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錬金術師アーノルドの自由気ままな毎日  作者: 建山 大丸
7章 帝都の錬金術師と人の恋路、である
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魔鶏蛇狩りに向かうのである


 我輩の名はアーノルド。自由気ままに生きる錬金術師である。






 ー魔の森ー


 帝都の南西部に馬車で一日ほど進んだ場所に広がる森林地帯で、元は大森林と繋がっていたとも言われている場所である。

 と、いうのも、過去の文献で魔の森から東に進んだ大森林に至る広大で肥沃な平野部にはいくつもの焼けた木々の後が散見されていた事が確認されているので、おそらくなんらかの影響でその辺りの森林部が焼失してしまったという仮説が現在でも一般的だからである。


 しかし、大森林と繋がっていた可能性があるとはいえ、切り離されてかなりの長い期間が過ぎてしまっているので、独自の発展を遂げたのが魔の森で、魔獣や魔物の被害問題もあるとはいえ希少な食材や素材が取れる場所として重宝されているのである。

 特に森の浅い部分はそれほど危険もないが資源は豊富なため、初級の探検家や小銭稼ぎの平民が採取活動をよく行っていることが多いのである。


 我輩達は、そんな民達を横目にどんどんと奥へと進んでいくのである。

 目的地は魔の森の最奥、中心部分と言われる場所である。


 そこを目指しているのであるが、同行しているハーヴィーは何とも気まずい表情をしているのである。


 「ハーヴィー、いつまでそうしているのであるか」

 「アーノルドさんはよく平気ですね……」

 「気にしたところでどうにかなるものではないのである」

 「僕もアーノルドさんみたいな図太い神経を持ちたいです……」


 そう言うとハーヴィーは、前方を見て深いため息をつくのである。

 何故ハーヴィーがこういう状況になっているかというと、


 「しかし、まさかミレイだけじゃなく、伯爵殿が一緒に来られるとは思いませんでした」

 「それはそうでしょう。本家のご子息に何かがあったら大事ですから」

 「しかし、ミレイも人が悪いなぁ。帝都に戻って来ているならば、教えてくれても良いじゃないか」

 「別に、パノン様に伝える必要を感じなかったもので」

 「そんな恥ずかしがりやなところも可愛いよ」

 「アーノルド様に言われたかった言葉ですわ……はぁ……」

 「ふふふ、僕がその間違った愛を治してみせるからね。覚悟しておくんだよ、錬金術師アーノルド」

 「ねぇ、おじさん。なんでパノンさんはこっちを見て笑ってるの?」

 「さぁ? なんでであろうな」

 「僕の心は持つのかなぁ……」


 我輩達はロックバード伯爵達と共に、魔鶏蛇の狩猟へと赴いているからなのである。






 話は遡り、パノン・ウイングバード氏との予期せぬ出会いの後の事である。


 ロックバード伯爵邸の一室、我輩とハーヴィーは他のメンバーと伯爵に囲まれるようにして椅子に座っているのである。

 その光景は、さながら何か悪事を働いた罪人とその罪を裁く裁判官の如しである。

 ちなみに、サーシャ嬢とデルク坊はウォレスとの訓練の疲れからか、夕食を取ったらすぐに寝てしまったので幸いにもこの場にはいないのである。

 

 「はぁ……で、今回もまた面倒事を持ち込んできた。と」

 「はぁ……しかも、相手の恋路を邪魔する予定だったのに、まさか援護する側になるというね」

 「依頼をした側も、まさか相手が敵視している錬金術師本人だとは思わないでしょうね。……はぁ」

 「ため息をつきながら話すのは止めてほしいのである。まるで我輩達が悪いことをしたようなのである」

 「結果的にそうなったから仕方ないですよ、アーノルドさん」

 「それは不可抗力なのである。我輩達は悪くないのである」


 我輩の言葉に、ダン・アリッサ嬢・リリー嬢の三人は再び大きなため息をつくのである。

 確かに面倒事ではあるが、問題事ではない筈なのである。

 我輩の様子に、ダンはまた大きくため息をすると伯爵に話しかけるのである。


 「ほんとすまねぇな伯爵様。このポンコツが面倒をかけて」

 「いえいえ、お気になさらず。しかし、なぜ魔鶏蛇を必要といているのでしょうか」

 「それは、強力な素材や希少な素材からは性能が良く、副作用が低い道具を作ることができるからであるな」

 「なるほど。それでアーノルド殿の鼻を明かそうとしているということですか」

 「いや、それが違うみたいなんです」

 「と、言いますと?」


 伯爵の質問にハーヴィーはどこか困ったような表情で、パノン氏が我輩達に言った言葉を伝えるのである。


 「貴族の誇りと愛をかけた戦いには、最高の素材を持って臨む事が重要なんだそうです」

 「は? 何だそりゃ?」

 「それが、貴族としての礼儀であり、ミレイさんへの愛を表現する事になるのだそうです」

 「ってい事はなんだい? センセイとの腕試しは、二人で同じ素材でやり合うつもりってことかい?」

 「みたいですよ」

 「律儀なんだか、馬鹿なんだかわかんないねぇ……」


 そう言うと、アリッサ嬢は拍子抜けしたような表情を浮かべて茶を飲むのである。

 自分が有利になるように素材を取りに行くのかと思ったら、ただの舞台を整えるために危険を冒す事に呆れたのであろう。


 「まぁ、彼らしいねぇ……」

 「また意味のわからないことをして……」

 「しかし、自分が勝つ事を信じて疑ってないんすね……」 

 「それだけ自分に自信があるんでしょうね。実際、能力は高いから根拠がない訳じゃないのよね」

 

