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錬金術師アーノルドの自由気ままな毎日  作者: 建山 大丸
7章 帝都の錬金術師と人の恋路、である
158/303

魔鶏蛇との戦いである


 我輩の名はアーノルド。自由気ままに生きる錬金術師である。






 ー魔鶏蛇ー


 魔の森の中心部に棲む、鶏のような全身に蛇の尾を持つ双頭の魔獣である。

 蛇の尾の牙と鶏の爪の部分が有している毒は、全身が石のように硬直していく恐ろしいもので、最終的には心臓まで硬直し死に至るのである。

 で、あるが双頭種故なのか、指揮系統が曖昧で、撹乱や多人数での連携に弱い為に、連携が十分取れている熟練の探検家達ならばさほど苦労することなく狩れ、入念に打ち合わせさえしておけば、想定外の事が無ければ中級~初級の探検家でも狩ることは可能な魔獣だとも言われているのである。


 そのため、我輩達も狩りの際は、デルク坊とハーヴィーで両方の頭を撹乱し、混乱したところパノン氏や伯爵、ミレイ女史の魔法で攻撃して狩るという方法を決めていたのである。


 で、あるが。


 現在、我輩・デルク坊・サーシャ嬢の前には一体の赤い羽色をした魔鶏蛇がじたばたと暴れ回り、ハーヴィー・ミレイ女史・パノン氏・伯爵の方も、同じような姿をした別の魔鶏蛇と対峙しているのである。

 形としては、暴れ回っている魔鶏蛇に我輩達とハーヴィー達が分断されている状態である。


 「すいません! 予定が完全に狂いました! 何とか僕らが行くまで持ちこたえてください!」


 暴れ回る魔鶏蛇の奥から、ハーヴィーの大声が聞こえるとともに、けたたましい声や衝撃音が鳴り響くのである。

 どうやら向こうは戦闘に入ったらしいのである。


 「おっちゃん、どうする?」

 「おじさん……」


 デルク坊が緊張した面持ちで、サーシャ嬢が不安な表情で我輩に尋ねてくるのである。

 そう、年長者とは言え二人は子供である。

 何とも情けないことではあるが、戦闘経験のない我輩がこの場を指揮しなければならないのである。


 「妖精パットンはいるのであるか?」

 「いるよ、錬金術師アーノルド。ごめん。僕のせいで」


 何に謝っているのかはわからないのであるが、今はそれを確認している場合ではないのである。

 我輩達に魔鶏蛇を狩れるとは思えないので、どうにか持ちこたえるか、やり過ごさなければならないのである。

 なので、我輩は魔鶏蛇が混乱している今の間に認識疎外の魔法でやり過ごすことはできないか聞いてみるのである。


 「それは無理だね。昨日も言ったけれど、僕の魔法とここの場所の相性が悪い上に、相手は蛇の性質も持ち合わせているから、更に相性が悪いんだ。この魔獣がここに飛んできたのも、上から監視しようとした僕に気付いたからなんだ」


 つまり、二匹いたうちの一匹が上を飛んでいた妖精パットンに気付いて襲い掛かってきたので、ここに逃げてきたのを追ってきたということなのである。

 それで、さっきの謝罪につながるという訳であるか。


 これで、妖精パットンの魔法でやり過ごすという方向は無くなったのである。


 「おっちゃん、結界か障壁で俺達かあの魔獣を囲えば良いんじゃないの?」

 「そうだよ。あの魔獣を囲っちゃえば安全だよ!」


 デルク坊が当然の提案をして、サーシャ嬢がそれに賛同するのである。


 「そうしたいところではあるのであるが、結界石の残魔力が大分減っているし、障壁石では奴を囲むほどの障壁は少しの間しか展開できないのである。もしもハーヴィー達がもう一匹を狩る前に、石の魔力が尽きれば我輩達を守る術が無くなるのである」


