聞いてみたい事があるんだ(ダン編)
幕間的な話、その2です。
俺の名はダン、帝国で現在二人しかいない特Aランクの探検家だ。
俺は、今日の事を思い出していた。
狩りに出かけられるようになるために行っている体力作りの、本日の分を終えた休憩時間の時にあったデルクとの会話だ。
あいつは、自分だけ名前を呼ばれていない事に気付いて、おそらく名前を知らないんじゃないかと心配していたんだが、まあ、確実にセンセイは知らないだろうな。
「名前など、相手を識別するための記号である。我輩がその者をどう呼ぼうと、相手がそれを理解しているのならばそれで十分である」
という屁理屈を平然と言ってのける人間だからな。
だからって、人を番号で呼ぶのはどうかと思うぜ、本当に。
だから、おれ達チームのメンバーも、実際に尊敬もしてるんだが、半分は仕返しで、敢えてセンセイのことを名前ではなくセンセイと呼んでいるわけだ。
それを理解してるのか
「先生というのは役職の事で、個人の名称ではないのである」
とか言って、訂正させようとしやがる。
そんなこと言ったら2号だって同じだよ!
寧ろこっちは実験動物の扱いだから、余計に質が悪いって話だよ!
どんだけ自分勝手だよ!
ってね。
だから、絶対直さないけどな。
途中でアリッサも混ざったから、話はグダグダになっちまったんだけど、
「そんなに大変なのに、何でおっちゃんと一緒にいるんだ?」
その質問の答えを俺は、陛下の依頼だったからだと答えた。
そして、楽しいからだと答えた。
でも、本当はそれだけじゃない。
そんなことを思いつつ、俺は一年半前の出来事を思い出すのだった。
「来てくれたんだね、ダン」
「おう、だいぶやつれたな」
「そうだね、何とか持ってくれてよかったよ」
ここは、帝都にある城の一部屋。
部屋にいるのは俺と、ベッドに横たわっている、そろそろ50を迎える熟年の男。
そして、その男を診ている老年の医者、あわせて3人だけだ。
「またなにかございましたらお呼び下さい。余り無理をされないようによろしくお願いいたします」
そう言って、医者は部屋から出ていく。
しばし沈黙の時間が流れたが、俺が口を開く。
「もう、そんなに悪いのか」
「そうだね、多分だけど一月は持たないんじゃないかな」
「よく落ち着いていられるな」
「落ち着いてるんじゃないんだ。落ち着かせてるんだよ。今だってさ、恐怖や未練でいっぱいさ」
「そうか。そうだな」
「こんな状態でも、やらないといけない事はあるしね」
道半ばで病に伏せ、命が尽きようとしている。
その現実を受け入れてなお、心を強く持ち、残された時間でできることをする。
その精神力は本当に大したものだと俺は思う。
「アーノルドは、どうしてるんだい?」
「センセイは、<我輩は薬師ではないのである>とか文句を言いながら、開拓団のためのキズいらずと解毒薬と体力回復薬を一生懸命作ってるよ」
「そうか、それならよかった」
自分の思っている通りになっていたのが面白かったのか、陛下は薄く笑みをこぼす。
陛下は、センセイに病状を知られて、こちらの方に研究の意識が向かうのをよしとはしていなかった。
なので、細かく仕事を与え、陛下の部屋から遠ざけていたわけだ。
そんな陛下に俺はひとつ質問をする。
「それはそうと、宰相閣下から、武器を作れ、攻撃魔法の道具を作れってうるさかったんじゃないのか?」
現在の宰相閣下は、あまりセンセイに好意的じゃない。
と、いうのも錬金術で、火の魔法や爆発の魔法を模した道具や武器が作れることを知って以来、センセイにそちらを作れと迫ってきているからだ。
宰相閣下としては、他の研究所でもできる、民の生活に寄与する道具を作る研究をするよりも、現在錬金術でしか行うことのできない、攻撃魔法の効果のある道具を作り、開拓団に貢献した方が結果的に民のためになり、遥かに意義がある。
と、言う考えだ。
まあ、気持ちは分かる。
民の数は増えて、食料や居住地をより確保しないと行けなくなってきている。
