暇になるとこうなるのである
我輩の名はアーノルド。自由気ままに生きる錬金術師である。
「また村に寄ってくださいね!」
「ドランさん、待ってますから!」
「今度は依頼を請けに来いよ!」
若い兄妹と、村にある探検家ギルドの所長という中年男性の見送りを受け、我輩達は村を後にするのである。
昨日はドラン以外全員が荷車に乗っていたのであるが、今日は久しぶりに全員荷車から下りての徒歩移動である。
と、いうのも、いつものように荷車に乗り込もうとした際に行われた、
「センセイ、最近楽をし過ぎだよ。毎日少しは歩かないと太って体が鈍るよ」
「アリッサ嬢、我輩は戦闘職ではないので別に動かなくても問題ないのである」
「少し前は<体力をつけた方がいいのである>とか言ってたくせに……、楽な方向に流されてるじゃないのさ」
「それをいうのならば、アリッサ嬢も荷車に乗ってばかりなのである」
「あたしは、普段動いているから良いのさ」
と、いうやり取りに、横からダンが入ってきたのである。
「だけどアリッサ、お前太くなってないか? この前の模擬戦闘の時、動きが鈍ってたぞ」
「な!!」
ダンの言葉を受け、アリッサ嬢はうろたえたように自分が気にしているのであろう腰回りや腕の辺りを見回すのである。
我輩には変化がわからないのであるが、少しの動きの差異が命にかかわる探検家である。
ここは我輩もアリッサ嬢に注意をした方がいいのであろうと思い、ダンに賛同するのである。
「アリッサ嬢、人の事は言えないのである」
「~~~~っ!! センセイさっさと下りて歩くよ! 歩かないとご飯抜きだからね!」
「それは横暴である」
「うるさいっ! 乙女の心を傷つけた罰だよ!」
「アリッサ嬢は乙女という歳であろうか? それに、太ったのはアリッサ嬢の自業自得……」
「ミレちゃん! サーちゃん! センセイがあたしを虐めるよぉ!」
「おじさん! アリッサおねえちゃんをイジメちゃダメ!」
「アーノルド様、それはデリカシーが無さ過ぎです」
と、いう事で、何故か我輩まで巻き込まれる形で、明るいうちの荷車乗車が禁止されることになったのである。
どう見てもアリッサ嬢は嘘泣きだとしか思えないのであるが、こういう時の女性達には逆らわないほうが良いことを最近覚えたので、しぶしぶアリッサ嬢の指示に従うのである。
他のメンバーは別段歩く必要はないはずなのであるが、特に女性陣はどうやら我輩達のやり取りに思うところがあったようで自主的に歩き出しているのである。
しかし、アリッサ嬢を含め女性陣はどう見てもそれほど気にするような体の線ではないと思うであるが……。
そこまで考えて、我輩はまたもやダンにしてやられたのではないかと思ったのであるが、
「俺はそこまで言ってない。今のはセンセイが悪い」
「旦那は余計な一言が多いんすわ」
「その余計な一言がアーノルドさんらしさと言えば、らしさですけどね」
「それじゃあおっちゃん、まるでダメな大人じゃん」
我輩の訴えはダンのみでなく他の者にまで否定されたのであった。
「しかし、ドランもなかなかやるもんだねぇ」
「お前、どうするんだ?」
「どうって、何の話をしてるんですかい?」
「お前は誰を嫁にするんだっていう話だよ」
「またどうでもいい話で……」
ダンとアリッサ嬢のにやついた表情そのままの言葉に、ドランは荷車を牽きながらガックリとうなだれるのである。
歩き出して数時間、特に話すこともなくなった現在、ダンとアリッサ嬢は暇つぶしにドランを弄ることにしたようである。
いつの時代も、暇になると下世話な話で盛り上がるのは常なのであろうか。
いくらか配慮されているとはいえ、体力自慢達の歩く速度に付いていくので大変な我輩は息を切らしながらそんなことを思うのである。
そんな中、体力自慢達はまだ下世話な話で盛り上がっているようである。
「お前にはクリスがいるから、ほぼ決定だろうけどな」
「あの村の娘も、ちょっと天然だけど悪い娘じゃなさそうだしねぇ」
「森の集落でもお前は大人気だしな」
「選り取り見取りだよな」
「でもまぁ、いろんな点で見ても1番はクリスか」
「人で遊ばんで下さいよ……そもそも、クリス姉はそういうんじゃないっすわ。家族っすわ。家族」
「本人に今の流れでそう言ったら強力な一撃が来ると思うけどねぇ」
「その前に、二人に襲いかかると思いますぜ」
「……あぁ、確かに」
「あの子、瞬発力ならリーダーを驚かせるくらいだからねぇ……」
確かに、クリス治療師が恥ずかしさの限度を超えたときに繰り出す一撃は凄かったのである。
「だけどなぁ、貴族様になる訳だから嫁選びは重要だぞ」
「そんなこと言ったら隊長達はどうなんですかい? 伝説の特Aクラスの探検家で一代候爵様なんだから、それこそ選り取り見取りじゃないんですかい?」
