中心部へ向かうのである
我輩の名はアーノルド。自由気ままに生きる錬金術師である。
奇妙な縁で、ミレイ女史を我が物にしようとしている張本人であるパノン氏と共に、錬金術の腕比べをするときに使用する素材を確保しに行くことになった我輩達であるが、
「ミレイ、見てご覧。あそこの薬草はこの界隈の傷薬の素材としては、かなり良い物なんだ。採取していかないかい?」
「あの薬草は、採取に一番適した状態まで育っていません。今のままでは、本来の効果の4割程度しか発揮できませんよ」
「へ、へぇ。よく知っているね。勉強になるよ」
「錬金術師として素材の事を学ぶのは基本です。もしかして、薬師の方々から学んでいないのですか?」
「ははは。僕は薬師なんかよりもミレイから学びたいよ」
「私はそんなつもりはございません。私もアーノルド様から色々教わっている身ですので」
「あんな男のどこが良いんだい? どう見ても冴えない大人じゃないか」
「少なからず、貴方よりも素材を見る目や知識は豊富です」
「ぐぅ! ……ミレイを僕から奪うためにそんな努力をしているとは……やるな、君は」
先程から、パノン氏は同行しているミレイ女史に良いところを見せようとしているのか、色々と話しかけているのであるが、どうにも持っている知識などが半端なようで逆効果になっているようである。
こんなやり取りが事あるごとに続いているので、どうにも緊張感にかける狩猟になっているのである。
「昔は、パノンに言い寄られたら逃げるか泣きそうな顔をしていたミレイが、あんなに毅然とした態度を取るなんて……」
「お父様はいつの話をしているんですか!」
「あの頃のミレイは可愛かったなぁ。あ、いや、今も当然美しいよ」
「私は今も昔も変わらず貴方が鬱陶しいです」
ミレイ女史を助ける立場である筈の伯爵であるのだが、娘の成長をうれしく思うことの方が大きいらしく、結果的にはパノン氏の援護をしている状態になってしまっているのである。
「あぁ……あの可憐なミレイが、こんなに手厳しくなってしまって……アーノルド氏、君の影響だな!」
「どちらかというと、ダンやアリッサ嬢の影響だと思うのである」
「いや、僕はアーノルドさんの影響も多分にあると思います……よっ!」
ハーヴィーはそう言いながら持っていた弓を前方に向けて射ると、その先から獣の断末魔の鳴き声が聞こえるのである。
我輩達には全くわからなかったのであるが、猛禽の獣人の血が入っているハーヴィーにはそこに何かがいるのがはっきりと見えていたのであろう。
こんなある意味では混沌とした空気の中でも、しっかり護衛の仕事をしているのはさすがだと思うのである。
「……大きさからすると猪ですかね。後で解体して食事にしましょう」
「猪! ちょっと癖があるけど美味しいよね! ドラン兄ちゃんへのお土産に持って帰りたいなぁ」
「うーん……行きの道だからちょっと難しいかもしれないね」
こっちはこっちでまた緊張感があまりない感じである。
「しかし、今日の魔の森はいつもより平穏だなぁ。これはあれかな? ミレイがいることで膨れ上がった僕の力が敵性生物を近付けさせないのかもしれない!」
「……付き合っていられません」
実際のところは、妖精パットンが認識疎外の魔法をかけているのであるが、そんなことは一人知らないパノン氏は都合の良い解釈をしているのである。
さすがに、森の民や妖精の存在を教えるわけにはいかないので仕方がないのであるが、本気でそう言ってミレイ女史に冷たい視線を浴びせられているパノン氏が少しだけかわいそうに思えるのである。
(ちょっと良いかい、錬金術師アーノルド)
そうして、デルク坊とハーヴィーが獣の解体をし、少し早めの昼食を取る事にしたのであるが、その準備中に妖精パットンが我輩に話しかけてきたのである。
当然、認識疎外の魔法がかかっているので姿は見えないのであるが、普段と何かがおかしい感じがするのである。
(どうしたのであるか?)
(多分、分かると思うけど、僕に違和感を感じないかい?)
(普段よりも、何というか存在感のようなものを感じるのであるな)
(やっぱりそうかぁ……)
そう言うと、妖精パットンは我輩の頭の上に乗るのである。
(この森の奥に行くにつれて、ボクの魔法の効きが弱くなってるみたいなんだよね)
(そうなのであるか?)
