仲間との別れ、そして待っていた者である
我輩の名はアーノルド。自由気ままに生きる錬金術師である。
料理大会の興奮もまだ覚めやらぬ東方都市であるが、我輩達はそこを後にするのである。
このあとは更に南へと進み、海まで行く予定である。
森の家に備蓄されていた補助試薬が終わってしまったので、必要な材料を確保するためである。
他の者にとっては料理大会のついでである海への遠出なのであるが、我輩にとってはこっちが主要目的なのである。
とは言え、料理大会も素晴らしい催し物であったのは間違いないのである。
「皆様、ここまでの見送りになってしまいまして申し訳ございません」
「いえ、領主様もお忙しい身でございます。その中で見送りをしてくださるだけで十分です」
我輩達同様、これで帝都へと戻るリリー嬢が、申し訳なさそうにしている領主に対して笑顔を返すのである。
本来であれば、もう仕事に向かうはずであるのに、わざわざ我輩達の見送りのために領主は仕事を遅らせているのである。
そんなことをして大丈夫なのかと思ったのであるが
「東方都市の官僚達は全員優秀ですから、私が居ても居なくても問題ないのですよ」
「だから領主という身でありながら外回りばかりしているのであるか」
「錬金術師様、その言い方はあんまりじゃないですか?」
「貴方。今は屋敷の外なのですから、そんな情けの無い格好を見せてはいけませんよ」
「お前も厳しいなぁ……」
「りょうしゅ様は大変なお仕事とっても頑張っています。偉いと思います!」
「サーシャちゃん……ありがとうね」
我輩達の言葉で、身を小さくしている領主を見て不憫に思ったのか、サーシャ嬢が領主の手を握りながらフォローをするのである。
そんなサーシャ嬢に領主は元気づけられたようである。簡単な男である。
(またサーシャちゃんの魅力にやられる人が現れたわね)
(違うよ、あれは領主がチョロいだけだね)
(夫人様にうまく転がされている感はありますよね)
(まぁ、チョロいけど能力は高いし分別もあるからな。ここの官僚達もやりやすいだろ)
(うふふ、やはりそう見えます? 当たってますけどね)
(ちょ! 夫人!?)
(あわわわ……申し訳ございませんっ)
(気にしないで下さいな。あの人も、転がされているのは分かっていて楽しんでいるんですよ)
そんな領主の様子を見て、アリッサ嬢達が小声で会話をしていたのであるが、まさかの夫人乱入に一同驚くのである。
夫人も言われている内容に不快感を持っているようでは無かったので良かったのである。
しかし夫人、侮れないのである。
「ん? 一体何を話していたんだい?」
「貴方様は素直で純粋な方です、と言うお話ですよ」
「素直で純粋か……。様々な人から言われるな」
「それだけ裏表のない素敵な人だという事ですよ」
まぁ、物は言いようということなのであろう。
しかし、夫人よ。領主に屋敷の外だからしっかりしろと言った割には、自分はのろけるのであるな。
「それではそろそろ行くのである」
「今回は本当にありがとうございました。今まであまり注目されなかった区画も注目されるようになって担当者も喜んでいました」
「来年も是非って言われたねぇ」
「我輩もである」
ドランとリリー嬢も言われたようで笑顔で頷くのである。たとえそれが社交辞令であっても、そういう評価をもらえるというのはやはり嬉しいものである。
「社交辞令かと思っていると思いますが、また秋頃か冬に推薦状を送らせていただきますので、是非御参加下さい」
領主が興奮した面持ちでそう言うのである。どうやら領主は本気だったようである。
「うん! 多分森にいると思うけど絶対参加する!」
「そうだぜ! こんな楽しいの参加しない訳無いじゃんか!」
「なんで、二人が返事をするんだい」
領主の言葉にいの一番に反応するサーシャ嬢とデルク坊に、アリッサ嬢が苦笑いをするのである。その反応を見て我輩だけでなく、おそらく全員来年の参加は確定なのだろうなと思うのであった。
「それじゃあ、今度は帝都かしらね」
「そうだな。ドランの受爵式があるからな」
「その時には、是非研究所に寄っていってね」
帝都の広場で挨拶を交わし、リリー嬢と別れるのである。淡々としていたのであるが、それはリリー嬢の性格というのもあるであろうが、きっとまた近々会えるのが分かっているからなのであろう。
「さ、俺達も行きますか」
