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錬金術師アーノルドの自由気ままな毎日  作者: 建山 大丸
外伝 歴史に葬られし大罪人の追憶
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ー死の病ー

 陛下に話の続きをするように促された俺は、次々にあった出来事を陛下に話していく。

 今は、アルケミストがアルケミー領北部の山間地の集落外れで発見した、“芋“と呼ばれる新しい穀物を発見したときの話をしている最中だ。


 芋を発見した場所は、比較的近くに鉱床が発見されていた為、新しくできあがった集落の近くだったのだが、標高が高い上に北部地方の境に面しているために気温が低く、穀物を作れる時期も限られる上に保存も大変な場所だったのだ。


 そのため、作物の確保が大変で集落に人がなかなか定着しなかったわけなのだが、視察に赴いた際にアルケミストが自生しているそれを発見したわけだ。


 他の穀物に比べると涼しい時期でも栽培することができ、寒い中でも保存が効き、収穫量が多い上に味も悪くないというアルケミストの話を聞き、さっそく試験栽培を行いその有用性を確認してから帝城に、“北部地方での新しい主要穀物候補“として献上した。


 その結果、瞬く間に北部地方で芋の作付けが広まり、今では帝国全体の主要穀物である麦と顔を並べるくらいの勢いを持っているのだ。


 「あれも、森の民の知識であったのか」

 「はい。ですが厳密には、帝国にいた時代に山の民から伝わったものが記録に残されている、と、いうのが正しいようです」

 「なるほど。あちらはきちんと当時の記録を残しているという事か」

 「御意」


 陛下は俺の話を聞きながら、時々何かを思うような様子を見せている。

 俺には陛下が何を考えているのか分かるわけがないが、至上主義者達のような否定的な感情を持っていないという事くらいは分かる。


 なので俺は、そのまま当時の話を続けていくのだった。






 アルケミストは<領地経営には参加しないからね!>と、領地に来る際に強い口調で述べていたが、本来の好奇心が旺盛でお節介であり、人の好い性格が災いして何かにつけては俺達に質問し、意見を述べ、森の民に伝わっている知識や知恵を俺達に教えることになってしまっていた。

 結局は、俺の思った通りの状況になったということだ。


 本人もなんだかんだで部下達や民に頼られるのは悪い気はしないようで、時折俺に文句を言うものの、嫌がったり迷惑そうな感じは一切なかった。


 俺達が強制することなく、自発的に新しい技術や食材や薬草をどんどんと部下や民に教えていくアルケミストは、最初は胡散がられたものの、結果として民の生活が楽になって言ったことで、次第に慕われるようになり、その全身を覆うフードの姿も相まって“アルケミー領の賢者“と、最近では呼ばれるようになっているらしい。

 そう言っていたアルケミストは、言葉では否定していたものの、表情は完全ににやけていて満更でもなさそうだった。

 人気もあって良いことだ。


 そうやって、どんどんと深みに嵌まれば良い。


 そう思っていると、部屋をノックする音と俺の所在を確認する声がする。

 その声は焦りや不安が入り混じっているような感じであったので、領地のどこかで何か問題ごとでも起きたのだろう。


 俺が返事を返すと、ドアを開けて部下の一人が中へと入ってくる。

 その表情は硬く青ざめ、事の重大さを指し示すようだった。


 「どうした?」


 俺の質問に対する部下の答えは、単純で、そしてうまく回りだした領地に対してあまりに残酷な現実だった。


 「死の病の発生が領地の北と西側、そしてこの都市内で確認されました」


 ー死の病ー


 帝国全土で数年~数十年に一度大流行する未だに治療法が確立していない恐るべき病気だ。

 発病した人を介して広まり、発症率はおおよそ7割で、発症は感染してから数日後、その後数日から一週間かけて重篤化し、発症から早くて半月、長くて一月ほどで死に到る病気だ。

