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錬金術師アーノルドの自由気ままな毎日  作者: 建山 大丸
外伝 歴史に葬られし大罪人の追憶
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ー無駄な時間ー

 「どうだ? 帝都の誇る最高級の牢屋の住み心地は」

 「あぁ、至れり尽くせりで恐悦至極で御座います。宰相閣下」


 やってきたのは宰相閣下だった。

 何やら心なしかいらついているようにも見える。

 おそらく、帝都に着いたらそのまま処刑になる予定だったものが、陛下の一言で一日遅れることになったからだろうか?


 だったらわざわざ会いにくんなよ。

 もしかして、この快適な部屋を貰った俺が感激でもして、宰相閣下にでもしっぽを振るとでも思ったのか?


 「ふん、強がりを……」

 「いやぁ、大森林の深部で3日ほど過ごせば私の心境がよーーーーーく分かると思いますよ。でも、あれですな。帝都の空気に馴染んだ心の繊細な宰相閣下では数時間もいられませんかな。あははははは!」

 「くっ! 野蛮人が! 陛下の好意で即処刑にならなかったのをうれしく思え!」


 宰相閣下からの悔し紛れの言葉に、俺は心底呆れる。


 おいおい、お前は陛下じゃねぇだろうが。

 何で陛下の名前が出てくるんだ?


 こいつ本当に帝国で二番目に偉い宰相閣下なのか?

 もっと余裕持てよ、こちとらただの平民だぞ。


 無駄なことばかりやってるから、正常な判断ができなくなってるのか?

 だったら引退して後進に道を譲れよ、全く。


 「当然陛下には多大なる感謝を抱いておりますよ。私の忠誠は常に陛下と帝国に向いております故」

 「蛮族と通じた男がどの口で……」

 「その蛮族の通じた男が発見した辺境発祥の食材や農法の知識が民を豊かにし、薬の知識が死の病の絶望から民を救ったことを宰相閣下はお忘れでしょうか?」


 俺のその言葉に、宰相閣下はいらつきの程度が分かる、大きな舌打ちをするのだが、暫くするとおもむろに笑いはじめる。

 その一種滑稽な様子に、俺は逆に若干の恐怖を感じるのだった。


 なんだ……? なにを思いつきやがった?


 宰相が何をしにわざわざこちらにやってきたのかなんざ最初からわかっている。

 至上主義者の首魁として、その意に反した俺をいびり、亜人種と交流を持ったことを後悔させ、失意の底で処刑をしてやろうということなのだろう。

 だが俺が爵位と領地を取り上げられても、明日処刑されることが決定していても平然としていて、搬送先の劣悪な環境にも馴染みすぎて全く堪えていない事。

 それどころか、亜人種と通じている愚か者と思っていた男に口答えをされる有様。


 向こうからすれば想定外の反応なのだろう。


 今のわざとらしく大物ぶった笑いも、悔し紛れに新しいイジメのネタを見つけたのだろうとしか思えない。

 だから、俺からは醜く歪んだ笑顔を見せる宰相閣下が滑稽にしか写らないのだが、何でわざわざ粘着する意味がわからない。

 その俺にとっては全く意味のわからない執着心が、言いようのない恐怖を誘う。


 「貴様の言っていることの意味がわからんなぁ。亜人と通じたせいで頭でもおかしくなったのか?」

 「なにを……」

 「貴様が言っているその知識とやらは、我々が現地を調査し、そして命をかけて研究して発見した成果である。けして貴様が発見したなどと言うものではないのだよ」


 あぁ……そういうことか。


 徹底的に俺のやってきたことを自分たちの者だと伝聞していくってことか。

 良いところだけとって、都合の悪いところは全部俺とアルケミストになすりつける腹積もりか。


 「貴様は、我々が苦労して発見した知識や知恵を蛮族に売り渡そうとして、それを改めに行った宮廷魔導師を、蛮族の用いるに怪しく、恐ろしい魔法を駆使して殺害しようとした大罪人として歴史に葬り去られるのだ! どうだ! 悔しかろう!」


 完全に勝ち誇った表情で俺を見下げる宰相閣下。

 

 だが、この男は大きな勘違いをしている。


 「別に」

 「は?」

 「別に悔しくないと申し上げているまでです」

 「ふん……負け惜しみか」

 「どうとってもらっても別に気にいたしませんが、私にとって重要なのは、私が発見した亜人種の知識が、知恵が、帝国繁栄の役に立っているという真実のみです。例えこれから先、歴史の闇にその真実が葬られることになろうとも、これから死にゆく私がその真実を知っていれば、私はそれで十分なのです」