そのための開拓団なので、そちらに協力してもらいたい思うのが、開拓団を統括している立場としては当然だ。
また、攻撃は最大の防御という考え方もある。
やられる前にやれってことだな。
ただ、もともと錬金術で、そういった物をを作る気が全く無いセンセイは、宰相閣下の要望を聞く気は殆どなかったのだが、ある一件を境に関係の悪化は加速することになる。
それは、あまりにしつこい宰相閣下に対して、センセイが投げかけた質問がきっかけだった。
「宰相は、開拓団が大森林を切り拓く中で、森の民や妖精、亜人の集落があったらどうするつもりであるか」
「何を馬鹿なことを、当然、排除するのみだ」
至極当然といった表情の宰相閣下に対して、センセイは不快に思いつつも、会話を続ける。
「…………友好的な交流をするつもりは無いのであるか?」
「交流? 我ら人間が蛮族どもに、わざわざ歩み寄る必要など無い。やつらが恭順するのであれば、生かしてやることも考えないことはないが」
センセイの問いかけにたいし、鼻で笑いながら答えた宰相閣下のその言葉で、センセイのその表情をより強めていく。
「本気で言っているのであるか? 帝国の礎を共に築いた、友と、同胞と言える者達である」
「その間違いに気付いたからこそ、時の皇帝陛下は、蛮族どもを追い出す英断を下したのだ。皆殺しにしなかったのは、それでも過去を共にした。と言う我々人間の温情だ」
ここで、センセイは宰相閣下が自分の名声や業績のためではなく、人間至上主義者として亜人種を排除したいだけなのだと確信したらしい。
そして、俺はこれ以上の舌戦はまずいと思い、センセイを宰相閣下から遠ざけようとしたのだが、
「話にならないのであるな。貴様の話を聞いてはっきり言っておきたいことがあるのである。貴様がそういう考えの持ち主である以上、我輩は、貴様の開拓団には我輩の考える必要最低限の協力しかする気はないのである」
センセイも、これ以上は言葉を交わしても無意味だと悟ったらしく、その場を離れようとしたから、俺はこれで終わると思ったのだが、宰相閣下がそれをさせなかった。
「何を言っている? 民の幸せを叶えるのが錬金術なのだろう? 民の幸せのために、貴様の力を開拓団のために使わずにどうするのだ」
錬金術の理念を問われては、センセイも答えずにはいられなかったらしく、俺が止める暇もなく、センセイは宰相閣下の言葉に返答することになった。
「貴様の頭は沸いているのであるか? それは貴様の都合であって、民の幸せを叶える方法はいくらでもあるのである。さらに言えば、貴様とは、民の定義が違うのである。我輩の定義する民には、旧帝国民である、貴様が蛮族ども蔑む者たちも含まれているのである」
「蛮族と迎合するのか、軟弱者め」
この言葉を受けて返したセンセイの言葉がいけなかった。
「なんとでも言うのである。我輩が軟弱者ならば、貴様は亜人種以下の人でなしである」
「!!!?貴様! こ……この私を! 蛮族以下とだと! おのれぇ!」
至上主義者にとって、センセイの言葉は最大の侮辱だろう。
殺さんとばかりに掴みかかろうとする宰相閣下を事の成り行きを見ていた近衛達が必死におさえ、センセイは完全に興味を失って、関係ないかのように立ち去ったのだった。
というわけで、宰相閣下が人間至上主義だと知ったセンセイは、宰相閣下の要請を必要最低限の以上の支援以外、断固拒否している。
そんな状況なので、宰相閣下は話にならないセンセイではなく、直属の上司である陛下に訴えでてどうにかしようとしているわけだ。
まぁ、陛下もセンセイと同じ考え方なので、宰相閣下の訴えを通すつもりはないんだが。
それにしても、昔の皇帝が亜人排斥政策を執ったからって、歴代の皇帝全員が人間至上主義だと思うのか、俺には全く分からない。
「大丈夫だよ。さすがにこの状態だから、今は大人しくしているよ」
「そうか」
「それよりも」
陛下は、ふと不安な面持ちになる。
何となく分かる。これからのことだろう
