空回りである
我輩の名はアーノルド。自由気ままに生きる錬金術師である。
東方都市で行われた料理大会に出展参加をしてから一月ほど経過し、我輩達は辺境の集落にいるのである。
理由はそろそろドランの叙勲式の連絡が来るからだろうという予想からである。
ダンを始めとした探検家連中は、やることがないということで探検家ギルドの周辺調査の仕事を受け、毎日そこらを駆け回っており、それにデルク坊は毎回、ミレイ女史は時折同行しているのである。
サーシャ嬢は、ノヴァ殿の形見である準魔法金の容器を使い、紙人形の研究をしているのであるが、最近は大分【意思】の構成魔力を扱えるようになってきたようで、研究にも熱が入っている様である。
そんな中、我輩は未だに帝都に行こうか行くまいかというのを一人悩んでいるのでおり、研究にあまり身が入っていないのである。
今までこのような事はなかったのであるが、あまり良くない傾向なのであろうか。
「おじさん」
ぼんやりそんなことを考えていると、サーシャ嬢が心配そうにこちらを見ているのである。
「なんであろうかサーシャ嬢。人形の研究はいいのであるか」
「うん。【意思】の構成魔力をやっと一人で制御できるようになったから、おじさん達が作っているお人形は作れるようになったけど、ノルドみたいなお人形は作れないや。どうやったらいいのかなぁ……」
「それは我輩にもわからないのである」
ノルドとは、大森林いる生命体の持っている【意思】の構成魔力を餌とする魔物の身代わりとして作る事になった【誘因の紙人形】という道具の作製中に、うっかり考え事をしていた我輩が作ってしまった意思ある紙人形のことである。
サーシャ嬢は友達であるフィーネ嬢と協力してノルドのような意思ある人形を作る事を自分の課題として、日々研究に励んでいるのである。
この前、ノヴァ殿の事を報告しに森の集落へと向かった際、人形を作っている者がいるという集落までフィーネ嬢を伴い足を運んだのであったが、サーシャ嬢達が思っている人形とは製作のコンセプトが違ったものの、その精巧さや技術に刺激を受けたらしく、制作者である獣人の老人にいろいろ質問をしていたのである。
集落を離れる際、以前より造形の凝ったノルドサイズの可愛らしくなった人形をフィーネ嬢と持っていたのには、驚きとともに年頃の女の子らしいと微笑ましく思ったものである。
「ねぇ、おじさん。聞きたいことがあるの」
「なんであろうか」
サーシャ嬢が再度我輩に話しかけてくるのである。
ダンの悪影響で、サーシャ嬢は錬金術関連の質問では我輩を先生と呼ぶので、どうやら今回の質問は錬金術とは関係の無い事のようである
「お家に帰ってからずっと元気がないけどどうしたの? ダンおじさんは、<センセイが珍しく何かに悩んでいるから、好きなだけ悩ませておこう>って言っていたけど……。やっぱ気になるよ……」
「我輩が悩んでいるのに気づいていたのであるか」
「おじさん、もう一月近くお勉強があまり進んでないんだよ? みんな分かってるよ。なんで分からないと思ったの?」
我輩の問いに、困ったような笑顔を浮かべてサーシャ嬢はそう答えるのである。
どうやら我輩が悩んでいるということは全員に筒抜けだったようである。
そして、ダンはまた余計な気を回していたようである。
……気を回していたのか、見物にしていたのかは若干疑わしいところなのであるが。
さすがに、全員に心配をかけてまで一人で悶々と悩み事に勤しむ気など無いし、おそらく我輩一人で考えても答えなど出ないと思ったので、もう本人に確かめることにするのである。
ちなみに悩みの対象がダンやアリッサ嬢であるならば、おそらくこんなに悩むことなど無かったと思うのである。
「我輩、帝都に行こうか迷っているのである」
「そうなの? 行きたくないの?」
意外といった表情を浮かべてサーシャ嬢は我輩にさらに質問をぶつけるのである。
なので、我輩は何故辺境に来る事になったのかを、端的にサーシャ嬢に説明するのである。
「……と、いうわけで、我輩はあまり帝都に行きたいとは思わないし、興味が無いのである」
「だけど、みんな大きな町に行くかもしれないから、おじさんだけ一人ぼっちだと寂しいからどうしようかなぁって悩んでたの?」
「まぁ、そんな感じである」
