またもや空回ったようである
我輩の名はアーノルド。自由気ままに生きる錬金術である。
「え? センセイ? 自分が何を言っているのか分かっているのかい?」
「分かっているも何も、アリッサ嬢が行き遅れた責任を持てと言ったのである。で、あれば、我輩はその責任を……」
「いやいやいやいや、結婚だよ? 分かってんの?」
我輩にそう問い掛けてきた張本人が非常にうろたえているのである。
うろたえるようなことであるならば、言わなければ良いのに、アリッサ嬢は一体何がしたいのであろうか。
「夫婦になり、共に生活するということであろう? 今と何が違うのであろうか」
「そうだけどさ! だけど夫婦っていったら……ほら、子供とか……そういう行為とか……」
なるほど、そういうことを危惧しているのであるか。
確かに性交渉というのは、男女の関係、夫婦の関係では切っても切れないものであると聞いたことがあるのである。
だが別に問題することではないのである。
しかし、そういう話を口にするのに恥じらいを感じる辺り、帝国淑女らしくて好ましく思うのである。
「我輩は子供が居ても居なくても問題ないのであるし、性交渉も生まれてから一度もしたことがないので、いまさらそういう関係の有無などどうこう思わないのである」
「は? センセイは経験無いのか!? 今まで誰かと付き合ったりしたとか無いのかよ」
「どちらも無いであるな。我輩が小さい頃は従姉が許婚といて存在していたらしいのであるが、共に勉学に励んだりしたくらいしかしたことがなく、あまりの進展の無さにいつの間にやら婚約を解消されたのである。それ以来、女性と交際すると言うことは一度もないのであるな」
そもそも、我輩が知らない間に婚約関係の締結・解消されたことを交際関係といっていいのか疑わしいのであるが。
「しかし旦那。結婚っていっても男が稼がないといけないですぜ。どうやって稼ぐんですかい?」
「陛下の下で働いていたときの給金がまだ残っているのである。アリッサ嬢とダンに管理されているのでどれだけあるのかわからないのであるが」
「なんで自分の金を他人に任せてるんですかねぇ……」
「我輩の金銭感覚は崩壊しているらしいのである」
研究所時代の最初のころは、我輩が市場に行き素材を購入していたのであるが、あまりにも商人の口車に乗せられて粗悪品を掴んできたり、相場の遥か上の料金で物を購入してきたりする事が多く、リリー嬢に金銭管理されることになったのである。
その頃から比べれば大分マシになったと思うのであるが、ダンやアリッサ嬢はどうにも信用してくれないのである。
「金銭管理をしてもらって、日常生活を共にして、仕事も支えてもらって……話だけ聞いてると、結婚してないって言われても信じられないですね……」
「そうであろう? だから、アリッサ嬢と婚姻関係になっても現状と何も変わらないのである」
だから、仮にアリッサ嬢が我輩と結婚するというのであるならば我輩に断る理由が見当たらないのである。
「本気で言ってるのか? センセイ。アリッサだぞ? 分かってんのか?」
「ダンも何を言っているのであろうか? アリッサ嬢である事に何の問題があるのであろう。男に媚びることなく、自立し、人に優しく、容姿も決して悪くなく、優れた能力を持ち、家事全般万能で、我輩を理解している。不満があるのであろうか」
信じられないといった表情を浮かべたダンであったが、我輩の言葉を吟味すると、その表情は次第に納得へと変化していくのである。
「……無いな。そう聞くと、アリッサはものすごい優良物件に聞こえて来るな……」
何をいまさら言っているのであろうか、アリッサ嬢やリリー嬢と婚姻関係を結べる者は幸せになるに決まっているのである。
二人とも、素晴らしい女性なのである。
まぁ、リリー嬢は拷問菓子の恐怖があるし、アリッサ嬢は口が悪いのが玉に瑕であるが。
「そんなアリッサ嬢を愛人や成り上がりの道具にしようと考える者が浅ましいだけである」
「あ、あのさぁ。本人の目の前で、良くも臆面もなくそんなことを言えるねぇ……」
「別に悪いことを言っているわけではないのである。恥ずかしいことなどないのである」
「言われているこっちが恥ずかしいさね。そんなに褒められるような女じゃないわね。ほら、あたしは捨てられ人だし」
