話は続くのである
我輩の名はアーノルド。自由気ままに生きる錬金術師である。
「ねぇねぇ、リリーおねえちゃんやアリッサおねえちゃんは?」
帝都へと向かう中、ドランの嫁選びの話からダン達の恋愛事情、そしてあまり知りたくなかった貴族の子女達の趣味の話へと盛り上がっている現在の会話は、我輩達に自分の質問をはぐらかされて若干不満気味のサーシャ嬢の質問により、女性陣の恋愛事情の話に変わるようである。
やはりこういうことに興味を持つところを見ると、子供であるが女性なのだなと我輩は思うのである。
「そういえば、お前もリリーも、そういった感じの浮いた話は殆ど聞かなかったな」
「聞かなかったというよりも、黙っていたんじゃないんですかい? 隊長に知られると俺みたいな感じで弄られますからねぇ」
「おお? それはつまり、クリスとの関係を認めたってことか?」
「だから、そういうところだと思うんっすわ。それにクリス姉は家族で、姉っすよ姉」
またドランとダンが、先ほどのやり取りを始めていく中で、アリッサ嬢はサーシャ嬢の質問に答えはじめるのである。
「リリーはねぇ……理想が高すぎて誰も寄ってこなかったね」
「室長はそんなに理想が高かったんですか? あまりそうは見えないのですが……」
自分の親といい感じになりそうだというミレイ女史が、案外といった表情を見せるのであるが、それは自分の父親に対して失礼なのではないかと我輩は思うのである。
「リリーの理想は、“自分の話に付いて来れて、自分の生き方を理解してくれる人“だからね。そこらへんの貴族や魔法研究所の職員だと相手にならないんだよ」
確かに、リリー嬢の魔法能力や知識は魔法研究所でもだいぶ上の方だった筈であったし、それ以外の教養もかなり高かったのである。
それに、我輩同様の生粋の研究職である。
何日でも研究室に篭って研究に明け暮れているのが幸せというタイプである。
ただ、その割にはよくアリッサ嬢やゴードンの奥方と買い物に行ったりするという社交的な面も見せているのが我輩とは違うところである。
「その割に、ちょっとダメな男が好きなんだよ。面倒見が良いというのか、世話を焼きたいっていうのか」
「室長と話が合って、研究が大好きなことに理解を示して……ちょっとダメ……」
ミレイ女史はアリッサ嬢の説明を受け、何やら考え出すように首を傾げるのである。
どうやら自分の父親がそれに該当するのかどうかを確かめているのであろう。
だが、暫く考えてから口を開いたミレイ女子の言葉は我輩の予想外なものであったのである。
「それって、アーノルド様のことですよね」
「そうだよね! ミレイおねえちゃんもそう思ったよね!」
「へぇ~。リリー姉ちゃんはおっちゃんが好きだったんだ」
「へぇ!? 何でそうなるんだい!?」
その言葉は我輩同様にアリッサ嬢も予想外だったのか、だいぶ驚いているようである。
「だって、リリーおねえちゃんとおじさんはお料理大会の時、よく楽しそうにお話してたよ?」
「それに同じ研究職ですから、良き理解者になる筈です」
「錬金術師アーノルドは、錬金術関係以外だとダメダメだからね。リリーやアリッサみたいな世話好きは、つい傍にいたくなるよね」
「ダン兄ちゃんも世話好きだもんね。……だから、おっちゃんにはダン兄ちゃんやアリッサ姉ちゃんみたいな人が付いてるんだ!」
「何分かったような顔してんだ。その話の流れに俺を混ぜるな」
「だけど、噂になるくらいなんですから混ぜて良いんじゃないんですかい?」
「我輩がダンのとばっちりを受けるのであるのは勘弁である」
ドランがここぞとばかりに反撃を開始するのであるが、その反撃は我輩にも被害が及ぶのでやめてほしいところである。
「その予想は、本人に確認しないでおくれよ。あたしの命が無いよ……」
「おぉ? って言う事はつまり?」
「つまらないことでリリーの機嫌を損ねて苦しい思いをしたいならどうぞ御勝手に。あたしは巻き添いを喰らいたくないだけだよ」
「リリー嬢は根も葉も無い噂や下らない詮索は大嫌いであるからな。発信元も発生源も許さなそうであるな」
我輩の言葉に全員が頷くのである。
東方都市でリリー嬢の洗礼をダンのみではなくドランも受けたことがあり、それを全員が目撃をしているので、どういうことかと言うのは分かっているのである。
藪を突いたら蛇どころか魔鶏蛇を出すのは勘弁なのである。
魔鶏蛇というのは、魔の森の中心部に棲んでいる蛇の尾を持つドランほどの巨大な鶏のような魔獣で、その毒は石のように体を硬直させて、最終的に心臓も硬直して死に至るという恐ろしいものである。
その解毒方法も強力な解毒魔法か、蛇部分の血液を利用した解毒薬しかないのである。
ただその肉や卵は非常に美味であり、羽も美しく剛性があるので需要が高く、市場に出回ると非常に高値で取引されているのである。