我輩が悩んでいたのは、我輩が行かないとなると、我輩に気を使ってサーシャ嬢達も行かないと言い出すのではないかという事なのであるが、それを本人に言うのは良くないのと思うのである。
サーシャ嬢は、ダンのようながさつ者とは違うのである。
だが、サーシャ嬢から出た言葉は我輩の予想外だったのである。
「なんだぁ、おじさんって意外と寂しがりやさんなんだね。大きな町に行くのはダンおじさんと、アリッサお姉ちゃんと、ドランくんだけだから大丈夫だよ!」
サーシャ嬢は笑顔でそう言うと、我輩を慰めるかのように我輩の背中辺りを撫でるのである。
最近サーシャ嬢は、ドランから先生呼びをされることが増えてきたので、ドランをくん呼びするようになったのである。
もちろん、これもダンの入れ知恵である。
「ちなみに、ボクはダン達に付いて行くけれどね。寂しがりやの錬金術師アーノルド」
サーシャ嬢の肩から突然姿を現した妖精パットンが、イタズラ小僧のような笑顔を浮かべて会話に混ざってくるのである。
どうやら、先ほどの話を全て聞いていたようである。
「我輩は、寂しがりやというわけではないのである」
「あはは、そうだね。本人に聞けばすぐわかることを、悶々と悩んでいただけだよね」
理由を知って、満足そうにその場を離れるサーシャ嬢の肩から飛び上がり、我輩の頭に乗った妖精パットンは、我輩の抗議に対し訳知りな返答を返すのである。
「妖精パットン、人の考えを勝手に読むのはいかがなものかと思うのである」
「失礼だなぁ、錬金術師アーノルド。ボクじゃなくてダンがそう言ったんだよ」
「どういうことであるか」
妖精パットンの説明によると、もともと帝都行きはダンとドランとアリッサ嬢の3人で行く方向だったというのである。
どうやらダンは、森の家について早々にハーヴィーとミレイ女史に帝都に行くのかどうかを聞いていたらしいのである。
理由を尋ねる二人に対し、ダンは
「多分、今回センセイは帝都に行く理由が無いし興味が湧くようなものも無いから乗り気じゃないだろうしな。ハーヴィーやミレイも行くとなるとデルクや嬢ちゃんも行くって言い出すだろうし、行く理由が無いなら別に無理に付いて来る必要は無いからなぁ、今回は」
そう答えたらしいのである。
なので、既にCクラスの手続きは東方都市で終えているハーヴィーと、錬金術の研究や周辺地域の調査の方を優先したミレイ女史はこちらに残ることにしたようなのである。
「ダンは、錬金術師アーノルドが悩んでるのは、サーシャやデルクを帝都に連れていった方がいいだろうけど、自分はあまり行きたくないということのジレンマじゃないかと予想していたみたいだよ」
だが、いつも自分勝手に動いている我輩が、他人の事で思い悩むのは良い傾向だろうという事で、放置する方向に話を進めていたようである。
つまり、我輩の悩みは空回りの上に、ダンに完全に読み切られていたということである。
ダンのそういう余計なところで勘の良いところが何とも悔しいものである。
「図星かい?」
「分かっているのであろう?」
「あはは、どうだろうね。だけどね、錬金術師アーノルド」
妖精パットンは我輩の頭から離れ、顔の前にやって来るのである。
「君は君らしく、だけど物事はバランスが大事だよ。君はこの集団の責任者なんだからね。あまりらしくないと皆が心配するよ」
「……そうであるな。心配をかけたようである」
「まぁ、心配していたのは主にサーシャとミレイだけどね」
そう言うと、妖精パットンは笑いながらまた我輩の頭の上へと飛んでいくのである
おそらく以前バリー老から我輩の迂闊さを指摘された事で、以前よりも相手に気を使うことを意識していたのでるが、それが行きすぎてこういう結果になったのであろう。
結局のところ、妖精パットンが言っていたようにバランスが大事、ということなのであろう。
「おう、ただいま。センセイ、何かすっきりした顔になったな。良いことでもあったか?」
そこへ、本日の仕事を終えて戻ってきたダンが、我輩の様子を見にやって来たのである。
我輩に気を使ってくれた感謝の気持ちもあるのであるが、何やら手玉に取られて悔しい気持ちもあるので我輩は、新しく作った複合回復薬の実験にダンを巻き込むことを決めたのであった。




