帝都に戻ってきたのである
我輩の名はアーノルド。自由気ままに生きる錬金術師である。
「うっわぁぁぁぁ…………」
「なに!? この人の列!」
「これだけの人が、全部あの中に入るのかい? 錬金術師アーノルド」
地方から帝都へとやって来た者が、必ず起こすと言っても差し支え無い反応を、サーシャ嬢達は示すのである。
ミレイ女史と二人で散歩をした集落を出て数日、それからは特に何も起きることもなく移動を続けていた我輩達は、つい先程、無事に帝都に入るための受付待ちの列に並ぶ事ができたのである。
その人の列を見てサーシャ嬢達は驚きの声を上げているのであるが、この程度で驚いていたら城壁の中に入ったら大変なことになるのである。
「そうであるな。言ってしまえば、この何十倍以上の民がこの城壁の中で生活しているのである」
「料理大会よりもかい?」
「そうであるな。あれ以上の民が常日頃生活しているのである」
「錬金術師アーノルド、世の中は広いんだねぇ。ボクには全く想像がつかないよ」
東方都市の料理大会の時も人はかなり多かったのであるが、やはり帝都は格が違うのである。
「人間からすると、妖精パットンやサーシャ嬢達が大森林で我輩達よりも文化的な生活を築いている事が驚きなのであるが」
「まぁ、そういうものだろうね」
そう言うと、妖精パットンは定位置となった我輩の頭で寝転がるのである。
認識疎外の魔法で姿は見えていないので、辺りを飛び回るのかと思ったのであるが意外であったのである。
「なあ、ダン兄ちゃん。おれ達はいつ頃あの中に入れるの?」
「ん? あ~……大体昼過ぎってところじゃねえかな」
「これだけ人間がいるのにそんなに早く入れるの?」
デルク坊は、ダンの若干投げやりな返答に対して驚いた様子を見せると、荷車に乗って立ち上がり目の前に広がる人の列を見渡すのである。
帝都の城壁はかなり遠くに見えるのであるが、そこから伸びている数本の街道には全て人の姿が確認できているし、既に我輩達の後ろもたくさんの民が並んでいるのである。
なので、デルク坊が心配する気持ちもわかるのである。
「東方都市よりも受付担当の騎士がいるし、出入りできる門が多いからね。これだけ人がいても結構早く入れるんだよ」
「へぇ~。なるほど~」
そんな様子を見せるデルク坊に対し、笑いかけながら行うハーヴィーの説明に、心ここに非ずといった様子の返答を返し、デルク坊は人の列を再び見渡しているのである。
よほどこの人の量が気になるようで、ハーヴィーもそう捉えているようで、そんなデルク坊をほほえましく見ているのである。
そんな二人を見ている我輩に気づいたハーヴィーが、苦笑いを浮かべて話しかけて来るのである。
「あはは……。僕も、元々は地方の人間でしたからデルク君の感覚が分かるんですよ。ちょっと、僕がここに来たときのことを思い出しちゃって……」
「なるほど。帝都民である我輩にはあまり馴染みがない感覚であるな」
「それでも、一年以上こういう場所から離れて生活すれば、多少は違いませんか?」
そう言われると、確かに以前よりも受付の列が長くなったような感じがしたのである。
それも、すぐに以前とそれほど変わっていなかったと思い直すことになるのであるが、感覚というものは、置いている環境に依存しやすいと言うことなのであろう。
と、言うことであれば、置いている環境によって人の感覚や価値観や思考もまた変化すると言うことなのであろう。
それはダン達もそうであるし、我輩だってそうなのであろう。
きっと、辺境に身を置いていることで、我輩にも何かしらの変化があるのかもしれないのである。
その結果が今、我輩がこの帝都にやって来ようと思えた事であるならば、それもまた面白いものなのだと思うのである。
「確かにそうであるな。ハーヴィー、なかなか面白い事を考えさせてくれて感謝するのである」
「は、はい? よくわからないのですが、お役に立てたのならば良かったです」
困ったような笑顔を浮かべながら返事を返すハーヴィーを後にして、我輩は別の方に目を向けるのである。
