探検家ギルドである
我輩の名はアーノルド。自由気ままに生きる錬金術師である。
混雑している中で、通路の確保をさせてしまった事に多少の申し訳なさを感じつつ我輩は市場を後にして次の目的地へと歩いているのである。
「ハーヴィー兄ちゃん、ギルドってどんなところ?」
「そうだなぁ……」
ハーヴィーはデルク坊の質問に対して、ギルドの業務や施設をできるだけ簡単に、そして分かりやすく説明していくのである。
だいぶ人間の言葉を理解することができるようになったデルク坊とサーシャ嬢は、最近では相互理解の魔法をほとんど使わずに生活しているのである。
なので、難解な言葉を使用することが多い我輩や、横道に逸れていくダンやアリッサ嬢、答えているようで答えていない時が多いドランとは違い、ハーヴィーやミレイ女史は人に説明するのがかなり上手いので、デルク坊は何か質問があるとその二人に尋ねることが多いのである。
ちなみにサーシャ嬢は、言葉が分からない部分があっても質問はほとんど我輩にして、分からない部分は分かるようになるまでずっと我輩に質問しつづけることがあるのである。
なので、ハーヴィーやミレイ女史に質問すれば良いのではないかと尋ねてみたことがあるのであるが、
「私はおじさんがいい」
と言われてしまったので、効率が悪いのではないかと思いつつもそれ以上は何も言わないことにしたのである。
「……で、あまりはしゃぐと怖い顔をした人達が寄ってくるから気をつけるんだよ」
「分かった! だってさおっちゃん!」
「なんで我輩に話を振るのであるか」
まるで我輩が問題を起こすから気をつけろと言わんばかりである。
まったく、デルク坊は本当にダンやアリッサ嬢の影響を受けすぎである。
「お兄ちゃん、おじさんを悪く言っちゃダメだよ!」
「へいへいー」
からかい半分のデルク坊をサーシャ嬢は窘めるのであるが、デルク坊はどこ吹く風である。
そんな姿に、サーシャ嬢は少しお冠のようでフリフリのスカートが少し荒々しく左右に舞うのである。
しかし、本当にサーシャ嬢はいい子に育ったのである。
このまま優しい大人になってほしいものである。
「そろそろ着きますよ。サーシャちゃんはしっかりアーノルドさんに掴まってるんだよ」
「うん」
ハーヴィーに促され、サーシャ嬢は我輩の手を握るだけではなく腕にしっかりと組み付くように掴まって移動をするのである。
おそらく何もないとは思うのであるが、サーシャ嬢は華やかな貴族の格好をしているので昼間から酒に酔ったような仕事をろくにしない輩に絡まれるかもしれないからである。
さすがに貴族を敵に回すほどの事はしないとは思うのであるが、そういうチンピラと大して変わらないような輩もいるというのはダンから聞いたことがあるのである。
「うわぁ……おっきい建物だねぇ」
「帝国の各地にある探検家ギルドの本部だからね。たくさんの人が利用するんだよ」
そう言うとハーヴィーは、我輩達を道の端へと移動させるのである。
何事かと思っていると、柄の悪そうな探検家の一団が我輩達に舌打ちをしながら急ぎ足でギルドの中へと入っていくのである。
「なんであろう?」
「サーシャちゃんが貴族の服を着ているのでお金を持っていると判断して、デルク君かアーノルドさんにぶつかりいちゃもんをつけて、小銭でも巻き上げようとしたのではないでしょうか?」
「柄の悪ぃ兄ちゃん達だなぁ」
「怖いね。この服着てるからいけないの?」
デルク坊は大して気にしていないようであるが、サーシャ嬢は自分のせいで迷惑をかけてしまっているのではないかということを気にしてしまっているので、我輩達は気にしないようにと慰めるのである。
「まぁ、きっとそれほどランクが高くないんでしょうね。恥ずかしい話ですが、ランクが低いと最低限の生活をするので手一杯ですから。さぁ、行きましょう」
1年前の自分を思い出しているのか、ハーヴィーはどこか懐かしそうな苦笑いを浮かべ、我輩達をギルドの中へと案内するのであった。
「うわぁ……すっげぇ……」
「強そうな人がいっぱいいるね」
「そっかぁ、時間的に一番混む時間だ……」
ギルドの中は、朝一番の仕事を終えた者達と午後からの仕事を受ける者達の受付でごった返しているのである。
併設されている食堂兼酒場では、メンバーの受付終了を待っている者や仕事を終えた後の打ち上げをしている者達で多いに賑わっているのである。