 のたうちまわっている魔鶏蛇の後方でちらりと見えるハーヴィー達の状況は、苦戦しているようにも見えるので、すぐにこちらに来れるとは限らないのである。

 我輩の判断は間違っているのかもしれないのであるが、デルク坊達を守る手段はできるだけ残しておきたいのである。


 そんなよく言えば慎重、だが実際はただの優柔不断な我輩の決断力の無さが状況を悪化させることとなるのである。


 「あ! 魔獣が!」


 思考に少々没頭していた我輩がサーシャ嬢の声で我に返ると、混乱から復帰したらしい魔鶏蛇がゆっくりと立ち上がるのである。


 「結局、何にもできなかったじゃんか!」

 「……何も言えないのである」


 そんな最悪な状況を招いた我輩に、デルク坊が苛立ち混じりの声で咎めてくるのである。

 とは言え、ダン達のような歴戦の探検家で無く、ただの研究職の我輩である。

 どうしたらいいかなど咄嗟に判断などできないのであるが、それは今の状況では言い訳にもならないのである。


 我輩達はじりじりと後退しながら、魔鶏蛇の動きを様子を伺うのである。

 立ち上がった魔鶏蛇は、蛇の頭でじっとこちらを見ているのであるが、鶏の頭はこちらと反対側を交互に見ているのである。


 一体何を確認しているのであろうか。


 そんなことを思っていると、ばさりと翼を広げると、反対側に向かって飛び立つように動き出すのである。


 「まずいよおっちゃん! あの魔獣!」

 「分かっているのである」


 我輩はそう言うと、結界石を発動し少し大きな部屋ほどの結界を展開するのである。


 おそらくハーヴィー達を上から襲撃し、戦闘しているもう一匹の魔鶏蛇の援護をしようとしていたその魔獣は、見えない壁に激突し、また混乱した様子を見せるのである。


 ただ、今度は混乱の時間はさほど長くなく、正気を取り戻した魔鶏蛇はこちらに向かって、威嚇であろうかけたたましい鳴き声をあげるのである。

 確実にやる気である魔獣を前に、我輩は三人に謝らなければならないことがあるので話しかけるのである。


 「済まないのである」

 「なんだよ、おっちゃん」

 「突然の結界の展開をしたせいで、我輩達も結界の中にいるのである」


 一瞬の静寂の後、サーシャ嬢が一言


 「大丈夫だよ。おじさんは私とお兄ちゃんが守るから」


 と言うのであった。


 その言葉を発するサーシャ嬢は、震えているものの先程までの怯えた様子は一切無く、我輩はその覚悟の決めようにこのような状況にもかかわらず敬意を覚え、同時に我輩も覚悟を決めるのであった。


 「では、我輩は三人を守るのである。……全員で奴の足止めをするのである」


 決定力不足の我輩達には、その選択しか生き延びる術はないのであった。





 「鬼さんこちら!」

 「ほらほら、こっちだよ。あはははは!」


 結界の中を縦横無尽に動き回り、時々攻撃を加えてはすぐに離れていくデルク坊を、魔鶏蛇の鶏の頭が攻撃しようと懸命に追い、蛇の頭は全く関係のない方向をうようよと漂っているのである。

 姿は見えないのであるが、妖精パットンが蛇の頭の近くを飛んでいるのである。


 はっきり言えば、デルク坊の攻撃など殆どこの魔獣には通っていないのであるが、デルク坊により注意を引かせるためにあえてデルク坊は危険を冒しているのである。


 そうして二つの頭の注意が二人に向いた頃に、


 「いっけぇぇ!!」


 サーシャ嬢が水の槍を作り出して、魔獣に打ち込むのである。

 しかし、もともと子供の遊び程度でしか攻撃の魔法を構築することがなかったサーシャ嬢なので、敵への有効的な威力まで水を硬質化することがなかなかできないでいるのである。


