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錬金術師アーノルドの自由気ままな毎日  作者: 建山 大丸
外伝 歴史に葬られし大罪人の追憶
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ー終わりの時ー

 「時間だ」


 看守と思われる兵士が牢を開け、俺を呼ぶ。

 どうやら処刑の時間になったらしい。


 俺はいつも通りに立ち上がり、何事も無いように看守の方へと向かっていく。

 その様子に、看守は多少の驚いたような表情を浮かべている。


 「わかっているのか? 聴取の時間じゃないんだぞ」

 「ああ、処刑台に向かうんだろ? さっさと行こうや。俺を処刑したくてたまらない宰相閣下以下、至上主義者達を待たせると、あんたや他の兵士にとばっちりが行くかもしれないだろ?」


 俺はそう言って立ち上がり、後ろを向いて兵達が縛りやすいように後ろ手で手を組む。


 「なんでそんなに聞き分けが良いんだ? 死にたがりなのか?」

 「そんなわけあるか。開き直ってるだけさ」


 困惑の色を強める兵達に対し、まぁ、確かに死にたがりにも見えるか、と思いながら俺は領内を最後にした時の事を思い出すのだった。






 死の病を乗り越えたアルケミー領はそれから十数年経った今、急激な発展を遂げていた。


 奇跡的な生還率を出した俺達は、その理由として死の病の抵抗・治療薬を帝都へと報告後、しばらくしてから製薬に携わっていた薬師達を国内各地に派遣することで、技術の普及に勤めることになる。

 本格的に俺達へと協力することになったアルケミストは、薬師達に自分の持っている知識や技術を全て教えることで、薬学が急速に発展することになり、その発祥の地であるアルケミー領は薬学の聖地と言われ、薬師希望者達が集まるようになった。


 また、アルケミストは魔の者となった時に作り出した幾つかの術式を応用させ、最低限の魔力制御さえできれば誰でも仕えるようになる魔法の道具の作製術式を考案、“錬金術“と命名し、時間があればその研究に明け暮れていた。


 俺は、暇さえあればアルケミストから錬金術の研究結果や理論について話を聞かされていたが、全く理解することはできなかった。


 「貴方は、脳が筋肉なのかしらね。それか、脳まで鈍感なのか。しょうがない人ね」


 そう思うなら俺じゃないやつと話をすれば良いものの、アルケミストは俺に話すことは絶対やめなかった。

 まぁ、魔の者になったのように、何も言わずに物事を進めていかない、と、いう約束をしていたというのもあるわけだが。


 その錬金術だったが、まだまだいくつかの問題点はあったものの、アルケミストの立ち合いの元であれば運用が可能になり、錬金術に興味を持った何人かが生徒として共に研究に励むようになっていた。


 また、死の病の件の報酬として何か欲しいものはあるかと聞いたところ、珍しい料理が食べたいと言われたので、季節もちょうど春という事もあったので、東方都市で地域料理の祭りを開くことにしたのだが、それが思いのほか領民や旅行者に人気を博し、ここ数年では東部地方や周辺地域以外の参加者も増え出してきているのも発展の要因だろう。


 そんな中、帝都から一通の通知がやってくることになる。

 それは、ここ最近の発展が異常なので帝国からの独立を考えているのではないかを調査するための視察を行うというものだった。


 はっきり言うと頭がおかしいとしか思えなかったが、ここで視察拒否をすればそれこそ翻意ありと取られてしまうので受けざるを得ない。

 中央の貴族は、本当に足を引っ張ることしかしないものだと思った記憶がある。

 そして、視察官として帝城の首席宮廷魔導師がやって来たことで、今回の難癖の首謀者が、人間至上主義者の首魁である宰相閣下だという事に思い至るのだった。


 確かに、俺達が新しい技術や情報を帝城へと報告するときは、“大森林の調査で発見した書物など“から得たものだという報告はしているので、至上主義者達の目に留まってしまうのは仕方がないとは思う。

 だが、それでわざわざこんな難癖までつけて視察にやってくる意味が分からないが、至上主義者が視察官である以上、大事を取ってアルケミストの存在は隠すことにした。


 “アルケミー領の賢者“が女性ということは領内では有名なので、代役を立てることが難しい。

 そこで、賢者は別の場所で起きた問題の解決に赴いていて不在ということにし、代役を立てる事にしたのだ。


 アルケミストは錬金術の道具で姿を変えていれば問題ないと、自分が視察官に対応することを望んだが、俺や部下がまだ錬金術という魔法技術を信用し切れていなかったため反対していた。

 まだ錬金術で出来上がる道具の品質には、元となった術式の道具の品質に比べるとはるかにばらつきがあったためだ。

 アルケミストもその点をまだ課題としていたので、俺達の意を汲んで最終的には引き下がるのだった。 

 ただし、アルケミストは一研究員として様子を見るということだけは認めてくれというので、関係者の末席として参加することを認めることにしたのだが……。


 アルケミストを、いや、錬金術の道具を信用しきれなかった俺達、いや、俺の選択がアルケミー領の崩壊を招くことになる。


 代役の若者はアルケミスト共に錬金術の研究に携わっている優秀な男で、視察官の対応もそつ無くこなしていた。

 残すところは、今度帝城に報告することになる研究中の魔法技術である錬金術の実演だけだったのだが、そこで思わぬ出来事が発生する。


 男は実演中に、予定になかった工程をを急遽作業に組み込んだのだ。

 それが何の為の作業で、その難しさがどれほどのものなのかというのは俺にはいまいち分からなかったが、後ろ手見ていた研究員達や、それよりも更に奥にいたアルケミストが動揺していたことから、それがかなり不安定なものであるということだけは分かった。

