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錬金術師アーノルドの自由気ままな毎日  作者: 建山 大丸
7章 帝都の錬金術師と人の恋路、である
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治療院での再会である


 我輩の名はアーノルド。自由気ままに生きる錬金術師である。






 「どんなお菓子がもらえるのかなぁ、楽しみだなぁ」

 「お兄ちゃんはそればっかり……」

 「サーシャも同じようなものじゃないのかい? よだれが出ているよ」

 「……出てない! パットンのいじわる!!」

 「あははは……」

 「もうそろそろ着くのである」


 そんなことをやっているうちに治療院に着いた我輩達であるが、ちょうど敷地に差し掛かったところで何やら騒がしい事に気付くのである。

 中に入りその辺りを見てみると、遠征に出かけるのか、何台かの幌着き馬車に荷物を運んでいる集団がいて、治療院に来ているもの達がその集団を見ているのである。


 「おじさんあれはなんの集まりなのかなぁ?」

 「おそらく派遣治療師達なのであろう。荷物が多いので、あまり物資が無い地域へと向かうのかもしれないのであるな」

 「それって、おじさんのお友達のお仕事だよね」

 「そうであるな。まさか、派遣治療師になるとは思っていなかったのである」

 「そうなの?」

 「そうであるな」


 サーシャ嬢の問い掛けに、我輩は軽く頷くのである。


 派遣治療師は、その名の通り治療院の常駐できないような地域に住んでいる者達のところへ赴き、治療活動を行ったり、薬や手当の方法を教える者達である。

 それだけではなく、治療院で確保した物資を何かしらの理由で困窮している地域へと持っていったり、教育が行き届いていないところで我輩達が以前やったような青空教室のような事を行ったりといった、事前事業のようなことも行っているのである。


 帝国の方でも似たような事業は行っているのであるが、どうしてもあぶれてしまうことがあるので、治療院がそういう場所のフォローを行っているようである。


 我輩が、ゴードンが派遣治療師になると思わなかったと思ったのは、時間があれば妻の元へと戻っていく愛妻家のゴードンが、自ら進んで妻と離れ離れの道を進むとは思わなかったからである。

 まぁ、実際は妻まで派遣治療団に入り、共に活動しているのようなのであるが。


 もしや、ゴードンがゴネたのであろうか?

 しかし、ゴードンに限ってそんなことはなさそうである。

 と、いうことは、奥方がゴネたのであろうか?

