素直になってみるのである
我輩の名はアーノルド。自由気ままに生きる錬金術師である。
「いやはや……ミレイが戻ってくると聞いて、もしかしたらとは思ったのですが、まさか本当に……」
「所長に話を聞いていたからおそらく来るだろうと待っていたのだけれど、貴方達は私がいなかったらどうするつもりだったのかしら?」
「なんだよ、分かっていたんなら、あんなに説教しなくても…………」
「それは結果論でしょう? 自分の無精や至らなさを棚に上げてそんな事を言うのかしら?」
「いや、すまん…………」
カップを片手にしながら鋭い視線を向けているリリー嬢に、ダンは言いかけた言い訳を引っ込めるのである。
我輩も同じ事を言おうと思ったのであるが、リリー嬢の説教の内容は尤もなものであったので、言うのを我慢したのであるが正解だったようである。
「あはは……リリー君は厳しいねぇ……」
「所長、笑い事ではありません。この人達が好き勝手をすると、ミレイが苦労をすることになるのですよ?」
「それはそれで困るねぇ……」
リリー嬢の隣の席で、中年の男性が困ったような笑いを浮かべているのである。
「ミレイ女史には迷惑をかけていないので安心するのである。ロックバード伯爵」
「以前のように【物好き宮廷魔導師】とは呼ばないのですか?」
「そもそも今は遺失魔法解析研究所の所長であろう?」
「よく知っておいでです」
その男性、ミレイ女史の父親であるロックバード伯爵は我輩の言葉に嬉しそうな表情を見せるのである。
現在我輩達は、ミレイ女史の実家であるロックバード伯爵邸に来ているのである。
と、言うのも
「皆様、宿泊先はどうなさるのですか?」
「普通に宿にでも泊まるつもりだぞ」
「でしたら、ロックバード家に来ませんか? 父も喜ぶと思います」
「私も行くわよ」
「そうであるか。では好意に甘えるのである」
「センセイ、本当に容赦ねぇなぁ」
というやり取りがあったからである。
そういえば、魔力の動かし方を教わった礼に錬金術魔法陣の模写を許可した後、よく話しかけるようになった伯爵をそう呼んでいたのである。
彼は宮廷魔導師にしては珍しく気安い感じで話しかけてきたので気が楽だった覚えがあるのである。
また、ダン達がいない時を見計らっては我輩の元を訪れることが度々あったので、監査役の宮廷魔導師が何時の頃からか変わってからは、物足りなさを感じていた時期もあったのである。
そんな彼であるので、我輩のことをある程度理解しているとたしかにいえるのである。
が、しかし、である。
「若干我輩はバカにされていないであろうか」
「それは、センセイが普段から人の事に興味を持たないから、昔の認識のままじゃないかと思われているのよ」
「そんな事は…………昔はあったかも……しれないのであるな」
ない。と、言おうと思ったのであるが、確かに研究所時代の事を思い返せば、その可能性も無いわけではないような気もするのである。
「あら? 珍しいわね、センセイがこういったことを素直に受け入れるだなんて。帝都から追い出されて、多少は謙虚になったのかしら?」
「酷い言われようであるな。我輩だって己を省みることくらいするのである」
「それは失礼したわね」
「研究所の時代から見てきたけれど、君達は皆、本当に仲が良いね」
そんな我輩たちのやり取りを、ロックバード伯爵は楽しそうに見ているのである。
「あら? 所長は妬いているのかしら?」
「そんなことはないさ。僕は今、君と十分に楽しい時を過ごせているからね、それなのに嫉妬だなんて申し訳ないよ」
伯爵はそう言うと、一心不乱に料理を食べているデルク坊に話しかけるのである。
「そんなにここの料理が気に入ったかい?」
「はい! とっても美味しいです!」
「ははは、遠慮なく食べていいからね」
「ありがとうございます!」
デルク坊は元気に答えると、また料理を美味しそうに食べはじめるのである。
そんなデルク坊が本当に遠慮なく食べた結果を見て、伯爵の表情が若干引き攣ることになるのは後の話である。
「それはそうとアーノルド殿、錬金術研究所の件ですが……」
デルク坊の幸せそうな顔を見て、顔をほころばせる伯爵であったが、表情を引き締めて我輩の方を見るのである。
申し訳なさが滲み出ているようにも見えるので、もしかしたら、まだ研究所を至上主義者から守れなかったことを気に病んでいるのでかもしれないのである。
「以前のことであるか? その事であるならば気にすることは全くないのである。ミレイ女史から聞いているのであろう?」
当然、ミレイ女史の手紙やリリー嬢の報告を通じて、我輩が大森林内で研究所と比べものにならない環境を手にしていることは知っているはずなのである。
なので伯爵は頷くのであるが、それでもその表情は一切変わらないのである。
「はい。ですが、それはそれです。陛下とアーノルド殿が築いてきた、錬金術を……」
「良いであるか? 錬金術は帝国の繁栄、民の生活の為に使われるものである。我輩であれ、至上主義者であれ、それが帝国の繁栄の手助けとなるものであるならば、誰が利用しても問題ないのである。もしも、我輩や陛下の考えを理解してくれているのであるならば、人間と亜人種が争わないようにしてくれれば良いのである」
我輩は、亜人種との交流や共存を諦めているわけではないのであるが、そんなことを多数の人間が始めてしまえば至上主義者が黙っていないのである。
言い方は悪いのであるが、我輩は自分の信念の元に自由にこれからもやらせてもらうのであるが、もしも我輩の考えに賛同してくれているのであれば、我輩が動きやすいようにしてくれるだけで良いのである。
