面倒事は唐突に、である
我輩の名はアーノルド。自由気ままに生きる錬金術師である。
「き……きつい……」
「うえぇ……吐きそう……」
「なんで我輩まで……」
我輩達は現在、ギルドの奥にある室内訓練所でぐったりとしているのである。
なんでこんな事になっているのかというと、
「センセイは体力が無さ過ぎだ。あの子を見ろ、何ともないだろ?」
「森の民であるサーシャ嬢と……我輩を一緒にしては…………いけないのである……」
我輩は、目の前で困ったような顔をしている獅子のような風貌の大男、ウォレスに向かい、息も絶え絶えに抗議するのである。
そう、我輩達はウォレスの食後の運動と称した訓練を受けていたのである。
と、言うのもデルク坊の食べっぷりを見ていた探検家の誰かが室内訓練所にいたウォレスを呼んで来たらしく、そこでウォレスと再開したからである。
どうやら、食堂の大食い王としてウォレスは君臨しているらしく、デルク坊はウォレスに匹敵する食事量に至っていたようなのである。
デルク坊の食欲はどこまで突き進んでいくのであろうか。
そのような訳でウォレスと再会した我輩達は、半ば強引に室内訓練所に連れていかれて訓練を受けさせられていたのである。
ちなみに、我輩とサーシャ嬢は探検家希望者達にウォレスがやらせている基礎訓練を、デルク坊とハーヴィーは延々とウォレスとの戦闘訓練を行っていたのである。
「さすが、大森林にいるだけある。以前よりも大分動きが良くなっているな」
「あ……ありがとうございます……」
「だが、接近戦の技術が殆ど向上していない。そこは改善の余地があるな。お前はアリッサにタイプが近いから、アリッサの技術をよく見ることを奨める」
「はい……ありがとうございました……」
何度も戦闘訓練をこなしてヘロヘロになりながらも、ウォレスが口を開くとハーヴィーはヨロヨロと立ち上がるあたり、そういう教育が行き届いているのであろう。
「……デルク、と言ったか」
「……はい……」
「なるほど。リーダーやギルマスが探検家にしたがっていた気持ちが分かる。良い物を持っている」
「あ、ありがとうございます!」
「ただ、後先を考え無さ過ぎるところがあるな。もう少し周囲と息を合わせるように心掛けた方がいい」
「は、はい!」
「ハーヴィー、今後お前よりも下のランクの連中と一緒になった場合、お前が指示を出さないといけない場合が出てくる。デルクやそこにいるお嬢ちゃんと組んで、お前が主導権を握った状態で戦闘訓練を行うやり方をリーダーに提案しろ」
「え? 私?」
単独で無茶な狩りをしていた時期が長いデルク坊は、随所にその癖がやはり出るようで、普段はダンやアリッサ嬢がさりげなく合わせているのであるが、ハーヴィーとの連携ではそこがうまく合わなかったこともあったようである。
普段の戦闘訓練でも相手の補助に回ることの多いハーヴィーの今後の改善点も踏まえて、ウォレスはそう提案するのであるのであろう。
そして、急に話を振られたサーシャ嬢はキョトンとした表情でウォレスを見るのである。
「おそらくリーダーやアリッサはお嬢ちゃんに戦ってほしくはないのだろうが、君の隣を見ても分かると思うが、そこで倒れている男は戦闘能力も身体能力も低いポンコツだ。持っている道具は強力でも使うまでに時間がかかる場合もある。その時に時間を稼げるのは、おそらくその時近くにいるお嬢ちゃんだけになることもある」
「……つまり、私がおじさんを守るの?」
「そういうこともあるだろう。だから、強くなっておくことに越したことはない」
「そっかぁ……そっかぁ! うん! 私おじさんを守るよ!」
ウォレスの言葉を受け、サーシャ嬢に妙なやる気がみなぎるのである。
気持ちは嬉しいのであるが、我輩、子供にまで守ってもらわねばならないと言うのは複雑である。
