そして帝都へ、である
我輩の名はアーノルド。自由気ままに生きる錬金術師である。
春の日差しが暖かく、時折吹く風が心地好い涼しさを我輩に届けるのである。
この時期の気候は我輩にとって快適なものであるのであるが、現在の我輩の若干億劫な心境を払拭する程ではないのである。
現在我輩達は帝都へと続く街道を移動している最中である。
当然今回も【浮遊の荷車】に載って移動しているので、体力的な問題はないのである。
あるのは、心理的な問題である。
「申し訳ございません、私事に巻き込んでしまう形になってしまって……」
そんな我輩の心境を察するかのように、ミレイ女史が申し訳なさそうにこちらを見るのである。
「いや、ミレイ女史が気にすることではないのである」
「そうだぜ。経緯はどうあれ帝都へ行くと決定したのはセンセイ本人だ。なのに未だにうだうだしてるとか、馬鹿じゃねえのか?」
「そんな言い方は……」
「何かを勘違いしているようであるが、我輩が現在この状態なのはアリッサ嬢のせいである」
ドランに荷車を牽かせているダンが、こちらの会話に混ざって的外れな事を言ってくるので訂正をするのである。
「そりゃ失礼。だが、そりゃあ自業自得だから仕方ねぇな」
我輩の言葉に対し、おどけた様子で返答を返すとダンは我輩達から離れていくのである。
そう、前日の夜に手紙の件の仕返しとしてアリッサ嬢と妖精パットンを副作用を抑制した総合回復薬の実験に巻き込んだのであるが、アリッサ嬢は副作用の影響で夜眠ることができず、事もあろうか深夜に眠っている最中の我輩を起こし、副作用が切れるまでの間延々と話をするという八つ当たりを敢行したのである。
そんなアリッサ嬢は現在、とても気持ち良さそうに眠っているのであるが、中途半端な時間に起こされた我輩は現在頭に靄がかかったかのような状態になっているので、億劫な心理状態に陥っているのである。
「と、いうわけなので、ミレイ女史が気にすることはないのである」
「…………そのお話し会、私も参加したかったです」
「……次回はそうするのである」
少し拗ねたようにそう訴えるミレイ女史にそう答えると、納得したのかサーシャ嬢の方へと移動するのである。
できれば次回は永遠に来ないことを願いたいところである。
しかし、ミレイ女史は我輩の話をどう捉えているのか疑問である。
どうにも微妙に話が噛み合っていない気がするのであるが、……どうにも寝不足で頭が冴えないのである。
そんな状態では良くないと思った我輩は、少しでも頭を動かそうと昨日あったやり取りを思い出すのであった。
パノン・ウイングバードという名前を口にするミレイ女史は心底うんざりした表情を浮かべていたのであるが、その名前に反応をしたのはドランであった。
「パノン・ウイングバードってもしかして、【放蕩貴族】のパノンの事か?」
「【放蕩貴族】のパノンって、確か子爵家を勘当されて探検家になったっていう噂の、今Cクラスに最も近いって言われているDクラスの探検家ですよね?」
「まぁ、それを追い抜いてお前がCクラスになったわけだがなぁ」
「茶化さないでくださいよ。そんな事言ったらドランさんなんかBクラスじゃないですか」
「おぉっと、薮蛇だったぜ。はっはっは!」
笑ってごまかすドランを、冷やかな目でハーヴィーは見ているのである。
時折以前のような挙動不審な面も出るのであるが、だいぶ精神的にも成長したようにも思えるのである。
まぁ、その分悪い影響も受けているとは思うのであるが。
「へぇ、そんな奴がいるんだな。知らなかったな」
「まぁ、あたし達は基本的に殆どギルドに行かないからねぇ」
ドランと、後に続いたハーヴィーの説明を聞いたダンとアリッサ嬢が、ミレイ女史を見るのである。
おそらく、話題に上がったものかどうかを確認しているのであろう。
「そのパノンという探検家はどういう方なのかというのをご存知ですか?」
「ああ。探検家にしては珍しく基本的には単独行動で活動していて、魔法を中心にした戦い方をしているらしいぜ」
「単独行動になっている理由も、貴族らしい振る舞いが他の探検家と反りが合わないから、というものらしいですね」
二人の返答にミレイ女史は大きなため息をつくのである。
どうやら正解のようである。
「そうですね、私とアーノルド様の便りにあるパノン・ウイングバードと、探検家【放蕩貴族】パノンは、ほぼ同じ人物だと思っていいと思います。あの人はどこかへ行ったと思ったら、探検家になっていたのですか……」
「で、そのパノンってどんな奴なの?」
薫製肉を満足するほど食べ終え、会話に混ざるデルク坊の質問に対し、ミレイ女史は返答に詰まるのである。
何やら言いづらいことでもあるのであろうか。
「……ました」
「え?」
「求婚をされていました。小さな頃から。……本当に……本当に迷惑な人です」
そう言った時のミレイ女史の表情は、今まで我輩達が見たことのないほど冷たいものであり、我輩達はそんなミレイ女史にかける言葉が無かったのである。
そんな中、ミレイ女史はぽつぽつと説明を始めるのである。
「元々、ロックバード家とウイングバード家は親戚筋でして、こちらが分家筋になります」
「ロックバード家の方が分家なのに身分が上なのかい?」