 その致死率は8割を超え、感染が認められた地帯はすぐさま封鎖措置をとる事になる。


 まぁ、封鎖という名の死刑宣告だ。


 早々に治療に向けた研究を進めていければ良いのだが、治療に従事した薬師達も研究者達も次々に死んでいくので、命を賭して研究する気概のある者などほぼいないため、研究も進まず、打つ手がほとんどない。

 今のところわかっているのは、先程の説明と、発症前であれば感染力がおそらく低い、ということくらいだ。


 ちなみに、前回流行したのは今からおおよそ20年ほど前で、その時は帝国の南部地方を中心に被害が拡大することとなった。


 当時の俺は、帝都で騎士隊の一員として働いていたが、親兄弟、親戚等の一族は南部地方の境に領地を持っていたために中央に病気を広げないために行動し、結果として全員発病して死んでいる。

 その後、一人では領地経営ができないと判断した、俺は当時のアルケミー領を帝都に返還することとなった。

 そして、再度東部地方に領地を得るにまで到り、ここまで発展させることができたのだが、またもや同じ病に襲われることになるとは。

 自分の運命をさすがに呪わずにはいられない。


 だが、絶望している暇など無く、俺は病が帝国全土に広がらないように早急にやらなくてはならないことを指示していく。 


 「病の確認された地域とこの東方都市の封鎖を速やかに行い、病の発生していない集落の者は領地からすぐに離れるよう矢文で通達。人のいない間に領地の境にある街道に事のあらましを書いた看板を設置後、速やかに都市に戻るように伝えよ」


 これから自分たちがどうなるかというのは分かっているのだろう。

 青い顔をした部下だったが、俺の指示に毅然と返事をして部屋を出ていく。


 俺一人だけになった部屋で、俺はゆっくりと椅子に座り大きく息を吐く。

 息とともに、運命というものに対して言葉にならないほどの恨みの感情をぶつける。


 まったく……ようやく……ようやくここまで来たっていうのによ……。


 そう思っていると、ドアが開かれる。

 ノックもしないで入ってくるような奴はたった一人だ。


 「ねぇ、さっきあなたの部下が、昔、魔狼の大群に襲われたときのような表情してたけど、何かあったの?」


 あぁ、絶望具合でいえば似たようなものなのかも知れないなと俺は思いながら、こいつの頭の中に、この状況を打破できるような知恵があるのではないかという都合の良いことを考え、同時に、こんな状況に巻き込んでしまった事に申し訳のなさを感じる。


 もしも良い知恵があるなら、全力で借りよう。

 無かったら、今ならばまだ病に感染していないかもしれないから、すぐにでも森へ逃げてもらおう。


 そう思い、状況を説明する。


 俺の説明に、何も言わずに考え事をしているときの表情を浮かべるアルケミスト。

 何を考えているかは分からないが、俺は病の特徴や、領地の現状などを次々に説明していく。


 「と、言うのが現状だ。アルケミスト、虫の良い話なのは分かっているが、聞きたい。何か良い知恵はないか?」

 「その病気のことは知ってるし、治療の方法も分かるわ」


 アルケミストはそう答えるが、その表情は厳しいままだ。


 「何か問題があるのか?」

 「時間と人手が圧倒的にが足りないわ」


 アルケミストが示した治療の方法は二つ。


 一つはアルケミストが患者に治療魔法をかける事。

 森の民達にとってこの病は、仮に重篤化したとしても治療魔法を数日かけることで高確率で快復することができるものらしいので、それほど脅威にならないらしい。

 ただ、すでに患者は増加の一途を辿っているので、アルケミスト一人がどれだけ頑張ったとしてもとてもじゃないが治療は追いつかない。


 もう一つは、病気から生き残った人間や家畜の血液から薬を作る事。

 この方法は魔法を使えない亜人種達が主に使用している治療法のようで、俺達人間にとって一番効率の良い治療法になるはずだとアルケミストは言う。


 「そんなことができるのか?」

 「あなたは何で、あの病気が長い間を空けてから一気に流行するか考えたことがあるかしら?」


 アルケミストの質問に俺は首を横に振る。

 今までそんなことは考えたことがないからだ。


 「この病気の源はね、この空気中にずっと存在しつづけているの。だけど、私たちが常に病気にかからないのは、私たちに流れる血の中に病気に対して抵抗する力があるからなの」