本気で体力をつけねばならないような気がしてきたのである。
「教官……隊長達がサーシャちゃんを戦いに参加させないのは、多分行きたがりのアーノルドさんに対するストッパー役としてですよ……。どうするんですか? これから先、危険なところいくにしても、<私が守るからおじさんも連れて一緒に行きたい!>とか言い出しちゃったら」
「………………あ」
「お兄ちゃん、ハーヴィーおにいちゃん! くんれんしよーよ!」
何とも言えない気まずい空気のがウォレスとハーヴィーの間に流れる中、いつの間にか元気一杯のサーシャ嬢の声が室内訓練所に響き渡るのである。
「…………お嬢ちゃん、服は着替えよう」
サーシャ嬢を焚き付けてしまった手前、訓練拒否をしづらいウォレスは、服を着替えるように言うのであった。
「二人とも、とっても楽しかったね!」
「サーシャは、すごく手加減されてたからそう言えるんだよ……」
「いや、僕ら三人とも大分手加減されてたよ……」
「あれで? 嘘でしょ?」
「ダンさんとの模擬戦闘を見た事があるからよくわかるよ……あれは、人の戦いじゃなかった……」
あれから三人で連携を中心とした戦闘訓練を行ったことで、疲労困憊といった表情でのそのそと歩くデルク坊とハーヴィーと対照的に、サーシャ嬢はとても爽やかな表情で軽やかに動いているのである。
それはきっと、ノヴァ殿の血の影響と言うことなのであろうと我輩は思うのである。
「強くなって、おじさんを守るからね!」
「ありがとうである」
我輩の返事に対して嬉しそうに笑顔を浮かべるサーシャ嬢に、デルク坊のような戦闘馬鹿タイプになって欲しくないものだと、つい思わずにいられないのである。
そんな事を思いながら、受付ロビーの扉を開けると突然、
「もしかして君達は、[獅子の鬼神]の訓練を受けていたのかい?」
そう一人の若者が話しかけてきたのである。
「そうだけど、貴方は?」
「凄い! 彼の訓練を受けてこんなにピンピンしているなんて……是非とも協力してもらいたい……これは運命だ。運命が僕に味方してくれているんだ」
「……人の話を聞いてます?」
ハーヴィーの質問を無視して、青年は一人の世界に入り込んでいるようである。
何というか、人に話しかけておいて失礼な男である。
こういう手合いは無視するのが1番なので、我輩はサーシャ嬢の手を取りその場を去るべく歩き出すのである。
どうやらハーヴィーも同じ事を思ったようで、不思議そうに青年を見ているデルク坊を促してその場を立ち去ろうとするのである。
「ちょっと待ってくれないか。人が話をしているのに立ち去ろうだなんて失礼じゃないか」
「こっちの話を無視していることに関してはどう考えているんですか?」
「まぁまぁ。細かいことを気にすると僕のような良い男にはなれないよ」
そう言うと、サーシャ嬢にウインクをするのである。
サーシャ嬢は、行為の意味がわからずぽかんと青年を見ていると、青年はどう捉えたのかわからないのであるが、満足そうに大きく頷くのである。
何というか、随分と自分勝手な男である。
「で、何の用ですか? できれば宿に戻りたいのですが」
「ああ、そうそう。実はね、君達のような強い人材を探していたんだよ。明日、魔の森で魔鶏蛇を狩りに行こうと思ったんだけどね、この場に僕の眼鏡に叶う人材がいなくて困ってたんだよ。協力してくれないかい?」
「危険なので、辞めておきます。皆さん、行きましょう」
付き合ってられないとばかりに、足早に去ろうとするハーヴィーであったが、青年は行く手を阻むのである。
「あの、通れないのですが」
「お願いだよ! 僕を助けておくれよ! 僕は花嫁を取り返さないといけないんだ!」
必死に訴えかける青年は先程と打って変わって半泣きである。
感情の起伏が激しい男である。