「どうしますか? このままだと大分時間がかかってしまいそうですが」
ギルドにやってきたのは、ウォレスかバリー老に会えればいいな程度のものだったので、今日は一度で直しても良いとは思うのである。
思ったのであるが。
「おっちゃん、腹が減った! ここでご飯食べようよ!」
「……おじさん、私もお腹すいた……」
デルク坊の目は完全に食堂で探検家達が食べている量が無駄に多い料理の数々に釘付けである。
珍しいことに、サーシャ嬢まで興味津々にそれを眺めているのである。
確かに、探検家達はそれらを豪快に食べているので、端から見るととても美味しそうに見えるのである。
「我輩も空腹であるな。食事を摂って時間を過ごせば少しは受付が空くであろうか」
「ちょ、ちょっと待ってください。ここで食べるんですか?」
「何か問題があるのであるか? 探検家限定の食堂とか」
「いや、そうじゃなくてですね……」
「ハーヴィーにいちゃーん! ここ空いてるよー!」
「ちょっ! デルク君!」
我輩達が問答をしている間に、デルク坊は食堂の空いている席に座って我輩達に声をかけるので、慌ててハーヴィーはデルク坊の方に向かい、我輩達もそれに続くのである。
そのまま説得して席を立たせようとしたハーヴィーであったが、頑としてその場を離れようとはしなかったデルク坊に折れて結局ギルド内の食堂で食事をすることになったのである。
「デルク君、勝手に動いちゃダメだよ」
「そんなに離れてなかったから大丈夫だよ」
「そういうことじゃなくて、さっきも言ったけどサーシャちゃんもいるんだから目立たないようにしないと……」
「やっぱり私がいけないの……?」
「ああぁぁ、サーシャちゃん、そういうことじゃなくてね……」
「兄ちゃん、サーシャを泣かしちゃダメだぞ」
「なんで僕がいけないことになるのかなぁ……」
「ハーヴィーも大変であるな」
我輩の同情の声にハーヴィーは、珍しく怒ったような表情を見せるのである。
ハーヴィーに共感したのに何がいけなかったのであろうか。
「なんでアーノルドさんは他人事みたいにしてるんですか! 止める側でしょう!」
「ハーヴィー以外はここでの食事の賛成派である」
「うぅ……ダンさんやアリッサさんの苦労が分かった気がする……」
怒ったり嘆いたり、大分感情の起伏が激しいものである。
もしかして、精神に何か異常をきたしているのであろうか?
後で妖精パットンに異常はなかったか聞いてみようと思うのである。
「それにしても錬金術師アーノルド、僕たちはあまり好意的な感じには見られていないようだね」
「そうなのであるか? 我輩はまったく気づかないのであるが」
我輩の頭に乗っていて、ずっと何も喋っていなかった妖精パットンが話しかけて来るのである。
そう言われて周りを見渡すと、先ほどまで楽しそうに食事や酒を交わしていた探検家達の何割かがこちらを気にしているような感じが見受けられるのである。
「そりゃそうですよ。探検家達の食堂に、知らない平民のような貴族のような一団が何食わぬ顔で食事を摂ろうとしているんですから」
「あ、おねえさーん! お願いしまーす!」
「おねがいしまーす!」
「え? 子供? なんで!?」
弱った様子で理由を言うハーヴィーを気にすることなく、子供達は給仕の女性に元気に声をかけるのである。
元探検家だったのだろう、男勝りに探検家達と応対していた給仕も女性もまさか子供に声をかけられると思わなかったようで、驚いた様子でこちらへとやってくるのである。
「あんた達大人だろ? こんなところに子供を連れて飯を食いに来るんじゃないよ!」
「僕は止めたんですよ」
「その子供達が、提供している料理を見てここでの食事を希望したのである。それとも子供を連れて来てはいけないルールでもあるのであるか?」
「そういう話じゃないでしょう! 何か起きたらどうするのよ!」
女性は我輩達にそう怒っているのであるが、しっかりと注文を受けているあたり説得力が無い気がするのである。
「注文は以上……って坊や食べ過ぎじゃない? あいつらだってそんなに食べれないよ」
「大丈夫! 全然いけるよ!」
「事実である」
「……残すと食堂長、食べ終わるまで絶対帰さないからね。覚悟するんだよ」