アリッサ嬢は至上主義者達の家で生まれたのであるが、獣人の血が強くでたので忌み子として捨てられた経緯があるのである。
それがどうやら深層部分での過小評価につながっているようである。
だが我輩からすると、だから何なのであろうかと言う話である。
「アリッサ嬢は自分を過小評価し過ぎである。以前も言ったのであるが、アリッサ嬢は素晴らしき帝国淑女である。それは生まれがどうとか、そういうものではないのである。アリッサ嬢の生きてきた道がそれを示しているのである。そんなアリッサ嬢であるからこそ、できることであるならば、幸せに生きてほしいと願うのは当然の事であろう」
「や、やめてよ! そんな恥ずかしいこと言われると思わないじゃないのさ……まさか、センセイをからかうつもりで言ったことでこんな思いするなんて……」
アリッサ嬢はそういうと、ばつが悪そうに俯いてしますのである。
一瞬垣間見えた顔は、茹で上がったように赤くなっていたようにも見えたのである。
ともあれ、先ほどの話は冗談であったのであるか。
まさか、結婚話を冗談で言われるとは思わなかったので、本気で捉えてしまったのである。
少々、真剣に考えてしまった事に恥ずかしさを感じるのである。
しかし、女性の探検家というのはそういう冗談を常日頃から言っているのであろうか、だとすれば、貴族達から軽く見られてしまうのも理解できるのである。
「そうであるか。本気にしてすまなかったのであるアリッサ嬢」
「アリッサおねえちゃん、おじさんと結婚しないの?」
我輩の隣で話を聞いていたサーシャ嬢がそう尋ねて来るのである。
なぜか不安そうな表情をしているので、何となく頭を撫でるのである。
「いつものように、我輩をからかっていただけのようであるな」
「そっかぁ……そっかぁ……」
我輩の言葉を聞くと、嬉しそうに腕にくっつくのである。
何がそんなに嬉しいのであろう。
ひょっとして、別の家族と親が仲良くしていると、親を取られた気になって不安になるというあれであろうか?
「じゃあね、じゃあね、私がおじさんのお嫁さんになるよ」
「……そうであるか。それはありがたいのである」
サーシャ嬢は人間で言えば6・7歳である。
そのくらいの年齢でも、父親と結婚するという事を言う子供もまだいるということをどこかの書物で見たことがあるのである。
おそらくサーシャ嬢もそういった類なのであろうと、我輩は微笑ましく思い肯定するのである。
「あー! おじさん、絶対本気にしてない!」
「サーシャ嬢、では本気だとして真面目に答えるならば、サーシャ嬢が適齢期になる頃には我輩はすでに死んでいるのである」
「むぅ……。でも、私はもうそろそろ70歳だよ? 人間なら15歳で結婚できるんだよね?」
「だとしても、見た目が追いつかないのである」
「むぅー! 体が大人になればお嫁さんにしてくれるの?」
「そういう問題ではないのであるな」
「えぇー!?」
我輩の答えに納得の行かない表情を浮かべるサーシャ嬢であるが、こちらとしても倫理感や心情的な問題があるのである。
「私は、アリッサおねえちゃんみたいにお料理とかはあまり上手じゃないけど、おじさんと一緒にお勉強してるし、魔法で素材を取るお手伝いだってできるよ。ひいおばあちゃんみたいって大おばあちゃんも言ってたから、きっと大人になったらいっぱい動けるし戦えるようになるよ」
「そんなに我輩と結婚したいのであるか」
「うん! 私、おじさん大好きだもん!」
「それならば、大人に早くなれたなら考えるのである」
とりあえずこれ以上拒否をするのもあれなので、微妙にごまかして問題は先送りにするのである。
「本当!? やったぁ! お人形のお勉強と、大人になるお薬のお勉強かぁ……大変だなぁ……」
サーシャ嬢は嬉しそうに笑うと、独り言を言いながら我輩から離れていくのである。
どうやら、サーシャ嬢の錬金術の課題が一つ増えたようである。
しかし、成長を促す魔法薬の作り方は今のところ見たことがないので、おそらくノヴァ殿も作ったことがないものの筈なのである。
と、いうことは、まだまだかけ出しの我輩達に作れるとは到底思えないのである
それはさておき、結果として本人の向上心に繋がったようなので良いことなのであろうと我輩は思うことにして、次の集落へと向けて移動をするのであった。




