村での一幕である
我輩の名はアーノルド。自由気ままに生きる錬金術師である。
ドランとハーヴィーを呼ぶ男女は、その声同様の嬉しそうな表情を浮かべ、こちらへとやってくるのである。
そこで我輩は、以前ドラン達が話していた若い兄妹の事を思い出すのである。
「ドランさん、久しぶりです。こんなにたくさんの人を載せた荷車を一人で牽いていくなんて、ドランさんの力って凄いんですね!」
「そうだろう! って言いたいところなんだけどな。こりゃあ、理由があるんだわ」
目をキラキラと輝かせてドランを褒める少女に対し、ドランは多少の苦笑いを浮かべるのである。
「良いっすか?」
「あ? どうなんだ? センセイ」
「何がであろう」
話の要領が掴めない我輩に対し、ダンは荷車の取っ手を指差すのである。
どうやら、荷車を牽かせてみても良いか聞いているのであろう。
「別に構わないのである」
「だとよ、ドラン」
「ありがてえっすわ。お嬢ちゃん、こっちに来てみな」
「え、あ、はい」
困惑の表情を浮かべつつも、ドランの手招きに応じて少女はドランの隣へと行くのである。
そして、ドランから牽引用の取っ手を握らされると、取っ手とドランを交互に見て混乱するのである。
「え、無理無理! 無理ですよ! 私、力全然無いんで……え? え? なんで!?」
「うおっ!」
「うわぁ!」
「ちょっ!」
少女が取っ手を握ったまま、混乱したまま体を左右に大きく動かすので、荷車が左右に暴れる事になり、乗っていた我輩達や荷物は盛大に振られる事になり、それを見たドランは慌てて少女を止めるのである。
「おぉぅ、急に暴れるから焦ったぜ…………」
「ごめんなさい……。この荷車、人が乗ってるのにすごく軽くて……」
「そういう魔法の道具なわけよ。だから、俺が力持ちってわけじゃあないのさ」
「へぇ……ドランさん、そんな道具を持っているなんてすごいですね!」
「俺のじゃあないんだがなぁ……」
「二人とも……話し中悪いけど、後ろがすごいことになってるよ……」
「あぁ! ごめんなさい!」
「そうだ! 大丈夫ですかい?」
青年の言葉を聞き、二人はそれを今思い出したかのように振り向くのである。
「ダメだなこりゃ……」
「今日は早いけど、休んだ方がいいねぇ」
少女の大暴れのせいで、荷物の一部は散乱し我輩達もあちこちを転がされたのである。
とは言え、実際転がされたのは我輩とミレイ女史とサーシャ嬢であり、サーシャ嬢はダンに、ミレイ女史はアリッサ嬢に庇われていたのでそれほど影響を受けなかったようである。
「うわぁ……」
「これは……笑えないね……大丈夫かい?」
「おじさん……大丈夫?」
「拭くものを用意しますね!」
「今日は荷車の洗浄だな」
「……そうですね」
つまり、一人転がされつづけた我輩のみ影響を強く受け……寝不足の影響もあり、荷車の上で大惨事を起こしたのであった。
他の者が我輩と荷物を搬出する中、とりあえず消臭用のの薬液の作製方法を頭の中で思い描きつつも、強烈な吐き気と眠気に襲われ、抵抗することは叶わず意識を手放すのであった。
不思議な夢を見たのである。
今は亡き陛下やダンと、森の工房で談笑している夢である。
我輩の報告やダンの茶化しを、陛下は笑いながら聞いているのである。
「時間だな」
陛下はそう言うと立ち上がり、工房を去ろうとするのである。
なので、我輩はたった一つだけ、陛下に確認したのである。
「我輩は、間違っていないであろうか」
陛下は何も言わず、ただ笑うだけであった。
……
………
……………
ふと目が覚めると、ランプの明かりの揺らめきに合わせて天井がゆらめいているのである。
ベッドから体を起こし、空いている窓から外を確認すると辺りはすでに暗くなっていたのである。
ここから見える家々から、漏れた明かりが見え隠れしているところをみると、まだ寝静まった頃というわけではないようである。
「あ、おじさん。起きたんだ」
サーシャ嬢の声がするので反対側を向くと、サーシャ嬢が眠そうに目を擦りながらこちらを見るのである。
「起こしてしまったようであるな」
「うう……おじさんの面倒を見なきゃいけないのに寝ちゃった……」
我輩の言葉にサーシャ嬢は、若干気まずそうな表情を浮かべながら指をもじもじとさせるのであるが、気を取り直したようにこちらを向くのである。
その表情は何かを思い出し笑いしているようである。
「おじさん、本当に錬金術が大好きだよね」
「唐突になんであるか」
「おじさん、ドランくんに背負われてここまで来たんだけど、その間、ずっと臭い消しの作り方を言ってたんだよ」
どうやら、意識を失う前に考えていた消臭用の薬液の事を意識を失った状態でも考えていたらしく、譫言のようにずっと呟いていたようである。
「だから、ミレイおねえちゃんと作っておいたから安心してね。ドランくんとハーヴィーおにいちゃんが臭い消しを使いながら荷車を洗ったから、明日にはもう大丈夫だと思うよ」