何気なく受けていた注文を確認して、そのデルク坊の注文の多さに驚いた様子を見せる女性であったが、我輩達の特に気にしていない様子に半ばあきらめた様子で厨房へと向かって行くのである。
「そんなに量が多いのかぁ、楽しみだなぁ」
「……どんどん目立っていくなぁ……」
「ハーヴィー、錬金術師アーノルドといる時点で目立たないようにするのは無理だってあきらめなきゃダメだよ」
「だよねぇ……」
妖精パットンもハーヴィーも、我輩が怒らないからといって好き勝手言っているのである。
特に事を荒立てる気はないのであるが、失礼な輩だとは思っているので、先程市場で興味を惹かれる素材候補を見つけたので、その実験に参加してもらうことにするのである。
そんな雑談を暫くしていると、先程の女性が両手両腕に大量の料理を持ってこちらへやって来るのである。
その凄技と言えるバランス感覚に我輩達は驚きつつ、料理が机に置かれるのを待つのである。
「おねぇちゃん、すっごいね!」
「どうやったらあんなにたくさんの皿を落とさないで運べるの!?」
「これでもあたしは探検家でね。旅芸人の護衛をした時に、暇潰しにこういった芸を教えてもらったのさ」
「なるほど、芸人仕込みであるか」
「思った以上に出来が良かったらしくてね。一座に誘われたもんだよ」
そう言うと女性は明るく笑って、別の卓へと料理を運びに行くのであった。
「探検家って、色々やるんだね。兄ちゃん達みたいにどこか行って、調べものとかする人達ばかりだと思ったよ」
「探検家って言ってるけど、基本的には何でも屋みたいな人達さ。僕らみたいな知らないところにたんけんするひとが多いから、探検家って、名前なだけなんだよ」
「へぇ~。探検家かぁ……なってみたいなぁ…………」
そう言いながら、デルク坊は自身の前にある皿にある料理を次々に平らげていくのである。
「おっちゃん、ここの料理美味しいね!」
「そうであるな。確かに思ったよりも美味である」
「おいしいけど……私は少ししょっぱいなぁ……」
「探検家は体をたくさん動かすからね、どうしても濃い味になっちゃうんだよね」
アリッサ嬢が作る、健康的な少し薄目の味に慣れてしまっているサーシャ嬢にはやや不評なものの、それでも行儀よく食べ進んでいくのはアリッサ嬢の教育の賜物であろう。
「あの坊主……」
「マジかよ…………」
「ちょっと誰か…………」
そのまま料理を堪能していたのであるが、俄に周囲がざわめき始めるのである。
おそらくデルク坊の食べる量に驚いているのであろう。
だがそれも仕方のない事なのかもしれないのである。
なにせ、この卓にある料理の大半はデルク坊が食べているのであるから。
そうしてデルク坊が前にある料理を全て平らげると、一人の厳つい男がこちらへとやってくるのである。
「おい、あれって……」
「食堂長じゃねぇか?」
周りの声からその男がこの食堂の長であることはわかったのであるが、何の用なのであろうか?
まさか、探検家以外が食事をするなと注意しに来たのであろうか。
食堂長と呼ばれた男は、険しい表情を浮かべたままデルク坊を見下ろすと話しかけて来るのである。
「坊主、ここの飯はうまいか?」
「美味しいです! 特に、肉の料理がドラン兄ちゃんの肉料理みたいに美味しいです!」
デルク坊の言葉に、食堂長は微かにその表情を動かすのである。
「ドラン……? 熊みたいな男か?」
「はい! ドラン兄ちゃんの焼いた肉は凄い美味しいんです! おじさんのは、それだけじゃなくていろんな料理にも美味しいです!」
「そうか、あいつの知り合いか……。坊主、まだ食えるか?」
「食べれます!」
「取っておきを持ってきてやる。残さず食えよ。あと、腹が減ったらいつでも来い。歓迎してやる」
「はい! ありがとうございます!」
デルク坊の返事に、食堂長は口の端を少しだけ上げると、再び戻って行ったのである。
「食堂長が気に入ったぞ……」
「今まで、数人しか気に入られていないよな……」
「ってことは、あのガキはあの肉が食えるのかぁ……羨ましいなぁ」
しばらくしてから食堂長が持ってきたのは、滅多に狩れない言われている魔鶏蛇の肉で、デルク坊は生まれて初めて食べるその肉に大満足の様子であり、すでに腹が満たされていた我輩達は誰もそれを口にできなかったのであった。