 「またダメだぁ!」

 「大丈夫! 時間は稼げてるから!」

 「デルク! 早く離れるよ!」


 今回も、胴体に直撃するのであるが、具現化した槍が壊れてしまい、水を強くぶつけて意表を付かれた魔獣をぐらつかせて転ばせる程度の効果しか及ぼせていないのである。

 それでも、相手の混乱を引き起こす役目は果たしているのである。

 混乱した魔獣は倒れたその場で暴れ回るので、急いでデルク坊と妖精パットンは我輩達のところまで戻ってくるのである。


 「いつまで続ければ良いんだろう。これ」

 「あっちの様子を見れば、後少しのようだけどね」


 そう言っているデルク坊の表情にはやや疲労の色が見えてきているのである。

 危険と隣り合わせの陽動は精神的にも肉体的にもきついようである。

 姿はまだ見えていないのであるが先程よりも存在を強く感じられる事から、おそらく妖精パットンも魔法の維持をするのも大変なほどに疲労しているということなのであろう。


 「さっきもそう言ってたよ……。魔法がもっとちゃんと使えれば、倒せるかもしれないのに……ごめんなさい……」

 「良いんだよ。おれ達のやることはこいつを倒すことじゃなくて、ハーヴィー兄ちゃん達が来るまでの間、全員が無事に時間稼ぎすることなんだから」

 「そうである。今できる最善を尽くせばいいのである」


 サーシャ嬢は、自分が思っていたような攻撃の魔法が使えないことに悔しい表情を見せるのであるが、デルク坊が気にするなとばかりに笑顔を見せるのである。

 確かに、効果的な魔法が撃てるにこしたことはないのであるが、下手に傷を負わせることで更に凶暴化してしまうよりも今のような状態の方がマシなのかもしれないとも考えられるのである。


 「さぁ、休憩は終わりだね。行くよデルク」


 そう妖精パットンが告げるとデルク坊は頷き、正気に戻り立ち上がって、けたたましく鳴き声をあげる魔鶏蛇への陽動へと再び向かっていくのである。


 先程と同じようにデルク坊が鶏の頭を、妖精パットンが蛇の頭を撹乱するべく右往左往と動き回るのであるが、やはり疲れが出てきているようでデルク坊の動きが少し悪いように見えるのである。


 「!! やべ!」

 「お兄ちゃん!」

 「まずいのである!」


 何度も往復しているのと、サーシャ嬢の魔法を受けて濡れた体で暴れ回った魔鶏蛇のせいで悪くなった足場に足を取られたデルク坊は足を取られ、その隙を見逃さずその鋭い嘴で啄もうとするのである。

 しかし、我輩が張った障壁に遮られ、魔鶏蛇はデルク坊に攻撃を加えることができずに、寧ろ自身の加えようとした攻撃の衝撃で一瞬態勢を崩すのである。


 「お兄ちゃん、逃げてぇぇぇ!」


 そこに、サーシャ嬢がまたもや水の槍を打ち込み魔鶏蛇はその衝撃で倒れるのである。

 デルク坊と妖精パットンはまたこちらに休憩しに戻ってくるのである。


 「二人とも、ありがとう!」

 「大丈夫かい? デルク」

 「お兄ちゃん、大丈夫?」

 「デルク坊、疲れたのであるか? 体力回復薬を飲むであるか?」


 我輩の申し出に、デルク坊は首を振ると一言、


 「腹減った……」


 そう言うのであった。


 「……アリッサお姉ちゃんが作ってくれたお菓子あるよ、食べる?」

 「あるの!? 食べる食べる!」

 「こんな時にもデルクは平常運転で、ある意味助かるね」

 「確かにそうであるな」

 「おっちゃん、薬頂戴。それ、水の代わりに飲む」


 美味しそうにアリッサ嬢が作った焼き菓子を頬張り、我輩の薬を飲み、すっぱさで体を震わせ口をすぼめるデルク坊を見て、今度デルク坊とこういう場所に行くことがあったら、携帯が容易な非常食を大量に用意しておこうと思いつつ、ハーヴィー達はどうしているのであろうかと、あちらの状況を気にするのであった。




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