 だが、その力も早くて数年、長いと数世代かけて徐々に失われていき、病気に打ち勝てなくなったものが感染するらしい。

 その理屈ならば、毎回流行場所が違うのも分かるし、過去3回死の病が蔓延した地域にいたのに生き延びた【奇跡の人】と呼ばれる存在が数人出たことも頷ける。


 「つまり、その力を持った者の血の力を薬にして飲ませると言うことか」

 「その通りよ。ただ、治療に使うには大量の薬が必要だから、家畜の血を使って薬を作るのが亜人種の中では一般的よ」

 「まぁ、精神的な面で見てもそれが普通だな」


 俺の言葉にアルケミストは厳しい表情を浮かべたまま小さく頷く。

 そう、その方法をとるにしても大きな問題があるからだ。


 「その病気に打ち勝った家畜をどうやって判別するのか、どうやって用意するのかというのが問題か」

 「それは、前回流行したところの家畜を連れてきて、血液を採ってみれば分かるわ。同じ方法でまだ病に感染していない人も分かるから、その人にその地域の家畜を急いでもらって来るように指示して」


 どうやらアルケミストはその方法も知っているようだ。

 どうやって調べるのか興味はあるが、今はそんなことを聞いている場合ではない。

 アルケミストの表情は厳しいままだからだ。


 「それよりも問題なのは、血液から薬を作るのに必要な時間よと人手よ。どんなに急いで作っても、今発症している人達と感染している人達は救えない」


 結局はそこに帰結することになる。

 本来は、常に薬を用意できる環境と薬の備蓄を用意しておくのだという。

 つまり、流行してからスタートするのでは遅すぎるのだ。

 それでも、少しでも民が救える方法があるのならば動くべきだ。


 「頼んだぞ」

 「はっ! 身命を賭して遂行いたします!」


 アルケミストの魔法により、感染が認められなかった部下達が南部地方へ家畜を取りに向かう。

 こいつらの血を使えばよかったのではとも思ったのだが、薬にするには血の力が弱すぎたらしい。

 ままならないものだ。


 こうして俺達の死の病との戦いがはじまるのだった。






 「そうして完成したのが、今の抵抗薬の作製方法です」

 「死の病のみならず、様々な流行り病の治療に使われるようになった画期的な方法だな」

 「御意」


 死の病はアルケミー領で流行ってからはまだ流行の兆しを見せていない。

 だが、他のいくつかの流行り病に対する治療法としてこの方法は評価されているし、死の病に対する薬の備蓄も進んでいるらしい。

 おそらく、次の死の病の時には被害が格段に減るだろう。


 「帝都の薬師達も、血を使った新しい製薬方法や病気の調査方法に多少の抵抗はあったようだが、今では受け入れられておる」

 「ありがたいことです」


 陛下の言葉に、どう歴史上伝わるにしても結果として、アルケミストのやったことはこれからも帝国に残っていき、発展していくだろうことに俺は安心する。


 宰相閣下達至上主義者の言葉など、なんだかんだで信用も信頼もしていなかったからだ。

 ひょっとしたら陛下はその事に気付いて、俺が安心して逝けるようにわざわざこちらまでやってきたのだろうか?


 「まだ話を聞きたい所であるが、これ以上長居をすると臣下のものが怪しむのでここらが潮時であろうか」

 「お心遣い感謝いたします」


 俺の言葉に陛下は大きく頷くと、その場を立ち去っていく。

 が、少し歩くと立ち止まり、俺の方を一切見ずに喋りだす。


 「私は皇帝として、民を守る義務がある。意見の違う人間達を纏めねばならない責任がある。国を割り、民を不幸にするわけにはいかんのだ」

 「わかっております」

 「詭弁だろうがな」


そういうと、陛下は今度こそ立ち去って行った。


 俺は、自分のやったことが間違いではなかったことを再認識し、また追憶を開始するのだった。






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