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錬金術師アーノルドの自由気ままな毎日  作者: 建山 大丸
外伝 歴史に葬られし大罪人の追憶
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ー賢者の生き方と覚悟ー

 陛下がいなくなった牢屋は静寂に包まれているが、暫くすると再び足音が聞こえてくる。

 一瞬、また至上主義者達がやって来たのかと疑ったが、それとは別にいくつかの金属音がするので、城に詰めている兵士達だという事が分かり少しばかり安心する。


 「一旦壁まで下がれ。食事だ」


 そういわれた俺が壁まで下がると、食事が乗っている盆が格子の下側から滑るように提供される。

 拳大の堅そうなパンが二つと、湯気が出ているスープという簡素なものだ。


 これも陛下のお心なのか、それとも至上主義者達の気まぐれのようなものなのか、それとも帝城の牢屋での規則なのかは分からないが、腹が減っていた俺にとってはありがたいことだ。


 「食べたらそのまま皿を盆に載せ、お前はもう一度壁まで下がれ。俺に何かあったら、別の兵士がすぐに外へと報告に行くから、下手な真似はするなよ」

 「へいへい」


 そりゃあ、脱獄の可能性もないわけじゃないからな、一人でくるわけがない。

 むしろ、陛下を含めた今までの訪問者が無用心過ぎるだけだ。


 俺は食事をするべく置かれた盆に近づく。パンは思った通り固かったが、スープに浸せばさほど問題はなかった。

 スープには、少々の肉と数種類の野菜の屑があったのだが、俺はその野菜の屑に見覚えがあった。

 それは、現在帝国各地に需要と生産の広がりを見せている、アルケミストがアルケミー領で発見した様々の野菜の屑だった。


 俺は、その配慮に感謝して食事を進めていくと同時に、過去の事をまた思い出して行くのだった。






 「よく来てくれた。感謝する」

 「同然です。このまま何もしなければただ死んでいくだけなのです」


 俺がそう礼を述べると、一人、また一人と似たような言葉を返して次々に大広間へと入っていく。

 彼らは東方都市やその付近の集落に住んでいる薬師やその弟子達で、アルケミストの発案した治療法を実現するべく集められている。

 彼らにはアルケミー領の現状を伝え、駄目元で協力を要請したのだが、驚くことに薬師達は領内を出ることなく、寧ろ積極的に召集に応じてくれたのだ。


 「領主様や賢者様が死の病の治療法があるから協力してくれと言うならば、民の健康を守る薬師として、そして領内に住む者として協力するのは当然です」

 「そうです。私達がここで成果を出すことができれば、ここだけではなく、帝国全土で死の病の恐怖が無くなるのです」

 「何も分からず、無念を抱いてただ死んでいくのは御免じゃが、後進に繋がると信じてこの命を賭けるのは嫌じゃないわい」


 老若男女の薬師達は穏やかに、そして快活に笑いながら、だが″死の病の悲劇を終わらせる″と言う力強い決意を持ち、この場へとやって来ている。

 それだけ、アルケミストが薬師達に提供した薬草や医療の知識というものが、彼らの信頼に繋がっているという事なのだろう。

 

 そうして集まった薬師達は総勢で100人ほどだ。

 とは言え、弟子や助手といった者達も含めてなので、実際に戦力になると思われる薬師達は相当少ないと思われる。

 だが、アルケミストは<薬の知識やイメージが湧く人物であれば一度全員集めてほしい>と言っていたので、おそらく何かしらの考えがあるのだろう。


 集まった薬師達を前に、アルケミストが説明を始める。

 病気の概要に始まり、その治療法や薬の作り方等を次々に説明していく。

 聞いている薬師達からすれば、血の力を利用した製薬方法という今まで聞いたことの無い、ある意味荒唐無稽と受け取られても仕方がない方法なのだが、誰一人としてその事を口に出すものはおらず、寧ろアルケミストの言葉を早く理解しようと真剣な表情で聞いている。


 アルケミストの知識は亜人種の文献を読み解いたものだと説明しているので、領民はアルケミストの事を学者の一族だと思っているものが多く、自分たちの想像外の発想にも特に疑問を持ってないのだろう。