「私がいなくなってからだ。宰相は、あの一件以降アーノルドを強烈に敵視しているから、おそらく研究所を追い出させられるだろう」
当然ながら宰相閣下は、自分の要請を軽視するセンセイを排除したいようだ。
だが、センセイが陛下の直轄で手出しができないから、利用する方向を取っているわけだ。
「皇太子殿下じゃ駄目か」
「彼には彼の考えがあるし、私とは違い、アーノルドを手元に置いておかなければいけない理由が特にないからね。宰相の提案を受け入れるだろうね」
陛下が、センセイを手元においているのは、自分の理想を誰よりも理解して、それをなんの柵もなく実行に移せる人物だからだ。
そして、陛下にとっては数少ない気の許せる友だからだろう。
「宰相閣下はあの事以外は能力が高いからな」
「だから、私も暴走しないように手綱を握ってるつもりなんだけどね」
「なるほどな」
センセイを好きにさせるために、陛下は至上主義者との折り合いを一手に引き受けている。
だから、こんなになっちまった。
俺は、そう思ったよ。
「だからダン、君にアーノルドのことをお願いしたい」
「皇太子殿下の方は良いのか?」
「彼には、優秀な補佐が付くことになっている。それに、まだ若いけど、賢い子だ」
「…………」
「いずれ、知らなくてはならないこともあるけれど、それは今じゃない。それを受け入れるには、あの子の心はまだ若すぎるかな」
「知らせる時期は、俺が見極めろってことか」
「そうなるね。そっちの方もお願いしたい。本当にすまないと思ってる」
陛下は頭を下げようとしてるのか、ベッドから起き上がろうとしている。
「無理すんなよ。そんなことしなくてもちゃんとやってやるから」
「悪いね」
「いいさ。ただ、一つ確認させてくれ」
「なんだい?」
「それは、皇帝陛下として臣民に頼んでるのか?」
陛下は、おれの言葉に首を振る
「違うよ。古き友として…………そして、血の繋がった、たった一人の兄として弟に頼んでいるんだ」
そう、俺は陛下の腹違いの弟だ。
好色だった親父が、庶民の女中との間に作ったのが俺だ。
子供ができたことを知ったおふくろは、その事実が他に知られる前に田舎に逃げて、俺を産んだ。
そして、その事実を死ぬまで隠し、おふくろは俺を育ててくれた。
他の同年齢の連中に比べて、異常なほど頑丈で力があった俺は、12の時にお袋が死んだあと、探検家になって各地を転々としていた。15の時には、異例の早さでBクラスにまで上がっていた。
それに目を付けた陛下が、俺を宮廷に招いたわけだ。
探検家はBクラスに上がると、ギルドから帝城へ報告が上がる。
そこまでランクが上がると言うことは、それだけ実績と信頼がある。政府機関や貴族も、依頼しやすいってことみたいだ。実際に、専属の探検家になるやつらもいるしな。
そんなわけで、異例の早さでクラスアップした俺の報告書を見た陛下が、俺と接触をしたわけだ。
そこで、俺を見た陛下は、俺が腹違いの弟だと分かり、陛下から話を聞いて納得した俺は、陛下専属の探検家になった。
それからの付き合いだ。
もう20年近くになる。
そんな長い付き合いの友人で、兄貴の最後の頼みだ。
「わかった。センセイの事も、殿下の事も任せておけよ、兄貴」
そう言うと、兄貴は穏やかに笑った。
そして。これが俺と兄貴の最後の会話になった。
俺が、センセイと一緒にいるのは楽しいからってだけじゃない。
俺のたった一人の兄貴の最後の頼みもあるからだ。
これは、他のやつは誰も知らない、俺だけの秘密だ。
だけど、センセイにだけは、知ってもらいたいって思う時がある。
なんなんだろうか、年甲斐もなくセンセイの事を兄貴のようにでも思ってるのか?
わかんねぇけど、いつか先生に聞いてみよう
「俺、実は陛下の弟だったんだぜ。知ってたか?」
ってな。
きっと、センセイはいつもの軽口だって思って本気にしないだろう。
だけど、今はまだ言わないでおこう。
楽しみは、後にとっておく方が良いからな。
俺の名はダン。
前皇帝陛下直属の特Aランクの現役探検家、そして、敬愛する皇帝陛下のたった一人の弟さ。




