結局はこうなるのである
我輩の名はアーノルド。自由気ままに生きる錬金術師である。
いつも通りの朝を迎え、工房でいつもの三人が錬金術の研究に勤しんでいると、ドアを開けて何者かが中へと入ってくるのである。
「おう。いつもお前達は元気だなぁ……」
「おはようである。調子はどうであるか?」
「頗る快調だよ。寝不足なのにな……」
「それは重畳である」
どうやら、我輩が飲ませた総合回復薬は効果を発揮したようである。
総合回復薬とは中級手引き書の後ろの方に載っている、疲労改善・各種毒の緩和・代謝能力の向上といった、現在我輩達が作っている体力回復薬・解毒薬・傷薬の効果を兼ねている薬である。
ただし、効果はそれら単体の薬の6割程度になるようで、微妙に使い勝手が悪いような気もするのである。
とは言え、キズいらずは飲んでも傷を回復できるわけではないし、解毒薬はかけても全身に効果を及ぼすわけではないが、なぜかこの薬は飲んでもかけても全身に効果を及ぼす事ができるという点と、個別に作る場合よりも作製時間が早く済むという利点があるのである。
当然、使う構成魔力や素材が増える分、構成魔力の制御が困難になるのであるが、現在の我輩であればそれほど難しいものでもないのである。
昨日ダンに薬を飲ませたのであるが、特に何も起きなかったので副作用が出ないことを不思議に思っていたのであるが、どうやら副作用は睡眠阻害のようである。
これはおそらく、【疲労改善】の構成魔力を作る際にしよういた素材の薬草が、眠気覚ましの薬の素として使われることもあるからであろう。
本来の副作用は、約一日酷い風味が口に残るというものであったので、そちらを副作用に置き換えたのである。
「センセイ、人の話聞いてたか? 俺は寝不足なの。寝れねぇの」
「でも快調なのであろう?」
「体はな。だけど、頭が寝不足で不調だよ」
「おそらく後半日程度はその状態が続くと思うのである」
「ま……まじかよ……寝れなくなるとは先に聞いてたけど、眠気覚ましみたいにシャキっとしねぇとか……しかも後半日……」
我輩の言葉を聞き、ダンはげんなりするのである。
それならば、酷い風味の方が良かったであろうか?
他の副作用も一考する価値はあるであろうか?
我輩は再度、ダンを実験に巻き込むことを決めるのであった。
だがこの後、ダンから副作用抑制のことを尋ねられ、忘れていたと素直に答えた我輩は、今日の夕食事に処分し忘れていた総合回復薬を盛られ、その日眠ることができずに次の日の昼過ぎまで、体調は良いのに寝不足で最高に気分が悪いという状態を過ごすことになるという反撃を受ける事になり、我輩はこれからの道具の作製事には副作用を抑制するという事を意識することを忘れないようにしようと心に誓うのであった。
それから数日後、首長から鳩便がやってきたとの連絡が来たのである。
「4通来てるぞ」
「4通? 多いねぇ」
便りを受け取ってきたダンの言葉に、アリッサ嬢が意外といった感じの表情を浮かべるのである。
「全部俺関係の便りですかい?」
「……いや、お前が2通。ミレイと……センセイに1通だ」
「私とアーノルド様ですか?」
「ああ。差出人は……ミレイは親父さんから。センセイは…………はぁ? 錬金術研究所から?」
ダンの言葉に、言葉に出ることは無かったのだが、我輩も頭に疑問符が湧くのである。
錬金術研究所は、現在我輩を目の敵にしている宰相が管轄している筈なのである。
なので、我輩に連絡を寄越すなどということがあるわけがないと思っていたのであるが、一体何事なのであろうか?
「見間違いではないであろうな」
「ほれ。しかし、あっちから接触してくるとは思わなかったな」
我輩の問いに対し、ダンは我輩宛ての便りを渡すのである。
差出人の欄を見てみるのであるが、確かに“錬金術研究所“と書いてあったのである。
「ねぇおじさん、お手紙なんて書いてあるのかなぁ? 仲直りしましょうとかのお手紙かなぁ」
正直なところ、別に開けてみようとも思わなかったのであるが、このタイミングでサーシャ嬢にそう聞かれてしまったら開けて見ないわけにはいかないのである。
そこでふと視線を感じたので、顔を上げて周りを見渡すと、デルク坊以外が我輩に注目していたのである。
どうやら、全員我輩の便りの内容が気になっているようである。
デルク坊もちらちらとこちらを見ているので気にはなっているようであるが、集落の女性陣から貰った数種類ある新作の薫製肉を食べる方に比重が向いているのである。
デルク坊の食い意地は悪化の一途を辿っているのである。
そして、アリッサ嬢と妖精パットンの口元が微妙に笑いを堪えている感じである事を確認したのである。
どうやら、今回サーシャ嬢をけしかけたのはあの二人のようである。
今日の総合回復薬の実験に、あの二人にもなってもらう事を我輩は内心決意するのである。
被験者は多い方が実験の精度が上がるのである。
そんな事を思いつつ、我輩は便りの封を開けるのである。
「便りは一枚であるか」
その中身を確認していくのであるが、丁寧な口調の文体で書かれてはいたものの、内容としては我輩に対する挑戦状のようなものであった。
「なんであろうな、挑戦状のようであるな」
「挑戦状?」
「そうであるな、穏やかに書かれているのであるが、内容としては“私の方が我輩よりも強力な道具を作り出すことができたので、見に来れるものならば見に来てみろ“といったものであるな」
「それって、荷車やキズいらずの事を言ってるかねぇ」
我輩の言葉に首を傾げるサーシャ嬢に、かい摘まんで説明すると、その内容にアリッサ嬢が反応するのである。
時期的なものからしても、おそらくそういうことなのであろうとは思うのである。
「あぁ、宰相閣下はさておき、錬金術研究所の連中はこれがセンセイ発信だと分からないもんな」
「宰相閣下から常日頃追い込まれていると考えれば、こちらに自慢したくもなるっていうわけですかい」
「まぁ、そういう事なんでしょうね」
「だけどねぇ、今センセイは“私“って言ったよね、普通なら“我々“とか“私達“にならないかい?」
ダン・ドラン・ハーヴィーも同様の考えのようである。
そして、アリッサ嬢が言ったように我輩もその点が気にかかっているのである。
最後までまた読み進めていないので何とも言えないのであるが、どうにも錬金術研究所からと言うよりもその中の職員が個人で我輩に宛てたような文面なのである。
そんな事を考えていると、我輩同様に自分宛ての便りを見たミレイ女史がこちらに質問をしてくるのである。
「アーノルド様、その便りの最後に人の名前が書かれていませんか?」
ミレイ女史に言われ、我輩は便りの最後を確認すると、そこには何者かの名前が書かれていたのである。
「書いてあるのであるな……」
「パノン・ウイングバードという名前ではないですか?」
「……そうであるな。ミレイ女史の便りと関係が?」
我輩に先んじて答えるミレイ女史に疑問が湧くのであるが、話の流れからするとそう考えるのが妥当である。
ミレイ女史は、我輩の質問に頷きを返すのである。
「父から連絡がありました。パノンがアーノルド様から私を取り返すために錬金術研究所に入所したと」
そう言っているミレイ女史の顔は、心底うんざりした表情であったのである。
パノン・ウイングバード、一体何者なのであろうか。
そして、ミレイ女史の表情と我輩宛てに来た手紙の内容から、面倒なことになるのであろうと薄々予感し、帝都絡みだと結局はこうなるのであるなと思うのであった。




