ー共に歩むものとしてー
アルケミストが浮かべていた表情。
決して悲しさに涙を流すわけではない、ただ、何をしても認めてもらえないことに対して哀しい。
どうしたら認めてもらえるのだろうかと無力感を感じている、そういうものだった。
その顔に俺は覚えがある。
アルケミー領がまだ中央にあった頃、父や兄がまだ生きていた頃の事だ。
一族の末の弟として領内にすでに居場所がなかった俺は、入隊可能な年齢になると同時に帝都の騎士隊に入った。
そこで幾度も領内の民達を救い、成果を上げ評価をされ階級も上がった。
だが、部下や執事からは<父や兄も自慢に思っている>などと言われていたが、本人たちは決して俺に何も言うことはなかった。
意を決して本人に直に武勲を上げたことを言いに行ったこともある。
「そうか」
父や兄の言葉はそれだけだった。
その後部屋に戻り、鏡に映ったときの俺と同じ表情をアルケミストは浮かべている。
つまり、そういうことなのか?
俺はそんなことを思わせないように、とっくに仲間だと思って接していたのだが、それが全く伝わっていなかったというのだろうか。
そんな俺の気持ちを余所にアルケミストは話を続けていく。
「分かっているわ。全部私が勝手にやっていること。感謝を求めるのもおかしいと思うわ。だって、貴方にとっては私は未だに領内に招いたお客さんで、そんな私は勝手に領内で世話を焼いて、皆に頼られたら応えているだけだものね」
「今はそんなことを思っていない。俺はずっと感謝している」
「そんなことを私にきちんと示してくれた事があったかしら? それとも、俺を見ていれば分かるだろうって事かしら? それは傲慢よ。部下の皆は<伯爵様は私に感謝している>って言っているけれど、貴方は私の前ではそんな素振りは一切見せていないわ。どうやってその言葉を信用すれば良いの?」
自分の言動や行動をできる限り思い返す。
アルケミストの言う通り、俺は心の中で感謝したり、部下に話していることはあったが、本人に伝えていることは一度もない。
気恥ずかしさから、アルケミストには突き放した態度やおどけたりすることはあるが、真剣に感謝の気持ちを態度で示したこともなかった。
「本当に仲間と思ってくれているなら、他の人と同じように接してよ。何で全員が命を懸けて死の病と戦っている中、私だけ無理するなって止められなきゃいけないの?」
「それは、お前が!」
「魔の者になったからっていうこと? 命を懸けて戦っている人間達と何が違うの? 死の病に対抗する方法があるかもしれないと、その研究のために命を懸けて東方都市にやってきた薬師達と何が違うの?」
「それは、お前の方法なら大丈夫だと信じたからだ」
「そうね。そして私自身が、できるだけ多くの領民を救いたかった。それは全員がそう思っていた筈よ。貴方だって、その方法があれば飛びついたでしょ?」
「まぁな」
それが、代償を払い、魔法薬を作り出すという事だったのだろう。
「仲間だと思ってくれているなら、部下や薬師の皆にしたように、無理をさせる、殺すことになるかもしれないという罪悪感を押し殺して“頼む“って言ってよ。皆と一緒に頑張るの、無理をするのを認めてよ。私だけ同情されて、一人だけ部外者じゃない」
あぁ、言葉も態度も足りていなかったんだな。
気付いたら俺も、父や兄のようになっていたと言うことなのだろう。
俺の言葉を待っているアルケミストに、俺の正直な気持ちを伝える。
「そんなことは無い。言葉が足りなかったのは謝る。領内に連れて来るときは確かに利用するつもりだった。気恥ずかしくて今でもそういっているが、俺はお前のことを領内に住む大事な仲間だと思っている」
アルケミストは、何も言わずに俺を真っ直ぐに見据えている。
俺は、その視線に応えるように言葉を重ねる。
「ただ、お前がそこまで深く領民を愛していることに気付かなかった。その結果、お前が自分の命を文字通りに削るほど無理するとは思わなかった。すぐにでも倒れそうになっているお前の様子を見て罪悪感を感じたのは確かだ。だが、お前のことが心配だったのも事実だ」
「それって、倒れられると製薬作業が滞るからということでしょ?」
「そういう面があったのは確かだ。否定はできない。ただ、それだけじゃない。明らか弱っていく、無理をしているのが分かるお前をそのままにできるわけが無いだろう? 」
「信じられない」
「どうしたら信じられるんだよ」
「きちんと言葉で示してよ」
アルケミストの真っ直ぐな視線に、俺はしばらく逡巡するが覚悟を決める。
「俺はお前のことがーーーー」
そして俺とアルケミストは……
……。
…………。
………………いやいや、それはその時じゃねぇし、そんな流れじゃねえ!
そういう突っ込みと共に、俺は目を開ける。
いつの間にやら寝ていて、夢を見ていたらしい。
確かに、今から数ヶ月くらい前に実際そうなるわけだが、さすがに話が飛び過ぎだ。
実際は、
「信じられない」
「どうやったら信じられるんだよ」
「結果を出したんだから、褒めてよ」
「よくやってくれた、ありがとう」
「……それだけ?」
「お前がいなかったら誰も助からなかった。本当にお前のおかげだよ」
「……今回だけ?」
「……今までもお前や部下達がいたから俺はここまでやってこれたんだ。感謝してる」
「……具体的に最初から言ってよ」
「ぐっ…………大森林で……」
こうして俺は、アルケミストの機嫌が直るまで、満足するまでアルケミストが仲間としてどれだけ重要で、感謝しているかという事を延々と言わされることになり、時折報告にくる部下達や、茶や食事を運んでくるメイドにニヤニヤされる羽目になるわけだ。
「よろしい」
おそらく一生分ではないかという程に、何時間も褒めて認めてその存在の必要性を説明した俺の言葉に満足そうな笑顔を浮かべて一言そう答える。
「それだけかよ」
「なに? 貴方と同じくらい私も返した方がいいかしら?」
「いや、良い。俺はそんな言葉の嵐に堪えられる自信は無い」
そんな言葉の嵐など、ものの数分で気恥ずかしさから確実に身もだえ、全身がむず痒くなる未来が簡単に予想できるので、アルケミストの申し出は辞退させてもらうことにする。
そんな俺の様子を見て満足そうに笑うアルケミストは、その表情のまま口を開く。
「これから宜しく、伯爵様」
「ああ。これからも俺達と共に宜しく頼む。賢者アルケミスト」
こうしてアルケミストは正式に俺の協力者としてアルケミー領で活動することになるのだが、その事を周囲に話したところ、
「は? 伯爵様、本当にアルケミスト様に何もおっしゃっていなかったのですか? いままでアルケミスト様の冗談だとばかり思っていましたよ」
「そりゃあ、アルケミスト様が可哀相ですよ」
「だから、いつまでたっても嫁のなり手が現れないんですよ。あ、いいのか。いなくても」
等と散々な言われようをしたのだった。
そこまで思い返すうちに再び眠気を感じた俺は、ゆっくりとまぶたを閉じる。
これで目が覚めて少ししたら俺の命も終わる。
だが、俺の追憶も何とか最後までいけそうだ。
そう思い、俺は再び眠りにつくのだった。
その日の夢は、アルケミストともに領内の祭に遊びに行く夢だった。
現実では領地経営が忙しく、結局叶う事がなかったが、夢でもその様子が見れて良かったと起きた時そう思うのだった。