 もともとアルケミストの知識や知恵を、本人の名前を隠して代わりに俺が表に出してるってだけなんだ。

 アルケミスト発祥の知識を宰相閣下が我が物顔で広めてくれるなら、俺にとってこれほど面白いことは無い。


 それに、死んだ後の名誉だの、功罪だの、そんなのは知ったことかよ。

 これから死ぬ奴がそんなこと今更気にするかよ。


 俺は、心底目の前にいる男を哀れに思う。

 なんて下らないことに命をかけているのだろうと。


 そんな下らないことを考えているから帝国は緩やかに退廃が進んでいるんだ。

 帝国貴族なら、一人でも多くの民を幸せにするために、帝国の繁栄のためにその身を削れよ、それが本来の帝国貴族のありかたっていうもんだろうが。


 俺は心底そう思ったことで、つい思ったことを口走ってしまう。


 「しかし……私が、帝国の歴史に残る大罪人だとするならば、過去、現在総てにわたる人間至上主義者の貴族連中は帝国衰退の原因を作った諸悪の根源でありますなぁ」

 「な! き……貴様!」

 「精々、私どもが発見した知識をご自分の成果と偽り帝国全土にお広めになり、ご自分の力では何も発見することの出来なかった無能をお慰めください。閣下の役に立てて私も本望でございます」


 俺のこの一言がどうやら宰相閣下の癇に障ったらしく、わなわなと体を震わせる。


 ざまぁみやがれ、俺のささやかな抵抗はどうだ。こちとら後は死ぬだけだから、怖いもんなんざねぇんだよ。そもそも、この程度の煽りで受け流すくらいしろよ。完全な捨て台詞じゃねえか。


 俺は怒りに震える宰相閣下を、つい呆れるように見てしまう。

 それがまた、宰相閣下の怒りのツボを刺激したようだ。


 「貴様ァ! この場で病死と偽り殺すことも出来るのだぞ!」

 「別にそれでも構いませんが、亜人種と関わった大罪人として私を大々的に処刑することで、同様な出来事を抑えようとされているのに、そんなことをなさって良いのですか?」

 「くっ!」


 くっ! じゃねえよ。そんなことすら忘れてんのかよ。


 「それに、処刑もせずに勝手に死なれては他の至上主義者達からの不興を買うのではないですか? 至上主義者も一枚岩と言うわけではないのでしょう?」

 「く……好き勝手を……」


 宰相閣下は痛いところを突かれたような表情を浮かべ、二の句が出てこない。


 言えば言うほど自分の首を絞めるって分かんねぇのか? 何でこんなのが宰相をやってんだろうか。


 俺はこの程度の男を宰相にしておかねばならない、陛下が不憫でならなかった。


 「ふん! まあ良いわ。所詮は亜人種に洗脳されたものの戯言よ。そのまま幻想を抱いて死ぬが良いわ」

 「そうですな。私どもが発見した“亜人種“の知識が帝国を繁栄させ、いつか人間と亜人種が協力しあえる時代がくるという幻想と共に死んでまいります」


 あえて“亜人種“の言葉を強調して返事を返す俺に、宰相閣下は射殺すような強烈な憎悪の視線を向けるが、何も言わずにその場を去っていく。

 その足音は荒々しく、苛立ち具合がよくわかった。


 だが、苛立っているのはこっちも同じだ。

 時間にしては数十分とはいえ、陛下から賜った貴重な追憶の時間を下らなくて無駄な時間に使わされたのだ。


 ああ、イライラする。


 だが時間は有限だ、イライラしている時間すらもったいない。

 俺は出来るだけ早く落ち着きを取り戻し、あの頃のことを…………。


 そう思っていた俺の邪魔をするように、再び誰かが階段を下りてくる音がする。


 「どうだ? 気分は?」

 「何とも表現がつけようの無い感情が、私の全身を駆け巡っておりますよ」


 今度は領地にやってきた宮廷魔導師が俺の前にやってきたのだった。







 あれから何時間が経ったのだろう。

 何人もの至上主義者の連中が、俺の元へとやって来ては同じようなことを言って、同じようなことで怒り、同じようなことな表情で戻っていくのを繰り返している。


 陛下から賜った時間を無駄に使わせて、俺の追憶の時間を奪って心残りを持たせながら殺すことが奴らの目論見だとしたら、その目論見は実に成果を上げている。


 しかし外の時間も遅くなったようで、最後の客がやって来てから大分時間が過ぎている。

 ようやく落ち着いて自分の時間を持てることが出来る。


 そう思った矢先、またもや階段を下りてくる音が聞こえるのだった。


 さすがの俺もイライラが限界に達する。


 ふざけんなよ……人が付き合ってやってると思って無駄な時間を過ごさせやがって……。


 そう思うとふつふつと怒りが湧いてきた俺は、あいつらの思う壷だとは思ったのだが、つい感情を爆発させてしまい、相手がこちらについてもそっぽを向いたまま荒々しく応対してしまうのだった。


 「今度は何の用ですかねぇ! こちとら陛下から賜った貴重な時間を、無駄なことに使いたくないのですよ!」

 「私から貰った時間であるなら、少しくらい私に融通してくれても良いではないか」


 は?


 予想外の返事に俺は、相手を確認するべくそちらを向く。


 「それとも私との会話は無駄な時間だという事かな?」


 目の前にいたのは、俺に貴重な時間を与えてくださった皇帝陛下本人だった。





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