 奥方もそういう感じではなかったのである。


 どんな理由であれ、二人が幸せに同じ仕事をしているのであるからそれで良いのである。

 ……我輩も、ダンやアリッサ嬢の影響なのか、下世話なことが気にかかるようになってきたのである。

 注意しないといけないのである。


 「あ、おじさん。あの人達がこっちに来るよ」


 そう言うと、サーシャ嬢が我輩の腕を軽く引っ張るのである。

 どうでもいい事に気を取られていて、派遣治療団が移動を開始したのに気付かなかったのである。

 なので我輩は、サーシャ嬢に促されるまま、治療団が通れるように道を開けるのである。


 「お仕事がんばってください!」

 「うん、ありがとう」


 治療団の先頭が我輩達の元へとやって来たときに、サーシャ嬢とデルク坊が治療師達に声をかけるのである。

 中にいた子供達も同じようなことをしていたので、きっとそれに倣ったのであろう。

 サーシャ嬢達の声に気づいた青年男性の治療師が、サーシャ嬢に笑顔で応えるのである。


 その青年の笑顔は使命感に満ちていたもので、とても凛々しく、そして慈愛に満ちたもので、その笑顔を受けた二人はキラキラと表情を輝かすのである。


 その二人の様子に、年に一度の帝都祭で騎士隊の行軍が行われ、それを見た子供達が帝国騎士隊の入隊を決意したりする事があると言うことを思い出すのである。

 きっと、いま治療院に遊びに着ている子供達もこの光景を見て派遣治療師に憧れを持ったりするのであろうか。

 いずれにしても、それだけ輝いて見えるというのは、それだけこの者達が自分の仕事に誇りを持っていると言うことなのであろう。


 「おや? 見知った顔だと思ったらハーヴィー君じゃないか」

 「君は……?」


 治療団が進んでいく中、ハーヴィーに声をかけるものが現れるのである。

 風貌からするに探検家のようであるが、どことなく貴族のような雰囲気もするのである。

 探検家になった貴族の三男坊とかであろうか。


 「忘れてしまったのかい? まぁ、あまり話したことも無かったから仕方ないかな。ウォレス教官の元で共に戦闘訓練に励んでいたホランドだよ」

 「ああ、ホランドさん。久しぶりです。治療団の護衛依頼を受けたんですか?」

 「ああ、ちょっと待っててくれないか」


 ホランドなる人物は、治療団の一人の許可を取ってから再度こちらにやってくるのである。

 まだ帝都内なので、隊列が終わる前までならば問題はないようである。

 このあたりは民間故の緩さであろうか。


 「いや、違うんだよ。この春から、ギルドと治療院が協力関係を強化する方針になってね。これは依頼じゃなくて任務なんだよ」

 「あ、じゃあ、ホランドさんはDクラス以上になったんですね。おめでとうございます」


 ギルドの仕事には、クラス分けされて、そのクラス以上のものなら誰でも受けれる通常依頼と、クライアント側から条件を指定をされる指定依頼、さらにクライアントが特定の探検家達に依頼を求める指名依頼とあるのだが、それとは別に、ギルドの方から仕事を任されることがあるのであり、それが任務である。

 任務はギルドから報酬が出る上に功績も大きいのだが、ギルドの負う責任も大きくなるので緊急時以外ではDクラス以上、いわゆる上級探検家以上でしか回ってこない仕事なのである。


 だが、もう一つ任務を受けれる条件があるのである。

 それが、


 「残念ながらまだEクラスさ。だけど、これを無事にこなすことができればDクラスに上がれるんだ」

 「昇級試験なんだね。頑張らないとだね」

 「ふふ、そうだね」


 このホランドなる探検家が言っているような、ギルドがその能力を認めたときに行う特別な昇級試験を兼ねた場合である。

 つまり、それだけこのホランドという男は仕事を丁寧に、高評価で行ってきたということなのである。


 おそらくハーヴィーと同じウォレスの戦闘訓練を受けていたと言うことは、ハーヴィーとほぼ同ランクの探検家であると言うことである。

 中級探検家のドランも受けていたのであるが、奴は戦闘馬鹿なので除外である。


 つまり、一年でそこまでクラスをあげるという事は、相当優秀な人物なのである。


 「それにここだけの話だけどね、僕は最近Eクラスに上がったばかりでこの任務は早いって言われてたらしいんだけど、ウォレス教官が<ホランドなら能力も人柄も十分だ>って推薦してくれたんだ。だから頑張らないとね」

 「教官に認められてるんだね。すごいじゃないか」

 「ありがとう。と、言いたいところだけれどね、君の方が凄いじゃないか」

 「え? 僕?」


 唐突に自分のことになったハーヴィーは、うろたえるのである。


 「あのあと知ったけど、ダン氏という人はウォレス教官やリリー教官の上司にあたる凄い人じゃないか。あの人に認められて、今ではダントツの出世頭だよ、君は。ギルド史上2番目の速さでのCクラス到達も凄いけれど、4クラスアップなんて離れ業をしたのは君だけだからね」

 「あれは、ほとんどチームの功績をドランさんと分け合っただけだから……」

 「それでもさ。ドラン氏にしてもそうだけれど、大森林の未調査地帯を一年近く続けてこれているっていうのは、ただの腰ぎんちゃくだと無理なことさ。それは誇っていいことだよ」