「おじさん、お話だけでも聞いてあげようよ」
「………だそうである」
「サーシャちゃんに甘すぎですよ……。ほら、話を聞かせてください」
「じゃあ、そこの食堂で食事でもしながら! 好きなだけ食べてください! お代は僕が払いますから」
青年の言葉に、デルク坊の目が輝いたのを見て、我輩は青年の財布が空にならないことを祈るのであった。
「……というわけなんです。と、言うか、少年……本当に全部食べたんだね……」
「にいちゃん! ごちそうさまです! あの、デザートも食べていいですか?」
「…………どうぞ……」
「やったぁ! ありがとう!」
デルク坊は、青年の許可を得るやすぐさま給仕の女性に注文を頼むのである。
昼にいた給仕の者とは違うので、あれだけ食べたのにさらに食べようとするデルク坊に目を見開いて驚いていたのはお約束である。
「一応これでも貴族の後継ぎだからね、平民に言ったことは下手に撤回しないさ」
「半泣きで言ってもあまり説得力が無いですよ」
「撤回しないだけマシだと思ってほしいね!」
青年は今言ったとおり貴族の息子で、どうも地方へ連れ去られた花嫁を取り返すのにどうしても魔鶏蛇が必要だということで、狩りの仲間を探していたようなのである。
ただ、魔の森の中心部まで進めるような能力を持った探検家がなかなか見つからずに困っていたところ、我輩達が室内訓練所から出てきたので声をかけてみたということらしいのである。
「まぁ、事情はわかりました。ですが、私たちはやはり……」
「ハーヴィーおにいちゃん、断っちゃうの? あのおにいちゃん困ってるよ? お嫁さん取り返すために頑張ろうとしてるんだよ?」
ハーヴィーが断ろうとしたのであるが、それにサーシャ嬢が否定的な反応を示すのである。
どうやら若者の話を聞いて、同情しているようである。
そういうところが女の子らしいといえるのである。
「良いじゃん、おれも遠慮しないでたくさん食べちゃったし、当分やることないし、兄ちゃんの手伝いすれば」
「いや、そういう簡単な話じゃない……」
「狩った魔鶏蛇は全部均等に分配します。 だからどうか! どうかお願いします!」
魔の森にいずれ行こうと思っていたのは確かである。
で、あるならば後で行っても今行っても良い訳である。
今良い素材が手に入れば、パノン氏との腕比べまでの間に良い研究ができるかもしれないのである。
「アーノルドさん……? まさか?」
我輩の様子にハーヴィーが心配そうな表情を浮かべるのである。
安心するのである、ハーヴィーよ。
我輩は学んだのである。
ここで勝手に決定すると、リリー嬢やアリッサ嬢からきつい仕置きがあるのである。
「そちらの提案は魅力的なのであるが、我輩達は他の連れもいるのである。なので、その者達の許可も得ないといけないのである。なので、返事は明日にしてもらいたいのである」
「では、明日ロックバード邸に赴きますので、そこでお返事をお聞かせください」
「え? なんでロックバード邸だと?」
「外套に徽章が付いているじゃないですか。ロックバードの客人なのでしょう?」
若者がそう言って、ハーヴィーのつけている外套を指差すのである。
「僕が大変な時だというのに、あの家は……ミレイも呼び戻さないで……いや、すいません。関係ない皆様に、愚痴を言ってしまって」
青年が言った何気ない一言で、我輩達は全員目を合わせるのである。
おそらく、思っていることは同じなのであろう。
「え、と? 貴方は……?」
冷や汗をかいた様子で、ハーヴィーが再び青年に何者か尋ねると、青年は笑顔で答えるのであった。
「あれ? 言ってませんでしたか? 私はDクラス探検家、そして、帝国最高の錬金術師、パノン・ウイングバードです」
面倒事は、唐突にやって来たのであった。