 「……以上が私達が“死の病“と呼ぶものの概要と治療法よ。何か質問あるかしら?」


 説明が終わったアルケミストが周囲を見渡す。

 静寂に包まれていた会場だったが、そのうち一人の若者が恐る恐る手を挙げるのだった。


 「どうぞ」

 「は、はい。あの……その治療法ですと、現在病にかかっている者達は助けることができないという事ですよね。どうにか……」

 「今のままではどうしようもないわ」


 アルケミストの切って捨てるような返答に、質問した若者ほか、数人の薬師はいくらか落胆の表情を浮かべている。

 賢者と言われるアルケミストから方法が無いと断言されたのだから、そうなる者が現れるのも仕方がない。

 ここにいる薬師達も覚悟していたとは言え、厳しい現実にやや騒然とする室内。


 「だから、あなたたちにやってもらいたい事があるの」


 そんな中、アルケミストが改めて口を開く。

 やや騒然としていた室内だったが、言葉が聞こえた者達がアルケミストの方を向くことによって、次第に元の静寂の室内へと戻っていく。

 だが、薬師達の表情は先程までと違い、いくらか不安と疑問が入り混じった物となっている。

 一体、何をするのだろうという事なのだろうか。

 

 それは俺も同様だ。

 先程までの話は、アルケミストから前もって聞いていたことなので何も思わず聞いていられたのだが、その先があることは聞いていなかった。


 あいつは一体何を話すつもりなのだろうか。


 そんなアルケミストから発せられたのは意外な言葉だった。


 「魔力制御の適性を見るわ。数が揃えば、現在病気に苦しんでいる人も助ける事ができる筈よ」






 「……これなら何とかなるかしら。貴方はこっちへ行ってもらっていいかしら」


 アルケミストに促されて初老の薬師は二つある集団のうちの片方へと移動していく。

 一つは魔力制御の適性がある者の集団、もう一つは残念ながらなかった集団だ。

 あの薬師が移動していく先は適性のある方の集団だ。


 「こんな方法で適性が分かるのか」

 「そういっても、一人で魔法が使えるとかそういうほどじゃないわよ。毎日やっていれば自然とある程度はできるような、森の民の小さい子供がする遊びのようなものよ」


 俺の質問に、適性検査の様子をフードの奥で真剣に眺めているであろうアルケミストは、その表情と同様であろう真剣な声色でそう答える。

 今いる薬師達は数本の劣化魔法鉄の棒の前に列を作り、検査官の指示通りに魔力を流すという事をしている。

 魔法金属に魔力を通すことは基本的に誰にでもできるのだが、言われた通りに魔力を流したり止めたりというのは制御能力が関わってくるらしい。

 アルケミストはそれがある程度できるかどうかを調べているのだ。


 「調べたところでどうするんだ? いくら制御できても魔法陣を制御できるほどの力を持っているものはいないんだろ?」

 「ええ、そうね」

 「じゃあ、何のためにこんなことしてるんだ?」


 今やっていることに対し、アルケミストからは何も説明を受けていない俺は、これで何ができるのかがまったく分からないので、説明を求める。

 やや沈黙があり、アルケミストが口を開く。


 「あそこにいる人達と魔法薬を作るわ」


 そう言って、こっちを見たアルケミストは困ったような笑いを浮かべる。


 「ふふふ、思った通りの顔」

 「そりゃそうだろ? だってお前が言ったんだろうが。あいつらの力じゃ魔法は使うことができないって」


 アルケミストの知識や知恵にはしょっちゅう驚かされ続け、多少のことでは動じなくなってきた俺だが、さすがに今回の言葉には呆れと驚きが混じった顔をしてしまう。

 なにせ、さっきアルケミストが言ったことと矛盾しているからだ。


 だが、頭にある可能性が浮かび上がる。


 「お前、まさか……」

 「なに?」

 「あいつらの魔力を抜き取って魔法を使うつもりなのか?」


 そう言った瞬間、俺はアルケミストに思い切り蹴られる。

 どうやら違ったようだ。


 「何馬鹿なこと言ってるの? 頭おかしいんじゃない?」


 フードに隠れて表情は見えないが、きっと今の表情は聞こえてくる声と同様に物凄く冷たいものなのだろうと俺は予想する。