ダンの言葉を合図に、我輩達は荷車に乗り込むのである。
「じゃあ、行きますぜ」
全員が乗り込んだのを確認し、ドランが荷車を牽くのである。
「今度はどこへ行くんだっけ?」
「海だってさ」
「森の外にある湖よりもおっきい水溜まりなんだよね。どれだけ大きいんだろうね」
「森の結界位はあるんじゃないんかなぁ」
サーシャ嬢とデルク坊は、これから行く海の話を楽しそうにしているのである。
我輩は、無限に水が広がる光景を見て二人がどんな顔をするのか楽しみである。
他の者達も、料理大会の思い出を語り合ったり、これから行く海へ思いを馳せていたりと各々楽しんでいるのである。
「ん? んん?」
そのまま東方都市の南門へと差し掛かろうとした時、ドランが何かに気づいたようである。
その声を聞いて我輩達は進行方向を見るのであるが、何やら一組の若い男女がキョロキョロと辺りを見渡しているのである。
「誰か探してるんだろ? よくあるぜ」
「そうなんですがね、どっかで見たような感じなんですわ」
「料理大会に参加していた奴の誰かじゃないのか?」
「ですかね」
そのまま特に気にせずに、我輩達は門へと進んでいくのである。
が、しばらくすると、我輩達を呼び止める声がするのである。そちらの方を見ると、先程の男女のうち女性が我輩達を呼び止めながら走って来るのである。
どうやら、あの男女が探していたのは我輩達のようである。一体何用であろうか。
「あぁ! やはりそうです!」
「分かった。分かったから落ち着こうね」
こちらにやって来た男女は、我輩とアリッサ嬢の料理に値を付けた若者と、5日目に薬を渡した二人組の少女であった。
妙な組み合わせだと一瞬思ったのであるが、少女は商業ギルドの前会長の孫娘であるし、若者は商業ギルドの職員である。顔見知りであっても不思議ではないのである。
「二人とも奇遇であるな。これからその集団とともにどこかへ出かけるのであるか?」
我輩の質問に、二人は首を振るのである。
「違います! 皆様をお待ちしておりました!」
「先日、私達の祖父を助けていただいたので、そのお礼をしようと思ってお待ちしていたのです」
どうやら二人は兄妹のようである。そういえば、どことなく似ている気もするのである。
「祖父殿は元気であるか?」
「はい。おかげさまであの後何事もなく回復して、翌日また薬膳料理を食べに行きました」
そう言って、少女は困ったような笑いを浮かべるのである。あの老人の薬膳料理好きは、そこまで行くと逆に病気の域であるな。
しかし、無事であるならば良かったのである。
「そうであるか、それならば良かったのである。礼は特にいらないのであるよ」
そう言って、ドランに先に進むべく指示を出そうとした我輩を、二人が止めるのである。
「お待ち下さい! そういうわけにもいきません!」
「そうです。ここで礼もせずに見送るようなことをしてしまったら、先祖に顔向け出来ません」
「大袈裟であるな。商業ギルドの要職を勤めるような家庭になると、そんなことに縛られるのであるな。貴族と同様である」
「いやいや、どちらかというとセンセイが気にしなさ過ぎなんだよ」
我輩の言葉にダンが呆れるのである。大した事をしていないであるから、お礼を言われて終わる話だと思うのであるが、間違っているのであろうか。
周りを見回してみても、どうやら他の者達もダンと感覚は近いようで、しょうがない大人を見るような目をされている気がするのである。
それでも我輩は間違っていないと思うのである。
「それで、どうすれば良いのであるか?」
我輩は、すでに気持ちが海の方へと向かってしまったため、少々冷たい声で二人に尋ねてしまうのである。
だが、そんな我輩の気持ちを吹き飛ばすような言葉を若者は発するのである。
「領主様から、貴方は錬金術という不思議な魔法技術をお使いになるとお聞きしました」
「祖父に渡した薬も、錬金術で作った解毒薬だと聞きましたが、本当でしょうか?」
「そうである。我輩は錬金術師である。さらに言うと、この二人もそうである」
我輩にそう言われたサーシャ嬢とミレイ女史は、驚きの表情を見せるのである。
何かおかしいことを言ったのであろうか?
「そうですか、それならば」
若者は、サーシャ嬢とミレイ女史にも軽く会釈をして一息つけると
「アルケミスト様をご存知ですね」
そう我輩達に告げるのであった。