 ホランド氏はそう言って、ハーヴィーの肩に手を乗せるのである。


 「それにね、今になって思うよ。僕は選ばれなくて当然だったなと」

 「どういうこと?」


 ホランド氏の言葉にハーヴィーは疑問の声を上げるのである。


 「秋の頃かな。僕も大森林の調査に行ったことがあるんだ」

 「そうなんだね。楽しかったかい?」

 「…………やっぱり、君は凄いよ。あんな壮絶な所を楽しいと思えるなんてね」

 「……あはは……ダンさんやアリッサさんやアーノルドさんのせいで、感覚がおかしくなってるのかもね」

 「教官から聞いた話だと、三人とも化け物みたいな人物らしいね」

 「否定は……できないなぁ」


 まぁ、実情は安全がほぼ保証されている森の家という拠点があるので、大森林の捜索も他の探検家に比べるとだいぶ気楽なものなのである。

 そのことを忘れていた様子のハーヴィーは笑ってごまかすのであるが、しれっと我輩の名を混ぜるのはいただけないのである。

 そして、我輩はあの二人と違い非力な凡人である。

 化け物扱いは心外である。


 「話が逸れたね。僕たちはそこで、一度だけ亜人種に会ったんだよ」

 「そうなの?」


 また、興味深い話である。

 話を聞く限りでは、我輩達が主に活動している辺りよりもかなり南の方である。

 昔バリー老がその辺りで森の民に会ったことがあると聞いたことがあるので、同じ者達であろうか。


 「翡翠色の髪をした、この世のものとは思えない美しい女性でね。猿の魔獣に襲われていたところを助けてもらったんだ」

 「猿の魔獣……群れを成してくるから厄介だよね」

 「あぁ、君達も戦ったことがあるのか。あれを厄介で済ますのか……君も十分化け物だよ。僕たちは、仲間が二人あぶなかったよ」


 戦闘中に仲間が二人深手を追ったところを通り掛かった森の民に助けてもらったようなのである。

 おそらく、近隣集落の捜索団のような者達なのであろう。


 「彼らの力は本当に凄くてね、僕は、彼らがもしも敵対の意思を持っていたらと思ったら恐怖が湧いてしまったんだ。助けてもらった感謝よりも先に、妄想のような恐怖が」


 そう言っているホランド氏はその時の感情を後悔をしているように見えるのである。

 しかし、ホランド氏の言いたいことは分かるのである。

 能力的に亜人種は人間よりも優れているので、彼らがその気であるならば帝国を崩壊させることは容易なことなのである。


 「きっと、心のどこかでそういう気持ちを持っていて、それをダン氏に見抜かれていたのだろうね」


 ダンはそういう洞察力は優れているのである。

 なので、きっとホランド氏の言った通り、ダンは感づいていたのかもしれないのである。


 「ホランドさん……」

 「だから、君が選ばれて良かったと思ってるんだ」

 「おにいちゃん、森の民は今も怖いの?」

 「君は……?」

 「辺境の集落で一緒に暮らしている子供だよ。彼女たちも亜人種に会ったことがあるんだ」


 ホランドの質問に、ハーヴィーはそう答えるのである。

 一応、サーシャ嬢達は我輩達の状況を知らぬ者達にはそう説明することにしているのである。

 ホランド氏は亜人種に会ったことがあり、恐怖を抱いたことを恥じている様子であるのでハーヴィーはそこまで説明したのであろう。


 「今は怖くないよ。助けて貰ったのにお礼を言えなかった自分が恥ずかしいだけさ。だから、もしもまた会えることがあれば、今度はお礼を言いたいね」

 「会えると良いね!」 

 「ははは、そうだね」


 そのホランド氏の笑顔は本心のようで、我輩は安心したのである。


 「あ、そろそろ行かないとじゃないかな」

 「ん? ああ、そのようだね。では、またいつか」


 そう言って、隊列の最後尾へ戻ろうとしたホランド氏であったが、すぐに戻って来るのである。


 「そうだ、ハーヴィー。君は獣人の血が混ざっているんだよね?」

 「そうだよ。それがどうかしたの?」

 「その森の民の女性と一緒に、鳥のような羽を持った獣人がいたんだ。もしかしたら、何か知っているかもしれないよ。もしも、大森林の南の方に行くことになったら探して見ても良いかもしれないね。では」


 そう言い残すと、今度こそホランド氏は隊列へと戻っていくのであった。


 「今回の件が終わったら、今度こそ海に行くついでに南方の大森林も調査するようにダンに言ってみるのである」

 「……ありがとうございます」


 ハーヴィーはそういうと深々と頭を下げるのである。

 春先にもいくつかの獣人の集落に行くことがあったのであるが、猛禽の獣人についての情報は得られなかったからである。


 「かっこよかったぁ」

 「ああいうカッコイイ大人になりたいなぁ」


 デルク坊とサーシャ嬢は、先ほどの治療団の姿が目に焼き付いているようである。

 確かに、誇りを持って生きている者は輝いているのである。


 「二人とも、一生懸命自分の仕事に誇りを持って生きていればああいう大人になれるのである」

 「そっかぁ。じゃあ、私はれんきんじゅつ頑張らなきゃ」

 「俺は……何をすれば良いのかなぁ」

 「時間はいっぱいあるよ。今は、できることを一生懸命やれば良いんだよ」

 「そっか! じゃあ、お菓子貰いにいってくる!」

 「お兄ちゃんはそればっかり!」

 「あはははは、このままだとデルクは食いしん坊の王様だね」


 結局はそこに行き着くのかと思いながら、我輩達は治療院へと入っていくのであった。





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