「俺達の場合は、陛下専属の探検家だったしな。そんな俺達に嫁や婿候補など送りつけようもんなら引き抜きだと取られるだろ?」
「だから、他の探検家上がりの貴族達よりもそういう悩みは無かったねぇ」
「それに誰かさんのせいで、しょっちゅうあちこち行かされていたから、固定の相手なんざ作っている余裕なんか無かったしな」
二人の視線を感じるのであるが、今は我輩はそんな下らないことの相手をしている余裕はないのである。
こうして歩いていると、確かに荷車に甘えすぎて体が鈍っていることがわかるのである。
少しばかり、アリッサ嬢の言う通りに毎日少しでも歩こうかと思うのである。
そんな我輩を見て、絡むのはやめた方がいいと察したのか、二人はまたドランと会話を再開するのである。
「だけどシンは行く先々で、女が引っ掛かってたよな」
「優男風だし、表面上は人当たり良いしね」
「そうなんだよな。あいつ、少し女と仲良くなると急に意地が悪くなるんだよな。初めて会った頃はそうでもなかったんだけどなぁ」
「そりゃ、隊長達と一緒にいればそうなるんじゃないっすかねぇ」
「言うじゃないかい、ドラン」
ドランの言葉に内心賛同しつつ、研究所でシンが特定の相手を作る気がないので、勘違いして寄ってきた女性をダン達がやっているように突き放そうとしているのに、逆に付き纏われて困っているという悩みをゴードンに打ち明けていたことを思い出したのである。
ゴードンが答えに困っていたのも印象的であったのである。
「他の面々はどうだったんですかい」
「他か? ゴードンは既婚者だったからそういう話は無かったな」
「ゴードンは愛人とか作るタイプじゃないしね」
ゴードンは、奥方の絵が描かれた紙を常に持ち歩いているほどの愛妻家で、帝都にいるときは朝と夕飯は必ず奥方と取っていたのである。
何度か顔を合わせたことがあるが、特筆すべき点は特にないのであるが一緒にいて落ち着ける雰囲気を持っている奥方だった覚えはあるのである。
たしか、今はゴードンを支えるべく、ともに派遣治療団で活動をしているのだとクリス治療師から聞いたのである。
「ウォレスはなぁ、戦闘馬鹿だから……」
「貴族の女子達からの受けは最悪だったねぇ」
「女性探検家達でも引いてた程だからな」
「でも、教官は面倒見良いですからね」
「そうなんだよなぁ。あいつは外見と戦闘馬鹿っぷりで損をしてた奴だ」
「その二つはダメな理由として十分だけどねぇ」
「確かに」
そんなウォレスも、探検家ギルド本部の人気受付嬢と結婚しているのである。
ウォレスは、付き合ってみると人の良さがよくわかるので、きっとその受付嬢もウォレスの良さを見てくれたのであろう。
帝都に行ったら、一度ギルドに尋ねてみようかと思うのである。
「ダンおじさんは好きな人いなかったの?」
「俺は、問題児を抱えていたからそんなことを考える余裕が無かったな」
「リーダーは、いつも陛下やセンセイといたから男色じゃないかって噂がたってたね」
得意気にサーシャ嬢に返事を返していたダンであったが、アリッサ嬢の言葉を聞いて動きが固まるのである。
我輩もその話は初耳である。
そして、我輩や陛下までその噂に巻き込まれているのである。
「……まじか?」
「そうだね。暇さえあればセンセイのところに絡みに行ったり、社交場も陛下のいる時にしか顔を出さなかったり、貴族の女子の中ではそういうふうに思われていたわね」
「確かに、同年代や少し上のサロンで良くその話題が上がっていました。ただ、本当に男色家だと思われている訳ではなく、そういう妄想が捗るという意味合いで話題に上がっていましたね」
「人で遊ぶなよ……」
「それを隊長が言うんですかい?」
予想外の扱いにげんなりとしているダンに対し、あきれた口調でドランがそう言葉を返すのである。
そんな心に傷を負いだしているダンに追い撃ちをかけるようにアリッサ嬢とミレイ女子の話は続くのである。
「貴族の女子はそういう話が好きだねぇ」
「男女の生々しい関係よりも、どこか他人事で会話ができるからじゃないでしょうか?」
「人気だったのは、リーダーとセンセイ、リーダーと陛下、リーダーとシンだったよね」
「よく知ってますね。隠れたところでアーノルド様とウォレス様という組み合わせも人気があったんですよ」
「うへぇ……貴族女子の妄想力っておっかないねぇ……」
そう言いながらも楽しそうに、まだまだ話を続けていくアリッサ嬢とそれに応じていくミレイ女子の会話を聞かされることになった我輩達男性陣は、貴族の女子の妄想力の恐ろしさを垣間見るのである。
「ねぇ、おじさん。だんしょくってなに?」
「サーシャ嬢は知らなくて良い世界の話である」
「頼むから嬢ちゃんはそのままでいてくれ……」
我輩もダン同様に、心からそう思わずにはいられなかったのであった。