「そうであるか」
我輩の汚物の残渣は残されないようで何よりである。
そう思うと気が楽になり、今度は空腹が我輩を襲うのである。
そういえば、今日は調子がでなくて朝も昼も食べる量が少なかった事を思い出すのである。
「サーシャ嬢、もう夕飯時は過ぎたのであろうか?」
「まだだけど、おじさんもう大丈夫なの?」
寝不足もあるとはいえ、意識を失うほどの不調ぶりを見せてしまえば心配するのも仕方がないのである。
なので、我輩はサーシャ嬢を安心させるべくベッドから起き上がり、大きく伸びをするのである。
「心配をかけてしまい申し訳なかったのである。一眠りさせてもらったので体調は元通りである」
「そっかぁ。じゃあ、もう少しで夕ご飯だから一緒に行こう?」
「わかったのである。サーシャ嬢、案内を頼むのである」
「うん!」
サーシャ嬢は元気良く返事をすると、我輩の手を取り食堂へと案内するのであった。
今日の夕飯は、珍しく我輩達全員が一堂に卓を囲んでいるのである。
本日泊まる宿の食堂で現在食事を取っているのであるが、そこには我輩達の他に先ほどの兄妹も混ざっているのである。
兄の方は既にダンやデルク坊と打ち解けているようで、楽しそうに食事を交わしているのであるが、妹の方は我輩を見て恐縮しつづけて食事が全く進んでいないのである。
気にはしていないと既に伝えてはいるのであるが、どうにも状況は良くならないのである。
「お嬢ちゃん、あまりに縮こまってるから旦那が困ってるぜ。旦那も気にしてないみたいだから、飯を楽しもうや、な? この肉は、ここがうめぇぞ。ほれ。」
「は、はい……あ、ありがとうございます……。あ、本当だ。おいしい……」
「だろ? はっはっは!」
「へぇ~……ドランさんはお料理もお詳しいんですねぇ」
「焼いた肉の事だけだがな!」
そんな様子を見かねたのか、ドランが横から半ば強引に食事に巻き込むと、徐々に気を取り直したのか食事を楽しみだしたのである。
ダンにしろ、ドランにしろ、こういうところで気が利くというのは褒めるべき点である。
「ドランの奴もあれだねぇ」
「クリスさんがいなくてよかったですね」
「ボクは、敢えて治療師クリスにいてほしいと思うけどね」
「パットンもなかなか性格悪いねぇ」
「そんなこと言って、アリッサだって悪い顔をしているよ」
「そうかい? ミレちゃん?」
「そこで私に振るんですか?」
「三人しかいないんだから、そうでしょ」
そんなドランの様子をアリッサ嬢、ミレイ女史、妖精パットンが楽しそうに眺めているのである。
厳密に言うと、楽しそうなのはアリッサ嬢と妖精パットンであり、ミレイ女史はそれに巻き込まれているといった感じであろうか。
ちなみに現在妖精パットンは、認識疎外の魔法により小動物の姿に見えているし、声も兄妹に聞こえないように気をつけているのである。
しかし、何故クリス治療師の名前が出てくるのか、我輩にはイマイチわからないのである。
これが男性と女性の想像力の違いというものなのであろうか。
「おじさん、この赤くて甘い実がとっても美味しい!」
「サーシャ嬢はこれが気に入ったのであるか」
「うん! たまにちょっと酸っぱいのもあるけど、美味しい!」
サーシャ嬢は主に子供に人気だという、この辺りで採れる小石ほどの大きさの赤い実がお気に入りのようである。
我輩も一つ摘んで口に入れると、程よい酸味と甘味が口の中に広がりこの季節にピッタリの甘めで優しい風味が鼻を抜け、確かにこれは子供に人気が出るのであると納得するのである。
「これ、森で作れないかなぁ……フィーネちゃんや他の皆にも食べてもらいたいなぁ」
「そうであるな……帝都の帰りに栽培研究用に株を分けてもらえないか聞いてみるのである」
「本当? やったぁ!」
我輩の言葉に嬉しそうな笑顔を見せるサーシャ嬢を見て、我輩も嬉しい気持ちになるのである。
「センセイは、本当にサーちゃんに甘いねぇ……」
「そんなことはないのである。我輩は、誰にでも同じである」
「じゃあ! あたし、帝都に行ったら欲しい装飾品が……」
「自分で買えば良いのである」
「嘘つきだぁ……」
「冗談である。値段にも寄るが、買えるものであれば買うのである」
「え? 良いの!?」
「日頃世話になっているのである。感謝の気持ちである」
「お、センセイが珍しいこと言ってるな、それなら俺もだろ」
「旦那、俺の叙勲祝いも下せぇ」
「ついでに僕の昇級祝いも……」
「おれ、肉が良い!」
「ボクはお菓子が良いなぁ。帝都のお菓子、どんな味なのかなぁ……」
「私も良いですか?」
我輩とアリッサ嬢のやり取りを耳聡く聞き付けたダンを筆頭に、次々に自分にも何かを寄越せと希望を述べて来るのである。
どうやら、我輩は帝都に行ったら大変なことになりそうである。
この申し出が我輩をからかう冗談である事を願いつつ、散財の覚悟も一応しながら我輩は食事を続けるのであった。