 「そうは言ってもだな……」

 「それに、私達だって人の魔力を奪うなんて事はできないわよ」

 「じゃあ、どうやって連中に魔法を使わせるんだよ」


 一瞬逡巡したアルケミストだったが、意を決したように口を開く。


 「……私が分解の魔法をと魔法の構築方法を応用させて魔法薬の元となる魔力を作って制御するわ。それを彼らに薬として具現化してもらうの」


 アルケミストの言葉に俺は森の民の能力の高さに感心する。

 多数の他人に魔法を使わせるための魔力の構築と制御という事を発想するというだけでも驚きなのだが、それができるというのが更に驚きだ。


 「そんなことが森の民にはできるのか。すごいな、森の民は」


 だが、そんな俺の発した何気ない一言に、アルケミストは重苦しい表情を浮かべる。


 「……できないわ」

 「は?」

 「森の民ではできないわ。無論、森の民である私にも」


 アルケミストの言っていることが俺にはまるで分からない。

 若干苛ついた俺が、再び質問をする前にアルケミストが言葉を重ねる。


 「だから、私は森の民である事をやめて、“魔の者“になる」






 “魔の者“


 様々なものを代償に、種族の枠を超越した力を持つようになった者。

 アルケミストは俺にそう説明し、同時に俺達が分類している魔者というのは魔の冠を抱く際に精神を代償が足りずに精神を持って行かれた者の事を指すのだとも教えてくれた。


 「多分大丈夫だと思うけど、もしもこれが終わった後に私がおかしくなったら私を殺してね。皆に迷惑をかけたくないから」


 そういっているアルケミストの表情は分からない。

 それ以上に、何故そんなことをするのかというのも意味が分からない。


 「待て、そこまですることは無いだろ」

 「ダメだよ。領地の皆をできるだけ多く助ける方法はこれだけなんだよ」

 「だからって、お前がそんなことする必要が……」

 「私ね」


 俺の言葉を遮って、アルケミストが話しはじめる。


 「感謝してるの。貴方にも、他の皆にも。私をここに連れて来てくれて、受け入れてくれて、頼りにしてくれて、慕ってくれて」

 「それはだな……」

 「分かってるよ。貴方はあわよくば私の知恵や知識を領地の繁栄に繋げられればと思って私を連れて来たのは。だって、貴方よく言ってるじゃない」


 だけどね、といってアルケミストは話を続ける。


 「領民の皆はそんなの関係なく、私を賢者と言って慕ってくれて、頼ってくれてね。最初は人間の世界を見たいと思ってやってきただけだけれど、今は違うの。人間が……ううん、アルケミー領の皆が、好きになっちゃったの。だから」


 そう言っている、フードから顔を覗かせるアルケミストの顔はとても晴れやかで、そしてどこか物悲しかったのを覚えている。


 「アルケミー領の、そして、帝国の皆の願いを叶えるために全力を尽くす。これが、皆に慕われている“アルケミー領の賢者“の生き方だし、覚悟だよ」


 そして全員の検査が終わり2日後、南部地方から数匹の家畜がやって来て治療薬の製薬が開始されることになるのだった。






 「食べ終わったなら、盆をこちらに置いて壁まで下がれ」


 食事を持ってきた兵士の声に気付き、俺はいつのまにか食べ終わって空になっていた食器類を格子の近くに置いて反対側の壁まで下がる。


 「一言だけいいか」


 盆を手に持った兵士が俺に向かって話しかけてくる。

 一体なんだろうか。


 「貴方達が発見した治療薬のおかげで、息子が死の病から生き延びることができました。本当に、ありがとうございます」


 俺にだけ聞こえるような小さな声で兵士はそう言って、その場からいなくなった。

 あの治療薬はこの先、帝都の研究者が発見したことにされるのだろうが、今はまだ東部地方の死の病を生き延びた薬師達が発見されたというのが一般的な認識だ。

 今は犯罪者だが、それでも治療薬を発見した地域の元領主としてあの兵士は礼を言ってくれたのだろう。


 今の一言に少し心が癒されたのを感じ、俺は食休みとして横になるのだった。





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