 だが、男はその作業を無事にやり終える事ができた。


 できた筈だった。


 だが、錬金術用の容器の中に入っていた魔力は暴走し、制御不能になってしまった。

 そのままだと中の魔力は大爆発を起こしてしまうというところで、奥から走ってきたアルケミストが強引に魔力を抑え込んで暴走を止めるのだが、その結果アルケミストは意識を失うことになってしまい、倒れた時に被っていた帽子が外れ、視察官にアルケミストの素性が知られることになるのだった。

 その場での引き渡しを求める視察官の申し出を真っ向から拒否したことで、怒り心頭になった視察官は宰相閣下の指示を仰ぎに帝都へと急いで戻って行ったのだった。


 そしてそれから一週間ほど経過し、栄えある帝国貴族として帝国崩壊を目論む悪しき亜人の引き渡しに応じるべしという書状が俺の元に届くのだが俺はその要求に応じることはなかった。

 その後も何度か引き渡しの書状が来るのだが、俺を悩ませたのが引き渡しに応じない場合、部下達の身分の保障ができないと書かれていたときだった。


 どうしようかと悩んでいた俺に、部下達は


 「身分よりも命の恩人です」


 と言ったことで、俺の腹は決まったのだった。


 「すまん。アルケミストのために、皆、平民に落ちてくれ」

 「喜んで。我々の命のみならず、家族の命もアルケミスト様は救ってくださったのです。爵位など惜しくありません」


 そして俺は引き渡しの最後通告に来た帝都の騎士隊に、アルケミストを深夜に大森林へと逃がしたことを告げ、その場で拘束され今に至るのだった。






 「……以上、亜人と通じ帝国の破滅を目論んだ罪は深く、この場で首落としの刑に処することが決定された」


 俺は今、兵に連れられ帝都の中央広場へとやって来ている。

 広場には今回のために用意したのだろう処刑台が用意されており、俺はここで亜人に関わった者の末路としての見せしめとして民の前で処刑されるのだ。

 この場には、宰相閣下始め帝都にいる貴族達も多く参列している。

 陛下の姿は見えないが、おそらく後ろに見える帝城のテラスから様子は見ているだろう。


 俺は兵に連れられて、処刑台へと移動する。

 跪いた形で身動きができないように台に設置されている枷に首と両手を嵌められる。

 上には綱で落ちないように止められた巨大な刃物が出番は今かとその存在感を見せている。


 よくよく見てみると、宰相閣下を初めとする至上主義者の面々に加え、帝城に勤める貴族達も何とも優越感に浸った顔でこちらを見ている。

 その中に貴族と談笑している見覚えがある宮廷魔導師の顔を見て、代役の若者が錬金術の実践の前日、<君の実力を遺憾無く見せていただければ、宮廷魔導師に推薦しよう>と言われて魔がさしたと涙ながらに俺に報告してきたことを思い出す。

 魔力を感じることができたものの、魔力の制御方法が分からず魔法使いの道を断念した彼にとっては、錬金術師への道よりも宮廷魔導師の推薦と言うものに惹かれてしまったのだろう。


 そして、作業の終了間近で宮廷魔導師の方から魔力が流れ込んできて制御が不能になったらしいとも言っていた。

 つまり、この一件は宮廷魔導師に仕組まれたということになる。

 だが、今回の陰謀は至上主義者だけではなく、それ以外の帝都の貴族達もなんらかの形で関わっているのだろう。

 でなければ、俺一人が問題を起こしているという形で帝城に報告している以上、部下達まで連帯で貴族の位を失うことは無かったはずなのだ。

 至上主義者のみならず、帝都の貴族達も地方が急激に繁栄するのが面白くなかったということなのだろう。


 なんて下らないことなんだ。


 俺は貴族達のどうでもいい見栄に失望を覚えながら思う。

 こんな下らない時代ならばさっさとお別れしたいと本気で思ってしまう。


 そして、


 俺は神や生まれ変わりなどということは信じる人間ではなかった。

 だが、もしもそういうものがあるのならば、次生まれるときは、錬金術を理解できるだけの頭を持って生まれ変わりたい。

 そして、さらに望むならば、アルケミストが恥ずかしそうに俺に告げた、俺との間に出来た子供や子孫と共にこの帝国の繁栄のために錬金術を使いたい。


 そんな事も思うのだった。


 「それでは刑を執行する! 愚かなる者に正義の鉄槌を!」


 意気揚々と宰相閣下がそう宣言すると、処刑官が俺の近くへとやってくる。


 「最後に言い残すことはあるか?」

 「……いや、何もない。やってくれ」


 処刑官の最後の問いにそう答える。

 最後の言葉は恥ずかしくて人前では言うことはできないので心の中で。


 皆、元気でな。今までありがとう。

 そして、じゃあなアルケミスト。愛してるぜ。


 一瞬の後、縄が切れる音、そして刃物が下りる音が聞こえた。







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