(うん、ハーヴィーがさっき獣を射たのだって、あの獣、こっちに気付いて突進しようとしてたからなんだ)
なので、今は普段よりも強めに魔法をかけているようなのであるが、奥に行くにつれてどんどん効果は下がって行くだろうと言うことらしいのである。
(場所によって、特定の魔法の効果が弱くなったり強くなったりする場所があるんだけど、どうもこの辺りはボクの魔法との相性があまり良くないみたいだね)
(つまり、いつもよりは戦闘の危険が増えるということであるか)
(そういうことだね。できるだけ魔法は強化しておくけど限度はあるから、一応覚悟はしておいてね)
(忠告、感謝するのである。で、あれば他の者にも伝えてほしいのである)
(分かってるよ)
妖精パットンは、昼食時に他のメンバーにもその事を伝えたようで、
「ここから先は、注意が必要かもしれません。先程よりも気を引き締めて行きましょう」
と言う、ハーヴィーの声に頷くのであった。
妖精パットンの存在を知らないので、当然そういう話は聞いていないパノン氏も、我輩達の様子に先程までの軽い感じはやや影を潜め、我輩達同様に頷くのである。
そういうところは、やはり上級探検家に最も近いと言われているだけの事はあると、我輩は感心したのであった。
「なぁ、おっちゃん、伯爵様。大丈夫か?」
「大丈夫である……」
「護衛のつもりが……される側になってしまうとは……現場に出ないとダメだねぇ……」
心配するデルク坊の質問に、我輩と伯爵は息を切らせながら返事を返すのである。
中心部を目指し更に奥に進む我輩達であったのであるが、やはり妖精パットンの言う通りに奥に行くにつれて魔の森に棲む生物に襲われるよう頻度が増してきたのである。
とは言え、一年近く大森林で活動していたハーヴィーやミレイ女史、能力の高い探検家であるパノン氏で構成されるパーティーにとってはさほどの脅威ではないようで、次々に撃退されていくのである。
デルク坊はアリッサ嬢から教えられた斥候役をきちんとこなしつつ、戦闘が始まるとサーシャ嬢とともに我輩達の護衛に回っているのである。
ちなみに、我輩は障壁石と結界石を持ってきているのであるが、ダン達から緊急時以外は使うなときつく言われているので、基本的には薬師のような回復役をしているので戦闘では役に立たないのである。
そして、伯爵は日頃の運動不足と先程までのはしゃぎぶりが祟ったようで、早々に体力を消耗して我輩並の役立たずぶりを発揮しているのである。
そんな訳で、
「大丈夫だよ! おじさん達は私とお兄ちゃんが守ってあげるから!」
「自分の身は自分で守るのである……と、言いたいところであるのであるが、実際にそうなっているから何も言えないのである」
「子供に守ってもらうなんて……元宮廷魔導師として情けないなぁ……」
「エッヘン! 私もお兄ちゃんも優秀なんだよっ」
と、我輩達を護衛役をハーヴィーに頼まれているサーシャ嬢が東方都市で知ったノヴァ殿の口癖を口にして、胸を張っているのである。
自分だけではなく、デルク坊も一緒にしているという事は、おそらく自分たちはノヴァ殿の子孫だから優秀なんだと言いたいのであろうか。
何とも可愛らしいものである。
「パノンさん、フォローありがとうございます。おかげで助かりました」
「いやいや、それくらい当然さ」
そんな我輩達とは別に、探検家組はさりげなく周囲を見渡しながら襲い掛かってきた獣の処理を行っているのである。
そのままにしておくと血の臭いで、更に肉食系の敵性生物がやってくるからである。
処理をしながら会話をしていた二人であったが、パノン氏はその手を止めてハーヴィーを見るのである。
その視線に気づいたハーヴィーは怪訝な表情を浮かべるのである。
「どうしたんですか? 早く処理をしてくださいよ」
「いや、君はそこら辺の探検家とは違うみたいだね。僕がさっきの戦闘中にやっていたことをわかっているのかい?」
「パノンさんが位置取りを少しずらして、獣を僕の射線上に誘導したことですよね。それが何か?」
「あぁ! 君は僕の理解者だね! 今までも他の探検家と組んだことがあったけど、僕がやっていることに気付いた者はいなかったよ。それどころか、僕を無駄な動きばかりする役立たずだと言う連中ばかりだったよ!」
パノン氏は、大袈裟な動きで嬉しさを表現すると、そのままハーヴィーに近づくのである。
「ちょっと! 血と脂塗れの手で触らないでくださいよ!」
「あぁ……君もミレイ同様、僕といるのが1番だよ。ぜひ、僕と組んで伝説を築こう!」
「……お断りします。早く処理を済ませてください」
ハーヴィーの返事を聞くなりパノン氏はこちらを恨めしそうに見るのである。
「君も、アーノルド氏の毒牙にかかっているというのだね。悉く僕の伝説の妨げをする男だな、君は」
「パノン氏よ、それはとばっちりなのである」
「まぁ良いさ。僕は君より優れた錬金術師である事を証明し、ミレイも、ハーヴィー君も、そこの二人も僕のものにしてみせる!」
「四人とも物ではないのである。本人の意志を無視するのは良くないのである。そもそも、サーシャ嬢達までしれっと巻き込むのは止めるのである」
我輩の注意など聞いていないかのように自分の世界に入り込み始めるパノン氏を、サーシャ嬢とデルク坊はぽかんと眺め、
「おっちゃん、あの兄ちゃん変だな」
「おじさん、あのお兄ちゃん人のお話を聞かないね」
そう感想を漏らすのであった。
魔鶏蛇の生息地とされている場所まで後少し、まだまだパノン氏の暴走に付き合わされることになるということに、我輩は若干ため息をつきたい気持ちになるのであった。
(きっとダンやアリッサはいつもこんな気持ちだと思うよ、錬金術師アーノルド)
そして、楽しそうに我輩に言う妖精パットンの一言に、我輩はここまでは酷くないと思いたいのであった。




