信条としてそれは許せませんよ。一生隠し通しますよ」

 (彼から漏れてくる【意思】からは強い決意を感じるよ。言っていることは嘘じゃないよ)


 疲れも取れて再び姿を消している妖精パットンが、パノン氏の言葉の真偽を確かめたようで、我輩に報告してくるのである。

 で、あるならばその言葉は信用できるのである。


 「分かったのである。パノン氏を信用するのである」

 「ちょっと複雑な心境だけど、まぁ、ありがとう」


 パノン氏は苦笑いを浮かべて我輩の言葉を受け入れるのである。

 まぁ、何とかなりそうで良かったのである。

 

 「だけどね」

 

 だが、パノン氏の言葉には続きがあったのである。

 何であろうかと思いパノン氏を見ると、目が合ったパノン氏は不敵に笑うのである。


 「ミレイの件はまた別の話だけれどね」

 「強情な男であるな、パノン氏は」

 「それが僕の生き方さ」

 「迷惑なので、修正してもらえませんか?」

 「ははっ、ミレイは恥ずかしがり屋だな」

 「そこに、蛇の牙がありますね」

 「ちょ! ちょっとそれは冗談がきついよ!」


 そんな茶番を繰り広げていると、出発の準備を終えたハーヴィーとデルク坊がこちらへとやってくるのである。


 「さぁ、素材や食材の確保も出発の準備も終わりましたし、帝都に戻りますよ。アーノルドさんの結界もそろそろ限界みたいですから急がないといけません」

 「聞いたかい? だけど僕は病み上がりでまだ動けないんだ。だから……ミレイ、僕に肩を貸してくれないかい?」


 パノン氏の訴えに、深く、長いため息をついたミレイ女史はパノン氏に手を差し出すのである。


 「…………貴方の代わりはお父様が務めなければいけませんし……中心部を出るまでの間ですからね」

 「ようやく僕の気持ちが伝わったのかい?」

 「くだらないことを言うと、やめますよ?」

 「ごめん! ごめんよ! 感謝するよ! ありがとう!」


 再び深いため息をつくと、ミレイ女史はパノン氏を引き起こし、肩を貸して歩き出すのである。


 「変なところを触ったら、蹴りますからね」

 「信用されてないなぁ……」

 「普段の行いのせいです」

 「素直に愛を表現しているだけなのに……」

 「それが嫌だと言っているんです」

 「うぅ……」


 そんな二人を見ながら、我輩・サーシャ嬢・デルク坊は少し離れて最後尾を歩くのである。


 「なあ、おっちゃん」

 「なんであろうか」

 「あの二人、おっちゃんとダン兄ちゃんみたいだね」

 「そうだよね、私もそう思う。なんか、思ってたよりも仲が良いよね」

 「……そうであるな。ただ、ミレイ女史にはそれは言わないでおくのである」

 「何か言いましたか?」

 「何でもないよ!」


 聞こえていたのか、恨めしそうな表情でこちらを振り返るミレイ女史を見て、この話題は本気で怒りそうなのが二人もわかったのか、困ったような笑いを浮かべながら我輩に頷くのである。


 こうして、我輩達の魔鶏蛇の狩猟は何とか大きな被害も出さずに終了するのであった。





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