それゆえにギルド本部にはそれらを求める貴族や商人、武器や装飾職人からの依頼が常時貼ってあり、腕に自信のある探検家が一獲千金を求めて受けるらしいのである。
我輩も魔鶏蛇の血肉が各種薬の上位素材になるのではないかと思い、ダン達に狩猟を頼んだことがあるのである。
予想通りに優れた素材で、出来上がった薬の品質も非常に優れたものであり、副作用の低さに一同驚いたのであるが、構成魔力の制御が難しく当時の我輩では成功率が3割程度もなかったのである。
今であったら当時よりも制御に苦労しないはずだと思うので、時間があったらダン達に狩猟してもらおうかと考えるのである。
「……リリーの話はまぁ、この程度で終わりにしておいて、だ」
ダンが何とも言えない空気になった中アリッサ嬢を見るのである。
「まだ続ける気かい? もう終わりで良いじゃないかい」
「お前だけ言わないとかありえねぇだろうが」
アリッサ嬢が周りを見渡すのであるが、我輩とデルク坊以外は興味津々といった表情でアリッサ嬢を見ているのである。
暇な時間が続いているからというのもあるのであろうが、ハーヴィーやドランもこういう下世話な話に興味を持つことが意外であったのである。
だが、以前ダンから探検家はなんだかんだで食い物と金と異性関係の話で盛り上がることが多いと言われたことを思い出し、一人納得するのである。
「あたしは、まぁ、それなりに誘われたねぇ」
「アリッサさんは魅力的ですから……」
「……既婚者やエロそうなオッサン共の愛人にね」
アリッサ嬢の言葉にミレイ女子は表情が固まるのであるが、そこにサーシャ嬢からの追撃が来るのである。
「ミレイおねえちゃん、あいじんって何?」
「サ……サーシャちゃんは知ってほしくない言葉かなぁ……」
ミレイ女子の言葉にサーシャ嬢は不服そうな表情を隠すことなく浮かべるのである。
先程から質問をしても答えてもらえないことが多いのでそうなるのは仕方がないのであるが、こちらもサーシャ嬢に答えるには抵抗を感じるので仕方がないのである。
「そういうのばっかでつまんない……」
「サーシャ嬢は子供なので、大人の世界はまだ早いということである」
「むぅー! 私はこの中だと1番お姉さんなんだぞー!」
「それにしてはアリッサ嬢もミレイ女史もお姉さん呼びである」
「……むー……早く大人になりたいなぁ……」
サーシャ嬢は頬を膨らませているのであるが、我輩に頭を撫でられると嬉しそうにするのである。
こういうところがまだまだ子供だと思うのであるが、それを口にすると元の木阿弥になるので黙っておくのである。
しかし、都合の良いときに年長者である事を出すなどと言う知恵をどこで得たのであろうかと思ったのであるが、おそらくアリッサ嬢であるなと納得をして軽くため息をつくのである。
「まぁ……お前は良い体をしてるからなぁ……」
「女性の私から見ても羨ましい限りです」
「リリーにもそう言われたけどね、言い寄って来る男がろくでも無い奴らばかりだとうんざりさね」
アリッサ嬢は自分を見渡した後に首を大きく振ってため息をつくのである。
それを聞いた我輩には、面倒見がよく気立ても良い帝国淑女であるアリッサ嬢を、愛人や性奴として迎えようとしている意味が全くわからないのである。
アリッサ嬢に言い寄る男達はよほど見る目がないのか、表向きの容姿のみで人を判断する程度の低いもの達ばかりなのであろう。
我輩はアリッサ嬢に同情を禁じ得ないのである。
「そんなだから、そういう目で見ないセンセイやあんた達とばかりつるんでたから、結果的に行き遅れさね。まぁ、気が楽だったし、楽しい毎日だから後悔はしてないよ」
「そうか。じゃあ、行き遅れた責任をセンセイにとってもらったらどうだ?」
「あー……、まぁ、そうさねぇ。センセイの面倒見てたからいい男が捕まんなかったって言うのもあるし、この際、センセイと結婚するのでも良いかぁ」
そう言って二人はニヤニヤとこちらを見るのである。
「ア……アリッサさん!? それはあまりにも……」
「あまりにもなんだい? ミレちゃんはあたしとセンセイが結婚すると何か問題でもあるのかい?」
「あ……え、と。その……」
「ダメだよ! おじさんは私と結婚するの!」
「サーシャちゃん!?」
「おーおー、センセイモッテモテじゃねぇか。羨ましいねぇ」
「錬金術アーノルドはこの場をどうやって納めるのかな?」
会話には加わらないものの、他の三人もこの様子を愉快そうに見ているのである。
だが、その笑顔は我輩の言葉で一気に凍りつくことになったのである。
「構わないのである。アリッサ嬢が結婚を望むのならば、我輩はそれを受け入れるのである」
「……………………………………はぃ?」
その言葉に、我輩を除いた全員が同じ反応を示すのであった、