「まったく……センセイは、欲が無いように思えて本当に強欲だわ」
「完全な俺様主義だからな」
「人間至上主義ならぬ自分至高主義ってところかねぇ」
「失礼な連中であるな」
「自分の理解者に、俺は好き勝手やるからお前らは俺のフォローを頼む。って、当然のように頼む奴の方が失礼だと思うけどね、俺は」
「いやいや、そう言っていただけると気が楽です。やることがはっきりしますから」
「そう言ってくれるとは、伯爵は素晴らしいであるな」
「ありがとうございます」
我輩の言葉を聞いてロックバード伯爵は謝意を表すのである。
「そういえば、伯爵はセンセイ信者だっけ」
「ええ、そうよ。しかも、かなりの重症よ」
「リリーも苦労するねぇ」
「教祖に比べれば可愛いものね」
「我輩を怪しい宗教の教祖のようにいうのはやめてほしいのである」
「リリー君、アーノルド殿は帝国のためにその身を粉にして働いているんだ。それは余りに失礼だと思うよ」
「やっぱりミレイがセンセイを美化しすぎなのは、父親の影響なんだな」
「最近はダメ人間っぷりも分かるようになったらしいけど、そこが可愛いとかいうようになって困るよ」
「恋は盲目というものね」
「ダン達は、我輩を咎さないと会話ができない呪いでもかけられているのであるか?」
そのやり取りを再び愉快そうに眺めている伯爵は、そのままの表情で
「そうそう、アーノルド殿はミレイとどれ程進展したのですか? 私としては、早く孫の顔が見たいのですが」
「お、お父様!?」
「伯爵も戯れが過ぎるのであるな。子供と結婚する趣味はないのである」
「おや? アーノルド殿はミレイの年齢をご存じ無いのですか?」
全く……子が子なら親も親である。
我輩は、ミレイ女史にいった言葉をそのまま伯爵にも伝えるのである。
それを聞いた伯爵は、何かに降参したように首を振って、茶を口にするのである。
「いやはや…………アーノルド殿は、結婚にこだわりがないからミレイなら大丈夫だと思ったのですが…………」
「だから言ったでしょ? いずれはそうなるかもしれないけど、今はまだ時期じゃないって」
「リリー君は、アーノルド殿の事をよく知っているねぇ…………」
「十年弱、ほぼ毎日会っていれば大体の事は分かるわよ。分かってないのは、目の前にいる人くらいじゃないのかしら」
酷い言われようだとは思いながらも、言われていることは、当時を思い返せば確かにその通りであるので、受け入れるのである。
「いえいえ、その孤高さが気高さを感じるのです」
「さすがにその受け取りかたは賛同しかねるのである」
なんとなく宗教のようだと言っていたダンの言葉を理解するのである。
伯爵には、我輩が一体どんな人物に見えているのであろうか。
我輩は、そんな高潔なものでも孤高な存在でもないのである。
陛下やダン達に寄りかかって好きな事をやっていた、ただの研究者でしかないのである。
「違うぞリリー、センセイは分かってないんじゃない。分かろうとしてなかっただけだ」
「そうそう。最近は皆の事を分かろうとしてるんだよ。まぁ、それでも大分片寄ってるけどね」
「そうね。確かに東方都市で久しぶりに会ったセンセイは昔と変わった部分もあったものね」
「きっとそれは、嬢ちゃんやミレイとおかげなんだけどな」
「あぁ、そうだね。一緒に錬金術を研究してくれる仲間ができたからっていうのは大きいかもね」
「ふふふ……じゃあ、サーシャちゃんとミレイにお礼を言わなきゃね。ありがとう、二人とも」
「よくわからないけど、どういたしまして!」
「そ、そんなことは……でも、そういっていただけると嬉しいです」
リリー嬢達の礼の言葉に、サーシャ嬢はよくわかっていない様子であるが素直に受け取り、ミレイ女史は謙遜をしながらも嬉しい様子を見せるのである。
「勘違いしてはいけないのであるが、我輩が今こうしているのは研究所時代、ダン達やロックバード伯爵が我輩を助けてくれたおかげであり、今、新たに仲間となっているドランやハーヴィーのおかげでもあるのである。それらが繋がって今があるのであるから、特定の誰かのおかげではないのである。みんなに感謝しているのである」
我輩がそういうと、その場にいた全員が驚いた様子で我輩を見るのである。
料理に夢中だったデルク坊など、持っていた匙を落とす有様である。
「センセイ、頭、大丈夫か? 今日はもう休むか?」
「もしかして、帝都に来たのがそれだけ負担だったのかい? 無理しなくて良いんだよ? 今からでも帰るかい?」
「ええ!? やっぱりそうなの? おっちゃんごめんよ! これあげるから許してよ!」
「それとも……そういう精神的な魔法でも受けているのかしら? でも、そういう感じには見えないし……」
「ボクはそんなことはしないよ。じゃあ、ボクよりも優れた【意思】の魔法の使い手がいるのというのかい?」
「……何処かから子供の声が聞こえる……私も疲れてしまっているのでしょうか……アーノルド様の声の幻聴まで……」
「お父様、子供の声は気のせいですが、アーノルド様の声は本物です」
「おじさん、偉いね!」
「旦那……明日死なないですよね?」
「アーノルドさんがそんな風に僕たちのことを思ってくれているなんて思ってませんでした。良いところ前のメンバーの代役程度としか……」
感謝する者、驚く者、現実逃避する者、許しを請う者、褒める者。
我輩がたまに謙虚に本心を語ると、何故皆これほど混乱するのであろうか?
結局、人が人を真に理解してくれるものなどいないのであろうと当然なことを思いつつ、これからはもう少し気持ちを伝えるようにしようと思うのであった。
そうしないと都度不愉快な思いをするようになるのである。




