ー出会いー
日の光も通らぬ暗い馬車の中、ゴトゴトと揺られるがまま俺は身を委ねている。
委ねている、というよりも手と足を縛られているから身動きが取れない、という方が正しいか。
別に今更逃げ出したり暴れたりすることも無いのに、ご丁寧なことだと軽くため息をつく。
どこへ向かうのか行く先は聞いていないが、どこへ行くのかははっきりとわかっている。
帝都、そして、あの世だ。
それだけの事をしたという自覚はあるし、覚悟の上だ。
間違ったことはしたとは思っていないから、後悔なんざ毛頭無い。
ただ、残していくあいつらの事が、そして、あいつの事が心配だ。
俺は、あいつと始めて逢ったときのことを思い出す。
俺がわざわざこの地へやってきたのは、俺の力、そして俺の部下に絶対の自信を持っていたからだ。
帝国中央にある魔の森の奥で幾度と無く訓練を繰り返し、練度をあげた俺の部隊は帝国最強と言われるほどにまで強くなっていた。
そんな俺達ならば大森林の平定など余裕だと、高を括ったのは間違いだった。
最初は良かった。
大森林の一番浅い部分は、魔の森とほぼ似たような敵が相手だった。
野犬や森猫や粘性生物。
たまに現れる二本角の猪が厄介なくらいだった。
だが、そこから一歩奥に踏み入れたら環境が一変した。
今までばらばらだった獣が連携して襲い掛かるようになってきた。
どうやら統率する獣がいるみたいだった。
それは、青い毛色の狼。
あいつに後で聞いたら魔狼という獣や魔獣を統率する類の魔獣らしい。
そいつは単体でも強力で、それが群れをなして襲ってくるのだ。
そして、赤い毛色の熊
紅兜と呼ばれる強力な熊の魔獣の攻撃は、鉄で作られた俺達の鎧や盾などまるで紙のようで、剣など奴の毛皮の前では小枝で岩を刺すように、まるで刃が通らなかった。
そんな奴らも、大森林の入口や外では極端に弱体化するので、俺達でも数人がかりでなんとか討伐・撃退することができるのだ。
大森林の生物とは不思議な物だ。
だからこそ勘違いして俺達は大森林の奥へと足を踏み入れてしまい、大損害を受けるわけなのだから笑えない話だ。
だが、そんなことを生態を知らない俺達は、森の外や浅い場所やで悪さをしている獣を撃退し、逃げた獣を追って森の奥に踏み入れ、魔獣の猛反撃をうけ敗走をすることを繰り返し、次第に被害も大きくなっていった。
今思えば何を馬鹿やってるんだって思うけど、当時は部下含め部隊全員が若かったし、自ら望んで赴任したから他の奴らよりも結果をだそうと必死だった。
だから、思うように結果が出せずに焦り、普段よりも深く森へ入ってしまい甚大な被害を受ける事になるわけだ。
そんなときにあいつに俺達は、俺は出会った。
「大丈夫? あなたたちは人間だよね? こんなところで休んでいると、魔狼が率いる獣に襲われるよ? 動くのは辛いだろうけど、早く森の浅いところまで逃げた方がいいよ」
そう言って、なんとか魔獣の群れを追い払ったが、壊滅的な被害を受けた俺達の部隊の前に姿を現したのは、透き通るような翡翠色の髪を背中の中程まで伸ばした美しい女だった。
こんな場所で女?
一瞬俺はそう思ったが、すぐにそれが森の民という亜人種なのだと理解する。
俺の友に学者の一族の奴がいて、そいつから暇があれば森の民の話を延々と聞かされていたからだ。
だからなのだろうか、緊急事態というのもあっただろう。
俺は目の前にいる生まれてはじめて見る亜人種に敵意を一切覚えなかった。
だから俺はその森の民、あいつに話しかけた。
この全滅に瀕した状況を、少しでもどうにかしたかったからだ。
「人間の言葉が分かるのか、森の民よ。できることならば、俺達を助けてくれないか」
「私が森の民だって分かるんだ。って、助ける……? あ、大怪我をして動けない人がいるんだね」
あいつは俺達を一目見て、俺達の置かれた状況を把握したようだった。
「少し待っててね」
そう言うと、魔力なんてものを今まで感じることができなかった俺でも、これが魔力なのかと思う程に強力な何かが溢れ出し始め、それが俺達を包み込んだ。
「物理結界を張ったから、しばらくは安全だよ。その間に大きな怪我をしている人を治しちゃうね」
そう言って、辛うじて生きているもの達から順に次々に何事も無いように治療を行うあいつを見て、
俺達は大森林に踏み入ってはいけなかったんだ
そう思った。
「私が森の民の標準っていうわけじゃないよ。私はこう見えても優秀な部類なんだよ。多少他の種族の血も混ざってるけどね」
「それを聞いて安心した。森の民が全員あんたぐらい強いんだったら俺達なんかひとたまりもねぇな」
部下の治療をしてもらっている最中に、気になってした質問に返答したあいつの言葉を聞き、俺は半ば本気混じりの冗談を言う。
「は? 馬鹿じゃないの? 何で私達があなたたちを襲うのよ。意味が分かんないよ」
俺の言葉を聞いたあいつは治療の手を止め、こっちに詰め寄って来る。
おいおいちょっと待ってくれ、あいつは左腕が折れてるんだ。
自分のところにこないから情けねぇ顔してるじゃねぇか。
あいつも左足が噛みちぎれかけてるんだ、こっちに来ないで早く治療してくれよ。
そう思った俺は即効であいつに詫びを入れる。
「悪かった、助けてもらったのにたちの悪い冗談を言った。心から謝るから、あの泣きそうな顔をしている女々しい野郎共を助けてやってくれよ」
「あんたのせいでしょうが!」
「余計なこと言ってんじゃねえっすよ」
「おい、てめぇら。上司に向かって何て言う口聞いてやがる!」
「こんな時だけ上司風吹かすなよ、卑怯だぞ!」
「いつもは爵位なんか気にすんなとか言ってる癖に!」
何だよあいつら。
意外に元気じゃねぇか……目の前に綺麗な女がいるからか妙に気合い入ってやがる。
こういう極限状態では精神状態が生死に直結することが多いんだが、これならなんとか生きて帰れそうだな。
そう思っているとあいつはこっちを見て、
「貴方が皆に信頼されているのと、口と態度が悪いのは良く分かったよ」
と、言って部下の治療に戻って行きやがった。
くっそ!
綺麗な女に真っ正面から指摘されるっていうのは、なかなか心にくるな。
もしも俺だけ生き残れなかったら一生恨んでやるからな。
「あ、そうだ」
そんなことを思ったのを感ずいたのか何なのか、あいつはこちらを振り向く。
「なんだ?」
「貴方の名前を聞いてないよ。助けてあげてるんだから教えてくれても良いよね」
「あいつらは、俺のことをアルケミー伯爵って呼んでるぞ」
「だから名前は?」
「恥ずかしいから教えない。ちなみに、あいつらに聞いても無駄だぞ。あいつらも知らないからな」
「じゃあ、私も教えてあげない!」
「好きにしてくれ」
「ふんだ」
そう言って、あいつは今度こそ治療に戻って行く。
そんなあいつの後ろ姿を見ながら俺は、森の民っていうのは見た目の割にガキみたいな精神年齢なのか?
と、その時は本気で思ったのだった。
……
…………
………………
あぁ、いつのまにか寝てたのか。
暗い状態が続いているために、起きているのか寝ているのかもよくわからない状態になっていることに若干の可笑しさを覚えつつ、俺は再び眠りにつくのだった。