「はい。元はこちらが子爵家であちらが伯爵家だったのですが、あまりに当主が無能過ぎて時の陛下から爵位の交代を命じられました」
「そんなことあるのかい?」
「前例は無かったそうです。それだけ当時のウイングバードの当主が無能だったのでしょう。……今もそうですが」
「ミレイおねえちゃん……お顔怖いよ……」
どうやら、相当そのウイングバード家というものに今もミレイ女史の家は迷惑をかけられているのであろう事が、本人の表情から受け取れるのである。
「……どうにもあの家の事になると感情的になってしまいます。ごめんね、サーシャちゃん」
「で、パノンっていうのはどんな奴なんだ?」
大きく息を吐いて気を取り直したミレイ女史であったが、ダンの質問を受けてまた表情が凍るのである。
相当嫌なのであろう。
「……歳は、私より10程上です。魔法の才能は高いのですが人柄が……一言で言うと自分勝手で、私が8歳になると私を妻にしようと付き纏いはじめたのです」
「18になる本家筋の子爵の息子が、8歳になる分家筋の伯爵令嬢を付き纏うのか……なんていうか……」
「突っ込み所が多すぎるねぇ」
「そういうややこしい関係のため、父もあまり強く出ることができなかったのですが、私が彼にアーノルド様に憧れていることをつい言ってしまった事で、自体は余計にややこしくなってしまいました」
どうやら、自分が我輩以上の実力を見せればミレイ女史は振り向くと考えたパノン氏は、我輩に対抗するようになり、我輩が魔獣の巣を駆除したと聞けば、獣の巣を焼き払い暴走を引き起こしたりするといった、はた迷惑の行動を度々起こすようになったようである。
そのため、このままでは家に悪影響が及ぶかもしれないと考えた子爵家の当主はパノン氏を勘当したらしいのである。
それがどうやら4年ほど前になるらしいのである。
「そんな男が錬金術研究所に入って、センセイに挑戦状をたたき付けたと」
「そういう事になるのであるな」
「じゃあ、ミレイおねえちゃんも大きな町に行くことになるの?」
「お父さんは無視していいって言ってたけれど……」
どうやら、パノン氏はミレイ女史と我輩を帝都に呼び寄せて、ミレイ女史の目の前で自分の優位を見せつけたいらしいようである。
くだらない話なのである。
しかし、それだけの自信を持ってこちらに挑戦状をたたき付けて来る者の錬金術の腕前というのも興味があるのである。
そう思うと、少し前まで何の興味も無かった帝都行きに対しても前向きになるのである。
「なるほど。楽しみであるな」
「え!? アーノルド様?」
我輩の申し出に、ミレイ女史が驚きの声を上げるのであるが、それとは対照的に予想的中といった様子で苦笑いを浮かべているのがダンとアリッサ嬢である。
「まぁ、センセイなら俺の錬金術の腕前を見てくれって言われたら行くわな」
「数少ない錬金術仲間だしね」
「え? 錬金術研究所の研究員からの挑戦状ですよ? それに、もしも負けたら……」
ミレイ女史は、我輩が負けたらここからはなれなければならないことを危惧しているようであるが、それは問題外なのである。
「ミレちゃん、センセイにはそんなの関係ないのよ。それに、仮にそうなってもミレちゃんは渡さないでしょ」
「当然である。ミレイ女史は物ではないし、そもそもリリー嬢の指示でこちらに出向している身である。パノン氏の主張がおかしいのである」
「そういうこと。もしも本家の権限とやらで強引に奪おうとしたら、一代候爵のリリーとリーダーとあたしを相手にすることになるからね。だから、伯爵様も相手にしなくて良いって言ってるんだと思うよ」
おそらく今回のことは表向きはパノン氏の独断で行っている事なのは、我輩の書状を見てもわかるのである。
仮に宰相が糸を引いているのであるならば、ミレイ女史を守るために全力を用いて勝てば良いだけの話である。
さすがにいくら優秀だとは言え、少ししか錬金術の研究をしていない者に道具の品質で負けるとは思いたくはないのである。
とは言え、ミレイ女史やサーシャ嬢にはすでに追いつかれているどころか負けている分野もあるので、多少不安ではあるが。
と、いうわけで、急遽帝都行きを決定した我輩を見や否や、サーシャ嬢とデルク坊も帝都行きを希望したのである。
やはり行きたいのを我慢していたようである。
と、いうわけで、結局全員で帝都へと向かうことになったのであった。
「そろそろ、村に着きますぜ」
ぼんやりと考え事をしているうちに、辺境の集落から一番近い村にどうやら到着するようで、ドランから声がかかるのである。
今回の帝都行きは日程に余裕があるので、サーシャ嬢達にできるだけ帝都までの道のりを楽しんでもらおうと、寄り道をしながら向かうつもりなのである。
この村も、東方都市に行ったときは寄ることが無かったので、今回は寄ることにしたのである。
「この前の更新ぶりですね」
「そうだな。どうせだからギルドにでも寄っていくか」
秋の頃にギルド証の更新をしにやって来たことのあるドランとハーヴィーが、何やら懐かしそうな顔をして話し始めるのである。
そんなドランが荷車を牽きながら食事のできる場所へと案内していると、
「あ、ドランさん! ハーヴィーさん! 久しぶりです!」
と、若い男女がドラン達を呼び止めるのであった。