 話を聞いた伯爵達も思い思いの反応を示すのである。


 「そうであろうか? 我輩は、パノン氏の言うことが分かるのであるが」


 自身の全てを懸けた戦いであるならば、その時できる最善を尽くそうというのは当然なのであると我輩は思うのである。

 なので我輩は普段から錬金術に使用する素材は、最善のものをできるだけ使用するようにしているのである。

 また、正々堂々と打ち勝つことで相手に敗北の言い訳をさせないためにも同じ条件を整えるというのも分かるのである。


 ただ、パノン氏は自身を大きく見せようと、身の丈に合わないものを望んでいる気がしなくはないのである。

 それが元々の性格なのか、違うのかは我輩にはわからないのであるが。


 「ああ、似たもの同士って事か」

 「隊長! 彼とアーノルド様を同じ人間のように言わないでください!」

 「ミレイ、顔が怖いって! 悪かったよ!」


 珍しくダンが本気で謝罪をしているのである。

 こちらからは見えないのであるが、ミレイ女史はかなり本気で怒っているのかもしれないのである。


 「まぁ、感性は近いのかもね。違いは、自身のことを知っているか、知らないか。くらいかしら」

 「それが大事なことだと思いますよ、私は」


 そう言うと、伯爵は茶を一口飲むと我輩とハーヴィーを見るのである。

 そして、伯爵から出た次の言葉は意外なものであったのである。


 「申し訳ございませんがハーヴィーさん。ロックバード家からの指名依頼として、パノンの申し出を受けてもらえませんか?」

 「お父様!?」


 伯爵の提案に、ミレイ女史は驚きの表情を浮かべるのである。


 「おそらく、二人が断ればパノンは一人で魔鶏蛇を狩りに魔の森へ向かうでしょう」

 「伯爵が止めても行くのかい?」

 「行くでしょうね。彼はそういう人物です。そして、仮に彼に何かあったとしたら、直前にこの家に来ていることもあり、ウイングバード家は色々と言い掛かりをつけてくるでしょう」

 「なるほどね。だから、ハーヴィーをパノンの護衛に付けるってことか」

 「そういう事です」


 伯爵が頷き、ハーヴィーに再度依頼をし、ハーヴィーはそれを受けることになったのである。

 そして、当然のように我輩達も同行することを提案したのであるが、意外なことにそれはすんなりと受け入れられたのである。


 不思議に思ったので尋ねてみると、


 「魔の森程度の魔物や魔獣なら、デルクならほぼ問題ねぇよ」


 と、ダンは平然と答えるのであった。


 「それにパットンがいるから、サーちゃんやセンセイがいても危険は少ないし、センセイは当然()()持ってるんでしょ?」

 「当然である」

 「じゃあ、大丈夫だね。魔の森の敵性生物はほぼ全部調べ上がってるからね」

 「言っておくけど、これはデルク君やサーシャちゃんが、今回のことを気にかけさせないようにするための措置よ」


 そのあと、細々とした説教を我輩達は再び受け、話が終わりに差し掛かった頃、ミレイ女史が勢いよく立ち上がり、


 「私も付いていきます! 分家であるロックバードの者として、本家の後継者が危険な場所に向かうことを知ったうえで見過ごすわけには行きません!」


 そう言って同行しようとした事で、いろいろ心配する伯爵とミレイ女史が揉め、それを聞いていたリリー嬢の、


 「だったら二人で行ってきなさい。どれだけセンセイと一緒に出かけたいのよあなたたちは」


 という言葉を受け、このような組み合わせでの魔鶏蛇の狩猟となった訳なのである。


 翌日、返事を聞きにやって来たパノン氏が、ハーヴィーが頼みを聞き入れたこと、ミレイ女史が帝都に戻っていたことと狩りに同行することに喜びの表情を浮かべ、そのあとに伯爵も同行することに若干顔を引き攣らせ、我輩が恋敵である事を知ったときには、何とも言えない表情を浮かべたのである。


 それでも、


 「そ、そうですか。ま、まぁ、腕比べの素材を一緒に取りに行くというのも一興でしょう。是非一緒に行きましょう。大丈夫ですよ。いくら恋敵とはいえ、貴族として、平民は守りますから」


 と、取り繕えたのは一応、貴族としての、男としての矜持なのであろうか。


 我輩は、そんなパノン氏に少しだけ好感を覚えたのであった。

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