そこには、ぼんやりとした様子で荷車に乗っているアリッサ嬢がいるのである。
アリッサ嬢は、あの一件からこういう感じでぼんやりと何か考え事をすることが多くなったのである。
多少心配ではあるのであるが、これ以外では至って普通にしているので他の者もあまり気にはしていないようである。
ただ、いまだに我輩に提供する料理は味が普段よりもぼやけたような感じなのである。
その事について他の者に尋ねてみたのであるが、どうやら他の者はそういう風に感じてはいないようなのである。
そのような仕打ちを継続して受ける理由も見当たらないのに、普段のアリッサ嬢の食事に我輩だけありつけないというのは、さすがに不満というか、物悲しさのようなものを感じるのである。
なので、数日前に妖精パットンに意見を求めてみたのである。
アリッサ嬢の無意識に発動している【意思】の魔法が原因ではないかと考えたからである。
「うーん……絶対とは言いきれないけれど、きっとそれは、アリッサか錬金術師アーノルドのどちらか、もしくは両方が何か相手に対して複雑な思いを抱いているんじゃないのかなぁ」
「我輩……であるか?」
「そうだね。所謂“疑心暗鬼“とか“不信“とも言うものだけど、疑ってかかると何でもそう見えちゃったりするでしょ? それも、無意識下で自分に呪いのような【意思】の魔法のをかけてしまっていると言えるんだ」
「そんなことを思ってはいないのであるが……」
「無意識だからね。自分では分からないと思うよ」
「なるほど。対処法はあるのである?」
我輩の質問に妖精パットンは、
「一番簡単なのは、本人と本音で話し合って納得することじゃないかな」
と、言ったのであった。
それからアリッサ嬢と話す機会を探っていたのであるが、なかなか機会に恵まれずにここまで来てしまったのである。
ダンが我輩に絡んで来たときや、他の者と話しているときは普段通りに会話に混ざることも多かったのであるが、我輩の勘違いでなければ、アリッサ嬢は我輩と二人で話す機会を意図的に避けているような気がするのである。
「アリッサ嬢」
「あ、センセイごめん。リーダーとドランと叙勲式のことについて詰めていかきゃいけない事があるんだ」
「そうであるか。大した用ではないので、またの機会にするのである」
「そうかい。すまないねぇ」
そう言うとアリッサ嬢は、ダン達の元へと向かうのである。
やや不自然に写るアリッサ嬢の行動に、やはり、二人で会話をするのを意図的に避けているように感じるのである。
「アーノルド様、アリッサさんに用事だったのですか?」
「ミレイ女史であるか。まぁ、大した用事ではないのである」
先程のやり取りを見ていたのか、ミレイ女史が我輩のところに話しかけて来るのである。
ミレイ女史はアリッサ嬢とは反対に、集落の一件があって以来やや積極的に我輩に話しかけて来るようになったような気がするのである。
こういうのも環境が人を変えた、というものの一例になるのであろうか。
「……アリッサさんなら心配ないと思いますよ。時期が来ればちゃんとアーノルド様にお話されると思います」
「ミレイ女史は、何かを知っているのであるか?」
「いえ。ただ、室長が言っていた通りだなぁと」
「リリー嬢が、であるか? なんであろうか」
「アーノルド様は知らなくて良いことですよ。私としては、このままで良いような、嫌なような……ちょっと複雑ですけどね」
ミレイ女史はそう言うと、自身が言ったようにいろいろな感情が入り混じったような笑顔を浮かべてその場を離れるのである。
結局、どういうことかはわからないままである。
しかし、これ以上はおそらく誰に言っても答えてもらえる気もしないので諦めるのである
我輩は、辺境で帝都に行こうか迷っていた時とはまた違ったもやもやした気分を抱え、自分たちの受付まで待つのである。
そんな我輩は、帝都から辺境に戻る時までに、このもやもやが解消されることを心から願うのであった。




